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第四戦 【告白(酷吐く)】


第4戦 【告白(酷吐く】








 あの無茶苦茶な決意から今日で一週間目だ。その一週間の間に何をしていたのか、思い返してみよう。まずは「行かないで。」と泣き付く同級生一人一人を諦めさせるのに丸1日を費やした。翌日は借りていた骨董アパートから出て行った。直人があのモノクロ屋敷を貸してくれたからだ。直人の方は用があるとかで北海道へと向かった。しばらくは帰って来ないらしい。

 さて、その次はと考えるが、その?次?がどう頭を捻っても出てこない。強いて言うならバイトだ。一応言って置くと水商売である。前は学費やらなんやらを払う必要があったので3件ほどこなしていたが、水道、ガス、電気代もろもろ。当然学費も払う必要が無くなったので、今は1件だけでバイトをしている。金が必要な事には変わり無い。そう、金が必要だと言う事は漠然と考え付く。だがしかし、その金の使い道が解らない。GOW入試(?)試験に向けて参考書やら何やら買うべきなのだろう。必要なのは銃器に関する参考書。だが本屋の店頭に並んでいるのは、せいぜいエアガンの雑誌くらいである。こんな物が役に立つとは思えない。他にもまぁ、ミサイル、戦車とか軍用ヘリなんかの構造も知っておくべきなのだろうが、銃器の資料が無いのにそんな物の参考書があるとも思えない。もちろん図書館なんかに行って、戦の歴史書や軍記なんかも読んだけど、そう詳しく書いてある物は無かった。そりゃそうだろ、あれはあくまでも戦争の悲惨さや無機質さを後世に伝えるため書かれるものであって、だから兵器の詳細を記すなんて事は無いだろう。たとえ記されているとしても、それはその兵器の酷さ位だ。

「困ったなぁ。」

ぼやきながら、私は川の堤防を走っていた。隣には比奈がいる。正確に言うと、バスケ部と比奈だ。バスケ部の中には当然比奈も含まれているので、?バスケ部?だけで表現してもいいのだが、そうすると比奈がそこに存在するかどうか私しか解らないので、あえて比奈とバスケ部と言う風に表現しておこう。

「なに、悩みごと?」

比奈は息を弾ませて私の独り言に尋ねてきた。

「悩み……ってほどでも無いんだけど。」

 私は頭を捻った。どう答えたものか。

「だいいち、あんたやる事があるんじゃなかったの?なんでこんな所で私達と走っているのよ。」

厳しい突っ込みである。私の目的は彼女達と同じで体力をつける事。だが最終的にその体力を何に利用するかは違う。彼女たちはバスケの試合で勝利するために、私は戦争で生き残るために。体力が戦場でのライフラインになるかどうかは怪しいものだが。

「私がやる事には体力が必要なの。だからこうして走ってるのよ。」

比奈はジトっとした目を向けてきた。

「嫌味?それ。あんたみたいに体力ある奴が、どうしてそれ以上体力つける必要があるの。」

確かに学校内での私は体力がある方に部類されるだろうが、外の世界ではそうは行かない。とくにあの異能集団について行くためには、今の体力の倍の倍、体力が必要だ。なんせ50キロの物身につけて1500mも走るのだし、更に後で聞いたことには、見事GOWに入団した後は、同じく50キロを背負って、20キロの山道を走らされるそうだ。そんな自殺行為に等しいようなこと、私は一度も試した事が無いが、おそらく死ぬほど苦しい物だろう。1時間正座するのとどっちが良いと聞かれたら、間違いなく正座を取る。

「私はもう2周くらいするけど、比奈達は?」

「もう2周って・・・・・・あんたもうどれくらい走ったの?」

「3周かな。」

比奈はあやうくコケそうなくらい、体制を崩した。

「計5周!?15キロも走ってるの?毎日。」

「まだ最初だから15キロで抑えているけど、あと一週間走ったら5キロ増やすわ。最終的には100キロは行くつもり。」

でも100キロでも多分短いのだろうなぁ、と思っているが。

「ひゃ・・・・・・体壊さないようにね。じゃ私達はこれで。」

「うん、またね。」

比奈は学校に続く脇道に部員を誘導して行った。横を見れば、もう少し比奈の姿を見送られたが、私は前を向いて走っていたため、それは出来なかった。

比奈の姿はすぐに消えた。















私は例の地下基地にある零次の部屋に来ていた。灯台下暗し、蛇の道は蛇。参考書なんやかんやは持って居そうな奴に貰えばいいのだ。至極当然ではないか!何故きづかなかったのか。

「えーと、これが今まで僕等が行った作戦資料をまとめたファイルだよ。正確には僕が関わった作戦だけだから、それで全てじゃないし、それもあくまで僕がメモ程度に書いた物だから完全じゃない。詳しく書いたやつは大将自身が保管しているはずだけど、見せてはくれないだろうね。」

零次が本棚から取り出したファイルを私はパラパラとめくった。そこにメモどころか、精密に組まれた作戦の内容が事細かく書かれていた。これが完全じゃない?だとしたら大将の持っているその完全版には、更に更に細かいことが書かれているのか。そんな作戦、覚えるだけで精一杯ではないのか。

「あ、有ったよ。こんなので良いかな?」

彼は2冊の分厚い本を私に手渡してきた。?狂獣の扱い方。上下巻?。そこに書いてあるのは各銃の構造から使い方、メリットとデメリットなどのデータである。

「そうそう!こう言うのを探してたのよ。」

一冊2000ページのその2冊を両手に持ち、私は零次に礼を言った。

「古いから最近の銃は載ってないが、銃の構造は近代あまり進化していないから問題は無いだろう。それを読めばどう言った銃がどんな状況に適切かって判断も出来るようになる。近代銃のメリットなんかも自分で考えられるようになるさ。大将に言われたろ、戦場で必要な物の一つは臨機応変の知恵だって。」

