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第一戦 【闇夜の月光(闇世に激昂)】

女子高生クリーク 











第一戦 【闇夜の月光(闇世に激昂)】









 県立七淵高校に通う私は、そこの2年B組。なんでここの高校に入ったのかというと、理由は無い。入れたから入るまでだ。入りたかったわけでもない、他に入りたい高校があるわけでもない。今となっては、大学までが義務教育。あえて理由を言うならそんなとこ。だけど、こんなの理由にはならないか。まぁ、仕方は無い。入りたくないなら入るなとか言われると面倒なので、表向きは前々から興味がり、そこに推薦が来たので入った。と微塵も思ってないことを言ってある。だから、一応推薦の目的だったバスケはそこそに頑張って《いた》。過去形なのは、つい数週間前ぐらいから部活はサボっている。正直ダルクなった。部活だけじゃない、学校生活。もっと言うなら人生に。別に生きてる事に不満があるわけではないけれど、嬉しいわけでもない。さっきも言ったようにダルイだけ。うんざりしてきた。17年と2ヶ月生きてきただけでこんな事を思っているのだから、先が思いやられるどころか、お先真っ暗なことは火を見るより明らか・・・って、真っ暗だから火も何も無い。うん、そう言う意味の言葉じゃないのは分かっているけど。

 とにもかくにも、私としては明日にでもノストラダムスの大予言がやって来ても、大いに構わないと思っている。アルマゲドンでもデッドゴットでもなんでも来いだ。あぁお星様よ、いたいけな女子高生の切なる願いを聞きたもうれ。うん?だけど今はお昼だ、星なんか見えないか。

「雪野さん」

おや、なに奴だ、私を呼ぶその声は。まさかお星様がこんな私の胸の内を聞いたのか。と現実逃避をしようとするが。

「雪野さん!」

お星様がこんな山姥のような声を発するはずが無い。横目で教台をチラ見する。教台には誰も居ない。代わりに、私のすぐ隣りに眼鏡をかけたおばさま先生、42歳双子の母、数学教諭の千世子が居た。

「なんです?」

チラリと見ただけで、もう見ない。

「あなた、自分の立場をもう少しわきまえなさい。」

「立場ってなんですか?」

「・・・・話す時は、先生の顔を見なさい。」

「・・・」

うだうだ言われるのもなんなので、しぶしぶ見上げる。どっかの年寄りが、「オレは戦を生抜いた男だぞ」と言うときのような、顔がそこにあった。

「1年の時は真面目だったのに、その態度はなんなの?ボーっと窓の外見て、窓の外に何かあるの?」

「友恵の青春があるんですよ、先生。」

隣の席の男子生徒が口を挟む。この子は理由無しに先生に立て付くのが好きなだけで、別に私に助け舟を出したわけではない。助け舟にもなってないし、要らないけど。

「君に聞いてるわけじゃないのよ。雪野さん、あなた大丈夫なの?そんなんじゃ勉強に付いて行けないわよ。」

「大丈夫ですよ、えぇ。」

キッパリ断言。分かってなかったら、話はちゃんと聞くのが私だ。分かっていることは、訊かないし聞かない。

「じゃ、黒板の問題の答えは?」

どうせそう言うだろうな、と思って、私は千世子の話しは適当に受け流しながら、黒板の問題を解いていたので、もう答えは出ていた。

「X=√5/13。」

簡単すぎて反吐が出そう。あ、だけど反吐なんて私の体の中に無いわけだから、反吐なんて出るわけ無いか。・・・・・・反吐ってなんだろう?

「・・・」

正解なのだろう、千世子は押し黙ってしまう。だから私は興味本位に聞いてみる。

「先生、反吐ってなんだと思います?」

「え?」

「反吐が出そうとか言うじゃないですか、その反吐ってなんですか?」

「ゲロじゃねぇの?」

また、隣の男子がそう言う。―――この男子の名前なんだっけ?

「清水くん、そういう下品な発言は謹んで。」

あー、そうそう。清水竜太だ。・・・あれ、竜太郎だっけ?どっちだっけ。忘れた。

「じゃ、嘔吐物だ。」

ヘッヘッヘ。オレ天才じゃん。と言いたげに彼は笑う。嘔吐物もなんだか違う気がする。そもそも反吐とゲロは同じなのか?

