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遠き空の下  作者: 狼花
17/50

3章‐3 暴かれた罪

 詰所の玄関へ行くと、街から帰ってきたユリウスと会った。


「丁度良かった、兄さん、少し付き合ってくれ」

「え、男同士で? フォルセくん、それはちょっと遠慮したいな」

「ふざけてないで、ほら早く」

「もう、ノリ悪いなぁ」


 ユリウスはフォルセに引っ張られ、再び街へ出ることになった。だがフォルセは具体的なことは何も告げず、すたすたと市場を歩いていく。ユリウスがフォルセの隣に立った。


「フォルセ、何がしたいのさ」

「右の服屋の店員」


 唐突に小声で告げられ、ユリウスはフォルセが示した人物を見やる。だるそうに接客している。


「次、正面の宝石商。その隣の骨董屋」


 次々にフォルセが指示していく。それらを見て、ユリウスが不意に目を細めた。


 幾人かの商人を示しながらふたりは市場を抜けた。そこは静かな公園になっている。


「どうだった?」


 フォルセの問いに、すっかり笑みを消して難しい表情のユリウスは、測るような視線をフォルセに向けた後に告げた。


「・・・・・薬、やってるね。簡単に栽培できるやつだよ」

「やはりか・・・・・」


 フォルセは険しい表情で、持っている書類に視線を落とす。


「それは?」

「オルコットに借りた、この街の商人名簿と、毎年の決算報告書。出所が不明の怪しい金がある。それはすべて、あのバルフという男の組合のものだ。いま兄さんに確認してもらった商人も、すべてその組合に所属している」

「つまり・・・・・バルフが薬を売って、違法にお金を稼いでいるってわけだね。で、売っている間につい自分も手を出したくなった・・・・・」


 フォルセは頷く。


「おそらく。バルフはその金を横領している。相手はきっと富裕層だ。薬に依存させて、法外な額を吹っかけているんだろう」

「けど、なんでそんなことを・・・・・」

「街のため・・・・・だろうな。バルフは、稼いだ金を建物の修理や商品の仕入れに使っている。ノルザックを愛しているのは本当だ。だが、許されるものではないな」


 ユリウスは溜息をついた。


「大体そうだよね。・・・・薬に頼るのはいつだって富裕層の人間だ。平民は決してそんなものに手は出さない。大した努力もしないで、悩みがあればすぐ薬に逃げる。そんな簡単に諦めるから、上層部が腐敗していくんだ」


 ユリウスは薬の怖さを知っている。それに毒された上流階級の人間も知っている。彼は薬物をとことん忌避していた。


 ふたりは暗黙の了解で、バルフの元へ向かい始めた。ユリウスがフォルセに問いかける。


「にしても、よく分かったね」

「俺を見て、バルフの表情が変わった。根拠はそれだけだよ」

「今日もフォルセの直感は冴えわたっていますねえ。捜査員になったら?」

「無理だよ、俺頭悪いし」


 肩をすくめてフォルセは答えた。


 街の北側に大きな倉庫があった。バルフの組合が使用している倉庫である。組合の者しか出入りできず、街の殆どの人間は中の様子を知らない。薬の栽培にはうってつけだ。


「さて、どうしようかな・・・・・」


 フォルセが腕を組む。と、倉庫の裏からバルフ本人が現れた。バルフはフォルセとユリウスを見つけ、目に見えて狼狽した。


「き、貴様らは・・・・・」

「先程は見事な戦いっぷりだったな。商人だそうだが、良い腕をお持ちだ」


 フォルセが皮肉を利かせて声をかける。バルフはフォルセの力量を先程見たばかりだ。背に負っている槍の間合いや威力も思い知っている。バルフはフォルセからだいぶ距離を取って立ち止まった。


