2章‐5 前夜、葛藤
「ラン!」
セオンが呼び止めるも、医務室を飛び出したランシールは振り返らなかった。閉ざされた扉を見て、フォルセは溜息をつく。
「一応承諾はしてくれたようだが・・・・・」
「あの様子じゃ、一緒には行かないみたいだね」
ユリウスが呟く。スファルがフォルセを見やった。
「自分から言いだしたことで何だが、彼の言うことも一理あるぞ。もし本当に死んだら、キシニアをどうするつもりだ」
「死ぬ、という仮定はない。生きて帰る、それだけだ」
フォルセは静かにそう言った。
「砦のことはあまり心配していない。隊長がいる。旅に私を連れていくことも、隊長が促したことだろう?」
「・・・・恐れ入るな。噂以上の傑物だ、お前は」
スファルが完全に見抜かれて溜息をつく。セオンが立ちあがり、フォルセに頭を下げた。
「有難う御座います、フォルセさん。すみません、俺勝手で・・・」
フォルセは首を振り、セオンの肩に手を置く。
「君は、自分のやるべきことだけ見ていればいい」
「はい」
「で、出発はいつよ?」
ロキシーが問いかける。フォルセはそんな彼を見やった。
「良いのか、ロキシー」
「副長について行きますとも。たまにはスリル体験しておかないと、勘が鈍るし」
「スリルってね」
ユリウスが呆れたように肩をすくめる。
「それに俺、生まれも育ちも首都の都会っ子だぜ。この面子じゃ、俺が一番首都に詳しいだろ。変な奴らに追い回されても撒ける」
「そうか、なら頼む」
フォルセは一同を見まわした。
「出発は明日の朝だ。それまでに良く休んでおいてくれ」
みな一様に頷いた。
★☆
ランシールは深く溜息をついた。医務室を飛び出して、そのまま砦敷地内にある中庭まで走ってきてしまった。普段は騎士が訓練を行うだだっ広い場所だが、いまは朝早いこともあり、ランシール以外誰もいない。
長椅子に腰をおろし、ランシールはもう一度ため息をついた。激しい後悔に襲われる。自分が平原で生まれた人間だということは、誰にも話さず墓に持っていこうと誓っていた。だがやはり我慢できなかった。大恩あるフォルセと、大切な仲間たちを行かせたくない―――その思いでいっぱいだった。引き留めたいがために、フォルセに詰め寄ってしまったことも、嫌悪感を感じる。
無意識にランシールはホルスターに収めていた銃を抜き取った。
『ランシールも今日から同僚だな。騎士叙任、おめでとう。これは俺からの祝いだ』
騎士になってキシニアに戻り、フォルセに会いに行ったときにこの銃を渡されたのだ。かなりの大金をはたいて用意してくれたものだった。ランシールは感激し、今までずっと大切にしてきた。
内気で臆病だった自分を引っ張り出してくれたのはフォルセだ。ランシールは本物の兄のようにフォルセを慕っている。彼のためなら命を懸けることもできる。それなのに、自分は恩人の出発を止めることができない。
平原が怖い。だから行けない。だから―――フォルセを見捨てる。
―――僕は、なんて臆病で無力なんだ。
ランシールは強く銃を握りしめた。
「ランシール、やっぱりここだな」
そんな声が聞こえ、ランシールははっとして顔を上げた。そこにはフォルセが立っていた。
「ふ、副長・・・・・・どうして、ここが」
「お前はよく、ここで考え事をしているようだからな」
「し、知っていたんですね・・・・・」
ひとりになりたいとき、ランシールはいつもここに来た。それをフォルセが知っているとは思っていなかった。フォルセは微笑む。
「当たりまえだ」
フォルセはランシールの隣に腰を下ろした。二人の間に沈黙が流れる。ランシールが膝の上でこぶしを握りしめた。
「副長・・・・・すみませんでした、さっきは・・・・・」
「いや。俺を心配してくれたんだろう?」
ランシールは目を閉じた。