「えぇ、これを見て勉強するわ。」

「そうすると良い。その本はあげるよ、僕にはもう必要の無い物だ。それじゃ、頑張ってくれ。」

もう一度彼に頭を下げると、私は足早にモノクロハウスに駆け戻った。猛勉強の開始だ。





 数週間が経過した。10月に入り、肌寒い季節が到来した。今年の夏が猛暑だったからか、例年よりも気温は低い。特に今日は風も出ており、尚の事私の体温は奪われていった。

「大丈夫か、このまま登れば気温はもっと低くなるぞ。」

気遣う直人を見下ろし、私は「大丈夫」とだけ短く小さく答えた。正直大丈夫ではない、息も切れ切れ、体力はすでに限界で、足は重く重く、これ以上走るなという電波は脳に向かうも、寒さで思考の半分以上が冷凍された今、その信号も途中で遮断されてしまう始末である。このままじゃマジで生命の危機だ。

 現在私は直人ともに、マラソンをしている。ただのマラソンではない。標高5800mの山を登下山する、しかも50キロの重りを身につけてという過酷な生き地獄のマラソンだ。今は4000mくらいのとこまで来たが、前記したように、既に私の体は健全な女子の限界を超えている。

 今まで散々走りこみ、体力は充分と言うほどつけたつもりだったが・・・甘かった・・・!軍人ってのはこんな過酷な・・・・・・否、もっと更に究極なまで極めた過酷な訓練を積んできたのか。昔の人間を敬えの意味が解った気がする。

「山頂に行ったら休憩しよう。素人に行き成りこれをきつ過ぎる。」

直人はというと・・・彼もまた私と同じ条件で走っている。50キロ、いや60キロの砂袋を背負っている。それなのに見てみろ、この軽やかな足取りを。なんでそんな足が動かせるのか。私の目の前には、人間の限界を極めた奴が居るのではないか。いやもはや人の域を脱しているのじゃないか!?

「ほら、もう1キロちょいだ。頑張れよ。」

「うぃ・・・。」

と、返事を返したところで私は思わず手で口を押さえた。不味い、胃の中の物が逆流してきた。こりゃいかん!耐えねば!そう自分に言い聞かせるものの、私はあっけなく、その場に異物を撒き散らした。



頂上。私は死んでいた。南無。

「おい、しっかりしろ。傷は浅いぞ。」

直人はペットボトル水を私の頭からガボガボかけ、ハンカチで私の顔を仰ぐ。熱中症じゃないっちゅうに。だがなんだか水の冷たさは心地よかった。寒いはずなのに。

 私は手を軽く振って意識の存在を示した。彼はペットボトルに蓋をすると、タオルで私の顔を拭いてくれた。

「もう少し休んでから出発だ。下りは幾分か楽だろう。距離感が解ってるからな。」

彼は私の横に座った。私は仰向けになり、ボーっとする頭で空を見上げた。

「青いな。」

彼はボソリと呟いた。見ると彼も、空を見上げていた。

「そうね。」私は言った。「間抜けなくらい、青い空。」

雲ひとつない青空は、魚の居ない海の様な物だ。何故そこにあるのか、無くても別にいいんじゃないかと思ってしまう。空が無くても太陽はあるんだから。

「俺はこんな空好きだけどな。」直人はふと手をかざして太陽を見た。「こんなに奇麗にお天道様が見えるんだ。平和の象徴じゃねぇか。」

太陽の光で彼の顔は見えなかったが、そう言った彼の声は小さくか細かった。

平和。太陽はすべてに平等に輝き照らす。そのはずだ。だがきっと。照らされない物もあるのだろう。だからこそ絶望の2文字は存在するのだろうか。

 私も手をかざし、お天道様に目をやった。ギラギラのそれは、やはり私にとっては太陽という天体でしか無かった。
































 『NASAが月に建設中の宇宙ステーションに、日本は更に資金援助をするとの発表がありました。詳しい金額は分かっておりませんが、莫大な金額になるとの情報が入っています。』

そしてTVの画面は記者会見の映像に切り替わった。まったく、日本は何をしているのか。そんな物に投資する無駄金があるなら、少しはこっちに回せないものか。第一、この国のどこを絞ったらそんな莫大な金が取れるのか。そう思ったが謎は解けた、だからこそのGOWではないか。あの金はGOWが稼いだ物なのだろう。そう納得したとき、画面の記者が慌しく渡された緊急資料を読み始めた。そして彼はとんでも無い事を言い出した。

『たった今、日本がNASAが建設中の月面宇宙ステーションに投資する金額が発表されました。金額は450兆円。いったい何処からこの資金は出されているのでしょうか。』

私は開いた口が塞がらなかった。450兆・・・・!?見たことも無い数字だ。なんだそれ。日本国民の反感を買う事ぐらい解っているだろうに。何を考えているんだ政府は。

 と、ドアがコンコンと音を立てた。

「入るよ。」

「どうぞ。」

入ってきた直人は軍服姿をしていた。どこか出かけるのだろうか。と言うその考えは当たっていた。

「大将とちょっと出かけてくる、つっても戦争じゃ無いから安心してな。」

「ふーん…・・・どこに?」

「ちょっとお上からのお呼びでな。なに大したことじゃない。」

お上、というと政府の事か。私はTV画面に目を戻した。さっきやっていた記者会見の様子がまた流されている。政府からのお呼び……悪いことじゃなければいいけど。

「わかった、それじゃ気をつけて。」

「あぁ、それと。マリアが帰ってきた。友恵ちゃんマリアに会いたかったんだろ?行って見るといい。まだあそこに居る筈だ。」

マリアと言うと、例のGOW東京部隊の唯一の女傭兵か。確かに会っておきたいと思っていたが、トレーニングを重ねて、もう合格の自信が付いた私には不要の存在かもしれない。

「解った、会ってみる。」

私の返事を聞くと、直人は頷いて出て行った。私はマリアに会う前に、今日も5800mの登山マラソンをしなければならない。やっていた最初のころは辛かったが、今はもうどうって事無い。ただのマラソンとなんら変わらない感じしかしない。私は充分と言っていいほど成長した。

 ジャージに着替え、砂袋を背負った私はモノクロハウスを後にし、山へ向かって走りだした。






 例の地下ハウスに到着したのはそれから1時間30分後だ。地下へ下りると、アルフレッドが満面の笑みで迎えてくれた。

「おう、嬢ちゃん。久しぶりだな。最近全然見なかったが、訓練かい。」

「まぁ、そんなとこ。マリアって子に会いにきたんだけど。」

私はトレーニングジムを見回した。どうやらここには居ないらしい。となると別の場所か。

「マリアかい。彼女なら道場で零次とハメてる。」

ハメてる。危ない言葉だな。ようは互い稽古をしていると言うことを言いたかったのだろう。彼はきっとバトってると言いたかったのだろう。ハメるの隠語はバトるだから、ごっちゃになったのだろうな。うん。