「こんなところで何をしている。ここは俺の組合以外立ち入り禁止の場所だ」

「どうやって中に入り込もうかと考えていた」

「貴様、騎士だから何でもしていいとでも思っているのか」


 バルフが怒りで顔を赤くする。フォルセは何処までも冷静だった。


「騎士団には有事特権というものがある。有事、または犯罪に対し明確な証拠を持っていれば、強制調査の権限が与えられる」

「犯罪? ここに何があるというんだ」

「私がここに来た理由が分からないか。貴方が出してくれるなら手間が省ける。密売している薬物、横領している金を出してもらおうか」


 バルフが硬直する。


「富裕層に薬を売っているのだろう。この国の法で禁止されていることを知っているはずだぞ」


 フォルセを相手に言い逃れができないと、バルフは悟っていた。硬直を解き、黙ってフォルセを見つめる。それは是を表す行為だ。


 傍の茂みが揺れた。フォルセが視線を送ると、オルコットが出てきた。


「バルフさん、本当なのですか・・・・・?」

「オルコット、なぜここに」

「何かやらかすんじゃないかと思って。フォルセさんは訓練生時代から、ある意味問題児でしたしね」


 身分も何も関係なしに鋭い舌鋒で相手を追い詰めるフォルセは、結構有名な男だった。正騎士になって大胆な行動は控えるようになったが、やはり本質は昔のままだ。


「それよりバルフさん、今の話は真実なのですか。貴方が薬を売っていたなんて」

「・・・・貴様だって分かるだろう、騎士の坊主! このすっかり廃れたノルザックを、俺は立て直したいだけだ! そのためには、金が必要なんだ・・・・・」

「でも、そのためにそんなことをするなんて!」


 オルコットが一歩踏み出す。フォルセはそんな後輩を制した。


「罪を犯して得た裕福を、誰が喜ぶ? 貴方の、この街を復興させたいという願いが本物だということは私にも分かる。だが貴方は今さっき私に言ったな。それをそのまま貴方に返そう。目的のためなら、どんなことをしても良いと思っているのか?」

「薬を売って復興した街なんて知って、人が集まるかな?」


 ユリウスがのんびりと問いかける。バルフはすっかり力を失った表情で、フォルセらに問いかけた。


「・・・・俺をどうするんだ」

「勿論、相応の処罰は覚悟してください。けど、バルフさんはこのノルザックの心臓とも言える人です。貴方がいてくれないと、私も困るんですよ」


 オルコットの言葉にバルフは顔を上げる。


「貴方にはお話していませんでしたが、いま私から首都へ、経済的、戦力的に援助を要請しているんです。それが承諾されれば、物資も届くし戦力も増大する。貴方だけに背負わせていた負担を、分けることができるはずです」


