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遠き空の下  作者: 狼花
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2章‐2 異国の騎士

「はぁッ!」


 フォルセは一瞬で騎士の懐に潜り込み、槍を振り上げた。騎士は紙一重でそれをかわし、反撃の暇を与えずにフォルセは追撃した。長大な槍を自分の腕のように振るうフォルセの槍術は、カルネア連合でも突出した実力だ。


「ランシール、援護」


 ロキシーが素っ気なくランシールに言うと、茫然自失していたランシールは我に返って銃を構えた。と、部下のハルシュタイル騎士がランシール達を取り囲んだ。上官とフォルセの対決を邪魔させないためのようだ。ランシールがしりごむ。


「う・・・・ゆ、ユリウスさん。セオンをお願いしますね」


 ランシールが言った時、そのユリウスがランシールの隣に立った。


「ちょ、ユリウスさん!」

「こんだけの人数いたら、さすがにふたりじゃきついでしょ? 足は引っ張らないからさ」


 無邪気な笑顔で言われても、心配が増すばかりである。


 しかし、そもそも騎士たちの狙いはセオンだったようである。いち早くそれに気づいたユリウスが、セオンとテルファのいる路地の入口に立ちはだかる。ロキシーの声に緊張が孕んだ。


「おいおいっ」


 なんと無防備なことか。ロキシーが駆け寄りかけた瞬間、ユリウスが足を跳ね上げた。


 顎を蹴りあげられた騎士がのけぞる。つづいて斬りかかってきた騎士の剣をひょいと避け、「一介の軍医」は身を捻って騎士を蹴り飛ばした。極められた格闘術を前にして、ランシールもロキシーも唖然としている。


「・・・・・副長といいユリウスといい、武門の出かよ」

「んん? あー・・・・ほら、昔はこの街もごたごたしていてね。喧嘩慣れしているんだ」

「喧嘩って、相手は正規の騎士なのに・・・・・」


 ランシールはもはや呆れた様子である。足を引っ張らないどころか、度胸も技量も一流の戦士だった。


 戦いが長引くにつれて、フォルセは徐々に劣勢に追い込まれて行った。矛を交えるたびに相手騎士はフォルセの槍を読み、的確に隙を突いてくるようになったのだ。今迄に戦った誰よりも、騎士は強かった。


 フォルセの槍が振り払われる。まずい、と思った瞬間にはフォルセは吹き飛ばされていた。ランシールが銃を撃ったが、すべて騎士が叩き落とした。


 地面に倒れたフォルセに騎士が剣を突きつける。その時、少年の声が響いた。


「―――やめろ、スファル」


 騎士が剣を止め、振り返る。フォルセはその隙に立ちあがり、間合いを取った。


 壁に手をついてセオンが立っていた。足がふらつき、すぐ前のめりに倒れる。ランシールが駆けよってそれを支えた。ユリウスが目を丸くする。


「あれほどの毒を打たれたのに・・・・?」


 セオンは苦しげに顔を上げ、騎士を睨みつけた。


「その人を傷つけたら・・・・・お前でも許さない」

「セオンさま・・・・・」


 騎士は目を閉じ、剣を鞘に収めた。フォルセも槍を下ろした。


「・・・・砦へ、来ていただくぞ」

「ああ」


 騎士は素直に頷いた。フォルセが眉をしかめる。先程とは似ても似つかないほど従順だ。


「抵抗はしないのだな」

「セオンさまに命じられた以上、戦うことはできない」


 フォルセは沈黙し、踵を返した。


 ユリウスは再び気を失ってしまったセオンを背負い、フォルセと共に歩きだした。フォルセは全く振り返らずに足を進めたが、騎士がちゃんとついてきているのは確認せずとも分かる。多分、実直な人なのだろうと思っていた。