「そーゆうことは、理科の先生に聞きなさい。」

わからないんじゃない。



キーンコーンカーン・・・・・


 チャイムが鳴る。どうやら終わったようだ。うん、腹が減ってたまらないわ。ようやくお昼よ。

「きりーつ、礼。」

委員長の男子が、先生の居ない教台に号令をかける。先生は慌てて戻り、宿題を告げて教室を出て行った。









さて、弁当も食べ終わり、私は弁当袋片手にぶら下げて教室に戻る。七淵高校は弁当持参もOKだし、食堂もある。普段は食堂で食事を済ませるのだが、今日は気分的に自分で弁当を作って、中庭で食べてきた。うん、こう言う日もたまにはイイ。という直感は当たったが、やっぱり明日からは学食に戻そう。作るのが面倒だ。

「友恵〜!」

窓を見た、やっぱりお星様は顔を出していない。代わりにお天道様はギラギラとむさ苦しく燃えている。今日も太陽が眩しい、月が奇麗。と私の好きなバンドは詠っているが、まさにその通りだ。

(あー、今日も後12時間切ったわけだ。)

西に傾く太陽を見ながら、そんなどうでもイイことを考える。逆に考えれば、あと12時間もしないうちに明日が来るわけだから、本当にどうでもいいことだ。

 私は日の光に目を細め、また歩き出した。弁当をカバンに仕舞ったら、いつもの所へ行くつもりだ。

「―――って、無視しないでよ!」

肩に手を置かれた。やっぱり気のせいではなかったか。ついでにお星様が呼んだわけでもないようだ。

「なに?比奈。」

サラッとした肩まである魅力的な黒髪と、厚くもないが薄くも無い、ふっくらとした唇が特徴の川嶋比奈は、いわゆる竹馬の友で、腐れ縁。小学4年からの付き合いで、彼女は2年D組。そして私と同じバスケ部で、私と違って性格も良くて、ラブレターの総集結場でもある。男子達からは比奈嬢や比奈姫とか言われて憧られている。

「別に用は無いわよ。ただ前を友恵が歩いていたから声をかけたの。」

「いつもそう言って、何か話題を振ってくるじゃない。」

これは中学からの、比奈の習性の様な物だ。

「あれ?そうだっけ?」

習性だから、自覚もあるわけが無い。

「まぁいいじゃん。で、それでね、」

―――ってこんな感じだ。さすがに彼女もバカではないので、今回のは狙いだろうけど。

「あんたさ・・・」

「部活なら行かないよ。」

言われる前に答えた。昨日一昨日と同じ会話をしたのだ、パターン化している。これははたして狙いなのか。

「あれ?なんで分かったの。」

心底驚いた顔だ。この顔も本音なのか作り物なのか。本音ならば、かなり老朽化が激しい。だったら同情しまくってしまう。やっぱりお星様に願うなら、彼女の老朽化を食い止めてたもうれにしよう。とっても親友想いな私。

「なんて神妙な顔してるのよ、冗談に決まってるじゃない・・・さすがに毎日同じこと聞くとねぇ?」

なんだ、そうか。・・・・・ん?そもそも、お星様にお願いなんてしたっけか?

「それは置いて、もう2週間もサボリっぱなしじゃない。」

「6日前に顔出したじゃない。」

「顔見せただけで、出てないじゃないのよ。そろそろ潮時よ、私だってもう庇ってやれないわよ?」

そう、実を言うと彼女はなんと女子バスケのキャプテンなのだ。美人に重ねて部のキャプテンとなれば、男子の愛情独り占めな理由もなるほどガッテン。私と隣に並べれば、それこそ雲泥の差のいい例として挙げられてしまうだろう。そんな彼女が、私のためにコーチに嘘をついて、私のサボリを黙認してくれているのである。私はコーチの信頼は薄いが、キャプテンの彼女となれば話しは別だ。コーチも鼻の下伸ばして目を瞑っている。あぁ、なんとマヌケで笑ってしまう顔だろうか。一度鏡で見せてやりたいが、目を瞑ってるので見れないか。いやいや、これもそんな意味の言葉じゃないのもようく理解しているけど。

「あのコーチも、まぁ堪忍袋があるわけか。緒が切れそうならまた結んでやればいいじゃない?」

まったく人事のように言う私。

「あんたね、他人事じゃないのよ。なんで私がそこまで面倒見ないといけないの。」

「体でも売っちゃえば、一生比奈の言いなりになるわよ。」

私は彼女の胸をムギユっと潰す。むむっ、またデカクなりやがったな、この色女め。とか考える私の手を、彼女は間髪居れずに振り払い。

「あんたねぇ・・・・!」

拳を握って震わせる。奇麗な薔薇には棘があるってことだ。私は冗談に決まってるじゃん、と手をヒラヒラさせて受け流す。彼女の凄まじくわざとらしい溜息が聞こえた。あー、相当呆れられてしまった。別に良いけど。

