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遠き空の下  作者: 狼花
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6章‐3 滲み出る本音

 一同は疲れ果て、しばらく激しい息遣いのみが室内に響いていた。ようやく呼吸を落ち着かせたユリウスが、倒れたオルコットに尋ねた。


「大丈夫?」

「は、はい・・・・・」


 オルコットは酷く疲れた表情だ。あれほどの力を使うのは、さすがに辛いのだろう。


 フォルセが息をついて踵を返し、座り込んでいるオルコットの前まで歩み寄った。笑みと共に右手を差し出す。


「・・・・助かった。有難う、オルコット」


 オルコットは照れ臭そうに微笑み、その手を取って立ち上がった。


「お役に立てたのなら光栄です」


 ロキシーが蒼い髪の毛をいじっている。ここ最近は有事が続いているので、癖がないはずのロキシーの頭髪は、随時癖になっている。


「ったく、髪の毛が焦げてチリチリになっちまったぜ」

「それほど変わってはいないようだぞ」


 シリュウがぼそっと呟く。スファルはルゼリオの傷の有無を確かめている。


「大丈夫ですか、殿下」

「ああ・・・・・平気だ」


 ルゼリオは短く頷く。


 と、ひとりの男性が地下へ降りてきた。族長サマンである。


 目を丸くし、呆然と拍手する。


「・・・・驚いた。本当に倒すとはな」


 フォルセは目を閉じた。


「・・・・私たちに、諦めるという選択はありませんから」

「そうか・・・・・それにオルコット、お前もそれだけの力を秘めていたのなら早く見せてくれなければ困るんだがな」


 オルコットは慌てて首を振る。


「いえ、これは咄嗟で・・・・・」

「どうやら次の族長はオルコットで決まりのようだな」


 サマンは朗らかに笑い、オルコットは肩を落とした。


「やめてください・・・・・私は生涯を連合の騎士として過ごすつもりなんですから」

「む、そうか。まあ気が変わったら戻って来てくれ。それはさておき・・・・・・約束通り、緋蓮を分けてやろう。俺は上に戻っているから、終わったら来てくれ」


 サマンはそう言い、階段を上がっていった。オルコットが扉の傍に歩み寄った。


「さて、行きましょうか」


 オルコットは扉を開け、中に入った。


 思わず感歎の声が口から洩れた。壁という壁、天井、床にまで、赤い宝石が煌めいていたのだ。これが緋蓮だ。眩い光が反射し、室内を赤く染め上げている。


「すごいな・・・・・」


 フォルセは呟きつつ、床に落ちている拳ほどの大きさの緋蓮を掴み取った。おそらく、これだけあれば充分だろう。ユリウスなどは興味津々で緋蓮を見つめている。


「さあ、用は済んだ。戻ろう」

「副長、もうちょっと感動に浸りましょうよ」


 ロキシーが言ったが、冗談のようである。証拠に、ロキシーは素直に部屋を出た。


 地上へ戻ると、サマンは何やら紙の束を持って待っていた。


「なんだ、それだけで良いのか?」

「はい。有難う御座います」

「欲がないなぁ。とりあえず、後はこれだな」


 サマンが紙の束をフォルセに差し出す。受け取って内容に目を通したが、行の途中が途切れていてまったく意味が分からない。ルゼリオが呟く。


「断魔の剣の作製書だな」

「これが・・・・・」


 ランシールが呟く。それから彼は腕を組んで何か考え込んだ。


「緋蓮を求めて来るというなら、断魔の剣を創るためだということだ。最初から分かっていたよ。それでも、俺はあんたたちの実力が知りたくてね。試すような真似をして悪かった」


 サマンはにこやかだった。ロキシーが溜息をつく。


「最初から分かっていたなら素直に出してくれよ」

「ははは、それが【烈火】の民だ。好奇心や感情の赴くままに行動する。俺やオルコットを見ればわかるだろう」


 何とも言えないのでロキシーは曖昧に頷く。


「作製書は残り三つの部族がそれぞれ所有しているという。平原のイウォルの民、フォーマル氷山の【凍牙】の民、アーリア鉱山の『今は亡き部族』・・・・・あんたの大事な家族が助かるよう、祈っているよ」


