終戦
終戦
当然肩を叩かれた。驚いて振り返ると、助手のあかりが居た。
「あの、さっきから何度も呼んだのですけど。」
驚いた私の顔を見て、あかりは少し不安そうに呟いた。
「ごめん、ちょっと考え事をしていたの。」
私は彼女の不安を取り除くために笑顔を見せた。しかし彼女は不安な顔から一変し、心配そうな顔つきになった。
「無理なさらないでくださいね。」
「うん、ありがとう。」
このつくり笑顔も通じなくなったか。私の心身も限界に近づいてきているのかな。
あれから、10年だ。短いものだった。地球の最期を見た瞬間は自分の最期の瞬間を見たような気分だった。あの赤い地球は今でもしっかり瞼に刻まれている。
私は現在地理学者として地球再生のプロジェクトの一員として働いている。助手は数名居るが、その中には貴宮あかり、川崎比奈、清水竜太の姿がある。GOWのメンバーは彼らの生存権にまで手回しをしてくれていたのだ。よく日本が許可したものだなと思ったものだ。そして彼らは私の助手としてよく働いてくれている。同世代の助手ってのもなんだか可笑しい感じがするが、元もと彼らは優秀な人間だ、私なんかとは違って。あかりなんかは勘が鋭いから、ここ最近は毎日のように何かと理由をつけて私を心配して様子を見に来てくれている。今回もそうなのだろうなと思ったが、違った。
「あの、それで東アジアのC地区のことなんですが。」
「うーん、また地震で地形変わっちゃった?」
あれから地球は頻繁に揺れ動いている。原因は良くわかって居ないが、かなり大きな地震が半年に数回あったりもする。その度に私達は変わった地形の状態を記録せねばならないのだ。
「いえ、違います。」
「ん?じゃあ何?」
他にあそこら辺で起こる事と言うと、どうだろう思いつかないな。
「芽が出ました。」
「え?」
微笑む彼女の台詞が一瞬理解できなかった。理解出来ても頭の中が真っ白になってしまった。
「ホントに?」
自然と口の端が震えた。
「はい。」
彼女はまた笑顔で答えた。
「そっか・・・芽が出たんだ。へぇ、芽がね・・・・・・。」
私はフフっと笑った。彼女は「やりましたね。」と言ってくれた。私は今度は作り笑いじゃない笑顔を返した。
現在の地球の状態は陸地の7割がた砂漠と化している。最初は9割近くが砂漠だったのだが、10年そこらで2割も緑に変えられたのは奇跡に近いなと思った。そしてあの東アジアのC地区も砂漠状態で、5年前からあの地域の再生の担当を任されていたのだが、まったく植物の芽が出なかったのだ。あそこら一帯は何故か地球自身の再生力が弱く、雨も殆ど降らないような状態だった。私達は試行錯誤を重ねたがまったく成果が出ず、脱力し切っていた所だった。だがそこに芽が生えた。目の前がクラっと来るほどの朗報であった。
「これでようやく一節ね。」
私は溜息をついた。彼女も「これからですね。」と意気込みを見せてくれた。
「自然管理局の方へは比奈さんと竜太さんが報告に向かいました。私もこれからC地区に降りて皆さんと詳しい調査をしますから、チーフは今日一日は休んでいてください。」
「うん、ありがとう。やることだけやったらお言葉に甘えさせてもらう。」
彼女は最期にグッと親指を立てて部屋を出ていった。私もグッと親指を立ててみた。自然と溢れる喜び。この瞬間は直人が与えてくれた物だ。直人の犠牲で私は今ここに居られる。
私だけじゃない、竜太郎に比奈にあかり。今は治安管理局で働いているマリアとその弟に、実は地理学者で、数年前他界してしまったが私のよき師となってくれたマリアのご両親。みんな直人達のお陰で此処に居られる。
あの日に私が彼にした最後の質問。あの質問に彼はこう答えた。「ない。」と、ただその一言だけ。
今なら解る気がする。彼の返答の意味が。
私は机の上にある小さなプランターに生えている小さな芽を見た。これは私が始めて出させた芽である。この芽は地球では育たない。今この芽の植物は火星に生えている。そう、人類は火星への移住も始めたのだ。この10年で火星は大分住みよい環境となってしまった。?しまった。?と言うのは、その性で誰も彼もが地球の存在をどうでもいいと思い込んでしまっているからだ。母星がどうでも良いとは何事かとも思うが、仕方ないかもしれない。地球で住めるようになるのはまだ大分先だ、生きている内に済むなら、狭苦しい宇宙ステーションよりも広々とした惑星の方が良いに決まっている。だが私は地球を見捨てる気は毛頭ない。必ず私の生きている内に、地球を住める環境まで仕上げる。それが直人が私に託したこと。あの星は直人と私をめぐり合わせてくれた。この数多い星空の元。ならば恩返しをしてやるのが当然ではないか。あの惑星を壊すだけ壊してハイさようならなんてのはしたくない。恩返しと同時に報いでもある。私はあの惑星を再生させる。だがそれだけではダメだ。人間が変わらなければ歴史は繰り返す。また星が怒るだろう。そうなれば次こそ未来は無い。
直人達は未来を信じて人を殺した。破壊した。ならば私達は未来を作るために自分を殺そう。それだけの価値しか今のところ人の存在する意味は無い。だから意味を与えてくれたあの怪物に感謝しよう。
私は窓から地球を見た。真っ青でとても奇麗なその星は、青い目の様にこちらを見ている。
私は彼を見つめ返した。
開戦
長い間読んで頂いて有難うございました。
次回作を期待してください、なんて無責任な事は言えませんが、次回作にご期待を。