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第三戦 【真実(新日)】

第3戦   【真実(新日)】










 私は冷たい椅子に座らされている。両手は背もたれの後ろで結ばれ、足も両方とも椅子の脚に縛られている。この状態にされてから、私の中では1年過ぎようとしているが、正確にはどれくらいか解らない。

 直人は私の向かい側に座り、なにやら本を読んでいた。その本が何なのかは良く解らない。ただ英語で書いてあるようであるのは、見えた。

「読むか。」

彼は突然その本を私に突きつけた。少し中身を解読してみたが。どうやら軍記のようだ。解らない専門用語が幾つもある。

「……いいわ、止めて置く。」

「そうか。俺ももう読まない。」

彼は本を閉じると立ち上がり、部屋の角にある木製の机の上に本を置いて、再び戻ってきた。

「なんだ、怒ってるのか。」

彼はケラケラと笑った。レディーをこんなにした事に罪の意識を持っていないのか。

「怒っては居ない、けど。」

私は彼の腰に据えられた物に視線を送った。間違いなく本物の銃だ。エアガンかも知れないと言う考えは浮かばなかった。見た感じ、ずっしりとした重みがある。触れれば冷たい感触が伝わってくることだろう。

 そんなもの、何故大手ソフト会社に勤めるだけの彼が、そんな物を持っているのか。

「気に成るか。」

彼は私の目線の先にある銃を手に取り、私に銃口を向けて構えた。

「本物だ。ベレッタM92B‐C……ちゃんと弾も入ってるぜ。」

彼は立ち上がった。その拍子でガタっと椅子が倒れた。銃口は私の額を捕らえている。

「悪いが、友恵ちゃん。君は来てはいけない所に来て。見てはいけない物を見てしまったんだ。」

そう、彼の言う通りなのだろう。ここは、日本であっても、決して私が踏み入れてはいけない世界なのだろう。そういった住人のアトリエ。それがここ。そして彼もその住人。

「私が見たのはその銃だけよ。あなた達が何をしているのかは知らない。武器の密輸?それとも麻薬?保護動物?人身売買?私にはさっぱりよ。だからお願い。助けて。」

私は無表情で助けを懇願する。殺される。分かっている。だけどそれも良いんじゃないか。

始めて彼と出会ったとき考えた。死ならば私を楽にしてくれるんじゃないか?だけど私には自殺の度胸は無い。ならばこの男の手で・・・。それが今になって叶うとは。

「・・・・。」

彼は目を瞑り、引き金に指をかけた。

 私の手は震え始めていた。平常心でいようと思ったが、さすがに死が目の前にあるとなると、そうもいかないようだ。

「じゃあね。」

彼はポツリと呟いた。そして。

ドンッっと

扉が

開け放たれた。

彼はニヤリと笑い。後ろを振り返った。

「……何をしていた。」

扉を開けた男がそう言った。

「んや、少し遊んでただけだよ。」

直人はそう言い、その男の元へと歩み寄り、何か話し始めた

 残された私は、一つ深呼吸して怒りを抑えようとしていた。

 からかわれた?私が?そんな馬鹿な。

 今まで相手にからかわれた事など一度も無い。

 彼は本当に私をからかっていたのか?いや、そんなはずは無い。なぜなら、彼からはものほんの殺気しか漂ってこなかった。感じ取れなかった。

 だが、さっきニヤリと笑った彼からは、一切の殺気も悪意も憎悪も感じられるず、ただの子供の無邪気な感情だけをむき出しにしていた。

 つまりは、彼はあれほどの殺気を自分でコントロールしたと言うことか?そんな事の出来る人間が、果たして居るだろうか。

 カッカッと彼が再び私の元に来た。

「もう少し待ってね、あと何人か人が来るから。」

彼はそう言って部屋を出ていった。代わりにさっき来た男が、倒れたさっきまで直人が座っていた椅子を戻し、そして座った。

 よく見るとその男は、このアトリエに入ったとき横から銃を突きつけた男だった。

「よぉ、嬢ちゃん。俺はアルフレッド=ブラッディっつうんだ。よろしくな。」

彼は白い歯を剥き出して笑った。

 白髪のオールバックで、顎に生えている髯も白い。目は金色だ。腕は太く、相当鍛えているであろう体をしていた。

 頭の先から足の先まで眺める私を不審に思ったか、アルフレッドは「んー」と顎鬚を撫で

「そんなにビビらなくても良いぜ。殺しはしねぇよ。嬢ちゃんは何も知らねぇんだからな。」

「だったら、早くこの縄を解いて逃がしてよ。」

すると彼は豪快に笑い飛ばした。何が可笑しいんだ。

「ッハ。そう急くなよ。言うだろ?急がば走れだ。」

違う。

「ところでよ、嬢ちゃん。あんたどうやってここの場所を知ったんだ?まさかスパイか?」

スパイ?彼にはスパイされる心当たりがあるのだろうか。だとしたら、やはり此処は危ない場所なのだろう。殺しはしないと言っているが、本音かどうか。

「……直人の後をつけて来たのよ。」

すると彼は目をひん剥いた。一々感情表現が激しい奴だ。

「へぇ!あの直人を尾行?気付かれずに?そりゃスゲェ!あんた才能あるぜ。」

いったいなんの才能よ。ストーカーか?

