5章‐5 2度目の生
翌朝になっても、セオンは目を覚まさなかった。一同は再びケイオスの部屋に集まった。この日のケイオスは寝台に横たわったままだ。
「4つの鉱物はすべて連合にある民族がひとつずつ所有している。北の『紺碧』、南の『緋蓮』、西の『深緑』、東の『紫紺』・・・・分かっているのはその名だけだ」
ガルスの説明を聞き、一同は腕を組む。
「・・・・紺碧とは、私の故郷・・・・フォーマル氷山の【凍牙】の民が祀っている」
シリュウが不意に口を開いた。すると、ランシールも不安そうに口を開いた。
「深緑っていうのは、平原でイウォルの民が・・・・・」
「緋蓮にも心当たりがある。砂漠に住む部族がいるんだ」
フォルセも言う。アイオラが目を見張る。
「そんなあっさり在り処が判明するなんて、すごいわね。紫紺には心当たりなし?」
頷きかけたその時、ユリウスが首を振った。
「キシニアのアーリア鉱山、だよ」
ロキシーが驚いて振り返る。
「鉱山にあるのか? だが、あのあたりに民族なんて・・・・」
「カルネアが連合を統一するよりも以前に、鉱山の中で暮らす民族がいたんだ。歴史書にちゃんと載ってる」
フォルセが顎を摘まむ。
「その鉱物がある場所は、連合の四隅だ。カルネアはそれを知って、国境を決めたのだろう。そうですよね、教官?」
シリュウは頷いた。
「それぞれに自然界の力が宿っていて、いわば結界のようになっているらしい。四つの鉱物が成す結界の中、つまり連合は豊かで緑が多い。カルネアはそうして、大陸の中で連合を切り取った」
「興味深いですね・・・・・」
ユリウスが興味津々で呟く。スファルが意図して話が長くなりそうなユリウスを遮るように口を開く。
「とりあえずまずはキシニアに戻るのが良さそうだな」
「そうだな。だが、セオンは・・・・・」
フォルセが眠ったままのセオンを振り返って口ごもる。と、その瞬間セオンの瞼が震えた。
「セオン?」
フォルセが身を乗り出す。
セオンがそっと目を開いた。安堵した表情を浮かべたフォルセだったが、それも一瞬で消えた。
赤い宝石のように美しかったセオンの瞳が、まるで真反対の、碧空のように澄んだ色に変わっていたのだ。セオンにはない鋭い視線で、フォルセを射抜いてくる。
「・・・・・誰、だ」
分かってはいたが、問いかけずにはいられない。セオンは視線をフォルセに固定させ、それから口を開いた。
「・・・・カルネアの黒豹か」
出た声はセオンのものだ。だが、雰囲気も口調も違う。セオンよりも強く、威風堂々とした言葉だ。
「久しいな。戦場以来だ・・・・・・」
「! ・・・・まさか」
フォルセが言葉を詰まらせる。スファルもほぼ同時に気づいていた。
「貴方は・・・・・!?」
セオンは身体を起こした。彼に向って、ガルスとアイオラが同時に跪いた。ケイオスが僅かに笑みを浮かべる。
「お久しぶりです。・・・・・お会いしたかった、兄上」
ルゼリオ・ジェイス・ハル=シュタイル第1王子である。
★☆
事情を聞いたセオン―――否、セオンの身体に宿ったルゼリオは、組んでいた腕を解いた。腕を組む、という動作すら、セオンはしなかった。
「・・・・事情は分かった。断魔の剣を手に入れ、エーゼルを止めるのだな」
「はい」
スファルが戸惑い気味に頷いた。だが、ルゼリオも充分戸惑っているはずだ。彼はもう死んだ身で、なぜかこうして再び意識を保てているのだから。しかもそれは自分の身体ではなく、弟の身体だ。
ルゼリオは顔を上げ、フォルセを見つめた。
「・・・・私も、共に行かせてほしい」
「しかし、危険です」
フォルセの言葉に、ルゼリオは首を振った。
「セオンがいない分の戦力低下を、少しでも補いたい。・・・・鉱物を求め、危険な場所にも行くのだろう?」
