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遠き空の下  作者: 狼花
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6章‐5 草原の絆

「アーシュ。イウォルの決闘を申し込みます」

「!」


 従兄に剣先を突きつけて出たランシールの言葉に、オルコットが息をのむ。フォルセがささやいた。


「知っているのか?」

「はい。草原の民に伝わる、伝統のある決闘です。互いの譲れない意思がぶつかったとき、力によって勝敗を決めるという・・・・」

「何もイウォルの民のものだけではない。氷山にもあったぞ。というか、決闘というもの自体はどこの部族にもあるものだろう」


 シリュウの言葉にオルコットがうなずく。


「1対1で戦い、勝利条件は相手が降参するか死亡するか・・・・・血気盛んなイウォルの民の間では、死亡者が相次いでいると聞きます」


 ルゼリオが心配そうにランシールの背を見つめる。と、スファルが首を振った。


「信じましょう、彼を」

「・・・・・そうだな」


 黙っていたアーシュも同じように剣を持ち上げ、二人の剣が軽い音を立てて交わった。それは承諾のあかしだ。


「・・・・・分かった。お前の11年と、俺の11年・・・・・どちらの思いが強いのか、ここで確かめる!」

「望むところです。僕はもう・・・・・怖がっていることはできない」


 ランシールが極度に戦い、特に剣を恐れるようになったのは、幼少時の怪我のせいだ。ハーレイと父を庇い、ふたりの攻撃を同時に受けてしまった。以来、その痛みがランシールを襲い、戦うことが怖くなってしまった。今は銃という間接的な方法で戦っているが、もう逃げることはできない。


 ランシールの剣がアーシュの剣にたたきつけられる。アーシュは余裕を持ってそれを受け止め、はじき返す。だが、ランシールも容易く弾かれることはなかった。


「ふむ、いつも銃しか使っていないが、剣の腕も大したものだな」


 シリュウが素直に感心する。ロキシーも頷く。


「そうだな。俺、負けるかもしれねえ」

「勿論技量もそうだが・・・・・迷いがないな」


 シリュウの言葉に、フォルセは目を閉じる。いつもおどおどしていたランシールではなかった。


『剣、嫌いなんだ・・・・鍛錬で剣を持つのは平気だし、フォルセさんと模擬試合をするのも平気。でも、いざ魔物相手に剣を構えると、震えちゃって・・・・』


 幼いころ、ランシールはそうフォルセに告げた。確かに、フォルセとともに剣の稽古をしているときのランシールは怖がる様子もなく、剣の技量だけならフォルセより上手だったといえる。


 だが、魔物相手―――つまり実戦になると、ランシールはぴくりとも動けなくなってしまうのだ。キシニアの城壁を越えて街中に魔物が侵入することもあり、それに居合わせたランシールは危機に陥った。結局フォルセのおかげで事なきを得たが、ランシールは酷く落ち込んでいた。


『何かあったから、剣が駄目なのか?』


 そう尋ねると、ランシールは頷いた。


『昔、剣で刺されたことがあるんだ。剣で魔物を斬ろうとすると、その傷が痛んで・・・・もう無理だよ、剣を使うのは・・・・・』


 そう言っていたはずのランシールが、このとき迷わず剣を振るっている。


 強くなったのだ。ハーレイによって外に触れ、フォルセから強さを学んだランシールは、騎士として成長した。もう誰にも守られることはない。自分が守り、道を切り開けるだけの力を持った。


