第六戦 【終の日(罪の日)】
第6戦 【終の日(罪の日)】
1
ノストラダムスの予言は的を得ていたのかもしれない。例えば預言書の翻訳自体が間違いだったなら、その可能性は大いにありうる。もしかしたら、この預言書の翻訳は正確だったが、人々にデタラメな情報をわざと流した可能性だってある。私は彼の預言書を見たことが無いので解らないが、とにかく彼は近い未来での地球滅亡を予言した。その事実は確かにある。だが彼は、人類存続を予言してなどいなかった。彼が真の預言者なら、彼はこの人類の行動を心得ていた筈だ。ならば何故彼は人類の極僅かは生き延びると記さなかったのか。おそらく、それはどうあがいた所で、人間は生き延びられないと、生き延びた所でそれは微々たる年月だと、そう感じたからであろう。
「だけどこれってやっぱり、彼が預言者だったことを前提での話しだよね。」
私は遥か高く、上空3800mのところで、そんな今更ノストラダムスについて書かれた新聞記事を読んでいた。ちなみにこれは一週間くらい前の記事だ。今現在は、もうこの新聞は発行されていない。
「だけど?死?っていうのは、そもそも存在しないと言う説もある。まぁこれは胡散臭い学者のうわ言だけども。」
後ろの席に座る零次がそう語りかけてきた。何故この飛行機、日本から私と直人の乗るスペースシャトルのあるアメリカへ向かう飛行機に零次が乗っているのかと言うと、まずこの飛行機には零次だけでなく、マリアと大将を抜いたGOW東京支部の御一行全員が同乗している。理由は簡単だ。ただ付いてきただけである。残念ながら彼等は既に日本政府とは?無縁?である。謝礼という名の口封じは彼ら自らが蹴っている。しかし今更日本が裏では武装をしていたことが判明した所で、一体誰が責めるのかとも思うのだけれども。
「あー、それってあれか。個の死は集団の死ではないって言うあれか。」
直人はポップコーンを口にほおばりながら、うんざりした感じでそう言った。
「なんだそりゃ。グチャグチャだな。」
今までボンヤリと窓の外を眺めていたアルフレッドのその意見であったが、グチャグチャではなく無茶苦茶と言いたかったのだろう。意味としては大差ない気もするが。
「そうでもないさ。確かに人が一人死ねば一人生めば言いだけの話しじゃないか。そうすれば種は保たれる。まず子を産む行動事態がそれを目的としているんだから、可笑しい話でも無いだろう。集団を形成しているのは個人だ。ならば個人は集団を作りとおさなければならない。これは義務だろう。」
零次はそこで言葉を切る。一体何名がこの話しを真面目に聞いていたのか解らないが、零次の次の台詞は私達に向けられたものかは解らないが、彼は言った。
「ならばこれは死なのだろうか。」と。誰も答えは返すことはなく、沈黙が空間を形成し、そして飛行機は滑走路に着陸した。外では雨が降っている。私は雨雲を見つめた。
私と直人が乗るシャトル・マリン24号は明後日地球を離れる。私達は発射台のあるゲーシュ宇宙開発局の近くにあるホテルに泊まった。今日もそこから一機シャトルが打ち上げられ、無事月の宇宙ステーションに着いたそうだ。現在そこの局員は、急ピッチで明後日の発射準備を行っている事だろう。
『地球に巨大隕石が衝突するのは明後日の午後7時23分15秒です。隕石の接近が最も近くで見られるのは南極だという事で、現在地球に残る方々は南極へと次々に向かっています。私もその集団旅行に参加する予定でいます。我々は巨大な天罰を目の当たりにすることで何を想うのでしょうか。』
アメリカのTVの若い女性のリポーターがそう告げていた。美人は人だなと思った。恐らく子供も旦那も居るのだろう。彼女は家族を連れて南極に行き、そしてなにを考えるのだろうか。私は生存者として、シャトルから隕石を見る際に何を感じるだろうか。
「マリアな、あいつも家族連れて南極に行くらしい。」
シャワーから上がってきた直人は、TV見て言った。
「GOWのほかのメンバーも、大将も合わせてな。明日には南極に向かうらしい。」
「そうだったんだ。」
初耳だった。彼らはそんな感傷的な人間だったろうか。
あるいは
彼らだからこそか?
