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4.牛の胃袋がバッグです




綿なのか、その割に伸縮性のある布地。藍色の下履きはいやにゴワゴワしている。

「確かに旅装じゃないわな」

机の上におかれたものは、どれもが変だった。

全部ポクくんの(ソンガ)さんが今朝届けてくれたヤマトのものである――


朝靄の中、すっかり体調も回復したのでいつものように庭の世話をしていたところ、垣根の先に人影が見えた。

小さく会釈したその人に、助けた男が快復したことを短く伝えると、彼は固い表情を少し緩めた。

「ありがとうございました……」

「いえ、仕事ですから」

仕事、の言葉を聞いて何か言いたいような、でもそれをこらえているように見えた。

溶けるかと思った距離はやっぱりまだまだ遠いようだと、苦笑する。

とはいえ、それには触れない。慣れているのだ。

ソンガさんが油紙の包みを差し出した。

「なんでしょうか?」

「彼の身につけていたものです。流石に衣服は一応洗ったんですが、この鞄はそのままです。……たぶん、鞄だと思うんですが」

そう言って差し出されたものは、牛の胃袋を鞣したような形をしてとても鞄には見えない。ただ、だらりと垂れた姿にああ、何か入っているのだなと分かる。

そもそもどこから物を入れるのだ?

はてな、と悩む耳に聞こえた。

「男の方を治療するのもあれでしょう……こちらがお任せしたこと。ご相談にはお乗りしますので」

気遣いのふりをした、平手打ちだった。つまり、隣町の薬司へ移す手筈はいつでも、というわけか。

「ええ……必要な場合はお願いします」

結局、私はまだまだ村の役に立てるほど馴染めていないのだ。来た道を足早に戻って行く背中を見て痛感した。


がっくりきた気分を持ち上げるのは、植物たちとの触れ合いが一番で。庭の中をいつものように歩き、植物たちの健康状態を確かめる。

声は聞こえないのに、落ち込んだ心を慰めようと力を分けてくてるように感じるのだ。

だって、ほら。

ここでは笑えるから。

ひととおり終え、土を落とそうと井戸へ向かったところ、戸の前に立ったヤマトに気付いた。

「起きたのか。顔を洗うならここを使ってくれ」

ヤマトは朝が弱いのか、どこかぼんやりとしている。

鈍い反応に、肩に手を触れると、そこは冷たくなっていた。

いつからここにいたのか?声くらいかけりゃあいいのに。

「ーーー」

「おはよう。さ、こっちだ」

たぶん、おはようと言った言葉に返して手を引いた。

ところが、引っ張って行った井戸の前で困ったように眉を寄せる。

「ーーー」

何か言って、綱を手にぐいと引くが上手く上がってこない。

まさか、井戸もしらないのか?

見るに見兼ねて手をのばし、縄を引いてやった。からからと滑車の回る音がして、上がってきたバケツには透明の水がなみなみと溢れていた。

ほれ、と渡す。

「終わったら戻ってきて。食事前に診察するから」

言い残して、先に戻った。


煎れた茶を片手に、ヤマトのものらしき品々を眺め、その奇妙さに眉を潜めて考えていると、戸の開く音がした。

「これをソンガさんが持ってきてくれたんだ。おまえのものだろう?」

近付いてきたヤマトは黙ってじっと見つめていたが、ふと手を伸ばして胃袋を取った。

ジャッ、と音がした。

あ、そこから開くのか。

ヤマトがつまみを引くとギザギザに並んだ突起が割ける。そして、中から四角い板を取り出した。

「あ」

光りやがった。なんだそれ。なんなんだ?

蛍よりももっと強い。でもぼんやりとした明るい光り方は似ていた。

「――――」

呟いて、がっくりと肩を落としてしまう姿は寂しげで、なんとか手を差し伸べてやりたくなる。

「大丈夫か?」

しかし、かけた言葉は届かない。いや、音は確かに届いて、ヤマトの黒い瞳がこちらに向いていた。そこに浮かぶのは疑問符(ハテナ)。せめて、言葉が分かればなぁ。苦

く思ってもしかたがないのだが。

「……診察するから、そこに座ってくれ」

結局、説明などせずに取り繕ってしまう。

幾度かしている診察は分かるのか、少し笑って頷いた。最後切なげに板に目をやったのがやけに目に残った。


少しの疲労。たぶん気持ちからくるものだ。

でも、それ以外に特に異常はない。

「うん、大丈夫そうだね」

指で丸を作る。

やっとちゃんとした笑顔が見えた。いくらか幼く見える笑顔は綺麗だ。

うん、綺麗。

つられて、少しだけ口元を緩めてしまっていた。

「ご飯にしようかーー」

とたんに、笑顔を消して見つめてきた視線から逃げるように立ち上がった。

そういえば、私の笑顔は多々人を驚かすのだった。

あ、そうだ。

「ね、聞いときたいんだけど……ここにいたい?」

振り返らずに、言って思い出した。言葉が分からんのだった。眉を寄せた顔。

ここ、と手で示し、さっと外に向けた。

「でていくか?」

かわらず、きょとんとしている。

うーん。通じてる?手近にあった薬包紙をとって書きつける。家を二つ。それぞれ横に男と女。

自分を指で示してから、とん、と女を指差しくるっと円を描く。

そして、ヤマトを示し、紙上の女の家からすーっと指を移動させて。男の家で止める。

「隣町に男の薬司がいるんだ、そっちに移る?」

じっと瞳を見つめた。

通じただろうか?

ヤマトは、ぎゅっと眉間に皺をよせて

「ーー」

大きく首を横に振った。

「本当に女の私でいいのか?」

これには私が驚いていた。

「しぇんなーーーーー」

まっすぐに向けられた綺麗な瞳に、どきりとした。

思わず視線を背けてしまう。

この男は……少し違うのかもしれない。


片付けの最中どんどん、と戸を叩く音がした。

扉の向こうにいたのは小さな少年。

「ポクくん、どうしたんだ?」

数日前と同じ、でも違う意味で驚いた。

「お兄ちゃんが起きたって聞いたから」

今度はためらうことなく門扉を通り、まっすぐに私を見ていた。

彼なりにヤマトへの責任を負ったつもりなのだろう。

おいで、と手を背に回して招きいれてやる。

「ヤマト、きみの恩人だよ」

当然のように後片付けに参加していたヤマトが振り返り不思議そうに首を傾けた。

うわぁ、と声がした。

「お兄ちゃん目が真っ黒だ」

怖がるわけでもなく、興味の引かれるまま、たたっと駆け寄る。

きゅっとヤマトの衣服を握りしめ

「もう、大丈夫なの?」

聞いた。

困ったように私に目をやったヤマトに深く頷いてやる。

少し笑んで、ポクくんの高さまで身を落とした。

ぽんと頭に手をのせる。

「ーーーー」

くしゃくしゃと髪をかき混ぜられて、ポクくんはくすぐったそうに首をすくめてみせた。

言葉が分からないことに気付いてないのかね。

そんなの、どうでもいいとばかりに嬉しそうに笑みをこぼす。

「シェンナさん」

ヤマトにまとわりついてその金の髪を触らせてもらっていたポクくんが、突然こちらを振り向いた。

なに、と問う。

「ありがとう」

はにかんだ笑顔に目を奪われた。

村人からの素直な感謝ははじめてだった。

「どういたしまして」

ヤマトと同じく、くしゃりと髪をくずす。


少しだけ、この距離は溶けているのかもしれない。




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