「本気で今日は来なさいよね。」

「えー、じゃぁいいよ・・・私が体売るから。」

私の何気ない台詞に彼女は口をあんぐりと開いた。

「何よ、みっともないわよ。」

美人な比奈なら、尚更みっともないその顔。

「友恵には言われたくないわよ・・・・ハィハィわかりましたよ、私がなんとかしておきますよーだ。バカ友。」

比奈はムスッと顔を膨らませてしまった。そんな顔もまた男子の男心(?)を擽る。数名の男子が彼女の滅多に見れない表情に釘付けだ。比奈はそれを知って知らずか、フグの顔を続けている。

「えいっ。」

私はプニッと、人差し指でその脹れた頬を押す。フニフニした人形のような柔らかい肌触り。とっても柔らかくスベスベしている。

「えいっ、えいっ」

プニップニ。突っつく突っつく。面白いわぁ、一日やっても飽きないだろう。そんな光景を、男子たちが恨めしそうに指を咥えて見ている。

「・・・もういいわ、飽きた。」

あら。彼女の方が飽きてしまった。プシューと空気の抜けた彼女の顔は、また元の美女面に戻る。

「はぁ・・・たまには嘘を吐く身にもなってよ。」

比奈は私の肩に手を置いて、ガックリうなだれる。解るよその気持ち。と、また人事のように言う私も、彼女の肩を優しく叩いた。

「今度クラムのケーキおごるからさ。」

比奈の目色がカメンライダーの変身のように早代わり。

「女に二言は無いわね。」

「親友には嘘は吐かないわよ、私。」

クラムとは、女子高生の間で人気爆発上昇気流のケーキ屋で。比奈も例外では無くそこのケーキが大好きだ。私は例外だけど。

「わかったわ。親友として、バスケ部キャプテンとして友恵を守るわ。」

私はありがとうとニッコリ笑う。だけどバスケ部キャプテンとしてってのは、多分違うと思う。

 と、その時昼休み終了を告げるチャイムが鳴った。

「あっ・・・しまった。」

私は廊下の天井にぶら下がっている時計の針を見て、舌打ちする。

「何?また屋上行く気だったの?」

「うん、まぁね。」

私のmy favorite placeは、学校の屋上と近くの河野原だ。寝転がるととっても気持ちいい。私が心休まる数少ない場所である。

「それじゃ引き止めちゃって悪かったわね・・・・。」

比奈もそのことは知っている。そして私が憩いの時間を邪魔されるのを酷く嫌うのも知っていた。だからこうして謝ってくる。

「んー、いいよ。放課後に河野原行くから。」

私が微笑むと、彼女は安心して胸を撫で下ろした。まさかそんな事で親友に怒鳴る私じゃない。だから親友じゃないなら怒鳴りまくる。怒鳴ったついでに殴るだろう。だけど、親友じゃない人間が私に声をかけて来る筈も無い。

「それじゃあね。」

と、私たちは手を振り合って別れた。

「・・・・あっ。」

思えば次の授業、体育じゃん。私は自分の横を体操服姿で駆けてくクラスメートを横目に、自分の制服をいじりながらそう思った。











学校も終わり、帰路に着く私。その後ろを比奈とあかりが着いて来る。なぜ比奈がついて来ているかと言うと、今日のバスケ部はコーチの都合で休止となったそうだ。そのため一緒に帰ろうと言うことになったわけだ。

そしてあかりというのは、本名、貴宮あかり。私とあかりとは中学生からの付き合いで、彼女は元合唱部。辞めた理由は3年からの嫌がらせ。彼女の歌声、というか生声そのものが本当に奇麗で、なんのゴミも浮いていない水のごとく奇麗で、奇麗に掃除機をかけて磨いても足りないぐらい、奇麗だ。そのことは誰もが認め、合唱部の顧問は彼女の才能を伸ばすために少し、彼女にひいきし過ぎてしまった。その事に嫉妬した3年が、元もと気の弱い彼女を脅し罵倒したため、彼女はそのプレッシャーに耐えかねて辞めてしまった。顧問が彼女が虐めに合っていた事に気付いたのは、あかりが部活を辞めた後のこと。後の祭りだった。私達も気付いていればなんとかしたのだが、あかりはそう言うとこ、他人に心配をかけたくないと言う気持ちの方が強く、私たちには何も話してくれなかった。だけど、あかりとは中学からの付き合いだ。本当なら、あかりの様子がおかしい事にすぐ気付くべきだったが、私たちは見抜けなかった。情けないと今でも思う。だからと言う訳ではないが、教師と私たちがタッグを組んで、なんとか合唱部の秩序を取り戻し、あかりは来週にでも合唱部に戻れることになっている。もちろん、教師とタッグを組むなんて本望ではないが、あかりのためだ、仕方ない。そして、比奈が味方に着いた事を虐めっ子女子が知り、もう彼女を虐める者は誰一人としていない。当然だ。比奈を敵に回すという事は、全男子生徒を敵に回すとの同じこと。そうなれば、どうなるかは目に見えている。