「わかった、行ってくる。」

「おう、邪魔しないようにな。」

まぁ、そりゃハメてるなら邪魔しちゃ悪いなと、そんな馬鹿馬鹿しい事を考えながら私は道場への階段を登った。その途中ドスンと、なんだか不吉な音が上部から聞こえて来たので、私は階段を駆け上がった。ドアを開けると、そこには確かに零次と一人の女が居た。零次は仁王立ちして、微動だにせず。その零次の視線の先に居る女は、膝をついて汗を垂らし、せわし無く呼吸していた。

「こんにちは、友恵ちゃん。」

零次はこっちを見ずにそう言った。窓から差し込む夕焼けが、零次の顔を赤く染め上げている。

「あぁ……こ」

んにちはと言おうとしたその瞬間。女はいきなり一動作で起き上がりと跳躍を行い、零次に跳びかかった。拳を思いっきり零次の顔面に振り上げる。あぁ、直撃だと思ったのも束の間、零次は左手でその拳を掴み取ると、次の刹那、女は宙を舞っていた。信じられなかった、左手一本で、彼女は上空に投げ飛ばされたのか。だが彼女は最初からその事態を予測していたのか、ストンと見事な着地、同時に体を反転させ回転蹴りを繰り出す。軸足がキュっと床を擦り、伸びた足の爪先は零次の脛を狙っていた。零次は振り返らず、微動もしない。今度こそ入る!そう思ったとき、女は軸足を滑らせ、体制を崩して床に尻餅をついた。すかさず零次は振り返り、手刀を彼女の喉元に突きつける。

「終わりだね。」

彼女は悔しそうに顔を歪めると、立ち上がって一礼した。零次も頭を下げる。

 私は生唾を飲んだ。壮絶。そんな話しじゃない。目で追うのがやっとだった。どんな格闘家同士でも、こんなハイスピード、ハイレベルな戦いは出来ないだろう。こんな頼り無い体をしてよくGOWに入ったものだ。そう思っていた零次が、まさかこんな強いとは。

 彼はズレたサングラスを軽く押し上げると、私に微笑みかけてきた。

「紹介する。彼女がマリアだよ。マリア、彼女は雪野友恵。ここに入ることを志願している女の子だ。」

マリアはその黄色い瞳で私を射抜く。私はというと、彼女と視線が合わせられなかった。

「ふーん、あんたが……。」

マリアはタオルで汗を拭き取る。黒いポニーテールの髪が揺れた。

「こっち来な。」

彼女は手招きをする。私は零次に視線を送ったが、彼は「大丈夫」と頷いて合図した。私は重い足取りで彼女の元へと向かう。

 はっきり言って緊張していた。あの厳しい試練を乗り越えた先輩が目の前に居る。歳は私より上だろうが、身長は大して変わらない。黄色の瞳はどちらかと言うと、金色に近い色合いで、ネコの目のようだった。

「別に面白そうでも無いじゃないか。直人の野郎はこいつの何処が気にいったんだ?」

彼女は独り言のつもりで言ったのだろうが、それには零次が答えた。

「今はだいぶ変わったけど、昔は君と同じ目をしていたんだよ。」

マリアの眉がピクリと揺れた。

 私はこんな目をしていたのか。そう思うと、……別に何も感じなかった。

「……やるか。」

彼女は呟いた。

「へ?」

私は首をかしげた。と、急に襟元を捕まれた。

「!!」

気付いた時には、私は一本背負いをかけられていた。そう思った時には、既に背はフローリングの床に直撃していた。

「うっ・・・。」

激痛が走った。受身を取ったから頭は打たなかったものの、背中はヒシヒシ言っている。

「これだよ。」

彼女は2.3歩下がると、手の甲をこちらに向け、クィクィっと挑発をかけた。私は?マトリックス?のネオがあんな事をしていたのを、思い出していた。









 「もう一度。」

マリアのその言葉は、うすらぼんやりとしか耳に届かない。既に血反吐も吐けない私の髪を掴み取り、引っ張りあげる。腹を殴られた。「かはっ」と、変な咳が出た。ふと零次の姿が視界に入った。さっきも一度見たその姿は変わらず、ただ床に座って、壁に背をもたれ、そして文庫本に視線を落としていた。こちらの苦しみなどまるで無視だ。いや、それ以前にこちらの苦しみに気付いていないのか?

「よそ見してんじゃねぇよ。」

ひざ蹴りを食らった。腹に。もう痛みの感覚は無い。腹ばかり衝撃が与えられ、腹がすっぽり欠けている感じで、果たして私が殴られ蹴られているのは本当に腹なのかどうかも、怪しい。

 と、急に髪を引っ掴んでいた手が開いた。?ドサリ?と頭が落ちた。白い光が見えた。それは走馬灯か、はたまた漫画みたいに目が火花を噴いたのかと思ったが、なんのことはない、ただの蛍光灯だ。

 私の自信が崩れたわけではない。試験に合格する自信はあった。だが、GOWに入ればなんとかなると言う、甘っちょろい勘違いは、ちゃんと正しい方に訂正……否、改正された。

 ふと目の前が暗くなった。彼女が立ちはだかる。

「どう。気分は。」

決して私の身を心配しての問ではない。それは分かっている。分かっているが、私はこう答えてしまった。「最悪。」と。また殴られるのかと思ったが、彼女はその場に屈んで、私の顔を覗き込んだ。

「確かに、面白い目だよ。何も見て無いのか、その目は。」

おそらく彼女は、私のうろを覗いてそう言うのだろう。確かに虚には何も写らない。

「それが、あんたの本性なのか。」

問うているのか、もしくは確信してそう言っているのかは私には分別できなかったけど。彼女は言った。

「聞きな。あんたがここに入る必要は無いんだよ。あたしみたいになる必要は無い。直人がどんだけあんたを誉めて賞賛したかは知らないよ。だけどそれが嘘じゃない事は解る。アイツは本音であんたを気にいったんだろう。だから解るだろう、あんたにも。あんたがここに入る必要は無いってことが、直人はもうあんたの傍に居る。GOWに入らなくても、あんたは直人の傍らに居られるんだよ。」

