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遠き空の下  作者: 狼花
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4章‐5 師の心

 ランシールとセオンが街に出ている間、宿の一室ではフォルセ、ロキシー、スファルが話をしていた。これからのことというより、ただの雑談である。


 ふとフォルセは思いたち、スファルに問いかけた。


「スファル殿、アイオラ・レインヴァルという女騎士を知っているか?」

「ああ・・・・・なかなか腕の立つ騎士だ」

「なかなか美人だったよなあ」


 ロキシーが呟き、フォルセが肩をすくめる。


「彼女は誰の陣営に属している?」

「表向きにはエーゼル殿下だな。殿下も信用されているだろう。が―――私は彼女の忠誠が良くも悪くも信用できないな」


 スファルは言ってから、考え込んでいるフォルセに視線を送る。


「お前もそうなのか?」

「・・・・・先程戦場で会った時、彼女はセオンの居場所を探していた。主人の命令というより、彼女自身が探しているようだった。かなり焦っているようだったな」

「もしかしたら、第3の勢力の間諜で、スパイとしてエーゼル王子陣営に潜り込んでいるとか?」


 ロキシーが鋭く問いかける。フォルセは腕を組んだ。


「それもあり得るような様子だったな」

「でもよ、あの女がキシニアを滅茶苦茶にしたんだぜ? 魔族を街の中に入れて、たくさんの人を殺したんだ。副長もえらく怒っていたじゃないか。許すのか?」

「まさか。だが、そうだな・・・・・それとこれとは別、と言っておこうか」

「なんだよそれぇ」


 ロキシーが呆れたように肩をすくめる。スファルが僅かに苦笑を浮かべる。


「お前は敵か味方、どちらかでないと気が済まないのか?」

「そういうわけじゃないけどね。あの女は好きなタイプじゃない」

「ほう、美人だと言っていたのにな」

「それとこれとは別」


 ロキシーはフォルセと全く同じことを言って受け流した。


「アイオラはこの先俺たちの敵となるのか味方となるのか・・・・どちらにせよ、あまり心を許せそうではないな」

「女は怖いんだぜ、副長」

「そう言う経験が?」

「そりゃもう、青春時代の思い出が」


 フォルセが微笑む。


「おかしいな、ロキシーは母親以外の女性に触れられるのを酷く嫌うと聞いたんだが」


 茶をすすっていたロキシーが吹き出す。激しく咳き込んでいるロキシーを見、スファルが腕を組む。


「ふむ、見かけによらず純情なのだな」

「ばっ、誰がそんなことを・・・・!」


 ロキシーが顔を真っ赤にして怒鳴りかけ、はたと声を低める。


「まさか、シリュウ? 親父か・・・・・?」


 フォルセはくすくすと笑った。


「キシニアでは有名な話さ」

「俺はそんなこと知らん!」


 ロキシーが呻いた。スファルが生真面目に問いかける。


「ところで、フォルセの言葉は真実なのか? 母親以外の女性は駄目だというのは・・・・・私の知り合いで、女性に触れられると蕁麻疹(じんましん)がでるという男が・・・・」

「うるせ、反応するなよ!」


 ロキシーが耳をふさぐ。それを見てフォルセとスファルは顔を見合わせ、「どうやら真実らしい」と確認しあった。


 少し離れた場所で、ユリウスとシリュウがそれを見ていた。ユリウスはフォルセが笑っているのを見、シリュウに向き直った。


「シリュウさん、聞きたいことがあるんですが」

「なんだ?」

「フォルセは・・・・・訓練生時代のフォルセは、どんな様子だったんですか?」


 フォルセが訓練生として、ユリウスが準軍医としてそれぞれの能力を高め合っていた数カ月、同じ王都にいたにもかかわらずふたりは殆ど会うことができなかった。会おうと思えば会えたに違いないが、互いにそれを避けた。邪魔をしたくない、と思ったのだ。


 訓練生のフォルセが何かした、という噂は聞いても確かめようがなく、ふたりが再会したのは故郷キシニアに配属された時だった。久々に見たフォルセは、ユリウスの記憶にある弟とは微妙に違った。遠くなった、とそう感じたのだ。簡単に手が届くはずだった弟が騎士になった。軍医として後方に控える自分からは絶対に手が届かない。それが寂しいと思った。幸いなことに、フォルセは頻繁に医務室を訪れ、以前のように実家でふたり暮らせるようになった。その間のフォルセは弟だったが、砦でのフォルセは弟ではなく、ひとりの騎士だった。


