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遠き空の下  作者: 狼花
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1章‐2 その名は黒豹

「どけ、ランシール!」

「はっ、はいぃ!?」


 咄嗟に動けないランシールを押しのけ、フォルセは少年を抱えたまま槍を一閃させた。飛びかかってきた魔物を払いのけると、魔物は地面に叩きつけられた。はっとしたランシールが発砲し、魔物は仕留められた。一息つき、フォルセは槍を下して振り向いた。


「ランシール、怪我は・・・・・」


 視線を向けたランシールは両手で顔を覆って「うわーっ」と声を上げている。フォルセはその様子を見て「ないな」と呟いた。


「戻るぞ」

「は、はい・・・・そっ、その子、連れて行くんですか?」 


 動転したままランシールが問いかけ、フォルセは頷いた。


「放っておくことはできない」

「ですよね・・・・・すみません、騒いでばっかりで」


 ランシールは大きく息をついた。フォルセは微笑む。


「もうとっくに慣れた」


 フォルセが少年を抱えてランシールと共に街道に戻ると、そこには車輪が大破して傾いている大きな馬車と、多くの老若男女がいた。傍で騎士が周囲を固めている。これがキシニアに向かう途中で襲撃を受けた旅団である。連合の各都市を回っている人々で、立ち寄った街で特産品を仕入れては次の街へ向かう、それを繰り返している。なのでキシニアにいても、砂漠の街の食材などが手に入るわけだ。彼らは半年に一度キシニアに来る。その到着を楽しみにしている住民も多いので、無事キシニアまで送り届けなければならない。


「副長」


 気づいた騎士が姿勢を正す。彼らには、破損した馬車の傍で旅団の人間を守るよう指示してあった。フォルセは少年を下ろしながら尋ねた。


「損傷は?」

「負傷者が数名おりますが、どれも軽傷です。ところで、その少年は・・・・?」


 フォルセは直接答えず、旅団の団員に尋ねた。


「森の中に倒れていた少年だ。貴方がたの連れではないか?」


 人々は顔を見合わせ、首を振った。


「いいえ、違います」

「そうか・・・・」


 ランシールが首を捻る。


「キシニアに住んでいる者では?」

「いや、見たことがない」


 フォルセが即座に断言する。キシニアは人口が少ない都市なので、何年も生活すれば見知らぬ人物などすぐに分かってしまう。


「とりあえず、貴方がたを護衛しながらキシニアへ向かう。周囲を固めろ」


 フォルセの指示で騎士たちが旅団を取り囲み、壊れた馬車を数十人で押しながら街へ向かうこととなった。幸い、もう街の城壁は見えている。

 フォルセは少年を肩に担ぎ直し、槍は後ろに回した。ランシールが傍に歩み寄る。


「その子、どういたしますか」

「目が覚めるのを待つしかないな。事情が分かれば隊長に報告して、そのあとのことを決める」


 もっともな意見にランシールも頷いた。


 森は先ほどまでの静けさを取り戻していた。フォルセはランシールとともに馬車をひく馬の手綱を握って先導した。御者席に座った白髪の老人がフォルセに声をかけてくる。彼がこの旅団の長だ。


「フォルセ殿、手数をおかけして申し訳なかった。うちの倅を含め腕利きは何人もおるんだが、みな真っ先に怪我をして、情けない限りだ。お前さんが来てくれなければ、わしらはこの森で朽ちていたかもしれん」

「気にするな。この森の魔物は強いし、他に比べれば俊敏な動きをする。貴方がたを発見し、私に知らせたのは・・・・森の中を巡回中だったこのランシールだ」


 老人の視線が、左の馬を引いているランシールに向けられる。ランシールは赤面して頭を掻いた。21歳と若く、加えて童顔の彼が笑うと、ほんの少年にしか見えない。


「また10日くらいは滞在するのか? よければ、出発の時に森の出口まで護衛するぞ。次は隣のノルザックに行くのだろう?」

「本当か、そいつは助かる! 傭兵を雇おうにもゴロツキばかりだからな・・・・それにしてもお前さんたちは街の外まで巡回しているのか? そんな部隊、どこを探してもキシニアだけだ」