もしかしたら彼らがあの生存条件を蹴ったのは、罪滅ぼしのつもりだったのかもしれない。多くの数え切れない命を摘むんだ彼ら。
彼らは一体なにを思い、南極へと向かうのか。私には理解できない。できないが・・・・・・。
直人を見た。彼はホテルの窓から夜景を眺めていた。窓ガラスに映った顔は、暗くて読み取ることが出来なかった。
雨はまだ降り続いている。
2
翌日は晴天だった。気温は38度。今の時期ありえない気温だ。これも巨大隕石の影響なのだろう。
私と直人は午前9時にホテルを出た。行く先はGOWのメンバーの所である。彼らは9時30分出発の船に乗って南極に向かう。といってももちろん普通の客船ではなく、彼ら専用の偵察艦である。でなければ一日で南極に到着するわけもない。この偵察艦がいかほど凄いものなのかは解らないが、一日そこらでアメリカから南極に到達する。私には考えられない領域だ。
とにもかくにも、私達は彼らの見送りに行くのである。最後の別れというわけだ。
港では既にメンバーは船に乗り込んでいた。小型の船で、こんなんで大丈夫なのだろうかと思ってしまったが、まぁ大丈夫なんだろう。船に『フィアンセ号』と書いてあるのは見なかった事にしておくか。
「なぁなぁ、南極ってのはどこにあるんだ。」
揺れる船の上からそんな台詞が聞こえてしまった。
「南にあるんだよ、アル。」
いや、零次。あんたもどこか突っ込めよ。
「そっか。南極ってのは何かあるのか?」
「白熊が居る。」
「へぇ」
「氷が大量だよ。」
「え?南極ってのは氷があるのか?」
「というか氷で出来ている。」
「それじゃ寒そうだな。」
「そうだよ、だからそんなTシャツ一枚じゃアルは瞬間氷結だ。」
「なーる、だからお前ら皆そんな暑そうなジャケットを待ってるのか。」
「持ってるんだよ。」
「へぇー」
「あぁ。」
「おいお前ら、そろそろ出るぞ。二人に挨拶だ。」
と、大将がそこでやっと二人の暴走を止めてくれた。よかった、あやうく私はショック死するところだったじゃないか。
「それじゃ、直人に嬢ちゃんまたね。」
私はおとなしく振られている手にバイバイをするが、またってなんだ。
「アルも達者でな。」
直人も直人で普通に手を振る。悲しくはないのだろうか。
「それに零次も。」
零次はいつものように微笑んだ。
「それなりにね。」
その笑みに直人も笑い返す。こんな別れ方でいいのだろうか。
と、船のエンジンがうなり始めて、次の一瞬にはフィアンセ号は海上をもの凄いスピードで去っていってしまった。
「あっれ、大将にも別れ言っときたかったんだけどな。」
そういえば大将の姿が、最後に見えなかった。多分彼がフィアンセ号を操縦していたのだろう。……もしかしてフィアンセ号の名付け親は彼なのか。疑問に思ったので直人に聞いてみた。
「そうだよ。」
最後の最後で意外すぎる一面を知ってしまった。
「それは…ともかく、こんな別れ方でいいの?」
「っは、感動しなかった?いいんだよ。こんなのが一番それっぽくて。」
それってなんだという感じだが、言いたいことは分かる。だけども、微塵も悲しくないはずはない。それなのに彼はなぜこんなにさっぱりした顔をしているのか?