フォルセは沈黙し、しばらくして頷いた。
「分かりました・・・・よろしくお願いします」
シリュウがガルスらに視線を戻した。
「で、4つを集めたらどうすればいい?」
「剣を鍛えるだけだ。製造法はそれぞれの部族が所有している。優れた鍛冶師はいないのか?」
ランシールが微笑んだ。
「それはキシニアのみんなにお願いすれば大丈夫ですね」
「だな」
ロキシーも頷く。アイオラが一同を見回す。
「それじゃ、すぐにでもキシニアを目指すと良いわ。キシニアへ行くには王牙山脈を越える必要もなく、ただ西へ行けば良いから」
「そっちはどうするの?」
ユリウスに問われ、ガルスが答えた。
「何も変わりはしない。私はこのまま陛下にお仕えする」
「私はもうエーゼル殿下につくのは無理ね、裏切ったから。ケイオスさまのお傍にいるわ。何があっても、命を懸けてお守りする」
ユリウスはじっガルスとアイオラを見比べ、首をかしげた。
「―――ひょっとして、ふたりって父娘?」
「あら、良く分かったわね」
フォルセが目を見張る。
「そうだったのか」
「似ていないから吃驚したでしょ。ま、それが好都合だったんだけれどね」
アイオラがにっこりと微笑む。少し黙っていたランシールがはっとして顔を上げた。
「もしかして、塔から突き落とされたセオンを助けたのは、貴女なんですか?」
「またまた正解。意識を失ったアルセオールさまをキシニアの森の中に移動させたの。スファルが動くだろうということを想定してね」
スファルは眉をしかめた。
「・・・・危険な賭けをしたものだな」
「あまり心配していなかったわ。アルセオールさまは運が良い方だから」
呆れてスファルが肩をすくめた。
「何か動きがあればお知らせします。どうか、お気をつけて・・・・」
ケイオスの言葉に、ユリウスが気遣わしげな視線を向けた。
「・・・殿下もね」
ケイオスは微笑んで見送った。
フォルセらは王都を発ち、キシニアへ向けて旅を再開した。
「キシニアに戻って、まず何処の奴を取りに行きますか?」
「安全な場所のものから始めたほうが良いな」
フォルセの答えを聞いてロキシーが言う。
「ならキシニアは一番だな。次は?」
「砂漠に行こう。あそこの部族は穏やかだ」
フォルセが断言する。
「残るは平原と氷山、どちらかだけど・・・・・」
ユリウスの言葉にランシールは、シリュウに視線を向けた。シリュウは黙っていたが、顔をあげて口を開いた。
「氷山は最後にした方が良い」
命令より、懇願に近い指示だった。フォルセは何も言わず頷いた。ロキシーが不思議そうに尋ねる。
「フォーマル氷山ってそんなに危険なのか?」
「ああ、命がけだ。・・・・私は掟を破ったのだからな」
シリュウの様子は、王都イルシェルに到着した頃からどことなくおかしい。フォルセをけなすことも少なかった。思いつめているような顔をしていたのだ。
「ランシール、お前は掟破りがどれほどの罪か、分かっているだろう?」
振られたランシールは重々しく頷いた。
「少数部族は、自分たちの文化を守るために厳しい掟を布きますからね。・・・・まあ、僕も掟破りをしたんですけど」
平原の外の人間に触れるな、という掟を破り、さらに外で生活しているのだ。重罪だろう。
「特に【凍牙】の民は厳しい。危険だから最後に回せ」
「分かりました」
フォルセはもう一度頷いた。
王都イルシェルとキシニアは、直線距離で5日ほどになる。途中に山はあるが、王牙山脈ほど険しいものではなく、むしろ緩やかで越えやすい。魔族もそこまで多くない。
山頂で一度休憩を取った時、ルゼリオが仲間たちからひとり離れていることに気づいたフォルセは、そっと彼の傍に歩み寄った。
「セオン・・・・・いや、ルゼリオ殿下」