 バルフは言葉を失った。ずっと見下してきた騎士が、街のために様々な事を考えていたことにようやく気付いたのだ。


「次は、薬などに手を出さないでください」


 バルフは地面に膝をついた。フォルセが歩み寄り、先程よりは口調を和らげて尋ねた。


「薬はどこに?」

「倉庫の中だ・・・・・」


 フォルセは頷き、オルコットとともに倉庫の中に入った。残ったユリウスは、うなだれたままのバルフを見やる。


「・・・・街の人たちもだいぶ中毒になっていたようだね。貴方が勧めたの?」

「俺がやらせるわけがない。だがあいつら、俺の罪を引き受けたいんだって言って、薬を俺から買って・・・・・」


 ユリウスは溜息をついた。


「なんていう悪循環。・・・・作用を鎮める薬を後で教えるよ。今度はそれを売ってみるといいんじゃないかな」

「あれが何の薬か、見てもいないのに分かるのか」

「これでも一応医者なんだ。立場上、貴方の行いを許すわけにはいかないけど・・・・・」


 言いかけてユリウスは首を振った。


「・・・いや、やっぱり何でもないや」


 バルフも問い詰めようとはしなかった。


 倉庫の中で栽培されていた薬を大量に押収し、バルフも詰所へ連行された。事情を知った仲間たちは感歎の声を漏らした。


「途中立ち寄っただけの街で、よくそんな調査ができるな」


 スファルの言葉にロキシーも頷く。


「お人好しにも程があるぜ」

「もっと素直に賞賛できないんですか」


 ランシールが呆れて肩をすくめる。セオンが俯く。


「でも、騎士と住民が対立しているなんて哀しいですよね」

「考えの違いは仕方がない。大丈夫、オルコットはちゃんとやっている」


 フォルセが安心させるように微笑むと、セオンも頷いた。


「それよりもスファルさん、何故この街を魔族が襲っているんですか? ハルシュタイルが襲わせているんでしょうか」


 ランシールの問いにスファルは頷く。


「確かにハルシュタイルが連合に魔族を放ったのだろう。魔族は周りの魔物を取り込み、繁殖する能力がある。最初に持ち込まれたのが1匹でも、あっという間に増えてしまうのだ。この街を襲っているのは、もう本能に近い」

「本能・・・・?」

「そうだ。魔族を含め、魔物は人間の魂を喰らう」


 それを聞いたセオンが弾かれたように顔を上げた。フォルセが視線を向ける。


「どうした、セオン」

「魔物が好むのは・・・・・人間の怨念です」


 以前似たような話をしたユリウスが首をかしげる。


「強い怨念を持った人間が死ぬと、その怨念が形を成します。それが魔物・・・・・魔物は人間の負の感情そのものなんです」

「セオンさま、思い出されたのですか」


 スファルの問いにセオンは僅かに頷く。その顔色は青白く、血の気を失っている。ユリウスが腕を組む。


「行き場をなくした人間の強い未練が実体をもち、ひとり歩きをしている、か・・・・・人の多い、でも貧しい地域で魔物が頻繁に出るのは、そういう訳だったんだね」

「魔物は人が死んだ時に生まれるだと・・・・・? この世に、幸せに死ぬ奴が何人いる? 誰だって死ぬのは嫌に決まってる。魔物の正体が怨念なら、魔物なんか永遠に消えないじゃないか」


 吐き捨てるようにロキシーが呟く。セオンは頷いた。


「その通りです。でも俺は、行き場のない負を解放するために、少しでも多く魔物を狩らなければいけない・・・・・魔族なんてもってのほかだ。それなのにどうして・・・・こんなに嫌な気分になるんだろう・・・・・」


 セオンは頭を押さえた。フォルセは、セオンの葛藤の理由を予想している。つい数日前に、大量の人の死を見たのだ。魔物とは訳が違う。幾ら卓越した剣士でも、セオンはやはり少年でしかない。その使命は酷なものであろう。


 フォルセは目を閉じ、小さく息をついた。


「・・・・今日はもう休もう。明日から未踏の地に入るんだ、しっかり休んでおけよ」


★☆


 夜、フォルセが詰め所の中庭に出るとそこにはセオンがいた。フォルセに気づいたセオンが振り向く。


「フォルセさん」

「眠れないのか?」


 セオンは頷いた。その少年の手に、赤い宝玉が埋め込まれたネックレスがあった。フォルセが首をかしげる。


「それは?」

「出発の前、ヒンメルさんのところに行ったんです。・・・・テルファのネックレスです」


 フォルセはじっとセオンを見つめ、労わるように促した。


「・・・・無理をしなくても良いよ」

「え?」

「キシニアを出てから、ここまで一度もテルファ達の話をしなかっただろう。過去を割り切るのは良いが・・・・・悲しみを殺すのはよくない」


 ここまでの旅路、セオンの様子は空元気にも見えた。あえて思い出さないようにしていたのだろう。セオンは俯き、フォルセに背を向けた。


「キシニアで過ごした3カ月が、夢だったんじゃないかと思ってしまうんです。あんなに穏やかだったのに、いま俺が考えているのは戦うことだけ・・・・・もう、自分が分からなくて。もしかしたら、戦うってことだけが俺の意義そのものなのかもしれない・・・・」