「あんた達一体何なのよ。直人を尾行したのがスゴイなんて。あんなトロイ男、誰だって尾行できるわよ。」

「トロイ?おいおい、嬢ちゃん。違うぜ。あいつはトロくなんて無い。むしろ……。」

と、私の目にアルフレッド以外の男が写った。彼は扉の前に立っている。アルフレッドも気配に気付いたか、振り返った。

「喋りすぎだよ。アル。」

黒のスーツを着、青色のサングラスをかけたその男。彼もまた、こっちにやって来た。

「よぉ、零次。お前も来たのか。意外だな。」

アルフレッドはゆっくりと立ち上がった。こう見ると、かなり身長はあるようだ。2mはあるだろう。対して零次という男は、180ちょいと言った所か。

「直人から直接の呼び出しだからね、何か面白いことじゃないかと思ってね。ふーん……この子か。へぇ……。」

零次は私に顔を近づけ、じろじろ見ている。私はキッっと彼を睨み返した。まだ若いその顔がふっと緩んだ。

「確かに、直人御用達だけはある。中々面白そうな子だね。」

彼は満面の笑みを私に見せた。私は呆然とその顔を見るだけである。

「だけどこの仕打ちは酷いんじゃないかな。仮にもこの子は女の子だよ。」

仮じゃない。決して仮じゃない。

「仕方ねぇだろ。拷問所に縛り付けるよりかはマシだ。」

「だけど彼女は直人に用が有って来たのだろ?客人として向かえてやれば良かったじゃないか。」

「いや、まぁ・・・・・・その咄嗟のことだったし。いいじゃねぇか別に。」

私を置いて口論する二人。私にとっちゃ別にいい事じゃないのよ、アルフレッド。

 しばらくして、ようやく直人が戻ってきた。アルフレッドと零次は直人に何か耳打ちをすると、部屋を出て行った。直人はその二人に肩で呆れてから、また私の所に来て、今度は紐を全部解いてくれた。久しぶりに体の自由を取り戻し、私は背を伸ばす。体中の骨と筋肉が歓声をあげた。

「俺の後をついて来たんだって?全然気付かなかったよ。」

彼はしげしげと私を見た。

「そうよ、別に凄い事じゃないでしょ?」

「んー、まぁ……な。」

彼はバツの悪そうに頭をゴシゴシと掻いた。無造作なその髪型が更に崩れる。

「まぁ、それでだな。友恵ちゃんの処分……つっても。そんな大層なことじゃないけど、それは最終的には俺等の大将が決めるんだが、生憎大将は明日まで戻って来れない。悪いが明日までここに居てもらうぜ。」

「別にいいけど、明日も日曜で休みだし……。だけどまたこんな無機質な部屋に閉じ込める気じゃないでしょうね?」

いくら私でも、こんな部屋で一日過ごすとなると相当キツイ。

「いや、俺等が許す範囲で自由に行動してもらっていい。もちろん外に出るなんて言語道断だし、この建物内でも行動規制はさせてもらう。いいな?」

「解ったわ。じゃ、さっそく建物の中案内してくれる?」

中々良い暇つぶしになりそうだと考えた私は、好奇心剥き出しで先に部屋を出た。その後を直人がしげしげとついて来る。




 




 












 行動規制と言われていたが、たいして規制はされなかった。というか9割がたはこの建物(といっても、地下だが)の中を自由に歩き回ってもいいって感じだ。ただ二部屋だけは絶対に入るなと言われた。何の部屋かも教えてはくれなかった。秘密にされればされるほど知りたがるのは人間の性分だから仕方が無い。私は直人の目を盗んでドアに手をかけてみたが、鍵が掛かっているようでビクともしなかった。それもただの鍵ではないようだ、ハイテクにもカードロックになっているようで、扉の横に、目線くらいの高さの所にカードリーダーがあった。尚更不審に思ったが、入れるわけも無く私は素直に諦めた(と思う)。

 後はトイレにシャワールームなんてシャレた物があったのは驚いた。トイレの何がシャレていると言うかもしれないが、そこそこに清潔にしてあるのがシャレているのだ。うん。

 他は寝室に、トムソーヤの冒険に出てきそうな2段ベットが4つ置いてあった。

 それと特に広く取ってあったのはトレーニングジムだ。なんでこんな物があるのだろうと思ったが、アンダーグラウンドの住人である以上、常日頃から鍛えないといけないのだろう。