「僕も、セオンが大切です。あの子の力になってやりたい・・・・・でも・・・・・どうしてハルシュタイルの事情に、副長たちが関わらなきゃいけないんですか!?」
「ランシール・・・・・」
「なんでハルシュタイルのために副長が危険な目に遭わなきゃいけないんですか!? 僕たちは昨日、辛い思いをしたんです! それなのに、その原因をつくったあの人が協力を要請してくるなんて、虫が良すぎる・・・・・!」
ランシールは吐き捨てた。息を吐き出し、彼は顔をそむけた。
「・・・・・ごめんなさい。こんなこと言っても、仕方ないのに・・・・・」
「・・・・・ランシール。俺は正直、あのスファルという騎士を信用できない」
フォルセは急に断言した。ランシールが驚いて顔を上げる。
「本当は第2王子の手先じゃないかと、疑ってもいる」
「でも、セオンはあの人のことを思い出したんでしょう?」
「・・・・・人の心なんて、すぐに変わる」
つまり、セオンが行方不明の間で第2王子に寝返った、という意味だ。そして、以前のまま味方を装って近づいている―――。
「セオンは自分の意思を曲げないだろう。言い方は悪いが、妙な使命感に燃えている。それにスファルが付け込むかもしれない・・・・・だから、俺自身の目で見張っておきたい。そして予感が的中した時には、俺が奴を殺す」
「副長・・・・・」
「スファルと、・・・・・セオンが連合の敵になるのなら、俺が排除する・・・・・それが事情を知っている俺の責任だ」
ああ、副長は僕より冷静だった。ランシールはそう痛感した。考えなしで、セオンを守ろうとしていたわけではない。無謀に平原に行こうと思っていたわけではない。彼なりに覚悟を固めていたのだ。
「そういうわけだからランシール、俺は平原へ行く。お前は、キシニアを頼む」
「け、けど・・・・・!」
「誰にも無理強いしたくないんだ。頼む、自分の心で決めてくれ」
フォルセは立ち上がり、ランシールを振り返った。
「・・・・・今日一日、訓練を休め」
「え!?」
「その様子では、訓練に熱が入らないだろう。少し、息抜きをしてこい」
フォルセはそう言って歩み去った。取り残されたランシールは俯いた。
「・・・・・本当に僕は・・・・無力で、愚かだ・・・・・」
ランシールは小さく、そう呟いた。
★☆
結局ランシールは街へ出た。当てもなく歩いていたはずだったが、ランシールは馴染のある道を進み、見慣れた建物の前で足を止めてしまった。
シャスティーン孤児院。
それが、ランシールが育った孤児院だ。
「ランシール?」
庭先にいた女性が、ランシールに気付いて笑みを見せた。
「久しぶりね。今日はお仕事お休み? 帰ってくるなら連絡してくれればよかったのに」
「レガリアさん・・・・お元気そうですね」
「他人行儀ね、相変わらず。ほら、中入って」
レガリア・シャスティーンが孤児院を経営している女性だ。ランシールの姓もシャスティーンである。もともとランシールに姓はなく、孤児院に入った時に「家族」として、レガリアの名をもらったのだ。この孤児院出身の者は、みな「シャスティーン」と名乗っている。
彼女が、唯一ランシールが平原の生まれだと知っていた人物だ。それでも分け隔てなく接してくれた。フォルセと同じようにランシールが感謝している人だ。
孤児院のなかは静まり返っていた。いつも散らかっているおもちゃの類は綺麗に片づけられている。お茶の用意をしているレガリアにランシールは尋ねる。
「静かですね。みんないないんですか?」
「この時間はもう遊びに行っちゃってるわ」
レガリアが珈琲をランシールの前に置き、彼の向かい側に腰を下ろす。
「それで、何があったの?」
「え・・・・・」
「悩んでるんじゃないの? 顔に出ているわ」
母と呼ぶには若すぎるレガリアの顔を見て、ランシールが苦笑する。
「お見通しですね。・・・・少し相談したいことがあって」
「なに?」
