6.え?私じゃないのかよ!?
木戸にもたれて道の方向を眺めた。
ここへ来て3年もたったのか。時間が立つのは驚くほど早い。追い立てられるようにしてやって来たこの地に3年の月日は愛着も持たせてくれなかった。
でも、この場面になって妙に納得する自分がいた。やっぱり私は流れ行く者なのだ、と。ここは老師の遺言でようやく与えられた任務地だった。でなければ、いくら優秀であれ女の自分を薬司として迎え入れる村などない。老師の力添えがなければ、さっさとここも追い出されていただろう。
ここから見渡せる小さな庭には、懸命に世話をしていた草花が植わっている。私の唯一の家族だ。世話をする者がいなければ、きっと直ぐに絶えてしまうのだろう。薬司からみれば貴重な植物も多いのに。
「すまない」
ぽつりと呟いていた。
遠くから馬の足音が聞こえた。
やっとのお出ましか。さっきまでの物思いを振り払った。
しかし、現れた集団は予想していた者とは違った。10騎ばかりの馬が小道から次々と現れる。金属製の鎧を身に纏い、刃の大きな剣を腰にさしている。明らかにリャンの兵士ではない。なぜだ。
先頭に立つ男がその白馬から降りて、シェンナの前へと歩み寄った。
「シェンナ司ですか?」
「はい」
内心の困惑はやはり表に現れなかった。しっかりとした声で答えることができた。
「私は、アイゼン国の近衛兵部隊長フランツと申します。申し訳ない、こちらもかなり急いているので、まどろこしい話は後にさせていただきます。お引き渡しいただけますか」
アイゼン?引き渡す?
「なにを」
禁呪を犯した私を捕まえに来たのではないのか?想定外の展開に疑問がそのまま口にでた。
「とぼけなさるか。手荒なことはしたくありません。素直にお引き渡し下さい」
金属の擦れる音がした。フランツが佩刀した刀の口に手をかけていた。
まずい。誤解されたようだ。この無表情からは困惑する内心など伝わらないのだ。
「いや、決してそのような意図はありません。本当に、あなた方が求めるようなものを私は持っていません」
少しでも困惑が表情に現れてくれればいいのに。ふっとフランツが鼻で笑った。
「しかたがありませんね。我々が召喚したものがこちらに落ちたのは確実なのですよ」
「召喚?」
「そうです。あれがなくては我が国、いや世界は滅んでしまうのです。ここリャン国も例外ではありません。だからこそ、リャンの協力を得てあなたを探し出せたのです。いや、でも聞いていた通りあなたは一筋縄ではいかないのですね」
物騒な言葉がフランツの口から飛び出す。召喚?国が滅ぶ?
召喚は、空間を歪め人、物を移動させる呪術だ。
授魂と同じ禁呪だ。
魔族が突然現れるのは召喚を利用した術とされている。
それをなぜアイゼンが?
あまりにも自分と関係のない話に頭がついていかない。
「仕方がありません。女性に手をあげることは騎士道に反しますが」
痺れを切らしたフランツがシェンナの腕をとった。
「あ」
強く引かれて思わず声が漏れた。
「しぇんなさん!」
何処かから、拙い言葉で呼ぶ声が聞こえた。
「ヤマト」
ヤマトがポクくんの家のある方向から、駆けてくる。
焦っているような、怒っているような。
どちらにしても初めて見る姿だ。
「なんだ、あるじゃないですか」
見ると、フランツが微笑んでいた。
まさか、召喚って
「取り押さえろ」
その一言で、背後に控えていた兵士達が動いた。
人形のように立っていた男たちは一斉にヤマトに向かう。
それを見たヤマトが躊躇うように速度を落とした。しかし、すぐに正面から兵士へ向かって進む。
だめだ。
「逃げろっ!」
言葉が通じないことを忘れて、叫んでいた。
そんな数に敵うわけがない。折角逃がしたのに。なぜ戻って来たのだ。
自分が標的だと思っていたから、ヤマトの問題に気付けなかった。彼の異形には薄々勘付いていたのに、だ。唇を噛む。
兵士の一人がヤマトの腕を掴んだ。終わりだ。
「え」
男の身体が地に沈んでいた。
「やはり、一筋縄ではいかないのですね」
ヤマトが兵士の腕を捉え返し、そのまま相手の身体を捻りあげていた。
これは…
「体術ですね」
フランツが言う。
そうだ、リャンの体術とよく似ていた。
ただ、体術で多人数と対しているのを初めて見た。
ヤマトは、次々に襲いかかってくる兵士達を軽々と倒していく。
ポクくんと『さっかー』とやらをやっているときも、身軽だと思っていたが、こうしてみると動きの軽やかさが際立つ。
「でも、おかしいですね。召喚者はコールブランドに魂を与えられるまでは動けないはず……」
「え?」
「コールブランドをここに」
すぐに丁寧に布で巻かれた細長い物体を兵士が持ってきた。
受け取ったフランツはゆっくりと布をほどいていく。
なんだ?
白く光る刀身が現れた。
幅の広い刃。柄は簡素に皮が巻かれているだけ。
装飾が一切排除された刀。全くの実践のための武器だ。
しかし、それ以上の何か妖しい気配を纏っていた。
……これは、危険だ。本能が警告を鳴らす。
刀に気を取られていたところ、不意に大きな兵士たちの声が聞こえた。
見れば、ヤマトの大きな身体が崩れ落ちていた。
「ヤマト!」
フランツに捕らえられた腕を捻り、駆け寄ろうともがく。
しかし、その視界がぐらりと歪む。
そして、夜が突然落ちてきた。