「ふぁ・・・。」

不意に、そのあかりが小さくあくびをした。目に少し涙が溜まっている。

「どうした、眠いの?」

私の問に、あかりは小さく頷いた。ホントに注意してみていないと解らないくらい小さく頷く。こーゆう性格は悪いとも良いとも言えない。ハッキリしないと言えばそれまでだし、可愛い女の子らしいと言えば、それもまた事実。

「もうすぐ友恵が気持ちいとこ連れてってくれるからね〜。」

比奈があかりの頭をごしごしと撫でた。あかりは目を瞑ってされるがままに頭を揺らす。この二人が並ぶと、どうも姉妹のように見えて仕方ない。本人達は意識していないだろうが、多分、私の知っている中で一番仲がいいのはこの2人だろう。比奈は私よりもあかりとの方が仲がいい。そこら辺を考えてみれば、不良娘の私とつるむ比奈。真面目で大人しく、私とは正反対のあかりを大事に想う比奈。比奈は多分、いや絶対。必然的に他人に好かれる理由もわかる気がする。

「さっ、着いた着いた。」

比奈がそう言った。気が付くと、いつのまにか河野原に到着していた。比奈はカバンをほっぽり出すと、ドサッと芝生の上に仰向けに倒れた。んーと背伸びをする。私もその横に倒れこんだ。あかりはも比奈の横に、ちょこんと座り込んだ。比奈は私とあかりに挟まれる位置にいる。

「雲が流れてる・・・」

私はボソッと呟いた。比奈は可笑しそうに笑い。

「なに?あんたまだ雲になりたいとか思ってるの?」

私は小学校5年生の時、将来の夢という作文で、なんの羞恥心もなく?雲?と書いた。幼稚園児じゃないんだからと先生に怒られたのを覚えている。「真面目に書きなさい。」と言われ、「大真面目です。」と答えて、両親に病院に連れて行かれたのも覚えている。言うまでも無いだろうが、精神科。

「んー、成れるものならね。」

私はフフフッと声を揺らす。比奈は少し呆れたようにつられ笑いをした。

「私も雲になりたいな・・・・。」

驚き、そう言ったのはあかりだった。私と比奈は驚き隠せず目を丸くする。しかしあかり本人は別段なんとも思っていない様子で、自分を凝視する私たちに気付いて頬を紅潮させ

「え、あ・・・・私なにか言った・・・・かな・・・?」

おどおどする。

「いや、雲になりたいって・・・あかりはそーゆうキャラじゃないよ。」

「そう、かな・・・?」

あかりは困った風に首を傾げた。あどけないその仕草。あかりは雲よりも、風の方が似合うだろうと思う。

「そうそう、雲なんて流れて流されて流れるままに生きてきた友恵だけで十分よ。」

比奈は私を見て、シニカルに肩を揺らして笑った。

「悪かったわね、どうせ私は芯が無い人間ですよ。」

比奈は冗談で言ったのだろうけど、私は冗談では取れない。自覚しているから。

「あぅ・・・ゴメンなさい。私が変なこと言ったから・・・・。」

更におどおどするあかり、どうやら私たちが喧嘩していると思っているようだ。それも自分の訳の分からぬ発言のせいで。あかりはとても優しい。断る事とか、嘘を吐くとか言う事を知らない彼女は、多分私なんかより全然辛い人生を送ってきたことであろう。だからこそ私とは鏡に背を向けたような存在で。私よりも美味しい人生をこれから歩んでいけることだろう。私は人生どころかいつ天罰が下って、この命を天に返さなければならなくなるか、解ったものじゃない。

「あかりのせいじゃないよ。それに私たちは喧嘩なんかしてないから。」

比奈がポンポンとあかりの頭を叩く。それに合わせて彼女の頭が、軽く上下に揺れた。

「うん・・・」

あかりは小さく返事をした。そんなあかりの様子に一安心した私たちは、またゴロンと芝生に寝転がる。

「にしてもあかり、なんで雲になりたいなんて思ったの?」

私はなんと無く聞いてみた。あかりはちょっと困った感じで苦笑し。

「うーん、なんとなく・・・かな。」

私は「そっか」と解ったような解ってないような返事を返し、目を閉じた。だから気付くはずも無かった。私を見るあかりの目が、寂しそうに潤んでいたことを。それに気付いていれば、あるいは気付いたかもしれない、あかりは雲になりたいのではなく、私のようになりたいってことに・・・。