「・・・・・・副長たちが、中央平原を通って首都に行くと言っているんです」
レガリアの表情が変わった。
「僕も行かなきゃいけないと思っているんです。でも、・・・・・怖いんです。平原を捨てた僕が、平原に戻れるのか不安で・・・・・」
「・・・・・無理しなくてもいいんじゃないかしら?」
レガリアがそういうと、ランシールは首を振った。
「そんな・・・・・見殺しにするようなものじゃないですか」
「あら、もう答えは出ているじゃない」
レガリアは微笑む。
「フォルセくんは優しいから何も言わないと思うけど・・・・・一緒に来てほしいと思っているはずよ」
「・・・・・」
「怖くてもいいのよ。なんのためにみんなと一緒なの?」
ランシールは目を閉じた。
★☆
その日の夜、フォルセはハーレイの部屋を訪れた。フォルセが口を開く前にハーレイが言った。
「行くことにしたのか」
「はい。しばらく留守にいたします」
ハーレイは振り返り、フォルセを見やった。
「決意は固いな」
「・・・・はい」
「もう大丈夫なのか」
フォルセは少し笑みを浮かべる。
「昨日、散々落ち込みましたから・・・・」
ハーレイは少し黙り、おもむろに口を開いた。
「私もかつて、酷い失敗を犯したことがあった」
「は・・・・?」
「それまでにそこそこの戦績を上げ、騎士の生活にも慣れていた頃だった。油断、だったのだろう。ひとり突出し、ファブリエを相手に完敗した」
フォルセが眉をしかめる。ファブリエ公国は今、カルネア連合に侵略されて統合されている。連合の西部に位置し、かつては強い戦力を持ち、カルネアの街ひとつ滅ぼしたほどだった。10年前に連合に降伏し、現在はファブリエ地方として連合の一部になっている。
クロースの敗戦という、歴史的に大きな負け戦を、連合はファブリエ相手にしてしまった。15年ほど前、ファブリエとの国境に位置していたクロースという街にファブリエが侵攻した。そしてあっという間に、ファブリエ軍は街になだれ込み、市街戦に発展した。そのあとファブリエはクロースに火を放ち、廃墟にしてしまった。当然、住民も騎士も大半が命を落としたのだ。
「では隊長は、クロースの戦いで・・・・・」
「生き残った。数名の生き残りの一人だ・・・・だが、もはや生き恥でしかなかったのだ。それなのに中枢部は私の退役を認めなかった。あとで役に立つとでも思ったのか・・・・こうして己を偽って、騎士を続けている」
ハーレイは目を閉じた。
「・・・・それに比べれば、お前は良い騎士だ。お前は逃げるな」
「分かりました」
フォルセは静かに頷く。
ハーレイが指揮をとらないのはトラウマゆえなのか。フォルセはそう思ったが、何も聞かなかった。ただ、自分を信頼してくれているのだとは思う。その証拠にハーレイは「生きて帰ってこい」などと言わなかった。それが当たり前だとばかりに。
「誰を同行させるのだ?」
「私と兄のユリウス、ロキシーです」
「ん? ・・・・・ランシールはどうした?」
ハーレイの問いにフォルセは首を振る。
「未定です」
「そうか。・・・・・あいつには酷かもしれないな」
「え・・・・?」
フォルセは眉をしかめた。酷、とはどういう意味だろう。まさかハーレイは、ランシールが平原生まれだと知っていた―――?
「あの性格で連合を旅するのは辛いだろうと思ってな。魔物も大量にいるだろう」
ハーレイの言葉で、フォルセの疑念は完全に違えていた。そういう意味か、と納得する。
「はい。ですから、彼に無理強いしたくないのです」
「そう言っても、おそらくあいつは行くだろう」
「そうでしょうか?」
「ああ。そういう奴だ・・・・・」
自信を持って断言するハーレイは、どこか嬉しそうだった。
「砦の守りは私に任せろ。やるべきことをやって、とっとと帰ってこい」
「はい」
フォルセはハーレイに一礼し、部屋を出た。