「それも騎士の務めと心得ている。それに、まあ・・・・・貴方がたの到着が遅れていたからな。何かあったのではないかと警戒していたわけだ」


 老人が目を見開く。フォルセが微笑む。


「キシニアにはこの時期を心待ちにしている民がいる。今回も良い商品を期待しているよ」

「・・・・・・お前さんたちみたいな騎士は他にいない。流石、音に聞こえる【黒豹】部隊だ」


 老人も嬉しそうに呟いた。



 旅団とは城門をくぐってすぐのところで分かれた。フォルセは隊をまとめ、砦への帰路を歩み始める。


「やっと帰ってきましたね」


 ランシールがほっとしたように呟く。フォルセは背負っている少年を揺すりあげながらランシールを労った。


「今日もお手柄だったな、ランシール。お前は周りの様子にいち早く気付くから、頼りになるよ」

「い、いえそんな・・・・! 僕は臆病ですから、神経が過敏になっているだけです」

「臆病などではないさ。お前は視野が広い。それは立派な能力であり、才能だ」

「副長・・・・・」


 ランシールが嬉しそうに破顔する。


 あちこちで鍛冶の音が聞こえる。分厚い砦に守られたこの街の殆どが鍛冶場だった。剣が鍛えられたり、鉄製品が加工されたりと、日々音が絶えない。市場も活気にあふれ、建物が鉄でできたような重々しい雰囲気だ。住む人々も豪快で気さくな者が多く、激戦地にある街であることなど感じさせない。


 城壁は全て砦としての機能を備えており、その中枢は東、ハルシュタイルに最も近い部分に本部が置かれている。砦の傍には騎士団の官舎もあるが、騎士たちはほぼ毎日砦で過ごしている。


「私はこの子を医務室へ連れていく。報告を頼めるか、ランシール」

「・・・・・はい」


 ランシールは頷いたが、若干表情が不服そうである。フォルセは肩をすくめた。


「・・・・そんなに、隊長と話すのは嫌か?」

「嫌ってわけではありません。苦手なんです」


 ランシールはぼそぼそと言い訳をする。


「でも、副長のご命令ですから行ってきます」


 ランシールが踵を返したのを見て、フォルセは再び肩をすくめる。

 第五連隊長でもあり、それに含まれるこの第一大隊の隊長―――それが、フォルセ直属の上官であるハーレイ・グラウディだ。連隊長まで務めるのだから実力は折り紙つきであるが、彼はあまり部下の前に姿を見せない。剣を手にしているのも、フォルセは久しく見ていない。ハーレイからは「お前に一任する」と大隊の指揮権を託されているが、堅物のフォルセは隊長の指示を仰がず事を進めるのを良しとしない。だが相談を持ちかけても「それでいい」と頷くだけなので、結局フォルセが隊を動かしているのだ。影が目立つ隊長より、気さくで優秀な副長を部下が慕うのは、当然の結果ともいえる。


 最初の頃は、副長である自分が全ての指示を出すことに後ろめたさを感じていたが、今はハーレイに信を置かれているのだということを理解しているので、責務を全うするだけである。それにしても、隊長ももう少し部下と語らう時間をお作りになれば良いのに、と思わないでもない。だからランシールのように苦手意識を持たれてしまうのだ。


 砦は五階建てで、街を囲むような枠だけの四角形の造りだ。東側の一辺に騎士団詰め所、西側の一辺に補給物資などの倉庫、北と南の一辺には執務室や医務室などの部屋が並んでいる。

 医務室は北側の一階にある。フォルセが医務室の扉を開けると、いつもの医薬品の匂いが鼻をつく。


「フォルセ、今日はどうしたんだ?」


 室内にいた、軍の制服の上から白衣を着た男性が声をかけてくる。第五連隊の制服は黒衣で統一され、フォルセらの異名【黒豹】はそこからきている。豹が誰なのかと言えば、それはフォルセのことである。隊長ハーレイのことだったら「狼」だとか「鴉」だとか呼ばれていただろう。