 いつの間にか、比奈もあかりも寝入ってしまっていた。何時間も経っては居ないはずだ。日もまだ出ている。おそらく30分くらいしか経っていないだろう。よほど疲れているのか、それともこの場所が気持ちいいのか。私は2人の寝顔を見据えて、そう思った。正直に私も実を言うと眠い。特に今日の天気は、春の数学授業並みに眠気を誘う。しかし寝るわけには行かない。2人は知って眠っているのか解らないが、周りには七淵高校の男子生徒がポツポツと目に受ける。それも全員、さっきから一歩もこの場を離れない。中には私達と同様、くつろぎに来た子も居るようだが、あきらかにそうではない者の方が多い。目線もさっきから私達から外されていない。ここで私までが無謀なまでに寝入ってしまったら、はたしてどうなるか。・・・・・うん、それもそれで面白そうだ。誰が先に何をされるだろうか。少し興味がある。と言っても、我が身を犠牲にしてまで知る価値はないか。

「っよ、友恵。」

低い声。明らかに男子の声だ。ついでにやらしい響きは含まれていないから、そこそこ安心。別に含まれていようと、私が起きてる限り、相手はどうにも出来ないだろうけど。そんな事を数秒脳裏によぎらせ、私は顔を上げた。ショートの整髪剤で髪を固めた、今時の男子。学ランの第一ボタンを外し、カッターシャツも出ている。だから不良と言うわけでもない。彼はそこそこ真面目な部類に入る人間だ。あー、名前は確かなんだっけっか・・・なんか、郎を付けたくなるような名詞だったような。

「あー、あれ。清水竜太郎。」

私は人差し指で彼の顔を指した。

「郎が余計だ。竜太だよ、竜太。」

竜太はなんの迷いも遠慮も無く、私の横にドサッと尻を下ろす。私はあからさまに溜息をついた。

「ん?なに、オレ邪魔?」

彼がとぼけた声で聞いてくる。邪魔以前の問題だ。

「邪魔も邪魔だし、なんで竜太が私の横に座るのよ?」

「後ろに座ればよかったのか?」

「・・・・じゃなくて、なんで私達女子の輪に、なんの詫びも無く入って来るのかってこと。」

「だって、お前暇そうだったじゃねーか。」

彼は乱暴にも私の背中をバンバンと叩いた。なぜ叩く。今のこの状況会話で叩く必要があるのか?しかも強く叩いてる。あかりなら一発目で前のめりに倒れているだろう。私は倒れないけど。いや、あかりを例にしたのが悪いか。あかりはどちらかと言うと体力無い派だ。