「……もう。」

縛りだした声は、掠れてはいなかった。

「もう、そんな事はどうだっていいの……いや、どうでも良いってこともないけど、私はただここに入りたいと純粋に思ってる。」

彼女は「偽善だ。」と切り捨てた。

「あたし達がやっていることが正義だとでも思ってる?少なくとも絶対正義じゃない。それに、解ったでしょう?今のあんたじゃここに入っても役不足。邪魔なだけ。」

「そんな事ない……時間は過かっても、必ず……。」

「時間?そんなものは」

「マリア。」

突然零次が口を開いた。

「言いすぎだよ。」

マリアはぐっと押し黙った。

「いいの、零次。」

罵倒されるのも当然の力量の差。確かに今ここに入ったところで私はなんでもない、ただのお飾りでしかないだろう。それは心底身に染みた。だけど諦めるわけにはいかない。洗礼は今受けた。この洗礼を無駄にするほど馬鹿じゃない。

「いずれか解るさ。あんたもあたしも、GOWに必要の無い存在だからさ。」

彼女の足音は遠ざかって行った。そして零次が立ち上がる気配がした。彼はこちらに来ると、私を担いで起こしてくれた。

「傷はそんな大した事は無い。血を吐きすぎただけだよ。」

私はこくりとうな垂れた。首が上がらない。

「休めば治る。それと彼女のことは恨まないでくれよ。大将と直人が政府に呼ばれたから、あんなに気が立ってるんだ。」

「?それって、どう言う。」

彼はか細く、困ったように笑った。

「いずれ解るよ。」

その言葉を最後に、私の意識は急速に遠のいた。なんだか悪い予感が当たる感じがする。





 意識が戻った時、頭を思い切り鉄バッドで殴られた衝撃が来た。「うぅ」と唸ってみて頭を抱え込む。そして記憶を辿る。自分はどうなったんだ。そうか思い出した。マリアと一方的な暴行を受け、零次に担がれて……で、ここは何処だろうと思って見回せば、どうやらここは保健室のようだ。いや待てよ、保健室は何か違う。そうだ医務室だ。そっちの方がしっくり来る。この部屋の清潔感と、ちょっとした薬品の匂い。その薬品の匂いが自分の頭からする。触ってみると、ガーゼが当てられていた。

「気が付いたかい。」

その声に私の体はビクリと反応した。そりゃそうだろ。危険だと感じた存在に恐怖を感じないわけがない。

 マリアはパイプ椅子に足を組んで座り、こちらを見ていた。その目は先ほどの猫・・・いや、虎のような目ではない。

「どうも……。」

軽く会釈。彼女はふるふると首を振った。

「そうもビビるなよ。確かにやりすぎたと思ってるが、あれぐらいしなきゃ、あんたの決意なんて読み取れないような気がしてな。」

「で、読めたんですか?」

彼女はニっと笑った。

「全然。」

思わず私は枕に顔を鎮めた。彼女は「冗談だよ。」と私の背中を叩く。ズキズキと鈍痛。確信犯だろ、こいつ。

「おや、起きたのかい。」

いつの間にか現れたのは零次だ。彼は私に微笑んで、軽く頭を下げる。私も真似た。

 すると急にマリアは立ち上がり。「それじゃっ。」と手を振った。

「どこ行くの?」

私の問に、彼女はシニカルに笑って。「直人の所。」とそう言って出て行った。私はムっとしながらも、あれが嫌味であることは良くわかっている。

「さてと、必然的に僕と君の二人きりになったわけだが。」

零次は先ほどまでマリアの鎮座していたパイプ椅子に腰を下ろす。

「とりあえず具合はどうだい?丸々1日寝た気分は?」

1日……そんなに寝ていたのか、私は。これは新記録だな。

「まだ所々傷むけど。」

「?けど?ね。だったら大丈夫ってことか。話しを聞く事ぐらいはできるだろ?」

「えぇ、まぁ。話しがあるの?」

?話し?と表現するからには、何か重要な事だろうかと身構えたが、彼が話し始めた内容はさほど重要ではなく、でも私にとっては興味深い物だった。

「あぁ、僕たちについての話しだよ。」

彼は一瞬だけ私の目線から目を逸らし、そして語り始めた。彼等についてを。







荒唐無稽もいいところ、それは架空の物語。それはただの妄言。くだらなすぎて笑えない冗談。彼の話しはそんな話しだった。だからこそ、信じる価値のある話し。



「前にも言ったけど。……いや、まだ言ってないかな。ここに集っている人間は例外なく裏を生きてきた、そしてこれからも裏でしか生きることは出来ないような、そんな壊れ物ばっかりだ。繰り返すけど、例外なく、ね。」

何度も繰り返されなくたって分かってる。つまり直人も、その?例外ではない?のだろう?解っている。そんなことは大分前から。

「これから話すことはプライベートなことだが、気にしないで聞いてくれ。全員から了承は得てある。と言っても僕がわざわざ了承を得たわけじゃなく、たまたま僕が語り部に成る事になった、それだけの事なんだが。」

「解ったから、早く。」

今まではあまり気にしていなかったが、どうやら彼はとても回りくどい話し方を好む様だ。

 彼は「せかさないで。」と笑った。無表情に近いその笑い方。私は息を飲んだ。何故そんな笑い方が出来るのか。何に対して笑っているのか。

「さて、誰のことから話そう。友恵ちゃん、君としては直人の事が一番知りたいのだろうけど、お楽しみは後に回す事としよう。これは僕の性格の現われだね。そう言う訳でまずは僕自身について話そうか。」

「だから、解ったから早く話して。」

今度は彼は笑わなかった。

「僕もね、ここに最初からここに居たわけじゃないんだよ。あ、その前に聞いておこう。友恵ちゃん、僕は日本人だと思う?」

突然の問。戸惑った。今までずっと彼は日本人だと思っていた。名前も零次だし……いや、考えてみればこんなふざけた名前あるものか。偽名か。そしてこの質問のしかた、彼は日本人じゃない。