「どう、こんなもんだよ。あとは個人の部屋がある奴にはある。俺は無いけどな。」

「へぇー……なんかゴージャスだね。私のイメージとは全然違う。」

「なんのイメージだ、そりゃ。」

「気にしないで。」

私はトレーニングジムのベンチに腰を下ろす。

「そういや、私を縛り付けておいた、あの部屋はなんなの?」

「あそこか。あそこは基本的に空き部屋だ。」

「そう。」

空き部屋なら別段興味は持たない。

「それと、まだ行ってないところがあるんじゃない?」

「え?」

彼は首を捻り、「どこだっけ?」と言う。

 確か、さっきシャワールームの横に長い階段……しかも上へ向かうのがあったと思う。あそこにはまだ行っていない。

「んー、あそこは別に何も無いって言えば無いんだが……ま、気に成るなら連れて行ってやるよ。」




「うわ、ここって……。」

私の目の前にあるのは、この建物には非常に不吊り合いな木の床のだだっ広い空間だった。

 そのフローリングの床は奇麗に磨き上げられており、顔が映るほどだった。私はただ唖然と突っ立っていた。彼は私を尻目に、スタスタと部屋の真ん中まで歩いていく。

「っそ、ここは闘技場みたいなとこだよ。互いに鍛錬し合う場所だ。」

「へぇ……。」

別にこういう所があっても不思議ではないのだが、私は何か威圧に押されてしまった。

 直人は手の平をこの闘技場の壁に当てた。壁は床とは違い、白く塗り固められている。だが所々は傷ついて、汚れてもいた。長い間使われていたのだろう。

彼は繊細な手つきでその壁を撫でた。彼の撫でている壁は、私の目が間違っていなければへこんでいる。

「それ、直人がやったの?」

「ん、あぁ。そうだよ。」

彼は素っ気なく言ったが、壁をへこませるとは、相当凄い力なのじゃないかと思う。

「前に不良を追っ払った時も思ったけど、直人って強いんだ。体は小さいのに。」

「おーい、一言多いよー。」

彼は微笑むと撫でていた手をぐっと握り、また開いて、私の元に戻ってきた。

「ここはこれだけしか無いよ。戻ろう。」

「……そうね。」

私は彼が何故あの壁をへこませたか気に成ったが、壁を撫でている彼の顔を思い出すと、とても聞き出すことは出来なかった。その顔は私が見たことが無い、どの感情が表れたのか解らない表情だった。




 夕食はピザを食べさせてもらった。どこのピザ屋で注文したのかは解らなかったが、特に不味くは無かった。だが美味くも無かった。ようは大したピザでは無かったということだが、タダで喰えたと言うことで大目に見ておこう。

 私は再びあの閉じ込められた無機質な空き部屋に戻された。だが最初の様に机と椅子しか無いわけではなく、ベッドと時計が置かれていた。いつのまにベッドなんか用意したのか。元から余り物があったのか。どっちにしろ、寝る所を用意してくれたのは有り難いな。

 時計の針は11時を指していた。そろそろ眠気が襲ってきたので、私はベッドの中に入り込む。欠伸が出た。いつもなら3時くらいまでは起きていられるのだが、さすがに今日はそうも行かないようだ。体がさっさと寝ろと訴えかけてくる。そう言う訳で私は深い眠りを迎えた。




 幾ら疲れていても朝が来るのは当たり前で、朝に起きるのも当然だが、私は何を間違えたか、起きたのは午後5時だった。

「うっわぁ……。」

自分でも恥ずかしいくらいだ。

 私はそれでも寝ぼけた頭を掻き毟り、目を擦って、背を伸ばして部屋を出た。なんだか自分が高校生であるかどうか怪しく感じてしまう一連の動作だった。

 シャワールームで顔を洗って、私は直人の姿を探したが、中々見つからない。アルフレッドや零次の姿も見受けられなかった。

「どこ行ったのかな……。」

するとどこからか声が聞こえてきた。どうやら近くのようだ。そして丁度目の前には扉がある。これを開けずに何処を開けろと言うのか。私はドアノブをグィっと回した。確かこの部屋はトレーニングルームのはずだ。

「直人ー……?」

ドアの隙間から覗くと、直人はそこに居た。アルフレッドと零次も。一人だけ見慣れない男が居た。おそらく彼が大将とか言う人だろう。……大将って名前?

 ふいにこっちを見たアルフレッドと目が合ってしまった。私は咄嗟に扉の影に隠れてしまった。別に隠れる必要はないっしょ。

「嬢ちゃん、こっちだよ。」

アルフレッドの声が聞こえた。私は少し息をついてから扉を開けて中に入った。直人とアルフレッドと零次と大将の視線が一斉に私にそそがれる。体のほうがビクついてしまった。ビビルなと言う方が可笑しい。この大将を前にして。

 まず大将の身長。アルフレッドよりも高い。2mとどれくらいあるのか。そのデカさもさることながら、スキンヘッドの頭には巨大な十字架を背負った大鷲の刺青が入っている。

 そんな大将に一睨みされて、「こいつか。」なんて言われた日には、立っていろと言う方が可笑しい。もちろん私は正常では無いので、立っている事はできたが。

「……。」

声は出なかった。

「そんなにビビらなくてもいいよ。大将は取って喰おうって言ってるんじゃないんだから。」

直人はそう言うが、自分から取って喰うなんて宣告する人間が果たして居るだろうか。

「俺の容姿を見てビビらない奴が、日本に居るとは思えん。しかも女でな。」

大将は組んでいた腕を解き、その大きな手で私の頭を掴んだ。やばい、頭をカチ割られる。私は目を瞑って思わず力を入れてしまった。

「うむ……特に悪意は無さそうだな。帰しても問題ないだろう。」

大将はそう言うと、私の頭から手を放した。なんだ、私の頭の中を覗いてでもいたのか?