 サマンにそう言われたフォルセは、深く頭を下げた。


「有難う御座います」


 族長の館を出た一行にオルコットが促す。


「家に戻りましょう。今日は1日ゆっくりしないと」

「だね。みんな火傷が酷いみたいだし」


 ユリウスが自分の腕を見ながら言う。みな少なからず火傷を負っており、痛々しい。


 ユリウスはにっこりと笑った。


「覚悟しといて。滲みるよー?」


 露骨に嫌そうな顔をしたのはランシールである。


★☆


 オルコットの家に戻るとユリウスがアジーナの手を借りながら手際よく全員の火傷や傷の手当てをし、思い思いに休息を取ることとなった。フォルセはリビングにある椅子の一つに腰をおろして、サマンから譲り受けた緋蓮を見つめている。作製書の方は興味津々のユリウスが持って行って部屋に閉じこもってしまった。


 向かい側の椅子にオルコットが腰を下ろした。ひどく真面目な顔をしている。


「フォルセさん」

「・・・・なんだ? 休まなくても良いのか」

「どうしても聞きたくて」


 フォルセは目を閉じる。


「・・・・セオンのことか?」

「はい。いま私の前にいるセオンさんは、セオンさんではないということですか?」


 フォルセは沈黙する。オルコットが拳を握る。


「首を突っ込まないほうがいいと思って何も聞かずにいましたが、すみません、やっぱり聞かずにはいられないんです。フォルセさん、教えてください」

「・・・・・そうだな。事情も知らせずにすまなかった」


 フォルセはそう言ってから説明を始めた。


「以前ノルザックで会ったのが、本物のセオンだ。いま共に旅をしているのはルゼリオ。ちなみに、セオンの本名はアルセオールという」


 オルコットの顔色が変わった。


「ハルシュタイルの・・・・・?」

「そうだ。ルゼリオ第1王子とアルセオール第4王子だ」


 そこまで来て「ある事情で」で済ませる訳には行かなかったので、フォルセはすべてを話した。セオンと出会ったあの日から、セオンを失ってルゼリオが同行することになった理由まで、すべてを。