「さ、次行こうか。」
「ん?どこ行くの。」
「ま、いいから来いよ。」
そう言って彼はさっさと車に乗り込んでしまった。直人がどこか行きたい場所があるとも思えないが、私は助手席に腰を下ろした。
街から離れた森の中に車入った。道は整備されているものの、人の気配はあまり感じられない。鳥も居るし、草木も風にそよいでいるが、なんだか言い知れぬ空間が出来上がっている。しかしそれは神聖すぎるがゆえのこと。しばらくすすむと、切り開かれた場所に出た。多くの老樹に囲まれたそこに並ぶのは、数個の十字架。
私と直人は車から降り立った。一匹のリスが足元を通り過ぎた。
「ここは?」
「墓地だよ。」
直人はしっかりとした足取りでひとつの十字架に向かった。コケが生えているものの、まったく風化していないその墓は、しかし真新しいわけではない。
「この墓は……」
私は刻まれた名前を除きこんだ。リワン=ファージュ。
「最後に、参っておきたくてな。命日じゃないけど。」
彼は両手を合わせて目を閉じた。墓の形と宗教が違うじゃないかと思ったが、この方が気持ちが入るかもしれない。私もそっと目を閉じて手を合わせた。
しばらくして、肩を叩かれて目を開けた。
「ありがとう。」
直人が微笑みかけてくれた。私ははにかんで、彼の頭を撫でた。彼は可笑しそうに笑うと、背伸びして私と唇を重ねる。こんな神聖なところでと、しかし私は大人しく彼の唇を堪能した。
そして彼の方から身を引いた。
「んじゃ、戻ろうか。明日の準備しないとな。」
「うん……。」
彼は私の手を取り、車まで引いてくれた。嬉しいのだが、私は首をかしげた。
あのキスの意味が私には分からなかった。
3
日は明けた。世界最後の日。
私は車の中に居た。変だなと思った。私はホテルで寝たはずだ。そう思って目を擦って辺りを見回した。そして気づいた。
ここは車の中なんかではない。
「……!!」
大量の座席。そこに座るのはもちろん人間である。
「え、え?なんで?」
私もその座席の一つに座らされていた。私の隣には見知らぬ外人が座ってなにかブツブツ呟いている。祈りの言葉か何かだろう。そして私の右隣には四角い窓。そこから見える景色は広大な……コンクリートの床?いや違う。滑走路…か。巨大な建物も見える。だけどその光景は異様だ。?地面が90度傾いている?。つまり、地面が空と垂直になっている。
だがそんな事あるはずがない。隕石もまだ衝突していないのに、天変地異が巻き起こったのか?それもありえない。ならば考えられるのは。私が今夢を見ているのかということ。しかし……この言い知れぬ不安の感覚は間違いなく本物だ。だったら残る可能性はただ一つ。90度傾いているのは私自身。そしてここはスペースシャトルの中。
また気づいた。窓の外の空は暗黒だ。
つまり・・・・・・
私は慌てて携帯を取り出した、現在時刻は午後の6時50分。
「嘘・・・・・・。」
発射まで、残り10分を切っていた。
自分が置かれている状況が理解できなかった。いつのまに私はここに来たんだ。どうして私はこんなに長く眠っていたんだ。
解らない。
だが一つだけ確かに感じる感触。
不安。悪寒。そして嫌な確信。
「直人、どこ。どこに居るの!」
叫んだ。隣の外人は一瞬怪訝そうに私を睨んだが、再びブツブツ口の中で呟き始めた。
変化はそれだけだった。直人からの返事は無い。
返事は無い。
返事が無い。
「どこ!どこに居るの、返事して!」
叫んだ。しかしやはり返事が無い。分かっていたことだ、こんな状況はあの日、私の手にこのシャトルの搭乗券が渡った、あの瞬間から解りきっていたことのはずだった。
本当は今私の居る場所に、直人が座るはずだったのだ。
「・・・・・・どうして。」
それも解りきったことだった。だけども納得が出来ない。
私だけ生き延びて、いったい何をしろと言うのか。
私は彼が居たからこそ生きたいと希望を持ったのに。
アナウンスが流れた。英語のアナウンスに続いて、日本語のアナウンスが流れる。
『1分後に発射いたします。強い衝撃が加わりますので、注意してください。また……。』
つらつらとそんな事が話される。
「いやだ・・・・・・。」
その呟きはアナウンスによって掻き消された。
「いやだ!降ろして、降ります。降ろしてください!」
泣き叫んで、シートベルトに手をかける。だがそれは電子ロックされていた。どうやら発射後安定するまで外して貰えないらしい。それでも私は必死で力をかけた。降ろして。こんな……こんな所で?死にたくない?。