 無神経な言葉はかけられない。フォルセは少しずつ言葉を選んでセオンを諭した。


「・・・・夢なんかじゃない。もし夢だったとしても、俺もセオンと同じ夢を見た。何年経ったって、想い出話はできる」

「・・・・・」

「忘れないでくれ。全てを思い出した後でも―――キシニアの街並みや人々のことをな」

「フォルセさんも覚えていますか?」

「ああ。君と出会ってから・・・・・俺の生活はがらりと変わったよ。色々な意味で・・・・・これから先何があっても、俺はセオンの味方でいる。だから何も心配するな」

「・・・・・有難う、御座います」


 セオンが嬉しそうに微笑んだ時、彼の背後で爆発が起こった。フォルセとセオンが驚いてその方向を見る。市場の先に黒煙と炎が見える。その上空に、巨大な黒い影がある。


「魔族・・・・!」


 セオンが緊張した声でその正体を呟く。フォルセは槍を抜いた。


「セオン、行けるか」

「はい!」


 フォルセとセオンは共に駆けだした。


 爆破されたのはノルザック内にある工場だった。火薬などを扱う工場で、それらが魔族の攻撃で一気に爆発したのだ。火の勢いは増大し、一向に収まらない。


 大勢の住民が火を消すために集まっているが、魔族の妨害と次々おこる爆発でまったく役に立てない。そこへ到着したフォルセが住民を一喝する。


「危険だ、近づくな!」


 セオンは空を仰ぎ、上空を旋回している魔族を観察している。翼をもつ魔物に、街の城壁など無意味である。


「翼を折ります」


 セオンは短く告げ、助走もつけずに跳躍した。民家の塀に飛び乗り、もう一度跳躍して屋根へ移る。


 魔族より高く跳躍し、セオンは軍刀を一閃させた。右の翼の付け根をやすやすと軍刀が切り裂く。バランスを崩した魔族が鉤爪を振るってセオンを襲う。その直前に一発の銃声が響いた。地上から駆けつけたランシールが発砲したのだ。


「セオン、大丈夫!?」


 ランシールが地上から叫ぶ。住宅の屋根の上に着地したセオンは大きくうなずく。


「有難う!」


 魔族が地上へ落下する。フォルセが魔族の背に飛び乗り、首に槍を突き立てた。完全に息の根を止められた魔族は地響きを立てて地面に落下した。


 その頃にはオルコットら駐在騎士も駆けつけ、消火が始まっていた。


「危険ですから下がってください! ですが、手を貸していただけるのならばお願いしたい!」


 一刻を争う大惨事を前に、住民がオルコットの指示に気圧され、続々と協力を申し出た。以前では決してなかった光景だ。


「俺の兄がまだ中に!」


 突然、その叫び声が響いた。オルコットが振り返り、叫んだ男性に問う。


「それは本当ですか?」

「間違いない、兄は今日遅番で残っている! 絶対、まだ中に!」


 オルコットは何か決意した表情で、炎上を続ける向上に向き直った。その意味を悟ったセオンが叫ぶ。


「オルコットさん!」


 拘禁中だったバルフもいてもたっても居られなかったようでこの場に駆け付けた。そしてオルコットを怒鳴りつける。


「馬鹿野郎、死ぬ気か、坊主!」

「・・・・馬鹿でもいいです。でも、目の前にある生命を救えもせず、私は騎士を名乗りたくはない!」


 バルフも思わず口をつぐむ。無言でフォルセが進み出て、オルコットの隣に立つ。


「フォルセさん・・・・・」

「機会は一度だ。突っ込め」


 オルコットは頷く。


 フォルセは槍を構えた。一閃。黒煙が切り裂かれ、炎の壁が切り崩された。オルコットはそこへ飛び込んだ。


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