「でもどう見てもアジア系だよね。韓国?」

すると彼は手を3回ほど叩いた。どうやら当たりらしい。

「残念。中国だよ。」

……いや、あえて突っ込みませんよ。ここは我慢さ。

「お、こらえたね。少しは進化したかな。」

「ぶつわよ。」

なによ進化って。せめて進歩って言って。

「だからさ。それが何よ。零次が中国産まれなのが何なの?」

「いや、残念だけどそこはあまり関係ない。」

彼は真顔で言った。マジでぶってやろうかこいつ。おちょくるのも大概にせぇよ。

と、まさかそんな事は思うまい。解っている。何故こんな回りくどい喋り方をしているのかくらい。これでもスーパー女子高生を名乗っても相違ないと自負しているのだから。だからスーパー女子高生を名乗ってもいいのだが。あまりにもダサいし。それにどうせならセーラー服と機関銃を用意してからがいい。残念ながら中学の時のセーラー服しか私は持っていない。

 すこぶる話しが脱線したが、えーと。

「なんの話しだっけ。」

今度は私がボケる番。

「つまりさ、関係があるのは僕が?どうやって?生きてきたか、だよ。」

余裕で流された。まぁ、彼に突っ込みは合わないか。

「中国は中国でも、僕が生まれたのは辺境も辺境。スラムと言ってもまったく問題が無い場所だよ。いやただのスラムよりもタチが悪い。中国マフィアがそこら中に居座っていたからね。治安の悪さは地獄以上だったよ。今はどうか知らないけどね。」

「それが、零次の?裏?なの?」

だがそれは、スラムで生まれ育っただけと言う、ただ貧相な物語。そんな物語が果たして裏と呼べるのか。いや、それは無いと確信して私は聞いた。

「それはあなたの?表?よね?」

彼は頷いた。だろうな。だが表裏は常に一体でないといけない。裏はきっと、直ぐ傍にあったのだろう。そして彼はそれを見つけてしまった。

「両親はそのマフィアに殺されたよ。その場には僕も居てね。良い気分じゃないね、親が蜂の巣にされる光景って言うのは。だからこそ僕の目にはしっかりと焼き付けられた。記憶にも刻まれた。怒りなんて感情は凌駕していたよ。憎悪でも無い。そんなちんけな感情じゃなかった。復讐心なんて物は全く当てはまらない。ただただ純粋な殺意が芽ばえたよ。

殺すべき相手はまだ解らなかったけどね。」

私は黙っていた。こんな話しの途中で口を開く気など毛頭無い。彼はそれを悟ったか、微小して続けた。

「運良くも僕は生き残った。もちろん一人になった。頼れる者がいるはずもない。大人にすがれば、騙され売られる事ぐらいは理解していた。そういう子を何人も見ていたからね。だから僕は力に頼ったよ。最初に手にしたのは小さなバタフライナイフだった。刃毀れしていて、頼り無い物だったよ。僕はそれを毎日研ぎ続けた。毎日何時間もね。それでようやく使い物になるくらい、その刃は鋭利になったよ。それで僕は何をしたと思う?」

「……。」

口は開かない。

「言えば盗みと呼べることは何でもした。人を殺して奪い取った事もあったよ。そうは言っても最初から人殺しなんてしていたわけじゃない。ナイフは護身用として持っただけで、最初の方はただ他所の家に忍び込んで盗み食いをするくらいだった。だけどある日住民に見つかってね、?ついうっかりと?そいつの首を斬ったんだ。その時だね、両親を殺されたあの時の殺意が戻ったのは。『あぁ、そうか。殺してもこいつが死ぬだけだな。俺は死なないんだな。死ぬものか、生きてやる。』そう誰かが肩の後ろで囁いたのを覚えてるよ。」

彼はそこで一旦話しを止めて、言った。

「どうだいここまで聞いての感想は。」

「荒唐無稽。あなたみたいなのじゃなかったら、到底信じられないわよ。」

「だろうね。だけど続けるよ。」

私は肩をすくめた。「えぇ、どうぞ。」

「それから月日は流れても僕は死ななかった。死に掛けたこともあったが、何かが僕に風向きを良くしてくれて、運良くも生き延びた。11歳になったときだ。銃を手にした。マフィアの男を殺してね、そいつから奪った銃だよ。弾も盗んで、僕は決意したよ。このスラムから抜け出すんだとね。もちろんマファアの連中は黙っちゃ居なかったが、僕には関係なかった。まだ小柄だった体と、銃と、そして何年もかけて磨き上げたナイフ術で命からがら逃げ出した。初めて外に出た。だがその後も僕のする事に変化は無かった。殺して殺して虐殺だ。そして奪った。それで生きた。罪悪感なんて知らなかったね。哀れみもあまり感じなかった。そして15歳の時、僕はマフィアに入ったよ。信じられるかい?両親を殺した物と同属になったんだ。だけど別に僕は狂っていたわけじゃない。正気だったよ。今ならそう言い切れるね。

 その後は虐殺が増えただけの話しだった。マフィアの連中も僕をゾっとした目で見たよ。そりゃそうだろう。彼らでも人間らしい感情はまだ有ったからね。だから無表情で拷問でもなんでもやってのける僕は、悪魔にでも見えたことだろう。だけど僕はそのおかげで上までのし上がったよ。その後もしばらくはマフィアに貢献していたが、?飽きて?ね。ちょっと内部混乱を起こして、自滅させてやったよ。それで僕はフリーの殺し屋になった。この生活は楽だった。人を殺す回数が減ったからね。さて、ここで疑問に思ったかい??人を殺す回数が減ったからね?。これは正真正銘、その時の僕の感情だ。嘘偽りはまったくない。ところで何で僕はこんな感情を持ったのだろうね??人を殺さなくてもいい?つまりは?本当は人を殺したくない?なんて感情を。そこは僕にもわからない。憶測だが、おそらく本当に殺すことに?飽き?たのだろうと思う。だから逆に人間らしい感情が、道徳が僅かながらに戻ってきたのだろう。25歳の時だったよ。まさしく突然変異だ。