「別に暇じゃないわよ。考え事してたわ、ちゃーんと。あんた見たいに御気楽能天気じゃないの。」

「なんだ、お前眠そうじゃん。」

唐突かつ、さも必然と言った感じにあっさり話題を変えられてしまった。

「だから何よ、関係ないでしょ。」

しかしよく私が寝たい事に気付いたものだ。この男の変な観察力には感服するが、呆れ返りもする。

「周りの男子が気になんのか?あー、そりゃ比奈嬢が居るもんな。」

比奈だけかい。私もあかりも関係ないのかい。

「おーし、オレが守護神やってやるよ。だからゆっくりネンネしてくれ。」

余裕でそんな事を言う。こいつ言葉の重さを知らんのか。

「あのね、私とあんたがいつ、そんな深い信頼関係を結んだのよ?第一、あんたも男でしょう。」

「おいおい、オレがやましい事する人間に思えるか?少なくとも、2年も同じクラスのお前にゃ何もしないぜ。」

ん?こいついと1年の時も同じクラスだったのか?気付かなかった・・・・。

「そりゃどうも。だけどまるで比奈とあかりには何かするような言い方ね。」

「なにもしねーよ。信頼ねぇなぁ。」

「あるわけないでしょ。竜太郎とはただの級友でしか無いでしょう」

「おめぇ、竜太郎って呼びたいのか?オレの事。」

彼は参ったなーと後頭部を掻く。なにが参ったんだ。

「私ね、侍が好きなの。で、私の好きな侍映画の主人公が竜太郎って言うのよ。」

私は立ち上がり。スカートについた土を払い落とす。竜太が私を見上げている。うん、この角度ならギリギリスカートの中身は見えていないだろう。

「へぇ、ってことはそれ、オレが好きって事か?」

「なぬ。」

失言だった。まさかそう受け止めるとは。どこまで目出度い男だこいつは。

「はは、冗談だよ。」

竜太も立ち上がり、ズボンをはたいた。・・・・改めて横に立たられると解るが、私は中々背が高いようだ。男子の竜太と目線が同じだ。

「あんた、背幾つあるの?」

「んー?175かな。も少し伸びてるかも。・・・あー、お前もそれ位なのか。高けぇな。」

あんたも高いんじゃない。と私は言おうと思ったが、止めておく事にした。これ以上、こやつと会話をすると永遠続きそうだ。

「あかりー、比奈―。起きて。帰るよ。」

私が2人をゆさぶると、2人とも「んー」と唸って重い瞼を半開きにする。

「あれ・・・もうそんな時間なの?」

比奈が上半身を起こして目を擦る。あかりはまたすーすー寝入ってしまった。

「おーい、あっかりちゃーん。帰る時間ですよー。」

何故だか知らないが、竜太があかりの身体を揺さぶった。

「ふぇ・・・・?」

情けない声であかりは目を覚ます。が、まだ脳は覚醒しきってないようだ。身体を起こすも、うとうとと首を揺らす。

「・・・・・」

で、また寝入ってしまった。

「おぃおぃ・・・・この女。」

「あー、いいよいいよ。寝かせておいて。私が連れて帰る。」

そう言った比奈があかりの肩を持って、よいしょと背負いあげようとする。が、すかさず別の手がそれを制し。一瞬であかりを奪い取る。

「お前等の家あっち方面だろ?オレも同じだから、・・・・ま、いいだろ?」

竜太は何故か私の方を見る。

「なんで私を気にするのよ。」

「信用ねぇんだろ?オレ。」

彼はシニカルにニカニカと笑っている。

「別に。いいわよ。比奈がついてるわけだし。」

「そうよ、言っておくけど。私、中学のときは空手やってたからね。」

「そりゃ頼りになりますね。それじゃ。」

竜太の一言を合図に、私達は背を向け別れた。3人ともちゃんと家に帰るのだろう。ちゃんと。


















日は暮れ、空には神々しく光る満月。本当に『今日も太陽が眩しい、月が奇麗』の歌の通りになった。そういえば、月は特別なエネレギーを放っているとかなんとか、テレビでやっていた様な気もする。統計的に、凶悪犯罪は満月によく起こるらしい。学者の中には、月のなんらかのエネルギーが人間の精神を不安定にさせる。という、考えてみれば何の根拠もない様な事を言っている者も居る。他にも怪奇現象などが結構起こっているらしい。それに、潮の満ち引きも月の引力が原因なのだから、確かに月には何か有る様な気がしないでもない。

 まぁ、しかし私は別に月を観賞するために、わざわざ街まで出て来たわけではない。賑やかな街。五月蝿い街。楽しい街。不幸が露出している街。法のある街。法を無視する街。灯りに溢れる街。光を失った街。それが渋谷という街。私もそんな矛盾の街に、足をつけている。この街が嫌いと言えば嘘になる。だが決して好きにはなれない。しかしどこか気の休まる場所・・・そんな同じ矛盾という点が、私をここに向かわせるのか。・・・いや、私がここに来るのは、ちゃんと理由がある。私がこの街に求めるのはただ1つ。安らぎを与えてくれるのは街ではなく、それだ。

 それを探すため私は周りを見回す、お目当ての物は中々見つからず、だけど見たくないものは目に入る。それが探し物をする時の世の常か。今も余分な物しか目に入ってこない。

さすが渋谷というのか・・・・賑やかに楽しむ若者達の狭間に見える、裏の社会。気付かないだけで、それは向き出しになっている。中年親父と高校生くらいの男同士が、にこやかな笑みで語り合っている。それは麻薬の売買。近くの喫茶店の、テラスで会話をしているサラリーマン風の男と、30歳代の女性。これは男から女への押し売り商売。親子のようにも見える男女。男の方は40代後半か50歳前半で、少し金持ちのようにも見える。言わずとも、あれは援交だろう。他にも色々見つけられる。闇金、恐喝、親父狩り、強姦エトセトラ。

そんな中でも一番目に付いてしまうのは、援交。それも女自らが体を売り歩いている姿。金のために自分を売る。プライドも何もあったものではない。目的のためなら手段を選ばず・・・だ。目的が金。手段は・・・・。そして、私も・・・・・



(目的は違っても、手段は同じなら・・・・私もあんなのと同類だよね・・・・)

心の中でそう思うと、とても空しくなる。だけど仕方がない。私もそれ以外の、欲しい物を手に入れる方法を知らないから。そして私はそれで良いと割り切っている。世界の経済循環も似たような感じなわけだし。だから世界は上手く成り立たないのだろう。

「ま、いいか。」

私は声を出して頭を振る。うだうだ考えるなんて、あまり自分の性にも合っていないし、とりあえずはもう手遅れだ。私は恐らくこの先も、まともな女としては生きていけないだろう。それどころか人間失格かもしれない。だけど、今はとりあえず一歩を踏み出さなければ。それが私のポリシーだ。

 昔は男の方から声をかけてくる事が多かった。だけど今は、私なんかより可愛い女(さっきの身体売りの援交女とか)が増え、今じゃ声をかけてくるのは酔っ払いくらいになってしまった。(いや、それは例示であって、本当に酔っ払いしか声をかけて来ないわけではないけど。)だから、今は私の方から声をかける方が多い。私は何気ない女子高生を装って、街中を練り歩く。その中で品定めをするように、男に目を配る。実際に男=レンタル商品という式が、既に私の頭の中に構成されている。