ついセオンと呼びかけてしまい、フォルセは訂正する。ルゼリオはふっと苦笑を浮かべ、振り向いた。
「ルゼリオで良いよ」
ルゼリオは生きていれば25歳。フォルセよりひとつ年下である。が、ルゼリオはそれよりも大人びているように感じる。
「あまりお一人になられないほうが良いのではありませんか」
「大丈夫だ。私はここで良い」
ルゼリオは首を振った。フォルセはそんなルゼリオを見つめ、ぼそっと呟いた。
「・・・・・気を遣ってくださっているのですか?」
ルゼリオは初めて身体ごと振り返った。
「みな、私の傍にいるのは辛いのだろう。特に貴方が」
図星だった。目の前にいるのはセオンだ。声も、姿もセオンそのものだ。だが、彼の人格はセオンではなく、その兄ルゼリオだ。声音も、口調も、ちょっとした仕草も、セオンとはまるで違う。それに違和感を禁じえない。
「・・・・ほら、また辛そうな顔をしているな」
ルゼリオが微笑む。その笑みはセオンとなんら変わらない。
「私はセオンが返ってくるまでの間の、いわば留守番役だ。時が来れば私は出ていく。セオンの身体を奪って生き永らえるつもりはないから、安心してくれ」
朗らかにルゼリオは説明したが、勿論フォルセはそんなことを心配していない。ただ、この第1王子にこれ以上気を遣わせてはいけないと、フォルセはそう思った。
「・・・・セオンはここまでに何度も貴方の話を、私にしてくれました。貴方の願いを叶え・・・・戦いでは何も解決できないとエーゼル殿下に伝えたいのだ、と」
「エーゼル、か・・・・・」
ルゼリオは束の間目を閉じた。
「昔は優しい人間だった。だが、あの変わりようは・・・・・魔に取り憑かれたとしか思えない。でなければ、あんなこと・・・・・」
あんなこと、とは何か。ルゼリオの口ぶりからして、過去の出来事のようだ。だが、聞くのは躊躇われた。口にしたのは別のことだ。
「魔に取り憑かれた、ということは・・・・断魔の剣で斬るということですか」
「ああ。私の思い違いでも、断魔の剣はただの剣ではないそうだからな。それに、その剣は捕らわれた魄を解放する力もある」
フォルセが首をかしげると、ルゼリオは丁寧に説明した。
「普通、人間は死を迎えると同時に魄が身体を離れる。だが、私やセオンのように人為的に魄を抜かれると、その魄は一生この世に留まることとなってしまう。普通の武器で砕いても駄目だ。本当に解放するには、断魔の剣で斬るしかない」
「お詳しいですね」
「城の書物に記されていた。さらに魄とは・・・・魔物を形成する負でもある。人の身体から抜けた魄が魔物になるのだ。そういうわけで、魔物を断魔の剣で斬れば魔物もまた解放される」
「だとすれば、断魔の剣は以前にも使用されたことがある、ということですよね。なぜ一から創りなおしなのですか」
と、フォルセの傍にすらりとした長身の男が歩み寄った。内心で驚いたが、それはシリュウである。
「その剣は世界の4大元素から成る、人知を越えた剣だ。扱いは非常に難しく、人によっては数日で折れてしまうらしい」
「教官もまたお詳しいですね」
「お前が無知なだけだ」
軽くフォルセは傷ついたが、シリュウはふっと笑った。
「というのは冗談で、知らなくて当然だな。凍牙の口伝だ」
「以前言っていた、あの?」
「ああ。その口伝の中に赤い光、つまり魄のことが出ていた。ようやく思い出してすっきりした」
「良かったですね、まだボケていなくて」
「馬鹿者、それが師に対する言葉か」
シリュウが思いきりフォルセの頭を小突いた。
そうして一行はキシニアへ到着した。キシニアを攻めていたというハルシュタイル軍の姿はなく、砦も静まっていた。
「アイオラが退けたのだろう」
ルゼリオの言葉にフォルセが頷いた時、馬蹄の音が響いた。あっという間に取り囲まれる。キシニアの騎士だ。
