5章‐2 それぞれの思惑
「エーゼル兄上は、私が止める・・・・!」
そう誓う末の息子を、国王イスベルは困惑して見つめていた。と、フォルセが進み出た。
「同じ命を、私にも」
「フォルセさん・・・・・」
セオンが驚いて顔を上げる。フォルセは微笑んだ。
「もともとそのためにここまで来たのだからな」
「遠慮なんて水臭いぜ」
ロキシーの言葉にランシールも頷く。セオンも微かに微笑んだ。
イスベルは目を閉じ、頷く。
「・・・・・では命じよう。アルセオール、連合の騎士の助力とともにエーゼルを討て」
セオンが深く頭を下げた。
そのあとしばらく経ってから、セオンは部屋を出ていった。何処へ行くのかと首をかしげたフォルセに、イスベルが説明する。
「おそらく第3王子、アルセオールのすぐ上の兄ケイオスの元だ。ケイオスは身体が弱く、生まれてから殆どをこの塔の中で過ごしてきた。歳が近いため、仲が良いのだ」
「そうなのですか・・・・・」
フォルセの言葉を聞き、イスベルは表情を翳らせる。
「アルセオールに酷い命令を出してしまったな。実の兄を殺せなど、なんと酷なことを私は・・・・・・」
「・・・・・・」
「昔からルゼリオとエーゼルの対立は激しかった。兄たちのように戦うことがないようにしてやりたかったのに、結局こうなってしまうのだな」
「セオンに第2王子は殺させません。私が討ち取ります」
その言葉に驚いたのはイスベルだけではなく、全員だった。
「ちょ、副長・・・・・」
ランシールが慌てたように言うが、フォルセは動じなかった。
「そして、私を息子殺しとお怨みください。セオンに肉親の死を背負わせたくありません」
「・・・・君はなぜそこまで?」
「セオンの盾になると決めました。そうでなくとも、私とセオンは束の間の『家族』ですから」
イスベルは微笑む。
「家族、か・・・・・良い響きだ。アルセオールは少し変わったようだ。君のおかげだな、有難う。王としてではなく、ひとりの父として礼を言う」
★☆
その時セオンは父の予想通り、すぐ上の兄ケイオスの部屋を尋ねていた。
生まれた時からこの塔に隔離されているような状態だったケイオス。たった2歳上の兄はやはり、この塔の中で生活していた。
寝台に横になったケイオスは眠っていた。腕にはいくつもの管が取り付けられ、枕元の棚には薬が置かれている。最後に見たときよりも痩せているようだ。
セオンは寝台の傍に膝をつき、兄のか細い手を取り、両手で包みこんだ。
「ケイオス兄上、ようやく帰ってこられました。ここへ戻るまでの間、ずっと心配していました。調子は・・・・・どうですか」
問いかけても返事は来ないが、これがセオンの日課だった。
「俺はエーゼル兄上を倒します。きっと、ルゼリオ兄上はそんなことを望まないと思うけど・・・・・仇を討ちたいんです。キシニアの人々を・・・・・テルファを殺したエーゼル兄上が許せない。キシニアのみんなは、俺に笑顔をくれたんです。俺は、彼らを守りたい・・・・・」
どうすることもできない痛みと憎しみ。やはりそれは剣となってセオンが振るうのだ。
「ひとりだったら絶対にそう思わなかった。でも、フォルセさんやランたちが揺るがない意思を俺に教えてくれた。俺は・・・・エーゼル兄上とは違う未来を見たい」
セオンは微笑んだ。
「だからケイオス兄上、行ってきます。次は勝利の報告にきますね」
そう言って兄の手を下ろしたが、その瞬間、セオンの腕をケイオスが掴んだ。驚いて振り返ると、長く昏睡状態にあったケイオスが目を覚まし、苦しそうにセオンの腕を掴んでいたのだ。
「兄上・・・・!」
「セオン・・・・・・危険、だ」
かすれた声でケイオスが引き止める。セオンは首を振り、微笑んだ。
「大丈夫です。兄上、無理をしないで―――」