「ちょい、そこの娘さん。」

背後から声がした。娘さんと言ったその声は、イヤに若々しい。珍しくナンパされたようだ。私は何気なく、無表情で振り返った。

「一人?」

決まり文句を吐いたその男は、見た目20〜23歳くらいだろう、背は180有るか無いかくらいで、スッっと下りた長い前髪から覗く、切れの良い細い目と視線が合った。彼の口元は歪んで、そこから薄い呼吸音が聞こえてくる。

「ですけど、なんです?」

私はとりあえず、そう答えておいたが、多分この男はダメだろうと思った。顔は二枚目だが、表情が内側をモロ出しにしている。ただの変態でしかないか、もしかしたら強姦魔かも、というレベルの男だろう。私だって、男と言っても誰でも良い訳ではない。さっきも言ったが、まずは安らぎを与えてくれる事が重要である。この男では残念ながら、与えてくれそうにはない。

「ね、そこの店一緒に行かない?晩飯まだだろ?」

男は当たり前と言った感じで、私の肩に手を伸ばした来た。私も当たり前と言った感じで、自然に足を動かし後じさる。

「ナンパは結構だけど、今時そんな誘い方ないんじゃなくて?悪いけど、私はあんたみたいな趣味はないわ。じゃね」

「お、おい。」

後方で私は呼び止めようとする声が聞こえたが、私はシカトして走り去る。追いかけて来ると思っていたのだが、振り返っても奴はいなかった。あの手の男はしつこいと言うのが相場のはずだが、彼は違ったようだ。そこは褒めておいてあげよう。

100mくらい私は走りぬけ、深呼吸を少ししてから歩調を戻す。そして当たりを見回した。

(今日は外れだったかな。)

これと言った目ぼしい男が見つからない。どうしたものか。見つからない時はとことん見つからないものだ。こんな時はいさぎよく帰宅した方が良いと言う事は、今までの経験で重々承知している。だけど、なんだか今夜はまだ何かありそうな気がした。

(もー少しブラつこうかな。)

そう思って向うの歩道を見てみた。

私の視界に一人の男が入り込んできた。

何故か私は、その人に目を奪われた。

他にも人間が居るはずなのに、

その人の存在しか解らなかった。

それほど、

これほど男に惹かれたのは初めてだった。

私はユラリと彼の方に体を向け、足を前に出した。そして3、4歩ほど進んだ時、車のクラクションが鳴り響いた。私はハッと我に変える。赤の乗用車が私に突っ込んできた。慌てて後ろのめりに倒れる。なんとか衝突は避けられた。キキィーと、ゴムとコンクリートが擦れるイヤな音が耳を劈いた。が、恐る恐る目を開いた時には、赤の乗用車の姿はもう無くなっていた。代わりに、周りの人間が立ち止まり、私のことを見下ろして居た。私は慌てて立ち上がり、彼の姿を探した。彼はすぐに見つかった。彼もまた、私のことを見ていたが、私が起き上がったのを確認するなり、彼はまた歩き始めた。

「ちょ、待って!」

叫んでも、止まってくれるはずがない。左右を確認し、私は道路を横断して彼の元に走った。

「待ちなさいって!」

彼との距離が5mも無いと言ったところで、私はまた叫んだ。すると、今度は止まってくれ、私に振り返ってくる。

「・・・・?」

自分の真後ろに、さっきの事故未遂女が、息を荒げて立っている事実に彼は首を傾げた。

私は構わず、彼との距離をさらに縮めた。

(うわっ・・・・)

思わず私は心の中でそう言ってしまった。ショートで無造作にセットされた黒髪、下三角の整った顔立ち。そして何より目を引くのはその目だった。右目は黒色だが、左は青色だった。他の女がほっとくはずがない、見た目感じの良さそうな人だった。しかし・・・神は人間を必ず不完全に造ると言うが、この時ほどそれを実感した事は無い。彼は信じられないほど背が低かった。低い。どれくらい低いか。私は身長174?と、それなりの身長だが、多分・・・彼は170無いだろう。いや、絶対に無い。言い切れる。165有るかどうかも怪しい。

