3章‐2 商業都市ノルザック
「副長、なんか様子が変だ」
フォルセが眉をしかめて、ロキシーが指差すものを見る。城壁の外に多数の人間がいるのだ。そして彼らに襲いかかっているのは、巨大な魔物の群れだった。まったく人間たちの統率は取れておらず、勢いに負けるのも時間の問題だ。
「騎士に交じって、一般の人も多いですね。でもあれじゃ・・・・」
「民衆が邪魔で騎士が実力を発揮できていないね」
ランシールとユリウスの言葉に頷きつつ、フォルセは一同を見やる。
「加勢する。行くぞ」
フォルセは馬の鞍から槍を引き抜き、一気に加速した。ランシールらもそれに続く。
「ばらばらに動かないでください!」
ひとりの騎士が、市民の男性を注意する。すると即座に罵声が飛んだ。
「黙れ、坊主! ノルザックは俺たちが守る。騎士は引っこんでろ!」
「いまそんなことを言っている場合ですか! 街と住民の防衛は騎士の義務です。街へお戻りください!」
「貴様みたいな青二才に何ができる! 実戦経験も殆どないくせにでしゃばるな」
騎士が唇をかみしめる。そこへ呆れたような静かな声が振りかかった。
「まったく、この街には共闘や協力といった選択はないのか」
馬に乗っている人物を見て、騎士は目を輝かせた。
「フォルセさん・・・・!」
「久しぶりだな、オルコット。討伐を手伝おう」
フォルセは騎士、オルコットの返事を聞く前に駆け去った。オルコットを怒鳴りつけていた男性も、さすがに唖然としている。
「ばかな・・・・・キシニアの【黒豹】がなぜ!? まさか・・・・・」
その驚き方は尋常ではなかった。
フォルセが槍を魔物に突き下ろす。すると鋼鉄に当たったような音を立てて槍が跳ね返った。
「これは・・・・・」
「出来は悪いが間違いない。これはハルシュタイルの魔族だ」
スファルが言った。なぜハルシュタイルの生物兵器がここに、と問う暇はなかった。セオンが軍刀を構えながら言った。
「首を狙って。けど、上からでは駄目です。下から振り上げてください」
説明しながら、真正面から突っ込んできた獣の形をした魔族に自分からも突っ込む。すれ違いざまに軍刀を振り上げると、血しぶきが舞って魔族は横転する。
さすが、セオンは魔族を熟知していた。魔狩りという異名はフォルセも聞いたことがある。剣の達人で、魔物を狩ることに関しては右に出る者がいない。
腰が引けていたランシールは小さく首を振って気を取り直すと、銃を構えて連射した。正確に魔族の顎や額を撃ち抜いている。
1匹の魔族がランシールに飛びかかった。あっという間に懐に潜り込まれ、馬ごと倒れかかった。魔族はほぼ一瞬で馬を殺してしまった。倒れ行く馬にいつまでもランシールは乗っていない。地面に着地する前から狙いを定め、引金を引いた。
高いところから一方的に攻撃していたのだが、一気に劣勢に追い込まれた。2匹同時にランシールに飛びかかった。
2回引金を引く。1発目で1匹仕留める。しかし2発目、2匹目の首を狙った銃弾はかすりもしなかった。
眼前に牙が迫る。ランシールが顔を庇った。
「うっ、うわあっ」
ランシールは吹き飛ばされるはずだったが、吹き飛んだのは魔族の方だった。寸前にユリウスがランシールと魔族の間に割り込み、魔族を蹴り飛ばしたのだ。
「ユリウスさん・・・・・!?」
蹴り技主体のユリウスは、戦場に入って即座に馬を捨てていた。機敏に戦場を駆けまわっていたのだ。
「いやあ、魔物を蹴り飛ばしたのは初めてだなぁ」
呑気にユリウスが笑った。喧嘩で鍛えた技術なので、彼に似合わず荒っぽい戦い方だ。
「ラン、乗って」
セオンが馬を寄せた。既に彼の軍刀は真っ赤だ。ランシールは頷き、セオンの後ろに飛び乗った。
フォルセら6人で大半の魔族を片づけ、あたりには血と死体の山が出来た。
「惨い光景だぜ・・・・・」
ロキシーは薄ら寒そうに呟いた。死体の中には一般人も多数いたのだ。
「フォルセさん!」
オルコットが駆け寄ってきた。フォルセは馬を降り、彼と向き合った。
「ご助力有難う御座いました。皆さんがいなければ、これ以上の犠牲は必至だったでしょう」
オルコットがフォルセに深く頭を下げる。それから、その背後にいるランシールらに微笑んだ。
「ノルザック駐在の第二連隊所属、第三大隊長オルコットと申します。キシニアの方々、どうぞ街の中へ」
体験したことのない腰の低さに一同唖然としていたが、肩をすくめたフォルセがオルコットの後を追ったので、慌てて街の城門をくぐった。
入口のすぐ傍に騎士団の詰め所があり、応接間のような広い部屋に通された。砦と詰め所が同じになっているキシニアでは見たことのないほど豪華な部屋だ。規模は軍議室とほぼ同じだが、地図もなければ敵と味方の配置を確認するボードもない。実用性より見た目を重視した美しい卓とソファが置かれ、壁際には調度品や絵画が飾られている。