 語るのは苦手だ。その時の感情まで思い出してしまう。


 目の前にいながら、セオンがエーゼルに魄を抜かれるのを見ていることしかできなかった自分が、腹立たしい。


 聞き終えたオルコットは神妙な顔をして黙っていた。


「まさか、そんなこと・・・・・」


 ようやく絞り出すようにオルコットは言った。


「セオンさんはいまエーゼル王子に捕らわれていて、それを助けるために断魔の剣の素材である鉱物を探している・・・・ってことですよね」

「ああ」

「この後はどこへ?」

「中央平原に行く。そのあと、フォーマル氷山だ」


 オルコットは僅かに身を乗り出した。


「フォルセさん。どうか私も共に」

「・・・・・今度は、好奇心だけではないようだな」

「はい。そんな事態が起こっているのに放っておくなんて、私の騎士道に反します」


 オルコットは断言してから微笑んだ。


「それに・・・・・このまま『頑張ってください』で私が別れるはずもないと、ご存じでしょう?」


 フォルセも苦笑した。


「そうだな。お前はそういう人間だよ」

「てか、単なるお人好しだろ」


 急にロキシーが割り込んできた。オルコットは否定しなかった。


「ロキシー。丁度良いからお前にも聞きたい。このまま、俺と共に来ていいのか?」

「ああ。なんと言われようとついていくぜ」

「なぜ? 俺は同行してくれる明確な理由を知らないんだが」

「なぜって・・・・・」


 ロキシーが珍しく口ごもった。


「・・・・・そんなの決まってる。あんたの傍にいれば退屈しないし、何より居心地が良いんだよ」


 意外な言葉にフォルセは瞬きをする。


「俺は自分で王都を飛び出した。世間様から見りゃ相当の変わり者だ。けどあんたは俺を幕僚に迎えてくれたし、居場所をくれた」


 ロキシーはフォルセに背を向け、呟いた。


「・・・・ほんと、感謝してるよ。副長さん」


 ロキシーはそういうとそのまま歩み去った。フォルセはしばらく黙り、それから首を捻った。


「素直なロキシーなんて初めて見た」

「ロキシーさんも充分なお人好しですよね」


 オルコットが微笑んだ。


「・・・・ああ、本当に」


 フォルセはロキシーに、心から感謝した。


 自分を慕い、自分を信じ、居心地がいいと思ってくれているロキシーに。


 たくさんの騎士が、キシニアに配属されてよかったと。キシニアの民が、駐屯する騎士が彼らでよかったと。そう思ってくれることが、フォルセには何より嬉しいのだ。


★☆


 一行はアジーナに惜しまれつつオルフェイの街を出ることになった。門まで送ってくれたアジーナが、心配そうにオルコットを見る。


「オルコット、準備はできているの? 怪我した時の包帯は? お昼に食べるお弁当は? 手を拭くタオルは・・・・」

「姉さん、遠足じゃないんだから」


 オルコットが苦笑しつつ姉を押しとどめる。


「大丈夫だよ、心配しないで」

「そう? でも、どうしても不安で・・・・・」


 困り果てているオルコットの隣にフォルセが歩み寄った。


「アジーナさん。オルコットは立派な騎士です。それは私がよく知っている。だから、安心してください」

「フォルセさん・・・・・」


 嬉しそうにオルコットが微笑む。アジーナも納得したように、手を振って一行を送りだしたのだ。


「で、平原にはどう行く?」


 ユリウスの問いにランシールが答える。


「まずは首都へ。平原の西に、深緑が祀られている祠があります」


 大陸の西部は下弦の月、つまり左半分が見える半月を少し崩した三日月のような形をしている。上下の頂点には街があるが、それ以外の部分は一面が中央平原だ。一般的な首都へのルートである北周りの道は、上部先端の街と下部先端の街を船で移動し、そのまま南下する、というものである。以前フォルセらは船ルートを飛ばし、平原を横断したことで直接街道に出たのだ。


「以前の逆ルートを辿って平原に入り、そのまま沿岸部に沿って北上します」

「快く譲ってくれるのかね?」


 ロキシーの問いかけにランシールは完結に答える。


「あり得ません」

「ではどうする?」


 スファルの言葉に、ランシールは若干黙った。それから迷いなく言いはなつ。


「盗みます」


 ロキシーが口笛を吹いてにやりと笑う。フォルセが溜息をつく。


「ランシールも、妙な度胸を備えたようだな・・・・」

「誰の影響だろうな?」


 シリュウがからかうようにフォルセに言った。


 再びイエンナを通過し、首都へ向かう。道中、フォルセはシリュウに尋ねた。


「もう首都に入っても大丈夫でしょうか?」

「混乱の音は聞こえない。第4王子を探しているような動きもないな。第2王子はただ、第4王子の魄を求めていただけだったらしい」


 瞬時に音を聞き取り、シリュウが答える。フォルセが腕を組む。


「首都へ寄るからには、モルザート元帥にも挨拶をしなければならないでしょうね」

「まあ、形だけでもな」

「いや、いいから!」


 ロキシーがむきになって反論する。


「俺だけ外で待っているから、なあ、それでいいだろ?」

「ああいう父親は、息子の無事な姿を自分の目で見なければ納得しないぞ」


 シリュウの言葉にロキシーが言葉を詰まらせる。ユリウスが面白そうに続ける。


「ローくんはどこにいるんだ、無事なのか、って騒ぎだして、騎士総出でロキシーを探すだろうね」

「くそ・・・・!」


 ロキシーがうなだれ、降参した。


★☆


「ローくんっ!」


 そう言ってロキシーに抱きついた―――もとい飛びついたのは勿論ボレンス・モルザート元帥である。


 ロキシーの顔がひきつる。そこからは長々と元帥によるロキシーの安否確認が始まり、ロキシーは無言で突っ立っていた。


 それは有に1時間を越え、疲れがたまっているユリウスなどは壁際に座りこんでうとうとしており、フォルセがつついて起こした。


 モルザート元帥は咳払いし、ようやくぐったりとした様子のロキシーから離れた。


「さて諸君。よく無事でここまで戻って来たね」


 すっかり元帥の顔に戻ったモルザートがそういう。シリュウが歩み寄って手短にここまでの事情を説明した。あまりにもぶっ飛んだ説明だったが、モルザートにそれ以上説明する必要はなかった。


「というわけで、まあ形式的に、一応、顔を見せに来たという訳です」

「ありがたいねえ。で、すぐ平原に行くのか?」


 シリュウは頷いた。モルザートが肩をすくめる。


「少しくらい休憩したらどうだ? みな疲れているようだが」

「そりゃあんたの長い話のせいだよ」


 ロキシーが辟易したように呟く。1時間ほったらかしにされれば疲れるだろう。


「ローくん、そんな風に言わんでくれ。私はローくんが心配で心配で・・・・・」

「あー、分かったから話続けろ」


 ロキシーが素っ気なく言う。


「一晩の部屋くらいならすぐに用意できる。また平原に行くというのなら、休息を怠るべきではないぞ」


 シリュウが「どうする」と問いかけるように振り返る。ランシールが口を開いた。


「このまま首都を出ると、平原に入るのは夜になってしまいます。夜の平原を歩くのは骨が折れますから、僕も今日は夜を明かした方がいいと思います」

「ではそういうことにしよう。丁度、私もやらなければならないことがあるのでな」


 シリュウの言葉にモルザートは頷いた。


 その師の顔を見て、フォルセは不可思議な不安を覚えた。

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