 そして僕の世界は翌年に変わった。殺し屋の僕に来た依頼は、そう。?比口=リワン=直人を殺してくれ?だった。僕はライフル片手に彼の狙撃に向かったよ。だが、出来なかった。常に彼はこちらに?敵意?を向けていた。気付かれていたよ。うまく狙撃できる様な所に彼は一切向かってくれなかった。ただ、?人気の無い所?には向かってくれた。僕は挑発に乗ったよ。ナイフを手にね。フフ、目の色が変わったね?勝負の結果が知りたいかい。もちろん今も僕と直人は生きている。つまり勝負はドローだった。いや本気を出せば僕は勝っていただろう。だが本気になれなかった。直人は何て言ったと思う?『考えが無い奴の考えなんて、考えなくても先読みできる。だからお前じゃ俺は殺せない』ってそう言ったんだよ。その時解ったんだ。あの得体の知れぬ?殺意?の対象が。自分はまさしく彼に殺意を抱いていたんだよ。そんな正義をかざしているのに、何故あの時助けてくれなかったんだ。ってね。殺意の正体を掴んだ僕は、ナイフをしまったさ。殺そうにも殺せない相手だと自覚した。僕は死ぬ覚悟で彼に挑んだが、彼は生き延びる覚悟で僕を相手にしていた。いや、僕はいつでも死んでもいいと思っていた。それが解ったからこそ、彼はあんな台詞を吐いたんだろうけどね。」

その後彼は、「この後は面倒だから語らない。」と、とんでもない事をぬかした。「後は自分で想像してくれ、とりあえず僕は直人に着いて行くことにしたんだよ。」そう言った。なんだかとっても大事な所をあやふやにされてしまった。

「理由は君と同じだよ。自分を見つけるためにね。」

あれ、バレていたか。隠してたつもりなんだけどな。どこでバレたのだろう。暗殺者って言うのは、読心術にも長けているのだろうか。

「それで、あなたは。」

「見つけたよ。」

聞く前に答えられてしまった。答えられた。ドキリとする。自分を見つけられる人間がいったい何人いる?

「彼はすぐ傍にいた。」

彼は言った。

「君は本当の自分を見つけたいと思っている。だがそれは間違いだよ。間違いだ。なぜならね。」

私は彼の瞳を見た。決して左目が青いと言うわけじゃない。なのにその目は直人と限りなく近かった。殺人者が、果たしてこんな目を作れるのか。それとも、殺人者だからこそ、全てを認めたからこその目なのか。

 私は息を飲んだ。

「――。…。――――。」

彼の言葉は、私をえぐるには充分すぎるほどだった。

 確かに自分は傍に居るようだ。そしてそれに気づいた時、人は壊れる。

 真実なのだろう。きっと。

 だからこそ彼は一時壊れた。

 ?肩の後ろで囁く自分に気が付いてしまったから。?

それこそが、もう一人の自分。それこそが本性。今出ている自分こそが偽り。だから、人は偽りながら生きていかなければならない。もう一人の自分が出れば、人は罪を軽く犯してしまう。

 本来の自分を抑えつけられる人間は強い人間。

「……私は。」

「もちろん、これは僕の考えだ。押し付ける気は無いよ。だけど、正しいと自負できる。人は自分を見つけられないんじゃない。これは防衛本能。自粛本能。見つけないようにしているのさ。だから本当の自分を見つけようと思った人間は、その時点で危機感を持った方がいい。あるいはその時点で狂人となった自分に気付くべきだ。」

「根拠も何もあったものじゃないはね。」

だけど否定は出来なかった。

「経験論って奴だよ。」

彼は声を出して笑った。始めて聞いた気がする。零次の笑い声。

 私もなんとなく笑ってみた。肩の後ろに気配は感じなかった。

「そして本来の自分を見つけ、それでも押さえ込むことが出来た人間……。そいつ等こそが、天才や超人なんて呼ばれるわけだ。」

つまり僕もそうだ。そう言った彼の顔に、害意の影はありそうもなかった。























「アルも境遇は僕と似たような感じだ。スラムで産まれ、そしてマフィアに入った。その後はなんの因果か、彼は僕を殺しに来た。恐らく僕は過去に、彼の所属するマフィアの誰かを殺していたのだろう。その時はもう僕はGOWに身を置いていて、アルは部下を連れて来た。その時は直人とマリアも一緒でね。突然の奇襲だったし、あちらも無闇に攻めて来たわけじゃなかった、ちゃんと作戦を立てていたようで、苦戦したよ。でも最終的には勝った。見事なまでのチームプレイでね。アル以外は全滅。その時アルは言ったんだ。『なんて素晴らしい協調性だ!こんなメイト見たことねぇ!決めた、オレはこっちの組織に入るぜ!』ってね。実際君と同じ?ノリ?での発言だったんだろうが、彼は本当にGOWに惹かれたらしくてね、余裕で入団したよ。」

この場合、アルの役どころが上手く掴めないが、あえて無視しよう。きっと深い考えがアルにはあったのだろう。でないとこの行動の意味が解らん。

「マリアは人買いに連れて行かれる所を、直人に助けてもらったのがきっかけだ。直人への想いって点では、君と同じだね。だが彼女は僕やアルとは違ってごく普通の女の子だった。だから前にも言ったけど、血の滲むような……本当に人間の限界を超えた努力をした。そして僅か3年であそこまで強くなり、入団試験をパスした。その後は当然戦争にも駆り出され、現実を見た今じゃ、直人への想いは薄れているね。ただ命の恩人とかそういう舐め合いの思いは残っているようだがね。」

アルの時もそうだったが、零次。自分の事はだらだらと話しこけたくせに、この二人についてはかなり要約してある。面度くさくなったのか、ありはただ自分をアピールしたかっただけなのか。零次の性格を考えると後者は無いだろうと思うが……。

「さて、最後に直人のことだけど。」

私はハッとなって、くだらない考え事を振り捨てた。

「これは直接本人に聞いてくれ。」

零次はそう言っておもむろに立ち上がった。

「ちょっ……え?」

「じゃ、お大事に。」

突っ込みを入れさせぬまま、彼は出て行ってしまった。

「……。」

取り残された私。ものすごくバカみたい。




夜になった。時刻は8時。あれから人は誰も来ない。見捨てられたのか私。そんなバカな。こんなトレンディーでビューティフルな娘っ子の見舞いに誰も来ないとはどういう了見だ。喧嘩売ってるのか。いいじゃないか、面白い、買ってやろうじゃん。さぁかかってこい。なに!ジョグレス進化だと!うぉ、何をする。あぁ、そこはダメ。やめなさい。やめんかボケェ!……あイタ。うわ、ごめんなさい。ぶたないで。