 訓練時代に何があったのか。面と向かってユリウスはフォルセに聞く勇気がなかった。だから、フォルセの師であり、彼のすぐ傍にいたシリュウに尋ねたのだ。


「・・・・・最初は力に飢えていたな。強さだけを求めていた。だが、時々やけに優しくお人好しになることもあってな。自分が何をしたいのか分かっていなさそうな少年だった」


 シリュウが考え込みながら答えた。ユリウスは眉をしかめた。「キシニアを守りたい」と言って騎士になったフォルセが、目的を見失ってしまっていたのだろうか。


「フォルセの才能はずば抜けていた。ただ最初の内はなかなか上達せず、あいつも悩んでいただろう。ある時を境に、あいつは急に腕を上げるようになったが」

「ある時とは?」

「随分気になるのだな」

「はい、気になります」


 ユリウスはにっこりと笑った。


「あれは・・・・・イエンナがハルシュタイル軍の攻撃で陥落した時だな。イエンナに当時駐屯していた大隊長は貴族のお坊ちゃんで、大した腕もないのに権力を振るっていた俗物だった。部下を大量に死なせ、イエンナを落とされてなおしぶとく生き残っていた。私はそういう輩が嫌いでな、つい荒っぽい手に出てしまった。相手に大怪我を負わせて私は謹慎処分になったが、ハルシュタイルが連合に流れ込んできていてそれどころではなかった。自力で部屋を抜けだし、どうしてもと言ったからフォルセも連れてイエンナへ向かった。で、勝手にハルシュタイル軍を追い返した」


 なんとも無鉄砲で危険知らずの行動に、ユリウスは言葉を失った。まさかそのようなことが、しかもフォルセまで連れて行っていたとは。


「首都に戻ったら大騒ぎだ。お偉方の顔色は面白かったな、謹慎処分中の男が逃げ出して敵を追い払ったのだから、罰するに罰せられないわけだ。また謹慎処分を喰らって今度は大人しくしていたが、フォルセが会いに来てな」


 笑みを浮かべながらシリュウは反芻する。


「こう言った。『自分が求めている強さがようやく分かりました。武芸の腕だけではなく、教官のように思ったことをはっきり口に出し、行動することができる意思の強さが欲しかったのです』、とな。武芸の腕を上げたのも、やけに図々しくなったのもそれからだ」