 彼は軍医のユリウスである。姓はミッドベルグと言い、紛れもなくフォルセの四歳上の実兄だ。


「森の中で倒れているのを見つけたんだ。少し診てやってほしくて―――」


 フォルセが言いながら医務室内に入り、視線をやや左へ移動させて停止する。そこに置かれた白いソファに、ひとりの騎士が図々しく座っていたのだ。深い蒼の髪を持つ騎士は振り向くと、にっと笑う。


「よっ、副長さん。お帰り」


 気安く片手を上げて挨拶をする。フォルセは寝台に少年を下ろしながら騎士に言う。


「ロキシー、またここに入り浸っていたのか? 確か留守を頼んでおいたはずだがな」

「いやあ、居心地が良くてつい」


 ロキシー・ディスケイトは身分的にはランシールの下である、城壁からの砲撃部隊長を担っている。歳は28でフォルセよりふたつ上で、武芸においても非凡な才能を持つ。そんなロキシーがまったく出世しないのは、その「問題児ぶり」にある。事あるごとに訓練をサボり、昼間から酒場に入り浸り、上司に躊躇なくタメ口を利く。そんなロキシーの態度は勿論見過ごせるものではないが、実力や実績があるので厳しい処罰もできない。何より彼は隊の内外で人気があるので、いてもらわなくては困るのだ。士気をあげる台詞はよく似合うし、フォルセも気に入っている。


「兄さんも、簡単に用のない人間を医務室に入れないでくれ」


 微笑みながら少年を診察していたユリウスが顔を上げる。


「医務室は来る者拒まず。それはそうとフォルセ、なんだか最近さらに口うるさくなったんじゃない? 姑みたく」

「姑って・・・・・」

「苦労しているんだなあ、副長さん」

「ロキシー、どの口がそう言っているんだ? まあ、酒場に入り浸っていなかっただけましか―――」


 他人事のようにけらけらと笑うロキシーに溜息をつきつつ、フォルセは視線を兄に戻した。


「それはともかく、兄さん、その子の様子は?」

「うん・・・・外傷もないし、頭を打った様子もなし。何かに吃驚して、腰を抜かしたとかだったら面白いけど」

「ランシールじゃあるまいし」

「僕がいつ腰を抜かしたって言うんですか、ロキシーさん!」


 急にランシールの声が割り込み、フォルセとロキシーが振り返る。医務室の入り口に、片手を腰にあててランシールが立っていた。ロキシーが弁解するように手を振る。


「いや、だってお前戦いの時はいつもこの世の終わりみたいな顔しているじゃないか」

「そんな酷い顔していませんよ」


 むくれたようにランシールが目をそらす。それから心配そうな顔になってフォルセを見やる。


「・・・・していませんよね?」


 フォルセは苦笑して肩をすくめただけで答えなかった。口に出したのは別のことだ。


「ランシール、隊長は何か言っていたか?」


 ランシールは呆れたような顔になり、首を振る。


「いつもと同じですよ。僕の報告が終わったら黙って片手を上げて『下がれ』です」

「あの人も暗い人だよな。いつも何してるんだか」


 ロキシーが急に辛辣になる。


「そういう言葉は慎め」


 フォルセが静かに咎める。ユリウスも頷く。


「場所もはばからないで辛口コメントをするんだから、君は出世を逃すんだよ。言うならフォルセがいないところで言わなきゃね」

「・・・・・・」


 フォルセは息をついた。


「とりあえず僕たちはこれで退散します」


 ランシールがロキシーの腕を掴んだ。ロキシーが目を丸くする。


「えっ、俺も?」

「当たり前でしょう。僕は貴方を連れ戻しに来たんですよ。この後は射撃訓練です。ロキシーさんも一応師範なんですから、頼みますよ。僕とふたりで全新人騎士を指導しなきゃならないんですからね。それが終わった後は戦術の講義。夜は僕と一緒に市街の巡回です」