「おーい、起きてるかぁ?」

以上、妄想終了。

入ってきたのは直人だ。やったよかった。ようやく来たか、乙女を待たせやがって。

「あ、起きてるな。よしよし、腹減ったろう。ネギマだ。食え。」

彼が差し出したそれは、見間違えようが無いほどネギマだった。鶏肉と焼きネギの最終形態。串にただそれが刺さっただけなんて、甘いことは言えない。この味にどれだけの職人スキルが必要か。しかし何故私は今ネギマを食わねばならぬのか。もっと気の効いた物は出せんのか。

「オレな、これ好物なんだよ。」

あぁ、そう。そんな理由ね。ってあんたも喰うのかよ!

「頂きます。」

直人は自分の分のネギマに食らいつく。私も仕方なく、一本手にとって食した。マズクはない。むしろ美味。

「美味いだろ。オレの手作りだ。」

なんと!直人の手作り!それはまた手の込んだものだ。直人にそんな職人スキルがあったとは。

「鶏から育てた。」

さすがにそこは嘘だろう。いや前言もきっと嘘なのだろう。

「ところで直人。」

「ん?」

私は切り出すことにした。このまま黙っていても彼から語り始めることは無いだろう。

「唐突……でも無いけど、あなたはどうしてここに入団したの。」

その問いに、直人は少しだけ沈黙して。「話さなくちゃだめか。」と聞き返す。私は頷いた。彼は少し困った顔をしたが、「ま、仕方ないか。」とネギマを一本食べると、私に向き直った。こうやって直人と対峙するのも久しぶりだ。

「オレは零次と違ってちゃんとした日本人だ。」

「えぇ。」

その点は解っている。

「日本で産まれ、日本で育った。一時はアメリカに居たが、まぁそこは良いだろう。オレは気づいた時には橋の下に居た。5歳の時だ。捨てられたんだと解ったときは大泣きしたね。5歳の子供捨てる親がどこに居るって感じだが、俺はそんな事は考えずにただ悲しかった。そしてその後来る孤独感は直ぐに絶望に変わった。これからどうやって生きていけばいいのか解らなかった。だから俺はさ迷った。何日も水とゴミあさりの生活だったよ。それでも動物的本能が俺をなんとか生かしていた。だがそれにも限界が来た。警察に行けばよかったんだろうけど、そんな発想は出てこなかったし。周りの大人は俺の存在を無視していた。だから俺は倒れた。死を感じたね。僕は地獄に行くのかな、天国に行くのかなって遠のく意識の中で考えてた。そしたらよ、一人の男が俺を拾ったんだ。名前はリワン=ファージュ。アメリカ人だ。」

リワン……。比口=リワン=直人はそこから来たのか。

「彼は俺を育てたよ。警察に渡す事もせずに、何故か俺を育てた。俺も最初は懐けなかったが、一緒に暮らすうちに溶け込んだ。彼の人間性に感動もした。生き様にもね。だが俺は彼が何の仕事をしているのか解らなかった。教えてくれなかった。だが彼はいつも言っていたよ。『世の中腐り始めてる。俺が腐った実を落とすんだ。』ってね。もう解るだろ?」

私はそっと頷いた。

「GOWの……設立者ね。」

彼は笑った。「そうだよ。」と。

「GOWが出来たのは俺が10歳の時。そして友恵ちゃんが産まれた時だ。彼は大喜びだったよ。非合法でもなんでも、これで世界を変えられるってね。

 その後俺は、彼の元で猛特訓を受けた。彼が俺をGOWに入れるつもりだってことは、幼いながらも理解してた。だから俺は彼の訓練を受け入れたよ。そしてGOWに入ったのは15歳の時だった。その時の上司は、今と変わらず大将、ガイア=ネイキッドだ。大将とリワンは親友だったらしい。

 その後も俺はリワンにしごかれた。とことんね。リワンの意思を継ぐために俺は努力した。リワンは喜んでくれた『見事な後継者。』だってね。もちろんリワンも戦争に出張ったし、俺も人を殺した。初めて殺したときはマジでビビったが、それも段々慣れちまって…。そこで気付いたんだ。人を殺すことが良い物か。ってね。そこで俺はリワンにそれを聞いた。『戦場で人を殺すことは悪ではない。悪いのは戦場という存在だ。だから俺たちは一刻も早く、戦場をこの世から消し去るんだ。』そう彼は言ったよ。」

「そうか、それがGOWの目的なのね。」

彼は目を閉じて続けた。

「俺は理解に苦しんだが、そんな考え事にふけってる余裕は無くなった。リワンがぶっ倒れたんだ。もう歳だったからな。病気でポックリ逝っちまったよ。だが死ぬ前に彼は言った。『後はお前等の時代だ。』と。その時に俺っていう器の中に彼の意思が入ってきたよ。この左目は彼のを移植したんだ。彼はこうも言っていた。『右目は未来を見据え、そして左目は今を見るためにある。左目を真に開いた物こそが、今を知る資格のある者だってね。』

その考えの根拠はさっぱりだった、けど。言いたいことは俺でもわかったからね。そんなこんなで今の俺に至るわけだが、どうだ。あまり感動話じゃなかったろ。零次の方がよっぽど面白みがあったろう。」