 ユリウスは腕を組み、もう一度フォルセを見つめる。すぐに視線を外し、シリュウに戻した。


「もしかしてそれまで、フォルセは控えめだったんですか」

「ああ。あいつなりに、実力の世界に緊張して凝り固まっていたのかもしれない」


 フォルセはキシニアを守るという意思を失ってはいなかった。ただ、その守り方を自問自答していたのだ。戦うだけでは守れないと考えていたのだろう。


「私の悪い影響を与えてしまったな」


 シリュウが珍しくすまなさそうにユリウスに言う。ユリウスは首を振った。


「むしろ良い影響でしょう。貴方のおかげでフォルセは強くなれた。有難う、シリュウさん」

「私は何もしていない。が・・・・ふむ、これが兄弟愛か」

「ええ、可愛い弟ですよ」


 シリュウは微笑んでいた。


「最後の弟子として相応しい、素晴らしい騎士だな」

「最後? もう弟子は作らないんですか?」

「ああ。フォルセ以上の騎士はいないと私は信じている。良い生徒の次に劣る生徒ではやる気が失せるからな」


 フォルセの前では決して口にしない言葉だ。ここまで高く評価しているとはユリウスも思っていなかった。


 ほら、やっぱり愛の鞭なんだよ。ユリウスは心の中でフォルセに言った。


「・・・・・今の話、フォルセにはするなよ」

「勿論ですとも」


 ユリウスもにっこりと微笑んだ。


★☆


 夜が明け、一行はトレニーの街を出発した。10日ほどで王牙山脈に到達し、3日かけて山を越える。山頂から王都イルシェルは見えるという。


「まずはここから2日ほどの位置にある、ソランの街を目指す」


 スファルがそう言って馬を進めた。連合国内は徒歩での移動だったのでだいぶ楽になるだろう。


 そう思っていたのだが、北から冷たい風が吹き付け、酷く寒かった。ランシールがくしゃみをする。


「さ、寒いですね・・・・・」

「この程度で寒いとは、王牙山脈の中では凍死するかもしれんな」


 スファルが呟き、ランシールは違う意味でまた震えた。


「それにしても・・・・・寂しい景色だ」


 フォルセが辺りを見つめて呟いた。自分達が進む、ある程度整備された道以外は荒涼とした荒野だ。草木もなく、生命も感じない。


「ひとつ山を越えただけでこれとはな」


 シリュウも感慨深げに呟いている。セオンが口を開く。


「昔はこのあたりも緑に覆われていたそうです。しかし、次第に木々が枯れてしまい、人々は神が見放した大地と呼んでいます」

「神ぃ?」


 ロキシーが胡散臭げに聞き返す。答えたのはユリウスだ。


「剣と戦いの神アレース。それを尊ぶ宗教がハルシュタイルの国教だね」

「ふうん、さすが雑学王。で、セオンもそれの信者なの?」


 ロキシーがさらっとユリウスの言葉を流し、セオンに問いかける。セオンは首をかしげた。


「神の存在は否定できませんが、俺は神による救済など信じません」

「へえ、そうなの」


 ロキシーが途端に嬉しそうな顔になる。彼は神や占いが大嫌いなのだ。その背景として、彼の父であるボレンス・モルザート元帥が風水に凝ったことがあり、ロキシーも酷い目にあったそうだ。風水に従い、下から上まで真っ赤な服で統一されたとか。


 到着したソランの街も、トレニーの街と似た雰囲気だった。高い建物がなく、城壁もない。空は常に暗い。今にも雪が降りだしそうだ。


 スファルは人数分の防寒服を購入してきた。ランシールなどはその場ですぐに身にまとってしまったが、シリュウがすぐしまってしまう。


「寒くないんですか?」


 セオンが問いかけるとシリュウは頷いた。


「私は氷山で生まれ育ったからな。寒さには慣れている」

「氷山、ですか・・・・・?」


 セオンが目を見張る。


「【凍牙】族は氷の恩恵を受けて生きる民だ。自然の中で育ったからか、おかげで耳も目も良い」

「そういう程度の良さじゃないだろ」


 ロキシーが呟く。


 シリュウは部屋の片隅で丸まっているランシールに視線を向けた。


「ところでランシール、お前はイウォルの生まれなのか?」

「はい。子供の頃に出会った旅の人が、僕を外に連れ出してくれました」


 シリュウは腕を組んだ。


「成程、あいつが言っていた少年はお前のことか・・・・」


 ランシールが顔を上げ、立ち上がった。


「シリュウさん、それが誰か知っているんですか!?」

「名はエルジオ・ロタール。フォルセ、知っているな」


 話を振られたフォルセは慌てずに頷く。


「クロースの敗戦で、連合軍の指揮を取った人ですね。しかし、戦死したと伝えられていますが」

「実は生きているのだ。奴は現大統領の血縁で、当人は死を願ったそうだが大統領は許さなかった。そこで、エルジオという名の騎士は死んだことにし、新しい名を与えて生きさせた。それから奴は中央平原に足を踏み入れ、少年を拾った」


 シリュウが片手を広げた。


「奴の今の名は、ハーレイ・グラウディだ」


 ランシールが茫然と後ずさり、壁に背を当てた。寒さなど忘れてしまったようだ。


「隊長が・・・・・あの、旅の人・・・・・」


 呟いたランシールはそのまま床に座り込む。フォルセが腕を組む。


「そうか・・・・・そういえばキシニアを出る前日、クロースの敗戦の話をしておられた。そこで気付かなかったのは不覚だった」

「無理もない。今と昔のあいつはまるで別人だ」


 ユリウスがランシールにそっと尋ねる。


「ショック?」

「ショックというより・・・・・情けないですね。こんな傍にいたのに、命の恩人に気づかないなんて。それどころか、あんなに反抗的に接してしまって」

「そいつは隊長のせいだろ。雰囲気とか全然違うし」


 あっさりロキシーが斬り捨てた。ランシールは首を振る。


「それは・・・・・って、もしかしてロキシーさん、隊長がロタールという騎士と同一人物だったってこと、最初から知っていましたか!?」

「勿論。俺はよく馬鹿親父に連れられて会合なんかに顔を出してたんだ。死ぬほど嫌だったけどな・・・・・・大統領の従弟である隊長とは、昔からの顔見知りさ。まあ、平原に入ってランシールを拾ったなんて初耳だけど」


 あっさりとロキシーが頷き、ランシールは再び肩を落とす。


「・・・・帰ったらちゃんと自分で確認します。本当に隊長だったなら、たくさんお礼をしたい」


 フォルセは微笑んで頷いた。


「もう休んだ方がいい。北部の夜は辛いぞ」


 スファルの言葉に促され、それぞれ寝台に潜った。フォルセが些細な好奇心でシリュウに問いかける。


「教官の故郷って、どんなところなんですか」


 シリュウは肩をすくめた。


「・・・・・生きようとする者に冷たく、無慈悲な場所だ」


 咄嗟に言葉の真意を悟れなかった。それだけ言うとシリュウはさっさと目を閉じてしまった。


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