ケイオスの腕から力が抜ける。彼の状態ではこれが限界だった。セオンは目を閉じ、踵を返した。
セオンが出ていった扉を見つめていたケイオスは息をつく。
「・・・・もっと、私に力があれば・・・・・セオンを止められたのに」
「アルセオールさまが決められたことです。傍にいる連合の騎士たちは信頼に足ります」
セオンから死角の位置に立っていたひとりの女騎士がケイオスに告げる。ケイオスはそんな騎士に驚くこともなく、静かに目を閉じた。
「・・・・あれから・・・・どのくらい経った・・・・?」
「3か月です。この間、アルセオールさまはキシニアの黒豹の元に保護されていました」
「黒豹・・・・ルゼリオ兄上が言っていた・・・・なら、心配ない、か・・・・貴方には・・・・迷惑をかける。頼む、セオンを・・・・・」
「承知しています」
女騎士はケイオスに一礼し、そのまま部屋を出た。
★☆
その夜、塔の中の一室を与えられたフォルセは、同室のシリュウが寝台に腰かけて何か思案していることに気づき、浅い眠りから目覚めて身体を起こした。
「教官」
「起こしたか」
シリュウは背を向けたままそう言ったが、彼は物音ひとつ立ててはいなかった。フォルセは首を振った。
「いえ。・・・・何を考えているのですか? 先程、セオンの話を聞いてから様子が変ですが・・・・・」
「変とはなんだ、馬鹿者」
シリュウは振り返り、腕を組んだ。
「・・・・第4王子が話した『赤い光』、私はそれを聞いたことがあるのだ」
「そうだったんですか?」
「だが、うん・・・・どこで聞いたのか、そしてそれがなんだったのか、まったく思い出せない。老いとは残酷なものだな」
「珍しいですね、物忘れなんて」
「確か私の一族に伝わる口伝だ。250年前のことを覚えていられる自信はさすがにないな」
シリュウが、生まれてからの時間を明確に数字にしたのは初めてだった。250年前にシリュウは生まれたのだ。そして、確か弟とは200年絶縁状態だと言っていた。50年間、故郷の氷山で暮らしていたのだろう。そして、氷山を飛び出した。
そこでふとフォルセは考える。確か、カルネアが連合を統一したのも、丁度200年ほど前ではなかっただろうか。
「教官は・・・・・カルネアを知っていますか?」
「私にそれを聞くか? 連合を統一した偉大な建国者で・・・・・」
「って、そういうことではなくて」
シリュウがにやにやと笑っているのを見て、フォルセはむっとする。
「・・・・分かっていてからかいましたね?」
「歴史に疎いお前からそんな言葉を聞くとは思わなかったぞ。で、カルネアがなんだ?」
「教官が話す年号とカルネアが連合を統一した時代が一致するから、知り合いなんじゃないかと思っただけです」
沈黙。師がしばらく黙っているので、フォルセが慌てて言った。
「あの、言いたくないことでしたら結構です、すみません」
「可愛げがないな。その慌てぶりはまるで、出会った頃のようだ」
シリュウは再び笑った。それはからかっているというよりも、昔を懐かしんでいる笑みだ。確かに、シリュウと出会ったばかりの頃はその威圧感に圧倒され、おどおどし、何かあればすぐ謝っていたような気がする。
「故郷を飛び出して最初に出会ったのがカルネアだった。私はカルネアの手伝いをし、抵抗部族を軒並み降伏させて連合の樹立を見届けた」
連合建国の立役者。偉大な建国者カルネアの片腕。自分で予想したことだったが、本人の口からそう言われると動揺してしまう。歴史書に記載されていてもおかしくない。記載されていない理由としては「私はまだ生きているのに、なぜ書物の中の存在にされなければいけない?」とシリュウが言ったからだろうと予想できる。
「教官が騎士を続ける理由は、見守るためですか」