 アーシュより、ランシールのほうが上手だった。騎士として戦い抜いてきたランシール・・・・つまり、戦いのプロに、狩り暮らしだったアーシュは敵うはずもないのだ。


「・・・・強くなったんだな、ランシール。昔を思い出す」

「そうですか? 僕は、あまり良い思い出はありませんが・・・・・」


 ランシールは呟く。


 賭けで振るったアーシュの剣がランシールの肩をかすめる。ランシールは露とも気にすることなく、逆に反撃した。


 アーシュの剣が宙を舞う。アーシュは地面に押し倒され、起き上がる間もなくランシールが従兄の胸に膝を置く。完全に動きを封じ、ランシールは首筋に剣を突き付けた。


「・・・・生憎剣は不得手なんです。手が滑らないうちに、次に取るべき行動を選んでください」


 静かに告げると、アーシュは目を閉じた。


「・・・・俺の負けだ」


 ランシールは立ち上がり、剣を鞘に収めた。アーシュも立ち上がり、剣を拾い上げる。


「・・・・・分かったよ、ランシール」


 アーシュは困ったように微笑み、彼らに背を向け、腕を組んだ。


「俺は何も知らない。何も見ていない。さっさと用を済ませて出ていくと良い」

「恩にきる」


 フォルセは軽く頭を下げた。


 ランシールは従兄の隣に立ち、そっと1枚の紙を差し出した。


「なんだ、これは?」

「地図ですよ。ここが今いる場所。僕はこの街にいます」


 描かれた地図上に指を滑らせ、キシニアを指さす。


「キシニアという街です。騎士団本部を訪ねてくれれば、すぐに会えます」

「ランシール・・・・・・」

「一緒に外に出ようって、約束しましたもんね?」


 ランシールの笑みにアーシュも苦笑した。


「おまえってやつは、どこまでも律儀なんだな」


 アーシュは地図を受け取り、大事そうに折りたたんだ。


「有難う。いつか、必ず会いに行く。掟なんか、ほんとは俺にだってどうでもいいんだ」

「はい。待っています」


 フォルセらが歩み寄ってきたのを確認したアーシュは振り返り、尋ねる。


「もういいのか」

「ああ。ただ・・・・・」


 フォルセの言葉をユリウスが継いだ。


「アーシュさん、断魔の剣っていう剣の作製書を知らない? イウォルの民に伝わっているはずなんだけど」

「作製書?」


 アーシュが首をひねる。ランシールがあたりを見る。


「平原に紙はありませんから、別の形で残っているはずです」

「もしかして、これのことか?」


 アーシュが部屋の奥に歩み寄り、壁に立てかけられている石板を指さす。そこには意味をなさない文字の羅列がびっしりとあった。


「俺たちは文字を使わないから、これが一体なんなのかさっぱり分からないが・・・・・」

「ああ、これこれ!」


 ユリウスが嬉々としてその前に移動し、紙とペンをとりだした。


「いま書きうつしちゃうから、ちょっと待ってね」


 そう言ってユリウスはペンを動かし始めた。黙読と書写について、ユリウスは尋常ではない速さで行ってしまう。ルゼリオがそれを覗き込み、首をかしげる。


「文字が並んでいるだけで、規則性はないようだな」

「暗号文になっているみたいですね。サマンさんにもらった作製書もまったく読めませんでしたし。全部そろえば読めると思いますよ」


 ユリウスは書き写しながら説明し、ようやく作業を終えた。


「俺は外の見張りを撒いて来よう。静かになったら出てきてくれ」


 アーシュはそう言い、ひとりで地上へ戻った。しばらく微かな話声が聞こえ、やがて静かになった。フォルセらが地上に戻ると、そこには誰もいなかった。アーシュは見張りとともに集落へ戻ったのだろう。フォルセがつぶやく。


「さて、次は氷山だ」

「来た道を戻って、カルトラ港から普通の道を通ったほうが良いと思うぞ」


 スファルの言葉にロキシーがうなずく。


「そうだな。平原越えはこりごりだ」

「ロキシーは何も大変な目に遭っていなかったじゃない」

「気分の問題だっつーの」


 ユリウスが微笑む。それからシリュウに問いかける。


「氷山にはどういう道で?」

「一度キシニアに戻ってから北上する。それが一番近いだろう」

「分かりました。行こうか」


 フォルセが歩を進め、一同が続く。ランシールはじっと集落の方向を見つめていた。ただ平原が広がるばかりだが、懐かしい光景だ。


 大きく息を吸い込み、ランシールはふっと息を吐き出す。それから小さくつぶやいた。


「有難う、従兄さん・・・・・」


 そうして、ランシールも故郷に背を向けた。


★☆


 来た道を戻り、街道に出た一行はそのまま街道を北へ進み、カルトラ港に到着した。首都ラシュアンに最も近い街ということもあり、人も物資も往来が激しい。潮の匂いが強い、連合の代表的な港町だ。


 ちょうど、対岸のウルフォン港へ向かう船があったので、フォルセらはその船に乗り込んだ。すぐに出航し、みるみるうちに波止場が遠ざかる。やがて一面は広大な大海原になった。


「ほら、平原が見えます」


 ランシールが指さした先に、断崖絶壁がある。確かにあのあたりを通っただろう。


「ウルフォンまでは半日くらいだね。久々にのんびりできるかも」


 ユリウスは呟きつつ、砂漠と平原で手に入れた作製書を見比べている。


「うーん。さすがに2つだけだとまだ無理か・・・・・」

「暗号になっているんだろう? 解けるのか?」


 フォルセの問いにユリウスは首をひねる。


「まあ暗号といってもね。文字の中には鍛冶師が使う専門用語みたいなものも混じっているから、そこまでひねくれてはいないけど」

「分かる人が見れば、すぐに理解できるということか」

「そうだね。仮に暗号だったとしても、仲間内に何人知識豊富な人がいると思ってんの。すぐ解けるよ」


 確かに、そうだろう。ユリウスは学問全般が得意だし、ランシールもユリウスに教えを受けたということもあって、古文の読解などは非常に得意だ。シリュウも並々ならぬ知識を持ち、ルゼリオも各分野に精通している。スファルも知識人だ。ロキシーも、なんだかんだいってしっかり首都の学校を卒業している。オルコットもごく平凡な成績を持っている。


 もしかして、自分はこの面子の中で、知能レベルは最下位なのか?