「何者だ! ここは連合の領土だ」
最初から高圧的に誰何され、フォルセは肩をすくめる。
「戦後すぐでぴりぴりしているようだな。私の顔を忘れたか?」
「ふ、副長・・・・!? なぜハルシュタイルから!?」
騎士たちが慌ててフォルセに頭を下げる。
「突然現れてしまってすまない。用があったんだ。一足先に戻って、隊長に話を通しておいてくれるか」
「はっ」
騎士は頷き、馬首を返した。数人はフォルセの元に残り、彼らを誘導していく。
砦の中は、想像していたほど混乱してはいなかった。騎士も落ち着いているのだろう。すぐに隊長ハーレイ・グラウディの部屋へ向かうと、相変わらずの無愛想な表情で迎えてくれた。
「良く生きて戻った」
まずそう言葉をかけると、すぐ視線でフォルセに説明を要求する。フォルセが一通り簡潔に事情を説明する。
「・・・・つまり、これからお前たちはその4つの鉱物とやらを求めて旅を続ける、と?」
「はい。また留守にいたします。申し訳ありません」
ハーレイは首を振る。
「・・・・アーリア鉱山の鉱物は探させる。お前たちは一晩休んだら次の場所へ向かうが良い」
「有難う御座います」
フォルセは頭を下げる。この隊長は余計なことを聞かないから簡単で助かっている。
「キシニアの騎士4人はいいとして、残る3人は何処に泊まる?」
ユリウスが首をかしげると、ランシールが提案した。
「官舎の僕の部屋の隣が空いていますよ」
「じゃあそこはシリュウで、おっさんはまた牢屋に入るか?」
「冗談ではない」
スファルがむっとした口調で拒否する。フォルセは黙っているルゼリオに視線を向けた。
「良ければ、私と兄の家にいらっしゃいませんか?」
「良いのか」
「はい。丁度セオンが使用していた部屋もありますし」
ユリウスが微笑んで頷いたのを見て、ルゼリオも頷いた。
「ではそうさせてもらう」
結局シリュウとスファルは空き部屋にふたりで泊まることとなった。明日の朝に再び砦で合流する約束をし、フォルセとユリウス、ルゼリオは茜色の空に包まれる街へ戻っていった。
民の表情はいつもと同じだ。疲労は見られるが、活気を失ってはいない。戦いの爪後はもう何処にもなかった。
「良かった。みな、元通りだな・・・・・」
フォルセがほっと安心したように呟いた。ルゼリオも辺りを見、笑みを浮かべた。
「連合の街は、豊かだな・・・・・」
家に着くと、ユリウスは灯りをつけ、換気をした。家はリビングも私室も以前のままだった。
「セオンとどのくらい暮らしていた?」
問われたフォルセが顎を摘まむ。
「3カ月くらい・・・・・ですね」
「あいつはいつも何をしていたんだ? 記憶を失っていたのだろう?」
「掃除や買い出しなど、家事は殆ど請け負っていてくれました。あとは・・・・・傍に宿屋があって、そこの手伝いに行ったり、共に魔物討伐に行ったり」
それを聞いたルゼリオが急に吹き出した。フォルセが不思議そうに見やると、ルゼリオは微笑んだまま答えた。
「いや、すまない。・・・・セオンが家事ね。ふふっ」
「料理もなかなかの腕だったよね?」
ユリウスが口を挟む。またルゼリオは笑った。
「あいつは家事能力が一切なくて、部屋の掃除だってまともにできなかったのに。そうか、料理もできるのか・・・・・記憶を失って、悪いことだけではなかったようだな」
「はい。・・・・そう思っていてくれると信じています」
ユリウスは夕食を作るために台所へ姿を消した。彼は刃物の扱いに長け、「メスが包丁になっただけ」とロキシーは言う。彼が作る料理は芸術品だ。
ルゼリオはしばらく部屋の中を見つめていたが、ふと尋ねる。
「紫紺という鉱物は、アーリア鉱山にあるのだと言っていたな?」
「兄の話では」