『カウントダウンに入ります。30秒前。』
機体がエンジンの爆音と振動で震え始めた。ガタガタと、振動は私の体まで伝わってくる。隣の外人の呟きが早くなってきた。神への祈りが強くなっている証だ。
『10、9、8』
私は歯を食いしばった。目をきっと閉じた。同時に熱いものが頬伝う。
『3、2、1』
慣性の法則に乗っ取って、体は椅子の背もたれに押し付けられた。重い衝撃。隣りの外人が呻き声をあげる。窓の外の景色は急速に遠のく。そして私に意識もまた薄れてきていた。
こんな苦しい思いをしているのに、どうして直人は私の手を握ってくれないのだろうと、そう思いながら私は意識を失った。
4
ハッと気が付いた時、急速な吐き気が襲ってきた。なんとかグッとこらえたが、胃が暴れている感じがする。私は口を手で押さえて周囲を見回した。全員が安堵の表情を浮かべていた。隣にいる外国人も、安心しきって眠っている。私は恐々と窓を見た。
広がる大宇宙。それは写真で見るよりもずっと奇麗な場所だった。なるほど此処なら一度ゆっくり来てみてもいいかもしれない・・・・・・そう思いついたところで現実に引き戻される。そう、直人だ。直人が居ない。
宇宙の感動から一気に絶望感に浸される私。椅子の背もたれにぐったりと身を任せた。前方の電光掲示板には、韓国語に続いて日本語で『あと2分で宇宙ステーションに到着。』と表示される。あと10分かとぼんやり思ったが、ふと思い出した。隕石が衝突するのは、7時15分。現在は7時3分。私は窓から後方を見た。
薄ぼんやりと、橙の光が見えた。
どうやら隕石本体は既に大分後にあり、ここからでは見えないようだ。だがあの発光を見れば、どれほど凄まじい怪物かは想像がつく。
「なおと・・・・・・。」
もう2度彼には会えないんだと言うことを、改めて実感してしまった。
ステーションにつくと、駅のキップのように一人ずつ胸に着けていたIDカードを通して連絡橋を渡っていく。私もいつの間にかIDカードを胸に着けており、それを通した。ふと、多くの人々が連絡橋にとどまっているのに気が付いた。何をしているのかなと思ったら、全員が同じ方向を見ていた。絶望感で気付かなかったが、この連絡橋。半円型で360度が透明で宇宙を見渡せるようになっている。そして彼らが見ている方向には地球があった。思わず息を飲み込むほど、その星は奇麗な星だった。しかし所詮は羊頭狗肉だなと思った。外見はあんなにも美しいが、中は大したことは無い。しかし、彼が今居る星でもある。彼と出会えただけでも、あの星は素晴らしい星だと思えた。
そしてその星に接近する巨大な怪物。炎の尾を率いて、それは突進していた。こちらも息を飲むほど美しく見えた。奇麗だと思えた。しかしあれがぶつかれば、私の全ては終わる。そうだ、あれがぶつかったら此処から宇宙に飛び出そう。そして楽になろう。大丈夫だ、死ぬのなんて怖くは無い。
そして私はその場にしゃがみ込み、呆然とあれが地球にぶつかるのを待っていた。その時だった。当然携帯が鳴った。私は驚いて鞄を開いた。紛れもなく私の携帯が鳴り響いていた。相手は比口=リワン=直人。
気付いたときには既に耳に携帯を当てていた。
「・・・・・・もしもし?」
しばらく返答が無い変わりに、ガーガーと無線機の周波数を合わせるような音がした。
そして
『もしもし。』
紛れも無い、彼の声。
「直人。」
『おう。』
彼は返事を返してくれた。
私は驚きを隠せないまま涙を流した。なんでこんな宇宙で携帯が繋がるのか。そんな疑問は一瞬で振り払い、私は携帯にかじりつく。
「なによ、どこ、今何処にいるの!」
涙で声がぐちゃぐちゃだったが、彼には伝わったようだ。
『今南極だよ。』
そんなことを聞いているんじゃない。
「なんで、ここに居ないの。なんで私の隣に居ないの。」
彼は少し困ったように唸った。
『まぁ、お前が乗っていた座席には本当は俺が乗るはずだったんだよ。』
「そんなこと分かってる!」
彼の態度に私は怒鳴ってしまった。周りの人が私を凝視するが気にしない。気に成らない。
『お前が寝てる間に・・・・・・な、そっちにお前だけ乗せて俺はこっちに向かったんだよ。途中で起きてもらっちゃ困るから、強い睡眠薬を打たせてもらったけど。』
「なんで、そんなことしたの。」
それが私の一番知りたいこと。彼の意思は掴めるが、意図が見えない。
『そりゃ、お前には生きててもらいたいからな。』
さらりとそう言ってのけた。
私の瞳に巨大な隕石の炎が写った。
