7.あ、双子でしたか?
身体がだるい。
瞼が重い。
こんなことは、滅多になかった。そうだ、術で無茶をしたときに似ている。
老師から叱責を受けたあのときも、そうだった。身体がまるで他人のもののように感じるのだ。
それでも、ひとつひとつ部品を繋ぐように意識を伝えれば、感覚が戻ってくる。
目覚めからどれくらい経ったのだろう。ついに、瞼を持ち上げたとき、ひとつの影が見えた。
「よお。覚めたか」
なんだ。これは、夢か。
「馬鹿、現実だ。お前は自分家の前でぶっ倒れてそのまま連れて来られたんだよ」
相変わらずのぶっきらぼうな言葉が懐かしい。
「学楼」
「お前……喧嘩売ってんのか」
『ガリ勉の巨人』という意味のあだ名を呟けば、相手は大袈裟に眉を歪めた。
とはいえ、楼の一字が印された書を送ってくれたのは彼だ。毒舌のくせに優しい。
つまはじきの女生徒に、唯一声をかけてくれた男は全く変わっていなかった。
「ロウ。ここは、もしかして学舎なのか」
次第に、意識がはっきりとしてきた。それと同時に、倒れるまえの情景を思い出す。
「そうだ」
「なぜ……」
「俺が聞きてぇよ。なんで、お前がアイゼンの召喚者を匿ってんだよ」
「召喚者」
「あの男だよ」
きっぱりとロウが言う。
やっぱりそうなのか。
改めて確認して、心が痛んだ。
ヤマトが召喚者なのだ。あの黒髪を見たときに気付いていたはずなのに、何も出来なかった。
いや、分かっても私は彼をどうすることも出来なかっただろう。同じように、必死で逃がすことしか出来ないに違いない。
老師。私はまた過ちを犯したのかもしれません……
「ロウ教えてくれ。ヤマトは魔族なのか?」
覚悟決めて、ロウに問う。
するとなぜか、相手はがっくりと肩を落としてしまった。
「お前はほんっとに馬鹿だ。馬鹿だ、馬鹿。分かってんのか、馬鹿」
「いや、そんなに連呼しなくても」
間抜けな質問だっただろうか。変わらず馬鹿、馬鹿、と呟く男を見る。
「馬鹿、眉を下げるな。ったく、本当になんも分かってないんだな。あいつは、召喚者は、アイゼンの切り札だ。魔族と唯一対抗できる勇者だよ!」
勇者?
それって
「なに?」
「お前、他国のことも学べって言われたろ?薬学ばっかりやるから、世間知らずになるんだ」
「学楼、うるさい。それで、なんなんだ勇者って。魔族とは違うのか?その……ヤマトには魔族の特徴があったんだけど」
「黒髪と瞳か?」
ああ、とロウは思い出すように言った。その様子から、ロウはヤマトを知っているように見えた。
頷くと、ロウはまた飽きれたように首をふった。
「よく聞け薬学馬鹿。黒髪が魔族の目印なわけじゃない。魔族の中には黒髪、瞳が多いだけだ。茶髪や金髪の魔族いる。ただ、黒は強い魔力を秘める色らしい。だから、逆に人には黒を持つものは少ないんだ」
それに、とロウは続けた。
「魔術は魔族の専売特許じゃない。リャンでは強く禁じられているが、アイゼンでは魔術を使える者もいるんだ」
「え、でも私は……」
「お前、魔術が禁呪だけだとおもってるのか?アイゼンのいう魔術だと俺たち薬司も術師の仲間入りだ。俺たちも人を自然の力を借りて癒す。ある意味、理を曲げてるんだ。ってか、グワン老師から学ばなかったのか?」
「老師はそういう知識は何も」
「でも、お前リャンでは危うい魔術も学んでたろ?目診もその一種じゃないのか?」
「……たぶん」
老師は不思議な人だった。
両親に死なれ、人に世話になっているところを拾われた。人と違う奇妙な力を持っていると、老師はなぜか最初から見抜いていた。
そして、才があると周りを説き伏せ、女の私を学舎に連れ帰ってくれた。
魔力の制御方法を教えてくれた。
生きる指針を与えてくれた。
「俺はグワン老師はまだ生きてらっしゃるように思えるんだ」
ぽつりとロウが呟いた。
「まさか」
ロウが感傷めいたことを言うとは思わなかった。驚いた。
「あり得ないのは分かってるよ。ただ、老師ならそれくらいできそうに思わないか?」
「……確かに。でも、あり得ないよ」
自分が一番そう望んでいたからこそ、よく分かる。
あの日。冷たくなった老師の身体を思い出す。何度となく見た死なのに、恐れで手の震えが止まらなかった。ロウが来るまでずっと、老師の魂の脱け殻をいつまでも抱きしめていた。
ーーあの方はもういない
「ともかく、今は休め」
言ってくれるロウに首をふる。
「ヤマトのことがある。彼を初めに助けたのは私だ。できる限り最後まで面倒をみたい。分かるだろ」
ロウが深く息をついた。
「……お前、後でどんだけ後悔しても知らねぇぞ。俺は、お前のことを思って言ってやった。お前のためにこの個室を用意して、隔離してやってんだぞ?外に出た後で戻りたい、は言えねぇからな!」
何をそんなに怒っているのか。
「そう、なのか?それは、すまなかった」
とりあえず謝ってみる。
「学舎の頃のシェンナなら、一目散に逃げたろうに……」
また、ロウがため息をついた。
なんだっていうんだ、まったく。寝台に縛り付けられることも加えて、次第にイライラが募る。
勢いをつけて寝台から降りて見せた。
「感謝はする。が、私はもう動きたいんだ」
「シェンナ!待て!」
「知らん。あ、上着を借りるぞ」
机にあったロウの上着を羽織る。でかいな。袖口を織り上げて調整をするとなんとか着れなくはない。
「ロウ、少し縮んだらどうだ」
「うるさい。……俺は忠告したからな」
「しつこいなぁ。何があるんだ?」
振り返ると、微妙な表情でロウは突っ立っている。彼のこんな表情は見たことがない。
本当に何があるんだ?
「なぁーー」
扉の向こうから足音が聞こえた。
それも、一人じゃない。5人?走っている。近づいてくる音とともに気配を読む。
知らない者。リャンの人々とは違った気配だ。
「それみろ」
ロウの言葉に首を傾げた。
大きな音をたてて、扉が打ち破られる。
「シェンナさん!」
私の名を呼んだ青年は、確かにヤマトの形をしていた。が……
「……お前、だれだ?」
私は思わず言っていた。