「だが、2度と俺たちに関わるな。直人の事も忘れろ。ここにも来るな。いいな?」

大将は今度は私の肩を叩いた。

 今、彼はなんと言ったのか……私は彼の言葉を頭の中で反芻した。

「ってことだ、友恵ちゃん。もう帰ってもいいよ。」

直人がそう言った。

「出口はあっちにあるから、鍵は掛かってない。なんなら家まで送るけど。」

今まで一言も喋らなかった零次が言った。

「だったら俺も付いて行くは、外に用事あっから。」

アルフレッドは先に出口の方へと向かった。

「さ、もう行け。」

大将は、私の背を押した。

「……私も。」

体中が鼓動を打っているような気がした。

「ん?何か言ったか。」

えぇ、そうよ。言いましたよ。

 私は意を決した。もうどうにでもなれ。私の覚悟を舐めるなよ。こんちくしょう。

 とりあえず深呼吸をする。よし、準備OKだ。

「私も、ここに入ります。」

アルフレッドの足が止まり、零次がサングラスをかけ直し、直人が「あーあ」って顔をして、大将の顔が険しくなった。大体予想通りの反応だ。

「……ねぇ、雪野さん。面白く無い冗談だな。」

零次は私の目の前に立ちはだかった。一見ヒョロそうな彼も、今は気迫を感じられた。

「本気よ。」

出来るだけ冷静に言ったつもりだが、声は正直に脅えを示していた。

「本気?」

零次が何か念を押してきた。

「そうよ。」

直人を忘れるくらいなら、これぐらいの事してやるわ。









 私は直人共に、またあの部屋に連れてこられた。他の者達は各々の仕事をこなしているようだ。皆私のあの一言を餓鬼の戯言としか思っていないらしい。だが直人だけは、私の意思の硬さを理解してくれたようだが、彼もまた受け入れようとはしてくれなかった。

「ここに入りたいって言っても、友恵ちゃんはここが何なのかも知らないだろ。」

「だから、ここが何なのか教えてくれればいいじゃない。」

「……ここは友恵ちゃんが思ってるような所じゃない。」

直人もだんだん面倒になってきたのか、口調が投げやりだ。私も自分の意見を受け入れない直人に対してイライラがつのって来た。

 かれこれこの討論を始めて何分くらい経っただろうか。30分くらい経ってる気がする。時計はあるものの、討論を始めた時刻が解らないので意味は無い。

「とにかく、俺等としては大人しく帰ってくれれば何もしない。どうしても考え直す気は無いなら、こちらとしてもそれ相応の判断は下すよ。」

「私はここに入りたいって言っているのよ。それの何がいけないの?別にいいじゃない。」

「だから、女は足手まといだ。」

「足手まといになんか成らない。」

正直そんな根拠は何処にも無い。自信も無い。第一、何をするかも解らないのに足手まといも何も解ったものではない。半ばムキになっている私であるが、これぐらいの台詞を吐くぐらいの根性はある。

「いや、なる。」

彼もムキのようだ。

「いや、成らない。」

「なる。」

「ならない。」

……どこの夫婦漫才だ。

「もういいだろ。」

そんな台詞で突然出没したのは大将だ。相変らずのその頭に加え、黒のランニングシャツと青と白の迷彩ズボン。そして露出した筋肉が更に彼の威圧感を際立たせている。そんな彼に見下ろされている私としては、声も出ない。

「何がもういいって?」

直人は大将の言わんとすることに何か悪い予感でも覚えたか、立ち上がって大将の前に立ちはだかり、その視界から私を消す。

 大将が深く息を吐くのが聞こえた。

「雪野友恵とか言ったか?その娘とは俺が話しをつける。お前じゃ埒が明かない。」

「友恵ちゃんは俺が説得するって言ってるじゃないですか。」

「かれこれどれ位時間が過ぎたと思っている。これは命令だ。いいな?」

「こんなことに権力を乱用して欲しくは無いんですけど。」

直人の声に力が入っているのを感じて、私としては少し複雑な感じだ。大将って呼び方からして、大将は直人より立場が上なのだろう。なのに直人はこんな口を叩いても良いのだろうか。良い筈無いと思うのだが。

「命令だ。聞けないのか。」

獣の吼える様な響き方だ。恐ろしい。直人はしばらく黙っていたが、「イェッサー。」との返答が重くも聞こえてきた。

「リワン。お前はアルの所に行ってろ。用件はアイツに話してあるから、詳細は直接聞け。」

「わかりましたよ。」

彼はドアを閉め立ち去った。言っておくと、別に乱暴にドアを閉めたりはしていない。こんなシーンでは頻繁にドアを叩きつけるように閉めると相場が決まっているはずだが、意外に彼は平常心だったと言う事か。だとしたら、大将に対するあの態度は演技だったと言うことが、何のためにそんなことをしたのか。私にはさっぱりだが、だとしたらなんとなく残念な気がする。

 そんな私の気を知ってか知らずか。もちろん知ってるわけ無いだろうが、大将はさっきまで直人が座っていた椅子に腰を下ろし、背もたれに身を任せた。

「……。」

私の脳裏に様々な物が過ぎった。これからどうなるのだろう。殺されるのだろうか。その前に拷問かなんかあるのだろうか?どっちみち最後には殺されるのだろう。あぁ、あんな「私もここに入る。」なんて言わなければ良かったな。直人と離れる位ならと思ったが、別に今はもうそんな感情どこかへ素っ飛んでいる。とにかく生きて帰りたい。そう自分に言い聞かせたが、直人への執着はまだ何処かにあるのか、出来る事ならこの組織の一員になりたいと思ってしまう。

「さて、数個聞きたい事があるのだが。その前に少し楽にしたらどうだ。心配するな、お前の返答がどうであれ、殺して捨てようなんて気は持っていない。だから正直に答えて欲しい。」

「……はい。」

こう言う喋り方を、誘導尋問とか言うのだろうか。された事が無いので解らないけど。いや、しかし大将がこっちを向いている時点で、もうこれは完璧な脅しでは無いのか?