 騎士は牢に放り込まれ、セオンは医務室へ運ばれた。フォルセが心配そうな顔で尋ねる。


「セオンは大丈夫なのか?」

「薬はあるから安心して。危険な毒ではないんだよ、元々」

「・・・・・そうか」


 ユリウスは弟をじっと見つめ、肩に手を置いた。


「・・・・ほんとに薄情な男って思われたらどうするの?」


 フォルセは苦笑を浮かべた。


「どうするのって、別に・・・・・」


 言いかけたが、ユリウスが案外真面目な顔なのでフォルセは口をつぐんだ。ユリウスが溜息をつく。


「強くあろうとするためには、悲しんじゃいけない?」


 フォルセは目を閉じた。自分の心を確認しながら慎重に答える。


「強くあろうとするためじゃない。ただ、俺は戦場でたくさんの人を殺してきた。その人が亡くなって悲しむ人もたくさんいたはずだ。だから、俺の親しい人が亡くなって泣くことが、俺にはとても傲慢なことなんだ」


 ユリウスは黙って手を下ろす。


「それでも俺は戦うことをやめられない。まだ守れるものを必死で守る。それが終わってからでも、悲しむのは間に合うと思うんだ」


 嘘だ、とユリウスは思った。確かにフォルセはどんな時でも気を抜くことができない。それは立場的にも、彼の性格的にも。でも、本当にあとで悲しむつもりなら、部下二人にテルファを宿屋に送らせはしないだろうし、セオンのことをここまで心配することもしないだろう。


 ランシールとロキシーが医務室に入ってきた。ランシールが報告する。


「送り届けてきました。ご主人・・・・娘が戻ってきただけで嬉しいって、セオンは大丈夫なのかって心配されていました」


 フォルセが俯く。ユリウスが労わるようにフォルセを見やる。


「・・・・あとでヒンメルさんのところに行こう、ね?」

「ああ」


 フォルセは頷いた。俯いていたのも一瞬で、すぐにフォルセは顔を上げた。


「ふたりとも、城壁からの援護に向かえ。しばらくは籠城戦だ」

「了解」


 ロキシーが片手を上げ、ランシールと共に医務室を出て行く。普段は軽い男だが、なんだかんだ言いつつ真面目に戦ってはくれるのだ。


「じゃあ兄さん、セオンを頼む」

「任せといて」


 フォルセも医務室を出て行った。そしてそのまま、砦の地下牢へ足を運んだ。


 薄暗い地下牢はかなりひんやりしていた。ハルシュタイル騎士はそのひとつに、胡坐をかいて座っていた。およそ囚人には思えない威厳である。


「【黒豹】か」


 フォルセは首を振った。


「名乗っただろう。そんな二つ名は、他人が勝手につけたものだ」

「ふむ。私はスファルという」


 セオンがそう呼んでいたので、フォルセは頷いた。


「早速だが訊きたいことがある。セオンは何者だ。貴方と何の関係がある」


 スファルは逆に意外そうな顔をしていた。


「知らないのか」

「セオンと暮らして3カ月になるが、彼は記憶がない。セオンという名しか、思い出してはいないんだ」

「まさか、そのようなことになっていたとは・・・・・」


 スファルは腕を組んだ。


「彼は私の仕えるべき主君だ。本来の名は、アルセオールという」


 フォルセは眉をしかめ、記憶をまさぐった。そしてすぐ思い当たる。


「・・・・・ハルシュタイルの第4王子か」

「そうだ。3か月前に行方不明となった王子殿下だ」


 フォルセは黙り込む。スファルがふっと笑みを浮かべた。


「あまり驚かないのだな」

「顔に出ない性質なだけだ」


 アルセオール・ルドラ・ハル=シュタイル。それが正式な名前だ。フォルセとしても疑わなかった訳ではないが、いざはっきり伝えられても戸惑ってしまう。


「なぜセオンは連合に?」

「それはセオンさましか分からん。私はセオンさまの捜索のため、ここまで来た」


 フォルセは顎を摘まみ、視線をスファルに向ける。


「今回のハルシュタイル軍侵攻の意義はなんだ?」

「現在、ハルシュタイルは2つに割れている」


 そう言ってスファルは説明した。


 第1王子が事故で2年前に亡くなってから、第2王子エーゼルと、その父である国王イスベルのどちらに仕えるかで臣下たちは割れたのだという。王は穏健な賢人であるが、それではこの国の窮状は変えられない、と第2王子は開戦を主張していた。カルネア連合を攻め落とし、その豊かな資源や土地を奪うべきである、と。そうして、第2王子を信奉する者も増えていったということだ。