「そんないっぺんに言うなって! それになんでお前が俺のスケジュールを管理してるんだよ」

「したくてしているんじゃありません! 不本意ですが僕は貴方と行動を共にすることが多いんです!」

「ああ、ランシールという名の手綱だな」


 フォルセがあっさりと言う。人事はフォルセと隊長ハーレイで決定している。意見一致でロキシーのお目付けはランシールに決まったのだ。


「その前に、だ。騎士が戦術の講義を受けるって意味分かんねえんだよなあ。騎士は戦うもんだろ? 戦術なんてもんは指揮官の領分のはずだ」

「臨機応変という言葉があります。大体、キシニア駐在の騎士は人数が多くないんですから、一人一人に高度な戦術が要求されるんですよ。それに、戦術っていうのは指揮だけではありません。身体の捌き方、相手との渡り合い方・・・・・まずは言葉、次に身体で。これ基本です。さあ、行きますよ! 態度が悪ければ僕が補習します。生憎戦術は専門分野なんですよね」

「ちょ、やめろ、ランシール! こらぁ」


 ロキシーは半ば引きずられるようにランシールと共に医務室を出て行った。急に静寂が訪れた医務室の中で、フォルセは肩をすくめる。


「賑やかだな、まったく・・・・・」


 この騒ぎは日常的なものだ。いなくなったロキシーをランシールが探し出し、引きずり戻す。彼は授業をさぼる子供のように医務室に逃げ込むか、昼間から酒場で酒を煽るか、どちらかなので探すのは簡単だ。仲がいいといえばいいのだが、困ったものである。


「大変だね、副長さん」


 ユリウスがにこにこしながらからかう。


「兄さんまでそんなことを。皆から苦労していると言われるが、それほどでもないよ。砦ではランシールが騎士たちを引っ張ってくれているし」


 ふたりきりになって砕けたフォルセの言葉を聞き、ユリウスは寝台に横になっている少年の脈を測りながら口を開いた。


「ランシールって面白いよね。普段は真面目ですごく頼りになるのに、戦いになるとわーわー悲鳴を上げながら銃をえげつないくらい連射。相手を油断させようとする演技なんじゃないの?」

「違うと思う」


 フォルセは断言した。彼の性格は昔からだ。その中で、戦う勇気を身につけただけだ。


 ユリウスは肩をすくめつつ、少年の衣服に手を突っ込み始めた。フォルセが瞬きして、慌てて止めに入る。


「何をやっているんだ」

「身元を証明できるものがあれば話が楽じゃない」

「それはそうだが・・・・・いや、駄目だって!」


 危うく納得しかけた自分に気づいて兄を止めようとしたが、自由奔放な兄は鼻歌でも歌っているのではないかという楽しそうな顔で『検査』を続けている。少し経って、ユリウスは身体を起こして腰に手を当てた。


「うーん、一銭も持っていない、か・・・・」

「一文無しになって力尽きたんだろうか」


 もはや諦めてフォルセはソファに身を沈める。


「そうとも言い切れないと思うよ。財布すら持っていない、完全な手ぶらだからね。・・・・おや、これはなんだ?」


 ユリウスが何かを見つけ、少年の背中に手を突っ込む。裾の長い上着の背の部分に隠されていたものを引っ張りだし、フォルセに見せる。


「なんだと思う?」


 異様なものを見せられ、フォルセは眉をしかめた。

 長さは掌から肘までくらいで、掴むための柄がある。何かが折りたたまれているようで、受け取ったフォルセはそれを伸ばしてみる。


 折りたたまれているのは刃だった。少し湾曲した片刃。伸びると収納時の二倍ほどの長さの剣となっている。


「・・・・軍刀だ」


 フォルセが刃を見つめて呟く。刃には焼印が押してある。複雑な鳥を模した印だ。

 なるほど、これは厄介な、あるいは間違った拾い物をしたかもしれない。


「軍刀って、騎士の支給品のこと? フォルセのとは違うみたいだけど」


 ユリウスも笑みをひっこめる。フォルセらが支給される騎士の軍刀は、鞘に包まれた長剣だ。こんな折り畳み式のものなどない。フォルセは刃を折りたたんだ。


「―――この子は騎士だ。カルネア連合ではなく、ハルシュタイルの。ハルシュタイル騎士はこの形の剣を使用している」


 鳥―――それはハルシュタイルの紋章である。何度も彼らと剣を交えたフォルセには一目瞭然だった。


「ハルシュタイル・・・・・・じゃあつまり、敵?」

 

 兄の言葉に、弟は静かにうなずいた。

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