「まずだ、お前がここに来た理由だが、大体の事は聞いている。直人の後をつけて来たそうだな。直人の尾行に成功したと言う点については今は気にしないで置こう。俺が聞きたいのは、直人をつけた理由だ。」

「……。」

と言われても、そんな理由こっちが知りたいくらいだ。やっぱり無我夢中で後をつけただけ。理由なんてその後に付いてくるような事だった。とこんな事を言って、果たして許してくれるかどうかと思考すると、愚問に思える。話すべきか、せざるべきか迷っていると、大将の方から口を開けた。

「直人に惹かれたのだろ?正直に言えばいい。」

それはなんだか違うような気がする。私の想いは惹かれたなんて所までは行っていない。精々ちょっとした好奇心って所か。いずれにせよ、せんなロマンチックな言葉は一切出て来ない感情だ。とこんな事口走る気にも成れず、私はただ沈黙した。それを肯定と受け取ったか、彼は話しを続けた。

「今までにも、そう言った理由でこの場所を偶然にも発見し、そしてお前と同じように『この組織に入る』と抜かした女は数名居るんだ。いずれの女も目的は直人だった。」

「……そうなんですか。」

幾らなんでも好いた男のために裏組織に入ろうなんて、正常な女なら絶対にしないぞ。

「しかしどの女も腰抜けばかりでな、ここの真実を知った時点であっさり諦めた。まぁ、一人例外が居て、そいつは今もこの組織に居るんだがな。」

へぇ、たいした根性だな。そんな大馬鹿者、私一人だけかと思っていたが、もしかして私の生き別れた姉妹か?そんな話し聞いたこと無いけどな。

「それで、私はその例外にはなれないってことですか。」

「まだ言い切らん。だが例外は例外だからこそ例外だ。お前が例外になれるには、お前が例外でないといかん。」

回りくどい喋り方だったが、言わんとすることは良く解った。可能性は低いの一言で終わらせればいいのに。

「お前が例外に成りうるかどうかは、お前の返答次第だ。これから全てを話す。この組織について教えよう。その上で、全てを決めるがいい。」

彼はそこまで喋りきると立ち上がり、ジェスチャー交えて「着いて来い。」と言った。私は迷わずに立ち上がった。




そこは直人が案内してくれなかった二部屋だった。大将はカードをポケットから取り出すと、リーダーに通した。ドアは自動で開き、私たちが中に入ると再び閉まった。中は暗く、大将は壁に手を当て、電源のスイッチを探しているようだった。

 間も無くしてスイッチは押され、部屋に灯りが灯った。

 瞬間、私は息を飲んだ。

「これって……。」

「全部、本物だ。」

そこに在ったのは大量の銃火器。ざっと見ても200はあるだろうその殺人兵器の山は、素人目には少し衝撃が強すぎた。

「銃火器があるからと言って、勘違いしないでくれ。武器の密輸、密売をやってるわけじゃない。」

「じゃ、なにを……?」

聞くのは怖かった。恐らく殺し屋か、または暗殺かと予測がついたからだった。だがしかい、大将がしばらく黙ってから言ったその返答は、私のそんな予想など木の葉もない驚くべき返答だった。

「戦争だ。」
































 大将の話しはこうだった、この組織。名前はGovernment Official War criminal。そのままGOWと略し、訳すれば『政府公認の戦争犯罪人』。

1世紀前に比べると、現代の世界の治安は悪いの一言である。内戦はもちろん、他国との武力抗争も耐えない。日本はまだそう言った危機に陥っていないものの、近い未来は日本も他人事と見て見ぬ振りは出来なくなるだろうとの事だ。で、このGOWの仕事は、つまりは傭兵である。他国軍からの要請を受け、GOWはその軍に力を貸すのである。そして見合った分の金額を受け取り、その内の7割は日本国家に渡される。政府公認と言っても、GOWは日本組織に属するわけではない、というかどの国にも属さない独立組織なので、日本国家に金を渡しても問題は無い。もちろん他国に弱みを握られるわけにはいかないので、日本国家に金を受け渡していると言う事実は日本国家とGOWしか知らない。

GOWが日本国家に金を渡す理由についてだが、そこは日本国家との契約に基づく。日本の赤字は世界から見ても凄まじいもので、この先黒字を見せる事は無いだろうと言われている。ここまで言えば解るだろうか、その金は赤字を黒字にするための、ようは日本経済建て直しのための資金となる。現に最近の日本は好況の様子を見せている。そしてGOWが日本と契約した内容は、『金を渡す変わりに、武器の密輸入の黙認』などである。他は日本国内のあらゆる公共機関の利用料の免除など様々である。

