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遠き空の下  作者: 狼花
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5章‐3 対峙

 フォルセらは潜入の際に通った地下水道に再び足を踏み入れた。少し集中させてほしいと申し出たシリュウが、腕を組んで目を閉じている。


 だいぶ長い時間が経った頃、シリュウは目を開けた。


「第2王子は玉座の間にいるようだ。こちらが動き出したことを察知して、出迎える用意をしてくれているようだな」

「勘弁してほしいです・・・・・」


 ランシールが肩を落とす。セオンが向き直る。


「他には何か聞こえますか?」

「そうだな・・・・・」


 シリュウが再び目を閉じた。


 エーゼルが部下たちに出している指示を聞きとろうと、さらに集中した瞬間、空気が振動するような音が聞こえた。


―――きいぃぃぃぃ・・・・


「う・・・・っ!?」


 シリュウが顔をしかめた。ユリウスがこめかみを押さえるシリュウを支える。


「どうしたんです?」

「耳障りな音が聞こえた。まったく、第2王子はとんでもないことをしてくれる。耳がつぶれるかと思った」


 頭を振ってシリュウは顔を上げる。特別聴覚の鋭いシリュウに聞かれないよう、エーゼルは何らかの道具を使って奇怪な音を出しているのだ。


「エーゼル兄上は、こちらにシリュウさんがいることや、その能力を完璧に把握している・・・・」


 セオンは眉をしかめて呟いた。


「仕方ありません。まずは、玉座の間へ行きましょう」


 スファルに促され、セオンは頷いた。


「最も近い出口は、城内にある中庭です。そこからは力押しになるでしょう」


 セオンの言葉を聞いて、ランシールは銃を握りなおした。


 北方向へ向かって歩き続け、ようやく目当ての出口が現れた。フォルセが最初に地上へ上がり、あたりを警戒した。幸い、人の姿はない。


「やけに手薄だね」


 ユリウスの言葉にフォルセが頷く。と、南方、ちょうど「暁光の塔」のあたりで爆発が起こった。間髪開けずにすぐ傍でも爆発。


「部下が動き始めました。あれは爆発音だけを起こすものですから、火災の心配はありません。急ぎましょう」


 スファルが先頭を切って駆けだす。フォルセは走りながらシリュウに問いかける。


「教官、まだ音は聞こえませんか?」

「ああ、余程聞かれたくないことをしているらしい」


 シリュウの表情は険しい。頭の中で耳触りな音が鳴り続けていたらさぞかし不快だろう。


 前方からハルシュタイル騎士が駆けてきた。剣を手にし、迎え撃つつもりだ。セオンが軍刀を構えた瞬間、彼の横をフォルセが駆けぬけた。


「フォルセさん!」

「力は温存しておけ」


 フォルセはそう言い、槍を一閃させた。セオンを守るように銃を構えたランシールが発砲する。ロキシーもフォルセと背を預けながら戦い、ユリウスは騎士を蹴りあげている。圧倒的な戦闘能力だった。


「みんな・・・・・」


 セオンが軍刀を下ろす。その隣に立ったシリュウが頷く。


「安心しろ、みな貴方より多く戦場に立ってきた。自分の限界くらい知っているだろう。それまで、こき使ってやるといい」


 セオンがシリュウを見上げると、シリュウも諭すように言った。


「肝心な時に貴方がいないと、我々が戦う意味がないのだ」

「・・・・・はい」


 セオンも目を閉じた。


 ものの数分で騎士は片付き、フォルセがセオンを振り返る。


「さあ、先へ行こう」


 頷き、セオンは駆けだす。


 城内はいくつもの分岐があり、巨大だった。フォルセらだけだったら道に迷っていただろう。セオンとスファルは迷いなく先へ進んだ。


 城内の各地で起こっている爆発の処理に駆り出されているのか、騎士には出くわしたがそれほどの大人数ではなかった。


「にしてもあっさりじゃないか」


 ユリウスの言葉にランシールも首をかしげる。


「もう少し大勢出てくるかと思っていたんですが・・・・」

「この城の城門、すごかったでしょう?」


 セオンに尋ねられ、ランシールは頷く。


「この城は堅牢な城壁で守られていて、門が破られる、ということを想定していないんです。そもそも王都が襲われることはありません。だから籠城経験はないんです。こうして隙だらけってことです」

「それを見越して、部下たちには城門に発火物を取り付けるよう指示した。騎士たちはどう動けばいいのかわからず混乱しているだろう。だから、内部に侵入した者たちにまで気が回っていない」