「・・・・なんだか、無性に空しくなってきた」

「あはは、学校で習う勉強が将来役に立つかって言うと、必ずしもそうじゃないことのほうが多いんだよね。必要なのは頭の回転! 計算や地図の見方が分からなくても、試験で赤点もらっても、フォルセはきちんと仕事できているんだから問題なし」

「フォローされていないよな、それ・・・・ちゃっかり人の恥を持ち出さないでくれ」

「いやあ、赤点もらってきたときは将来大丈夫なのかって、本気で心配したよ」

「迷惑掛けてすみませんでした。あの後、徹夜の兄さんの講義は効果があったよ」


 フォルセは肩をすくめて謝った。


「だけど、俺は同級生の中では下から6番目だったんだ。俺よりできなかった奴はたくさん・・・・」

「フォルセ、50歩100歩という言葉を知っているか? いや、答えなくていい。知るわけないな」


 聞いておいて、シリュウは自分で否定した。フォルセがむっとして師を振り返る。


「分かっているなら聞かないでください。それで、どういう意味ですか?」

「戦争のさなか、敵前から100歩逃げた兵士がいる。その兵士のことを、50歩逃げた兵士が笑うのだ。ふたりとも逃亡したことには同じ、つまり大差ない、ということだ」

「で、ですが・・・・・」

「お前が10点で、最下位が2点だったとしてもだ、赤点を取ったのだからお仲間なんだよ」

「う・・・・」


 フォルセは言葉に詰まったが、首を振った。


「いいえ、お言葉ですが教官、低レベルの人間の間ではその1点が重大な意味になってくるんですよ。最下位だけにはなるまいと・・・・」

「フォルセ、勝ち目ないからやめなって」


 ユリウスに諭され、フォルセは息を吐き出した。オルコットが感心したようにつぶやく。


「フォルセさんも苦手なことがあるんですねぇ」


 フォルセはもう一度ため息をついた。


 少し離れた場所で、ランシールは銃身を拭き、新しく弾を詰めていた。その作業は手早く滑らかだ。何度繰り返した動作か分からない。


「見事な銃だな。使い込まれているが、よく手入れされている」


 隣にルゼリオが歩み寄ってきた。ランシールが答えるより前に、ルゼリオはランシールの隣に腰を下ろした。


「ええ。騎士になった時、副長がくれた銃なんです。他の銃は何度も取り替えていますが、これだけは手放せなくて・・・・今と比べると性能も古いし、ちょっと貧乏臭いかなと思うんですが・・・・」

「貧乏臭くなどない。想い出を大切にするのは素敵なことだ」


 ルゼリオが微笑む。ランシールは僅かに赤面し、目をそらして微笑んだ。


「そ、そうですか? 有難うございます・・・・」

「羨ましいな。私には、あまり良い過去がないから・・・・」

「ない・・・・のですか?」

「最近は。6年ほど前までは、平穏だったが・・・・」


 ランシールが黙っていると、ルゼリオはひとり静かに語った。


「6年前、開発されはじめていた魔族が、母を誤って殺してしまった。それがきっかけだった・・・・・元々、国の在り方についてエーゼルと意見が対立することはあったが、今ほどではなかった。だがそれを機に、エーゼルは研究を続行させてあろうことか魔族に意思を持たせようとし始めた。エーゼルなりに国を思うやり方だったのだろうが、私には理解できなかった。ケイオスの病は急に悪化し、セオンは魔族を減らそうと、毎日傷だらけになって・・・・・」


 ルゼリオは息をつき、目を閉じた。


「どうして、こんなことに・・・・・・」


 ランシールは黙ってルゼリオを見つめている。ルゼリオは疲れたように首を振った。


「・・・・すまない。貴方に愚痴をこぼしても、どうにもならないのにな」

「いえ。失礼ですが僕は、いつも毅然としている殿下も悩みを抱えているのだと知って、正直ほっとしています」


 ランシールが微笑む。


「僕も、どうしようもなく悩んでばかりですから」

「そうか? だが―――出会った当初は戦いを避けているように見えたが、今は躊躇っていないな」

「殿下と出会う前は、もっと酷かったんですよ」


 ランシールは銃を見つめた。


「けど、僕もお守りしたい人がいるんです。だから弱気を隠していようと決めました」


 ルゼリオは微笑む。


「フォルセが言いそうな台詞だ。受け売りか?」


 一発で見抜かれ、いよいよランシールは赤面した。


「かつて敵として戦場でまみえたとき、私は彼に問うた。『なぜ武器をとるのか』と。答えは・・・・『自分は酷く臆病だから』、だった。それを聞いて、私は負けを悟ったよ。彼の言葉に偽りはない。その弱さを彼はさらに強い思いで覆い隠している。だからこそ・・・・・強いのだと」


 ルゼリオはシリュウと話しているフォルセを見つめた。


「このような形でも、共に旅ができて嬉しく思うよ」

「はい」


 ランシールも頷いた。


 ランシールにとっても誇りだ。あのような最高の騎士と友人として知り合い、弟のように面倒を見てもらい、その部下として働けることが。


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