大将が私の話した内容はここまでで、だけどもこれだけの内容でも素人の私には信じられない事ばかりだ。

「当然、俺等の仕事は戦争をすることだ。戦場に行かねばならん。女子供であろうと、組織の一員なら例外は無い。」

「例外は無い、ね……。」

なるほど、他の女が逃げ出すわけだ。自分の命が大事なのは当然だろう。だけど私はそうじゃない。生きれるなら生きたいが、この命いつ無くなっても構わないと思っている。自分から危ない橋を渡る必要は無い。だけど。

「さっきGOWに直人に惹かれて入った女が居るって言ったよね。」

「あぁ。」

悪いけど、私はたまに負けん気が強くなる。直人に興味があるのも事実だ。他人に興味を持つなんて、今までは考えられなかった自分にも興味がある。もしこの機会を逃したら、私は一生変われ無いだろう。変わりたいとは思わないが、自分が変わったらどうなるか知りたい。そして直人は私を変えてくれるのか、そこにも興味があった。

「どうした。黙って。」

「え?あぁ……そうね。決めた。」

決意は固まった。死を恐れたことは無い。死にそうな事は何度もあった。今更戦争なんかで死んでたまるか。私が死ぬはずない。

「入る。GOWに。直人がどうこうより、私の人生を見つけるために。」

私は大将の顔を見上げた。始めて彼の顔を直視できた気がする。そこに有ったのは思っていたような目では無かった。

「そうか。それでいいんだな。」

「もちろん。」

彼は私の肩に手を置いた。

「だが俺たちも、みすみす女子供を見殺す気は無い。お前は戦争をどう思っているか知らんが、今最も激しい戦場では5人に1人が死ぬ。俺たちは死に行くわけじゃない。その5人の内の1人にならないために日頃から鍛えているが、それだけじゃ駄目だ。天性って物が無いと、あっちに行けば1時間も命は持たん。お前にその天性があるかどうか、俺たちは知る必要がある。気を悪くしないで欲しいが、テストを受けてもらおう。」

「テスト?」

よくよく考えてみれば、確かにこんな凄い軍隊にそうそう簡単に入れるわけがないか。だけど一体何をしようと言うのか?

「体力と知識はもちろん、あっちじゃ臨機応変が効く知恵が必要にもなる。後は勘なんて物も大事だ。何より必要なのは決断という勇気。それら諸々を全て、俺等が認めるだけは身につけて貰う必要がある。わかるな?」

「まぁ。」

「だが、悪いが俺等はお前の面倒を見れる程の暇は無い。自分で勉強しろ。」

「わかってる。」

他人に教わろう何てすれば、ろくな事が頭に入らないのは良くわかっている。なんなりと来い。

「よし、ならば着いて来い。説明をしてやる。」

彼は再びカードで扉を開けて出て行ってしまった。私は僅かな不安と安堵感を隠しつつ、もう一度殺人兵器の山を振り返って、外に出た。





大将の話しは1時間もかからなかった。体力テストは、まず1500m走なんて物をやるのが驚いた。体育なんかでもやってるが、これってそんなに体力測定において重要な物なのだろうか。驚いたのはそれだけではない、体育でやる体力測定をだいたい殆どやると言うのだから驚きだ。意外に簡単ではないか。とそう思っていたら、それは第1次試験だと言う。第2次試験からが本番で、まずは装備一式を4分以内に着ける事。と言うことだ。ヘルメット、迷彩の戦闘服上下、戦闘弾帯、救急品袋、もちろん銃器やナイフなどの武器もだ。全部を背負うと50キロは悠に越すらしい。そして今度は、それらに加えて、非常食やシャベルなども持って、1500mを計測するそうだ。それは予想以上にキツそうだ。そう思ったが、それよりキツそうなのはペーパーテストだ。なんでそんな物あるのか。そのペーパーテストは、兵器の名称と性質を答える物や、テープを聞いて、その会話の内容から作戦の内容を記したり、逆に敵の分布図などを見て作戦を立てたりすると言う物など、様々。

 そして第3次試験。これが最後の試験で、やることは一つだけ。実践テストである。つまり本当に戦場に連れて行って、生き残れたら合格だそうだ。死んでも知るか、ってことである。