「すっげぇ」
ロキシーが感歎の声を漏らす。オルコットは椅子をすすめながら苦笑した。
「私の趣味ではないのですけどね。広い部屋がここしかなくて、すみません」
「じゃあ誰の趣味?」
「趣味というかなんというか・・・・隊長なのだから少しふんぞり返っていろ、と部下に言われまして。彼らが勝手に家具を持ち込んだ結果、こうなりました」
「それはあれか、商人たちに舐められないようにってか?」
ロキシーの容赦ない問いに、オルコットは戸惑いながらも頷いた。オルコットよりも部下のほうが体裁を気にしているらしい。
窓際に佇んでいたフォルセは、窓の外をオルコットと口論していた男が通るのを見た。腕を組んだままフォルセは尋ねる。
「オルコット、あの男は誰だ?」
「バルフさんです。ノルザックは商人が多くて、商人たちは組合を作って商売をしているんです。バルフさんは全ての組合のトップに立つ人で、ノルザック市場の支配者ですよ」
「あの人が仕切っているから、騎士団の立場が弱くなっているということですね」
ランシールの身も蓋もない言葉にオルコットは頷いた。
「仰るとおりです。騎士も商人もノルザックの一部ですから、手を取り合わねばならないのですが・・・・・もう長いこと市場を仕切っているバルフさんはノルザックに愛着が強くて、騎士を追い出したがっているんです」
ユリウスが腕を組んだ。
「ノルザックは数10年前まで、ひとつの独立した街だったからね。騎士が駐屯するようになってからはその独立権もなくなった。そりゃ反発したくなるよ」
フォルセはまだ窓の外を見つめたまま、ぼそっと呟いた。
「・・・・騎士と連携できない理由でもあるのかもしれないな」
「フォルセさん・・・・・?」
セオンが声をかけると、フォルセは振り返った。
「・・・・・いや、なんでもない」
フォルセは窓からようやく離れ、ソファに腰を下ろした。
「ところで、なぜ皆さんはこちらに?」
「首都へ行く用事があるんだ」
簡潔にフォルセは答える。大隊長であるオルコットと、大隊副長であるフォルセとでは、オルコットの方が身分は上である。だがオルコット自身は訓練生時代からフォルセを尊敬しており、今もそれは変わらず低姿勢だ。
明らかに連合騎士ではないセオンとスファルに不思議そうな視線を送ったが、オルコットは何も言わなかった。フォルセ自身が赴くのだから、相当な用事なのだと悟ったらしい。
「そうでしたか。今からラノールに向かうのには無理がありますし、今日はこの街で休んでください。物資の補給には最適な街ですしね」
ラノールとは、ノルザックの隣街である。首都へ向かうには必ず通る街だが、生憎フォルセらはラノールではなくすぐ傍の中央平原に入るつもりである。しかしそんなことを告げたらオルコットに猛反対されるので、フォルセは黙って頷いた。この街で休息を取るのは予定内だった。
「にしてもなんか、活気が少なくない?」
ロキシーの問いにユリウスも頷く。
「僕もそう思っていたよ。ノルザックってもっと人が多かったよね。それに、上流階級の人間の姿が見えない」
窓の外は市場だが、あまり人が多くないのだ。商人たちの雰囲気もどこか暗い。オルコットは頷いた。
「ここ最近になって、先程討伐したあの妙な魔物が頻繁に街を襲うようになったんです。この街は商業都市ですから、城壁ももろい。多くの人が危険を察知して街を離れてしまったんです」
「魔物が襲うわ、人はいなくなるわで、みんな苛々してんのな。特にあのおっさん」
ロキシーの言うおっさんとは、バルフのことである。
「成程、キシニアの鍛冶師連中に大量の武器を受注したのは、そういう理由だったんだな」
「さすがフォルセさん、情報が早いですね。ええ、その通りです」
先ほどもバルフに言われたが、確かにノルザック騎士の実戦経験は浅い。武器も少ないし、人員も足りない。それでもオルコットは、なんとか街を守ろうと努力しているのだ。
「街を守りたいという気持ちは、私もバルフさんに負けないつもりです。ですが・・・・・国からの派遣者に、良い感情を抱いてはもらえないんです」
セオンが視線をフォルセに向ける。キシニアしか知らないセオンには、オルコットの話とこの街の現状が不思議らしい。キシニアはとても一体感のある町だ。街の人は騎士を信頼し、騎士もその信頼に応えている。襲撃があれば退治し、問題が起これば駆けつける。やっていることはフォルセもオルコットも同じだ。なのに、なぜこんなにも違うのか。
「街には気質というものがあるのですよ。むしろキシニアのような一体感が珍しい。商人とは己の利益を求める者です。騎士と衝突するのは些細なことだと言えましょう」
スファルがセオンにそう説明する。
「元々、最初にここへ配属される予定だったのはフォルセさんでしたよね」
唐突にオルコットが言い、フォルセが珍しく舌打ちしたげな顔をした。ランシールがフォルセを見やった。