「違う。簡単なことさ、他に帰る場所がない」
シリュウはあっさりと答えた。
「自分で啖呵を切って飛び出したのだ。今更どうやって帰れる?」
「私だったら、帰りますけどね」
「家出とは訳が違うんだ、馬鹿者が」
確かに、200年の喧嘩は訳が違う。
「聞きたいなら3時間くらいかけて話してやるが、今日はもう寝る」
シリュウはそう言って寝台に潜り込んだ。フォルセは少し笑みを浮かべた。
「―――有難う御座います、教官。教官とこうして共に戦えること、すごく嬉しく思います」
無視された。
★☆
同じ頃、塔の中の廊下で、スファルがひとりの男性を呼びとめていた。宰相ガルスである。
「ガルス殿、ひとつお伺いしたいことがある」
「・・・・なんだ」
ガルスが冷ややかな目を向ける。
「何か良からぬことを画策しているのではないか。何の目的で陛下にお仕えしている?」
「なぜそんなことを聞く」
「先程の態度、わざとセオンさまの怒りを買おうとしていたようにも見える。目的はなんだ」
スファルの手が剣の柄にかかる。それを見たガルスはまだ冷静だ。
「私を斬るつもりか」
「貴方の返答によってはな」
スファルも全く動じていない。ガルスは腕を組む。
「怒りとは、時として人間の潜在能力を引き出すことがある。感情に突き動かされ、普段以上の力を発揮できるのだ」
「激昂したセオンさまとエーゼル殿下を戦わせるつもりか」
「スファル、このようなことを私に言わせるな。私が陛下と共にあるのは、私が陛下の臣であるため。そして目的は、ハルシュタイルを戦火から守ること。他に何がある?」
スファルはガルスを睨みつけた。
「お前はアルセオール殿下の守護騎士だ。私は何をしでかすか分からないぞ。殿下をお守りするが良い」
「貴方に言われずとも、当然だ。それが私の務めだからな」
スファルの言葉を聞くと、ガルスは黙ってその場を去った。
★☆
翌日、セオン達はさっそく策を練り始めた。といっても、策と呼べるほどのものではない。
「行きに通って来た地下水道を通って潜入します。それで、エーゼル兄上の居場所を知るためにシリュウさん、力を貸してくださいませんか」
セオンの視線を受けたシリュウはあっさり頷く。
「第2王子の居場所を聞きとれば良いのだろう」
「はい、お願いします。場所が分かれば、正面突破です」
ロキシーが頭の後ろで腕を組む。
「簡単な作戦会議ですこと。この人数で大丈夫なのか?」
スファルが頷いた。
「部下があちこちで騒ぎを起こす。そうして目を逸らしている間に突っ込むのだ」
「抜かりはないってことか。じゃ、行こうぜ」
ロキシーも納得して立ち上がる。フォルセが意外そうにロキシーを見る。
「やけに本気だな。キシニアでもそれくらいやる気を出してくれれば良いものを」
「だって俺戦うの、嫌いだし。キシニアじゃあのらりくらりと言い逃れできるが、いまそれはできない。なら、嫌なことは早く終わらせちゃった方がいいだろ」
さらっとロキシーが本音をこぼす。彼はここまで、元帥の息子として期待され、騎士をやっているのかもしれない。そうだとしたら、ここまで巻き込んでしまったのは申し訳なく思う。
しかし悔やむ暇はない。ここにいる誰もが決意を固めている。
「それにね、あの日の襲撃で俺の行きつけの酒場のマスターが殺されちまったんだ。おかげでもう二度とあの酒が飲めねえ! 絶対許さねえんだかんな!」
「僕も、もう怖がりません」
ランシールが力強く頷く。ユリウスもにっこりと微笑んだ。
「お役に立つよ」
フォルセも頷き、セオンに視線を戻す。
「何も心配するな。セオンは前だけを見ろ。後ろは私たちが守る」
「・・・有難う御座います、フォルセさん」
セオンは微笑し、立ちあがる。
「行きましょう」