 以上の内容でも尻込みしてしまいそうだった、果たして私について行けるのか。

「実施は俺が居る時ならいつでもいい。お前がやりたい時にやる。もちろんやらなくてもいい、だがその時は命は無いと思って置け。」

最後の一言に私は思いっきり緊張してしまった。つまり受けると言った以上、合格しなければ命は無いと言うことか。私が身を強張らせていると、突然大将が、

「冗談だ。」と真顔で言った。





 大体の説明を聞き終え、私が部屋を出るとそこには直人が呆れ顔で立っていた。

「ホント、馬鹿な。」

開口一番その一言である。私としてもどう反応した物か困ってしまうが、とりあえず?馬鹿?とは本気で言ったらしいことは解った。

「全部聞いただろ?友恵ちゃんがついて行ける世界じゃないんだよ。遊びじゃないんだ。マジで火傷じゃ済まないよ。」

彼は私の肩をがっちり掴んだ。やめるなら今の内だと、その目が語っていた。私は彼の手をそっと振り払う。彼は私の目を凝視したが、それ以上は何も言わずに去って言った。

 引き続いてバッタリ会ったのは零次とアルフレッドだった。まぁ、直人と大将以外にはもうこの二人しか居ないわけだけど。

「おかえり、雪野さん。」

最初に私に気付いたのは零次で、目を合わせられないほどの眩い笑顔で迎えてくれた。アルフレッドも歯茎をむき出しにして笑い、「よっ」と手を挙げてきた。

「どうだった。大将の話しは。」

どうやら二人には、既に大将が私に全てを話したことは伝わっているようだ。

「呆然とするしかないわね。内容は頭に入ったけど。」

「ハハ、へぇー、そうなんだ。って感じの話しじゃないのは確かだからな。しかし内容が頭に入ったってのは凄いな。淫乱しなかった?」

淫乱……?

「淫乱はしなかったけど……。」

「そうかい。」

なんだ淫乱って。何故私が淫乱にならなきゃいけない。

「アル。それを言うなら淫乱じゃなく混乱だよ。」

「おう、そうだったか。」

アルは「ん?」と首を傾げた。…淫乱と混乱を間違えるとは、さすが外人と言うべきか。

「で、嬢ちゃんはGOWの試験、受けるのか。」

「そのつもりよ。」

アルは何故か目をひん剥いた。

「ホントに受けるの?うわぁ、珍しい。度胸あるねー。」

そう言えば、今までの女は話しを聞いただけで尻尾巻いて逃げてったって大将が言ってたか。

「それより、何をすれば良いのか解らないんだけど。教えてくれない?」

それを聞くなり、二人は困った顔をしてお互いを見合って、「んー。」と唸ってから零次が説明を始めた。その顔を見てそんな難しい事なのかと思って身構えたが、意外な返答が来た。

「僕等二人とも、これと言って何もしないで試験を受けたんだよ。」

……何もしないでって……へ?

「え、でも大将の説明を聞いた限りじゃ、相当キツそうだけど。」

「素人にはね、でも僕は元から下の世界で生きていた人間だから、それほどの無理難題ってわけでも無かった。アルに関しても、元から相当の超人だったから、難なくクリアできた。直人はどうか知らないけどね。」

「そうなんだ……。」

うーむ。こりゃ困ったな。試験期間は半永久。しかしやれば良い事が解らない。さっそく躓いてしまったが、うーむ…。

「――そう言えば、ここには女の子が一人だけ入れたって聞いたけど、その彼女はどうなの?」

「マリアかい?んー……そうだな、彼女は相当、それこそ仙人のような努力をしたらしいけど。詳しくは聞いてないな。」

仙人って、あんたは仙人を見たことがあるのか。

「その彼女はどこに居るの?」

しばらく出番が無かったアルが、ここぞとばかりに口を開いた。少しでも自分が喋れないとそれだけで苦痛らしい。

「マリアなら今はトルコの内戦に出張ってるぜ。契約期間は今月一杯だから、もうすぐ帰ってくるんじゃねぇのか。」

「そりゃ……すごい。」

そう言えばトルコでなんか小さな内戦が起きたとかテレビでやっていたな。

「でも彼女からの連絡によると、そろそろ終戦の頃合だと言っていた。もしかしたら来週には会えるかもしれないよ。」

うーむ。なんか凄い現実離れな話しをされている気がするが、それはもしかして日本だけなのだろうか。やはり日本は平和ボケしているのか。今の時代、戦争やなんやって話しに親近感を湧かない方が可笑しいのか。