「そうだったんですか、副長?」
「どうしてそう、どうでもいいことを持ち出すかな」
フォルセは困ったように呟いた。そういえばセオンは、ヒンメルからそんな話を聞いたことがあった。
「確かに最初の配属先はノルザックだった。だが、無理を押してキシニアへ転属させてもらった」
「なぜですか」
「ハルシュタイルとの戦争が激しい時代だったからな。正直言って、戦うために騎士になったのに安全な街に配属させられることなど我慢できなかった」
「意外と好戦的だったんだなぁ」
ロキシーが呟く。ランシールが首をかしげる。
「でも、よく転属を認められましたね」
「戦場に立てるだけの実力を見せてみろと言われたから、教官を3人倒した。それでもまだ渋っているようだったから、辞令を出した元帥にでも殴りこもうかと思って―――」
「な、殴りこんだんですか?」
「いや。その直前に話を聞いたらしいハーレイ隊長から推薦状をもらったんだ。それで問題なくキシニアへ配属されたよ」
「ぶ、武力行使・・・・・」
ランシールが茫然と呟く。ユリウスが笑った。
「知らなかった? フォルセはやると決めた時はなんだってやっちゃう人だよ。キシニアの人間は豪快で思いきりが良いんだ」
「思いきりが良いにも程があるだろ」
ロキシーも呆れている。
「というか、そもそもなんで副長の配属先がノルザックだったんだ? 訓練生時代からこと武芸においては敵う者なしだったろ」
「あー・・・・当時は勢いで突っ込む感覚派だったからな。命がいくつあっても足りないと言われて、前線から遠ざけられたんだ」
その理由にまた一同沈黙する。オルコットは俯いた。
「私ではなくフォルセさんがこの街に駐屯していたら、もっとまともだったのでしょうか」
「それはない」
フォルセは即座に断言した。
「私は単に、キシニアの人と相性が良かっただけだ」
オルコットは微妙な顔をしていた。
そのあと一同は解散となった。フォルセはすぐオルコットに話しかけ、ある書類をもらった。それらを照らし合わせながら騎士団詰め所内を歩いていると、前方の廊下にランシールがいることに気づいた。彼は白衣姿の老人と何か会話をしている。老人がランシールに片手を上げて歩み去り、ランシールも踵を返し、フォルセと目が合う。
「あ、副長・・・・・」
「あれは軍医か」
直球の問いにランシールは頷く。
「お話ししたでしょう。旅の人がノルザックの医者に僕を診せたって。あの人だったんです。向こうが覚えていました」
「ということは、お前を助けた旅人は連合騎士だったということか」
「ですね。以前は何度かノルザックの詰め所に顔を出していたそうなんですが、僕を連れてきてから一度も来ていないそうです。名前は知らないそうですけど・・・・・」
「そうか・・・・・たいした身分の騎士だったのかもしれないな」
ランシールは頷いた。その暗い表情を見て、フォルセが首をかしげる。
「・・・・どうした? 暗いな、ランシール」
「いえ・・・・さっきの戦いのことなんですけど」
「ん?」
「すごく情けなかったです。いつも銃を構えるのが遅くて、足を引っ張って。戦うのは騎士の仕事なのに、軍医であるはずのユリウスさんや、自分より年下のセオンに助けられて・・・・・なんで僕は、こんなに臆病なのかなって」
フォルセは腕を組み、じっとランシールを見つめた。それから諭すように口を開く。
「臆病であることは決して悪いことではない。お前に引金を引くことを躊躇わせているその恐怖は、生命の重さだ。むしろお前は当然の感情を持っている」
「でも、副長は・・・・・」
「俺だって怖い。ただ、それを隠す術を知っているだけだ」
「隠す?」
フォルセは頷いた。
「俺が騎士になったのは街を守りたかったから。守るために戦うためだ。それがあるから負けるわけにはいかない。その思いが恐怖に勝る。それだけさ」
言ってから、フォルセは首を振った。
「いや違う・・・・死にたくないんだ。死にたくない、負けたくないから誰かを殺す。・・・・自分勝手だが、それが騎士としての務めなのかもしれない。・・・・お前はなぜ騎士になった?」
ランシールが硬直した。赤面し、激しく頭をかく。フォルセが黙って見守っていると、ランシールは答えた。
「・・・・騎士になった理由は、副長の助けになりたかったからです。・・・・これでも戦う理由になりますか?」
呆気にとられたフォルセは、表情を和らげた。
「そうか」
「笑わないでくださいよ、本心です」
「すまない。有難う、ランシール。じゃあ、これからも私の気を和らげるために生き残ってくれ。お前はそのままでいてほしい」
ランシールも笑って頷いた。
フォルセがその場を去って、ランシールはひとり呟いた。
「強くならなきゃ・・・・外で生きる道を僕にくれた、あの人のためにも、生き残るんだ・・・・・・」