「・・・・・そうか、だから・・・・・」
ルゼリオが厳しい表情で腕を組む。その時フォルセは確信した。彼は、アーリア鉱山が爆破事故を起こした原因を知っている、と。
「殿下、アーリア鉱山が何か?」
フォルセは僅かに身を乗り出す。ルゼリオは目を閉じる。
「あそこは昔、爆破事故があった」
「知っています」
ユリウスが包丁で野菜を切っている音だけが聞こえる。ルゼリオは静かに口を開いた。
「あれは事故などではなかった。爆破されたのだ」
「誰が? 何の目的で?」
「あそこに断魔の剣を創るための素材の一つがあると知り、身の危険を回避するために紫紺ごと滅ぼそうとしたのだろう。爆破指示を出したのは、エーゼルだ」
台所から激しい音が聞こえた。フォルセがはっとして立ち上がると、ユリウスの手から包丁が離れ、床に落ちていた。
「兄さん!」
「あ、・・・・・ああ・・・・大丈夫だよ」
ユリウスは包丁を拾い上げ、一緒に落ちた野菜も拾う。
「それより・・・・・その話は真実なんですか」
ユリウスが堅い声で問いかける。ルゼリオは頷いた。
「この目で見たことだ」
「だって、あれは11年も昔なんですよ? エーゼル王子はまだ12歳だったはず・・・・・どうしてそんな目的を持てるんですか」
「だから言っただろう。エーゼルは魔に取り憑かれたと。あんな指示を、12歳の少年に出せるはずもないと私も思っている。その時を境に・・・・エーゼルは変わった」
「確かに、断魔の剣を恐れる魔に取り憑かれているのなら、辻褄は合うが・・・・」
フォルセが俯く。ユリウスは強く唇をかみしめた。
「そんな―――なら、母さんの汚名は濡れ衣だ・・・・」
ルゼリオが目を見張った。
「それは、どういう・・・・?」
ユリウスが黙ってしまったので、フォルセが呟く。
「私たちの両親はその事故で亡くなったのです。母は発掘機械の技術者で、その機械の不具合だと言われたので酷い汚名を被りました」
「そうだったのか・・・・・すまない。知らぬこととはいえ、酷な話をしてしまったな」
ルゼリオが頭を下げた。
あまりの衝撃で、フォルセは両親が亡くなってから数日間を過ごした記憶が殆どない。あれほど憧れていた両親が亡くなったことを認めたくなかったのだ。その分、ユリウスは必死に弟を守った。他の遺族から母に対する罵倒を浴びせられても耐えた。殴られても耐えた。だが、フォルセに手を出そうとする者には容赦がなかった。そうやって弟を守る内、彼は格闘術を身につけたのだ。
今ではすっかり、母に対する酷い言葉は投げつけられない。だが、ユリウスは深く傷ついていたのだ。あれほど優しくて強かった母が間違いを起こすはずがないのだと。しかし事故は起こってしまった。それが哀しく、辛かった。それでも自分なりに受け止めて乗り越えた死だった。なのに今更、あの事故は隣国の王子の仕組んだことだったなどと。
「こんなことを言うのは不謹慎だと思う。だが・・・・・もしエーゼルと戦って、彼が正気を取り戻したなら・・・・頼む、エーゼルを殺さないでやってくれないか」
ルゼリオの願いを無下にはしたくない。だが、心の内に芽生えた憎悪を消すこともできない。フォルセは絞り出すように声を出した。
「・・・・お約束はできません。戦いに、不測の事態は付きものです。ですが・・・・・最善を尽くします」
ルゼリオはその答えに頷いた。
ユリウスが暗い表情を振り払って笑った。
「よし、じゃあ暗い話は終わりね。殿下、お酒はイケる口ですか」
急に話を変えられたルゼリオは瞬きを繰り返し、我に返った。
「い、いや・・・・・私は遠慮して」
「そんなこと言わずに」
ユリウスが強引に勧める。キシニアの酒はかなり強いので、やめた方が良いとは思ったが結局フォルセは何も言わなかった。