「でもよ、あいつも結構特別な素質を持ってたぜ。話しを聞いてもどうしようも無いと思うがな。」

「素質が何よ。私だって無能じゃないは。なってやるわよ、あんたらの同志に。」

彼ら二人は「ま、頑張ってくれ」みたいな他人事の目で答えてくれただけだった。私は仕方なく、帰路に付いた。

 とにもかくにも、やることは山ほどある。やれる事をやって行こう。


























 私は退学届けを校長室の、立派な立派な机の上に叩き付けた。向かいのソファーに座る校長先生(名前不詳)と、私の隣りに座る担任は唖然としていた。

「……君、本気かな?」

校長は好調ではない顔振りで尋ねてきた。

「はい。」

即答以上の早さで私は答えた。担任は疲れた顔で頭を垂れている。

「何故だね?理由は?」

何故だね?と、理由は?は同じ質問なような気がする。同じ事を2回も言うとは、この校長ももう歳だな。こんな奴に学校を任せておいていいのだろうか。

「理由はあります。だけど先生の話すべきことではありません。話す必要もありません。私としては、ただこれを受け取って欲しいだけです。」

「そうもいかないだろ。私達としては、君に辞めて欲しくは無いのだよ。」

本音だとはとても思えなかった。こんな問題児、何か起こす前に居なくなってしまえ。これが彼らの本音だろう。担任の疲れた顔は、もしかしたら安堵の表情なのかもしれない。

「辞めるのは私の自由のはずです。親にも話しました。」

後半はもちろん嘘。私に親なんて居ない。それは校長も担任も知っている筈だ。だが突っ込まないところを見ると、もしかしたら知らないのかも知れない。

「だが、やはり……。」

以後、形式的な会話が淡々と繰り返された。面倒なので省略しよう。

 んで、まぁ、結局は私の退学は認められた。

「失礼しました。」

私は清々した気分で校長室を出た。するとそこには比奈が待ち受けていた。

「あれ、どうしたの比奈?」

彼女は悲しそうな目で私を見ていた。何か言いたげだったが、声が出ないらしい。喉が震えている。

「……退学、するんだってね。」

絞り出たその声からは、はっきりと侮蔑の色染まっていた。しかし、一体どこからそんな噂を聞いたのか。生憎、校長室の防音は完璧で、立ち聞きはできなはずだ。

「どうして!まさか逃げる気っ。」

比奈は私の襟元に掴みかかってきた。今にも泣きそうな顔だ。一体何故泣くのか、私には解らない。

「……ここじゃ、なんだからさ。向うで話そう。ね?」

私は彼女に小声で呟いた。既に何人かの生徒職員が私達に注目している。彼女も周りの視線に気付き、小さく頷いた。

 場所は体育館倉庫。体育館で遊ぶ者は居ても、体育館倉庫で遊ぶ者は居ない。私達は中から鍵をかけ、積まれたマットの上に腰を下ろした。白っぽい粉が舞い上がる。

 彼女の顔は泣き顔では無くなった物の、どこか元気が無かった。

「なんで、そんな落ち込んでるの。私一人居なくなっても、別にどうってことないでしょ?」

「どうって事あるから、こうやって落ち込んでるの。」

うーむ。解らない。私としては、比奈に迷惑ばかりかけていた事しか頭に無い。それなのに落ち込む理由とは何か。

「友恵には解らないでしょうね。解らないって言うか、気付いてないのかな。友恵は私のこと頼りにしてたけど、私も友恵のこと頼りにしていたのよ。ずっと。」

「そんな、頼られた記憶なんて無いんだけどな。」

「竜太とのこととか。」

んー、そうか。そう言われればそうかもしれない。ゴタゴタしてて忘れてたが、竜太と比奈は相思相愛(本人気付いてない)だったな。

「でも私は突き放してたつもりだったんだけどな。自分で考えろ、とか。」

「そうでも無いよ、役に立つ助言も少なからずはあったよ。」

少ないのかよ。

「だけど別に私じゃなくてもいいんじゃない。比奈の親友ってわけでも無いし。」

私の方は親友だと思っているけど。だが比奈からは仰天な答えが返ってきた。

「なにそれ、友恵は私のこと親友なんて思ってくれてなかったの?私は思ってたのに。」

再び比奈は泣き顔になってきた。しかし驚いた。私なんかを親友と思ってくれる人、居るのか。まんざら私も人間やってきたわけじゃないらしい。

「いや、私は思ってたけど……まさか私を友達とか、思ってくれる人なんて……。」

「は?何言ってるの、友恵を慕ってる人、結構いるわよ。あかりとか、高江とか、それに奈々枝や恭子。」

全員、なんらかの形で覚えの無い罵倒を受けた者達だ。そして私が何らかの形で手を貸した者。

「あんたは、そこそこに人様から好かれてるのよ。そりゃ嫌ってる奴も居るけど、それは仕方ない事だし。あんたは、何も知らないで被害妄想を膨らませてるだけなの。」

酷い言い草だが、こちらとしては中々感激の出来る話しだ。

「そうなんだ……知らなかった。」

「だから、あんたが学校辞めて悲しむ人は、一杯いるのよ。」

彼女は切ない目で私の瞳を覗き込んできた。始めて見る目だ。むしろ、比奈が苦しんでる姿を見るのも、初めてかもしれない。比奈は強い子だ。私と違って。だけどその強い比奈が、私を必要としている。その事実はまだ飲み込めないし、私を必要とする人間の考えも解らない。だけど

「だけど皆は、もう立ち直った。もう私の力がなくても、一人でやってけるはずよ。比奈も、私を頼るほど弱い子じゃない。」

「そりゃ……でも。」

彼女がぐったりうなだれた。

「私が学校辞めるのには、ちゃんと理由があるの。やりたい事が出来たから。信じられないでしょ?私に目標が出来たのよ。だから、比奈も私を親友だと思ってくれるなら、私を見送って欲しい。」

言ってる自分が恥ずかしい。本音だが、もっと上手い言葉でまとめられないものか。

 彼女は目を瞑って、顔を振った。嫌だと言う現われか、それとも諦めたのか。また別の意思によるものかは、結局私には解らなかったが、彼女は言ってくれた。「解った」と。

「何をやりたいのかは問わない。やりたいことがある事が重要なんだもんね。だけど、学校辞めるくらいだから……相当なことなんでしょ?」

「まぁ、ね。」

戦争するんだから。

「でも、比奈とは今生の別れって事ではないわよ。また会える。いつでも。」

「そうか、そりゃ当然よ。親友なんだもん。」

彼女は困ったように笑った。私はこくりと首を縦に振り、立ち上がった。

「それじゃ、竜太郎となんかあったら、連絡してね。」

比奈は少し顔を赤めて、頷いた。

 そして私は倉庫の鍵をゆっくりと外した。




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