 スファルは説明してからふっと笑う。


「好都合だったな、今回は」

「ハルシュタイルの経験の浅さに感謝するとしよう」


 フォルセも重々しく頷いた。


 スファルが足を止めた。そばに曲がり角がある。スファルは仲間たちを見回す。


「この角の先が玉座の間だ。扉の前に騎士がいる。そのまま突っ込み、中に入るぞ」


 フォルセは頷いた。


 最初に飛び出したのはランシールだ。角から姿を現し、相手に視認されるより早く銃を連射した。数人の騎士が倒れ、残りの騎士が剣を引き抜く。


「貴様ら!?」

「ハルシュタイルは剣の国と呼ばれるだけあって、銃を持っていないからやりたい放題だね」


 ランシールはあえて淡々と呟いたが、表情は暗い。的当てをしているかのように倒れていく騎士を見ているのが辛いのだ。


 フォルセとシリュウが飛び出し、槍と刀を一閃させた。向かってきた騎士が薙ぎ払われ、吹き飛ぶ。門の傍から動かずに守っていた騎士がはっとしたときには、背後に一瞬で移動したユリウスに、強烈な一撃をくらった。もう一人の騎士はロキシーが斬り捨てる。


 スファルが扉を押しあけた。襲撃を予想していたが、それはなかった。


 天井も高く、広い円状のホールになっていた中央に階があり、一行はそれを昇った。


 階の先に玉座があった。その前に佇むのが、第2王子エーゼルだ。周囲に騎士はいない。ただ、エーゼルの周囲には掌に収まるほどの赤く光る石が、幾つか浮遊して漂っている。


 途端にシリュウが顔をしかめる。


「くっ・・・・・その赤い物体が、妙な音を・・・・・」


 セオンがエーゼルを睨みつける。セオンより先にエーゼルが口を開いた。


「待っていたぞ、アルセオール」


 その顔に浮かぶ笑みは愉悦。勝ち誇った笑みだ。


「ルゼリオ兄上を片づけた時、共に消しておくべきだったと後悔しているよ。そうしておけば、お前がここまでの障害物だと思うことはなかっただろうからな」


 エーゼルは長剣を引き抜く。話をする気もないらしい。セオンも軍刀を構えながら口を開く。


「・・・・・その赤いものはなんですか」

「これか? ふっ、知らずとも良い。お前もすぐ、こうなるのだからな」


 セオンが眉をしかめる。フォルセがセオンを守るように前に進み出た。


「ただひとつ教えてやることがあるとすれば・・・・・これは、私の力そのものだということだ!」


 エーゼルが剣先をセオンに向ける。その瞬間、浮遊していた赤い石が強い光を放った。その光は真っ直ぐセオンを狙って放たれた。セオンの反応が遅れ、フォルセがセオンを抱き抱えて床に伏せた。フォルセはすぐに立ち上がり、再び飛来した光を槍で弾く。


「さあこちらへ来い。私の力として戦うことができるのだ、名誉なことだぞ、セオン」


 セオンは立ち上がり、歯を食いしばった。


「―――その名で、呼ぶな!」


 軍刀を一閃し、セオンは身構えた。


「俺は貴方を許さない! 兄上を殺し、キシニアの人を殺した貴方を!」

「キシニア? ああ、連合の田舎街か。あんな街は取るに足らないものだろう。庶民に落ちたか、アルセオール」


 その言葉に反応したのはフォルセだ。


「田舎街なのは事実だが、なぜだろうな、事実を言われてこれほど腹が立ったのは初めてだ」

「すげぇ、一国の王子に喧嘩売ったぜ」


 ロキシーが笑う。ランシールがその隣で頭を抱える。


「笑いごとじゃありませんよぉ」


 スファルも前へ進み出る。


「第2王子、貴方の願いはなんなのですか」

「この世界から戦いをなくす。ハルシュタイルが永遠に平穏であるようにと、そう望んでいる」

「戦いをなくすために戦うなど、聞いたことがないな」


 シリュウも冷ややかに言った。


「最終的な目的はそうだが、いまの目的は少し違う。アルセオール、お前を殺すために待っていたぞ!」


 再び赤い石が光を放った。セオンを狙った光を、今度はセオン自身が軍刀で斬り払う。


「これじゃ近づけないよ」


 ユリウスが隙を伺う。ランシールが銃を構え、引金を引きかけた瞬間、光がランシールの手を撃った。ランシールは銃を取り落とし、床に膝をつく。はっとしたユリウスが駆けよる。ランシールの手首を光が貫通し、大量の血が流れていた。


「酷い傷・・・・・」


 ユリウスは急いで止血をしたが、ランシールは傷に布を巻きつけただけですぐ立ちあがり、取り落とした銃を左手に持ちなおす。


「大丈夫です。僕がやらなきゃ、誰が援護するんですか」


 ランシールは微笑んだ。臆病だったかつてのランシールは、どこにもいない。


 シリュウが飛来した光をすべて叩き落とした。その隙にフォルセが突進し、槍を振りかざす。エーゼルは初めて剣を持ち上げ、フォルセの槍を防いだ。そして流れるような連続の斬撃でフォルセを圧倒する。その剣技もさることながら、光の攻撃も絶え間なく襲ってくるので、フォルセにはまったく余裕がない。