 そして今回、第2王子の主張したとおりに開戦した。しかし本当の目的は、カルネア連合へ逃亡した第4王子アルセオールの捜索だった。


「セオンの身柄が必要なのか」

「セオンさまには大勢の臣下がいる。陛下や第1王子殿下に良く似た、聡明で強い方だ。だからセオンさまの身柄を押さえればその臣下も第2王子のものになる、とでも考えたのだろう」


 正面から本隊をぶつけ、連合騎士が籠城でかかりきりになっている間、別動隊が街に潜入し、魔物を街に放ったという訳だ。ハルシュタイルでも有数の剣士であるアルセオールは、魔物狩りを日々の務めとしてこなしていた。優しい彼の性格からして、自分しか倒せない魔物が目の前に現れれば、隠れていることはできない。


「あれは普通の魔物ではないのだ。ハルシュタイル政府が魔物に実験を施し、人為的に強くした生物兵器。それがあの正体だ。我々は魔族と呼ぶ。セオンさまは特別魔族と戦い慣れていた」

「どういうことだ」

「実験で魔族が造られるたびに、セオンさまは極秘に魔族を討伐して回っていた。あれは歪んだ生き物だ。戦争に使われることなどあってはならない。その前にすべて倒していた。・・・・・政府からは疎まれていただろうな」


 では以前、廃鉱の傍で戦ったのもそうだったのか、とフォルセは納得する。しかしそれは口に出さなかった。


「私はその別動隊を装ってともに街に潜入し、セオンさまを探していたのだ。・・・・お前は記憶を失った王子をずっと守っていてくれたのだな。悪かった。礼を言う、ミッドベルグ」


 スファルはフォルセに頭を下げる。フォルセは首を振った。


「勘違いするな。貴方に礼を言われるために、セオンと暮らしていたわけじゃない。貴方の話が真実だとしても、貴方はセオンを奪還するためにこの街の人々を見殺しにした。それを忘れるな」