『GOWのメンバーも近くに居る。こいつ等は全員が全員、人の命を奪ったんだ。俺も例外じゃない。人殺しが正当化出来るわけはない、俺たちだってそれは良くわかってる。だからこそ人一倍のあれがあるんだよな。』
「罪悪感?」
『そうだ、それ。』
そんな、そんな物。かなぐり捨ててしまえ。
「私を一人にする罪悪感はないの?」
そんな事あるはずは無いだろうがが、聞いてみた。
5
次第に、青い筈の地球の色がオレンジに染まってきた。もう隕石との距離はそうは無い、磁場が歪み、この携帯の電波ももうすぐ届かなくなってしまうのだろう。
だからその前に聞いておかなければならない。私はもう一度彼に訊いた。
「私を一人にして、あなただけ逝く罪悪感は無いの。」
答えによっては、私はこれから一生絶望の中生きていかなければならない。それは嫌だ。それじゃ生きる事に意味が無くなる。
リビングデッド、生きる屍。そんなものに成り下がるのはまっぴらだ。
そしてこの問いに彼は笑った。
『不思議な質問をするんだな。』
「え?」
『お前は一人じゃないだろ。』
訳のわからないその答え、ふざけているのかと私は怒りに打ちひしがれた。その時だった、肩をトンと叩かれた。私は振り返った。そこには長いポニーテイルが揺れていた。
「マリア?」
マリアと、そしてその背後には夫婦と思われる老人と、男が一人立っていた。
「え、なんで?どうして。」
マリアは確か南極に、直人の傍に居る筈だ。
「あいつに生きろと言われた。」
彼女は私の横に並んだ。
「後ろのは家族だ。母さんに父さん、弟。零次とアルフレッドとガイアの生存権を変わりに頂いたんだ。」
ガイアが誰だか解らなかったが、おそらく大将のことだろう。初めて名前を聞いた。
「そうなんだ・・・・・・。」
「あたしには家族が居る、それだけでも十分生きる価値があると直人は言ってくれた。それにこの中にもな。」
そう言って彼女は自分のお腹を叩いた。
「妊娠してるの?」
彼女は苦笑しながら「父親は居ないけどな。」と、そう告げた。恐らく恋人との間に出来た子ではないのだろう。
「戦場に出向いた時に情けなくも捕まってしまってな、その時の子だ。相手はドイツ人の極悪野郎だったが・・・・・・そんな奴の子でも、こいつはもう充分命として生きている。」
『そんで、その命を守りゃこの先何万の人間が救われるか解らない、そいつを守る事はお前の罪滅ぼしにもなるんだよと、俺はそう言ったわけだ。』
彼は何故か嬉しそうにそう言った、どこか誇らしげに。
「もちろんあたしは本気で罪滅ぼしが出来るとも思っていない。直人や皆もそうだろう。だけど、こいつのおかげで本当に何万もの人間が救われるようになるなら・・・・・・。」
彼女は言葉を切った。だけども私には解った。それは軽い気持ちで言える台詞じゃない。彼女はこう言いたかったのだろう「それでもいいじゃないか」って。だけどそれは私には矛盾を孕んだ言葉でしかない。
「・・・・・・だったら直人、何故あなた達は生きないの?あなた達のお陰で何万の人間がこれから救われるかもしれないじゃない。」
私の斬り込みに直人が行き詰ったのが解った。答えられないのか、答えたくないのか。それとも答えを探している途中なのか。
と、マリアが私の肩を叩いた。私は彼女を見た。彼女は顎で後ろを示した。
そこに居るのはマリアの家族。彼らは私に気付いて、少し頭を下げた。私も真似した。
あぁ、そうか。彼等が直人達の代役になると言う事か。人一人の代理なんて幾らでも居ると言う事か。
「だけど、彼らじゃ直人の代理にはなれないよ。」
彼等じゃ私を救う事は出来はしない。
『代理?それは違うな。彼らはそれ以上だよ。よっぽど未来が必要としている人材達だ。』
そんなことを、誰が決めた?神様か。そんな非道な愚神への信仰など捨ててしまえ。
「彼等じゃ私を救うことなんて出来ない!」
今度は声に出して言って見た。
反応は、無かった。
変わりに、ザッザッっと雑音が混じり始めた。気が付くと隕石は地球のすぐ傍に居る。もう大気圏に入ってしまっているのだろう。隕石は吸い込まれるように、吸い込まれていく。
もうこの交信も限界か。
『そ・・そろ・・・・み・たい・・・・・』
直人の声も聞き取りにくくなる、彼の声が2重になったような音だった。ただ、運良くも一瞬だけ電波が上手く繋がった。
『最後に一つだけ聞いてやる。』
かろうじて聞こえたその声に私は躊躇いもなく返した。
「私を一人にする罪悪感は無いの?」
最後の質問。これが最後の質問。
短い返答の直後、地球は赤く染まった。