彼は自嘲気味に笑った。私はかぶりを振った。面白いとか、そう言う話しじゃない。私はもう気付いた。直人は

「直人は、きっとそういう人間なのよ。周りの人に良い影響を望まずとも与える。」

その対極である私ですら、例外でなかった。

「買いかぶりだ。」

「そうじゃない。」否定する私。そうだった。そうなんだ。私はようやくここに来た。今の話しを聞いて、零次の話しを聞いて確信できた。

「私はね、直人。」

彼は「ん?」と首を捻った。私は苦笑した。思えば、こう言うのは初めてだ。今まで誰にも言ったことがない。もう高校2年なのに。だけど……。

「私はそんなあたなが大好きです。」

ブリュイエールも言っている。人が心から恋をするのはただ一度だけである。それが初恋だ。と。初恋なんて純情な物じゃないかもしれないけど。それでも

 ようやく私は彼を好きになれた。









 朝が来た。もしかしたらもう昼かもしれない。

「……。」

隣りを見た。直人の姿は無い。私は布団から起き上がって目を擦り、一つ背を伸ばす。脱ぎ捨てた下着を身につけ、服を着る。皺だらけだ。ちゃんと畳めばよかったのに……とは思わなかった。そんな心の余裕は無かった。

 ここはモノクロハウス。その寝室。あまり行為にふけっていた時の事は思い出したくないが、自然と体が覚えてしまっている。

 彼に抱かれた。

 その事実は喜んでいいのかどうか解らなかった。あの直人がああもすんなりOKをすると、怪しく思えてしまう。何か隠し事が有るのではないかと。だがそこは詮索しても仕方無いので、とりあえず喜んでおこう。

 台所を覗くと、彼はそこに居て、カップメンを食べていた。

「おはよう。」

声をかけると、彼も「おはよう」と言ってくれた。なんだかのほほんとしている。

「今日はあっちに行かないの?」

いつもなら、朝早くにはGOWに出ているのに。

「ん?あぁ、しばらく戦争も内戦も起こりそうにないからね、長期休暇だよ。」

戦争が起こりそうに無い。いったい誰がそんな無責任な予想を立てたのかは知らないが、長期休暇と言うのは嬉しい。

「じゃあ、しばらくは二人っきりだね♪」

ブリっ子ぶってみた。

「似合わんぞ。」

かわされた。

「じゃあ、とりあえず私の特訓には付き合ってくれるわけでしょ?」

「あー……言いにくいんだけどよ、大将の話しじゃ試験は取り止めだそうだ。」

「え?」

彼は頭をボリボリと掻いて、「だから。」と。

「団員をこれ以上増やす気は無いって。だからお前の採用も一切無し!だってさ。」

「なによそれ!」

私は机をドンと叩いた。こういうのを八つ当たりと言う。

「じゃあ私の苦労はなんだったの!?」

彼は例の困ったような顔で笑った。

「いいんでねぇ?充実した生活送れたわけだし。」

「よくない!」

彼はまぁまぁと私をなだめようとする。

 私はそんな彼を見て笑う。また彼も。こういうのを幸せと言えるなら、この瞬間。永遠よりも永く続けばと、そう願える。

 永遠など一瞬で終わることだと言うのに。

 


 それから時は刻々と、人を刻む。













4年の月日は流れた。あっという間では無いが、それでも時は早く過ぎた。私と直人は去年籍を入れた。零次にアルフレッドにマリア、そしてその時は既に夫婦となっていた比奈と竜太と、そしてあかり。少ないメンツだったけど、祝福をしてくれた。生きてるってこともまんざらじゃないな、柄にも無くそう思った。

 彼との間に子供は出来ていない。行為は度々行ったが、彼は子供を作りたく無い様だ。私はどちらでもいいから、とりあえず作らないということにしておく。

 GOWはと言うと、あの時の彼の宣告通り、戦争も内戦も起こっていない。小さな紛争が数回有った程度だ。いたって世界は平和。直人はとりあえず暇だという理由で、どこかの会社に警備員をやっている。私はというと、地理学者としてその名を業界に知らしめていた。何故地理学者かと言うと、直人がなぜかしら成れと言ったからである。元もと成りたい物など無かったので、私はとりあえず勉強して地理学者になった。暇つぶしとしては、まぁ良いかな。とそう思っていた。

 こんなんで私は幸せだった。あの時の、あの願いが叶ったことを嬉しく思っていた。幸せが永遠に続いているのだと信じていた。

 だがそれは脆くも、あっけなくも崩れ去るから、価値があるのだ。






 夕方、私はテレビに釘付けになっていた。私だけじゃない。恐らく日本中。いや世界中の人間がだろう。それはNASAの記者会見。番組の見出しにはこう書いてあった。

『巨大隕石が地球に近年衝突。』

まさかと思った。そんな馬鹿な。信じられない。信じたくない。誰もがそう思っているだろう。だが現実は変えられない。

 通訳がNASAの代表の言葉を訳していた。

「隕石が地球に衝突する可能性は99%間違いはない。隕石衝突の可能性は数年前から解っていたことが、人々を無闇に脅したくなく、黙っていた。……様々な策を試みたが、全て失敗に終わった。この隕石が地球に衝突すれば、地球上の生物は全て死滅する。そしてその後数年の歳月をかけて、地球は自己治癒能力で再生をする。恐竜たちの時代と同じ出来事が起ころうとしているのだ。

 我々が考えている計画はこうだ。我々は既に月に巨大な宇宙ステーションを建設した。約3億人の人が10年は住める大規模な物だ。そこに3億人。選ばれた物を送る。その内既に数万人は決定している。学者などだ。残りの者は、この宇宙ステーション建設にたずさわった国からそれぞれで決まった人数を選んでもらう。選び方はその国々に任せよう。選ばれなかった者達は残念だが、地球の大地で神の元へ戻る事となる。

 今の所言えるのはここまでだ。失礼させてもらう。神のご加護を。」

そこで記者会見場はどよめき、フラッシュが次々とたかれた。

 なるほど、あの宇宙ステーションはそのための物か……だから日本も急にあんな投資を。それですべてが理解できる。だが、理解できるだけで……納得は出来なかった。

「ただいま。」

丁度、直人が帰ってきた。振り返る。直人の表情も曇っていた。彼もまた見ていたのだろう。

「どうして……。」

呟いた。誰に問うたわけでもない。彼は首を振った。

「友恵、こればっかりは人の踏み込める領域じゃない。世界が望んで変わろうとしていることだ。」

「だけど。」

だけどこれでは、これではあまりにも酷ではないのか?今までの平和は何処へ消えた。神は、神が居るとするならいったい何を考えている。

 時のお告げは止まる事無く、ただ無情に。刻んで行く。

 私はその場に泣き崩れた。











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