「・・・・・その重みは、理解している」

「どこから街に潜入した?」


 フォルセの眼光が鋭くなる。スファルは息をつく。


「大きく迂回して連合国内に入った。西の城門へ行ってみると良い、一部破壊されている」

「大きく迂回とは、どこを?」


 フォルセの問いは矢継ぎ早に続いた。スファルは躊躇わずにすぐ答えた。


「アーリアという山を登った。ルートの確認は以前から何度も行っていてな、魔族も放たれていた」


 フォルセの気配が怒りに変わる。だがそれはすぐに収まった。


「・・・・それも私の怠りか。分かった。・・・・・セオンが目覚めれば会わせよう」


 フォルセが踵を返しかけ、スファルが呼び止める。


「これから何をする?」


 フォルセは振り返らずに告げた。


「知れたことだ。ハルシュタイル軍を連合から追い出す。―――情報の提供は感謝する。だが・・・・私は決して、貴方がたを許しはしない」


 そう言い残し、フォルセは地下牢を出た。


 こうも簡単に街への侵入を許してしまったのは自分の落ち度だ。分かっていても、やはり不愉快だった。淡々と事実を語るあのスファルという騎士も気に食わない。


 フォルセは壁に拳を打ち付けた。深く息をつき、溜息をつく。


「・・・・人の命をなんだと思っているんだ」


 背後から人が歩み寄ってくる気配を感じ、フォルセは振り返った。ハーレイだった。


「隊長」

「無事だな、フォルセ」


 冷たく感じるほど素っ気ない言葉。フォルセは力なく頷く。


「私は自分が情けないです。あんなにたくさんの民を死なせて・・・」

「お前がいなければ状況はもっと悪くなっていた。お前は良くやっている」


 フォルセは顔を上げ、真正面からハーレイを見つめた。


「・・・・隊長。セオンの素性を最初から知っていましたね?」


 ハーレイは黙る。隊長を問い詰めたことなどないフォルセが、詰問をしていた。


「答えてください。何を知っているんですか。何をしようとしているんですか」


 しばし黙っていたのちにハーレイは答えた。


「国王派の人間に知人がいる。それだけだ」

「スファルという騎士ですか」

「・・・・・そうだ。捕えたんだったな」

「地下牢にいます。お会いになられますか」


 ハーレイは首を振った。


「それは後だ。私は城壁へ行く。お前は少し休め」

「いえ、行きます」


 フォルセは頑なだった。ハーレイも諦めたように承諾した。


 ロキシーは城壁に備え付けられている砲台を点検しながら、傍にいた同僚に尋ねた。


「なあ、隊長の指揮ってどんなもんよ?」


 騎士は戸惑ったように頭髪を掻きまわした。


「それが、うん・・・・副長とほぼ同じだった」

「そうなのか?」

「隊長も副長も同じ考えをしているんだと思う。いつもの通りでやりやすかったよ。意外に普通の騎士じゃない?」


 意外な騎士、というあたり、彼らはハーレイという人間を珍獣か何かのように思っているようである。


 隣で照準を合わせているランシールが迷いなく答えた。


「だったらこの後の指揮は決まり切っています。叩きのめせ、ですよね」

「だろうなぁ」


 ロキシーが頷いた時、城壁にハーレイとフォルセが現れた。すぐにフォルセが指示を出す。


「砲火を手前の騎士部隊に集中させろ」


 その指示で全ての砲台が一点を集中して攻撃し、すぐにその部隊は壊滅した。ハーレイは後方を振り仰ぎ、さらに高い場所に設置されている主砲を見やった。


「主砲充填! 狙いは敵後方、無傷の部隊だ。砲台はすべて手前を攻撃しろ」


 主砲制御を任されていた騎士が命令を復唱し、主砲を動かした。砲台が開き、青白いエネルギーが収束する。一瞬光は収まり、次の瞬間、主砲が放たれた。強烈な光に襲われ、最後尾の騎士たちが吹き飛ばされた。


「二発目、充填開始」


 ハーレイがさらに指示する。射程の短い砲台で前衛を、射程の長い主砲で後衛を一気に攻撃し、敵の数を減らすつもりなのだ。まさにフォルセとハーレイの指揮は同一のものだった。


 フォルセがハーレイに向き直る。


「敵の数は減りました。出撃します」


 ハーレイは黙って頷いた。それを見ていたロキシーが砲台から飛び降り、城壁を降りたフォルセを追いかける。


「副長、俺も行くぜっ」


 楽しげにすら聞こえる声だ。フォルセは思わず苦笑した。


「まったく、どこまでも自由な男だ。そんなことを言うなんて珍しいじゃないか」

「だってよ、今のあんた危ねぇんだよ」

「危ない?」

「恨みしかないだろ。そういう暗い感情だけで突っ込まれたら、命がいくつあっても足りないぜ」


 フォルセは瞬きして、意外そうにロキシーを見つめた。


「・・・・へえ、意外と気を遣ってくれているんだな」

「人をなんだと思ってんの」

「有難う、だが大丈夫だよ。ロキシーが思っているほど突っ走ってはいない」


 ロキシーは黙ったままである。フォルセが肩をすくめる。


「そんなに信用ないか?」

「俺もね、一応自分が自由にやってられるのは誰のおかげか、分かってるつもりだぜ」


 今度はフォルセが黙る。


「あんたがいなくなったら、俺ぁ退団するしかなくなるしよ」

「・・・・前から聞こうとは思っていたが、なぜ騎士団に入ったんだ?」

「何だと思う?」

「私に聞くな」

「俺にも分からん。だが言ったろ、俺は賑やかし担当なの。それ以上でもそれ以下でもないから、気にするなよ、副長さん」


 フォルセは溜息をつく。話している間にふたりは騎士の整列している城門まで降りてきた。馬房から馬を引き出し、フォルセは飛び乗る。そして槍を引き抜いた。


「さあ行こう。敵の数は既にだいぶ減っている。私たちの敵ではない。一気に押しつぶす」


 ロキシーが笑う。


「ハルシュタイルは怒らせちゃまずいもんを怒らせちまったな。黒豹の逆襲だぜ」


 騎士たちが吹き出す。フォルセは門の傍の騎士に声をかけた。


「跳ね橋を下ろし、城門を開けてくれ」

「はっ!」


 騎士は頷き、壁にある装置で操作をした。


 門の向こうで跳ね橋が下がる音がし、同時に門がゆっくりと上に上がる。フォルセは部隊の先頭に立った。その少し後ろにロキシーが控える。


「行くぞ」


 フォルセはその言葉と同時に、馬を嘶かせ、疾風の如く飛び出した。ロキシーが後を追い、大勢の【黒豹】騎士が馬を駆る。


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