 間合いをとったフォルセが、額を流れ落ちる汗を拭う。


「たいした技量だ」


 ランシールが銃を連射する。光がすべて相殺するが、今度はセオンが斬りかかった。


 軍刀と長剣が交差する。激しく火花が散る。


「連合を攻め滅ぼしても、ハルシュタイルは変わらない! それは傷を増やすだけです。否定するのではなく、こちらから受け入れようとしなければ、この国は・・・・変わりはしないんです!」


 セオンはそう訴えながらエーゼルの剣を押し切る。エーゼルはよろめきもせず、反撃の一撃を振り下ろす。


「変わらない? 連合の広大な大地を手に入れれば、生活は豊かになるのだぞ!」

「連合に暮らす人々はどうなりますか! 俺は戦いではなく、違う形でハルシュタイルを救いたい!」

「連合の人間など知ったことではない! この国の民は求めているのだ、広大な大地や資源を! ひとつの山を越えた先にはそれが広がっている! もうハルシュタイルには時間がないのだ、なぜ分かろうとしない!」


 エーゼルがセオンを押す。セオンは苦しげな表情でなんとか持ちこたえる。


「この期に及んで理想論ばかりを語って・・・・・お前も兄上も、気に入らない!」


 エーゼルはセオンの軍刀を弾き飛ばした。軍刀が宙を舞う。セオンの意識が逸れた一瞬で、赤い石から発せられた光がセオンを襲った。


「っ!」


 セオンは吹き飛ばされ、床に叩きつけられた。軍刀がその傍に落ちる。


 光がセオンを追撃しようとし、2発の銃弾に阻まれる。そしてシリュウが刀を一閃させた。衝撃波がエーゼルを襲う。だが、それも光が阻んだ。シリュウが舌打ちする。


「なんだ、あれは・・・・・」


 エーゼルが笑った。


「お前たち全員分の(はく)があれば充分な力になるな。連合の騎士も、甘く見たものではないな」

「魄・・・・・?」


 ユリウスが眉をしかめる。その瞬間、エーゼルが左手を宙にかざした。赤い石が今までにないほど強烈な光を放った。玉座の間全域を光が覆い尽くし、強い衝撃がフォルセを襲った。


 光が消え去った時、フォルセたちは全員床に倒れていた。強い力が一瞬で全員を打ち倒したのだ。


「・・・・くっ」


 フォルセはかろうじて顔を上げた。ランシールも、ロキシーも、シリュウでさえ、立ちあがる力が残っていない。


 エーゼルが初めてその場を動き、倒れているセオンのもとへ歩み寄った。セオンの首筋に剣を向けたのを見て、フォルセははっとして立ちあがった。


「・・・・やめろ!」


 フォルセはセオンとエーゼルの間に割り込み、突きこもうとしたエーゼルの剣を防いだ。エーゼルが呆れたようにフォルセを見やる。


「どこにそんな力が残っているのか、不思議なものだな。兄上が唯一敗北を喫した、連合の黒豹・・・流石、と言っておこう」


 エーゼルが軽く腕を捻りあげると、フォルセは床に叩きつけられた。起き上がりかけたシリュウが叫ぶ。


「フォルセ!」


 ランシールが銃を掴み、倒れたままエーゼルを狙った。と、エーゼルはセオンを引き起こし、ランシールの銃の前に晒した。ランシールは力なく銃を下ろす。


「・・・・卑怯な・・・・・っ」


 ランシールがあえいだ。


 エーゼルはセオンの胸倉を掴んで引き寄せた。セオンはなんとか抗おうとするが、エーゼルはそれを許さなかった。


「離せ・・・・・!」

「離すわけがないだろう。お前も、同じ理想を語った兄上と同じ死に方をするのだ。皮肉なものだな」


 エーゼルは右手をセオンの身体に突っ込んだ。手がセオンの胸元に埋まり、中に入り込む。目を疑うような光景だ。


 奥へ、奥へ―――エーゼルの手は、セオンの身体に入り込んでいく。


「!」


 フォルセが目を見張る。セオンの身体が硬直した。


「セオンさまっ!」


 スファルが叫ぶ。その声を、さらに大きな声がかき消した。


 ほかならぬ、セオンの悲鳴だ。


「あ―――あああぁぁッ!」


 身体の奥に入り込むエーゼルの腕。その腕を、セオンが激しく拒絶していた。自分の中にある何かを掴もうとする、エーゼルを跳ね返そうとしているのだ。


「往生際が悪いな、アルセオール!」


 エーゼルがにやりと笑う。


 これはまさに、昨日セオンが語った、ルゼリオの死に方と全く同じだ。


 セオンの身体からエーゼルは腕を引き抜いた。それと同時にセオンの抵抗も終わり、だらりと頭を垂れた。腕や足からも一切の力が抜ける。


 エーゼルの手には、傍に浮遊している赤い石と同じものが握られていた。エーゼルはぐったりとしているセオンを床に投げ捨てた。


「ふっ、ようやくか・・・・・我が弟よ、お前の力、無駄にはしないぞ」


 その場の空気が凍りついた。


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