「・・・・オレに、何か用?」

見上げる彼が、見下ろす私に言った。

「えーと。・・・・」

自分でも、なぜこの男にあのように、強く惹かれたのか解らなくなってしまった。よくよく見れば、確かに左目のブルーは美しいが、それ以外は2枚目だ。

「・・・・なんでも無いなら、もう行くよ。」

彼が背を見せて立ち去ろうとしたので、私は慌てて彼の肩を掴んだ。彼はビクリとして、首を傾けて私の目を睨んできた。

「あー、ちょっと付き合ってくれない?ヒマなの。」

唐突に、私はそう口走ってしまった。こんな男ほっておいても良かったのだが、なんか今夜は、もう彼以上の男と出会わないような直感がした。だから呼び止めた。

彼はしばらく私を頭の先から爪先まで嘗め回したが、

「逆ナン?」

と言って、私の腕を振り解いた。私はコクリと頷く。彼は「ふーん」と、別段興味なさそうな返事を返してきた。なんだかカチンと来た。

「別に構わないけど、オレは。何歳?」

「17よ。」

「10違いか。」

驚愕。

10違いですと。ってことはあんたは27歳?27でその身長?マジで?ドッキリテレビ?子供のころ虐待にでもあっていたの?

私は思わず噴出してしまった。慌てて口を覆う。

「何が可笑しい。身長か?」

彼はムッとした表情を見せたが、その後すぐに無表情に戻った。

「いや・・・そうじゃないけど。ここじゃあれだし、えー・・・そこの店、行きましょう。」

私は彼の手を取って、近くの小さなファーストフード店に引っ張り込んだ。

月がギラギラ輝いていた。

満月の夜には、不思議な出来事が数多く起こる。


































 彼とこの部屋に入って既に一時間近く経とうとしていた。私はベッドの上に座り彼を眺め、彼は椅子の背に身を任せ、ゆらゆらと煙草の煙を噴かしている。その煙は薄い白色の天井にぶつかり、空しくも拡散して跡形も無く消え去る。彼はその様子を見ているのか、目線はそこへ行っていた。

 会話が消えさったのは30分ほど前だ。つまり私たちはこの沈黙を30分間守り通している。30分前に交わされていた会話も、自己紹介程度の事だった。特に盛り上がった話しをしたわけでもない。

 彼の名は比口=リワン=直人。日米ハーフらしい。が、とてもじゃないがそうは見えない。米の血が混ざっているならもっと背が高いはずだ(偏見かしら?)。実際に日米ハーフに会ったことは無いので、なんとも言えないけど。で、そして彼の年齢は27歳。私より十も上。これもにわかに信じがたい。もしかして中学生じゃないだろうか。でないとこの身長・・・納得がいかない。こんな言い方すると背が低い成人男性に失礼だろうけど、幾らなんでも低すぎではないだろうか。本人に問いただすと、彼はすんなりと白状してくれた。160?ジャストだそうだ。低い。底が知れぬほど低い。人外なのではと、一瞬疑ったほどだ。しかし彼は、別に背の低さに劣等感を感じてるわけでもないらしい。むしろ仕事がら、この背の方が中々便利な時があると言った。そこでなんの仕事かと聞いたなら、驚き桃の木、ブドウの木。彼は大手ソフト会社に勤めているそうだ。どこでどう引っくり返せば、仕事がら、この背の方が中々便利な時があるなどと口走れるのか、私には理解の範囲外だ。もしかしたら、会社が狭くて、それで小回りが効くから便利だと言う意味かも知れないが、そこは推測の域を出ないので、考えるだけ無駄だろう。特に聞く気もなかった。どうせ彼とは今夜限りの関係でしかないだろう。

(しかし・・・・)

彼は一向に何かする気配などなかった。私が手を引っ張ってこのホテルまで連れ込んだわけだが・・・彼は最初から何もする気はなかったのだろうか?いや、そんなはずは無い。現に彼は、チェックの時泊まると表記した。泊まる気はあるのに、する気はないなどと言う事は無いはずだ。ならば、今はたんに心の準備をしているとか、そういう事だろうか。

 そんな事を考えていると、彼はタバコを灰皿に押し付け、火を揉み消した。どうやら一服は終わったらしい。そしてようやく、目線を私の方に移してくれた。

「で?」

一言。それだけ私の耳に入ってきた。

「・・・・・で?」

私は思わず鸚鵡返しをしてしまった。なにが「で?」なのだろうか。一体なんの話しをせんとしているのか。「で?」の後に一体どんな言葉が続いてくるのか。その答えは、すぐに返ってきた。

「何を、するんだ?」

聞き間違いかと思ったが、彼は台詞を訂正する気は無いらしい。どうやら私の耳は正常に彼の音声を捉えたようだ。

何をするんだ?

何をしたい? 何をされたい? 何がいい?そう言った手の言葉は、こんな場所で幾度と無く言われた事はある。だけど、「何をすんだ?」ですと。そんな質問は今まで受けた事がない。いったいどう言う意味だろうか。私は彼の目を窺った。その蒼黒そうこくの両目は、一切笑っていなかった。どうやら、女に言わせることで快感を得ようとか、そんな気は無いらしい。

「いや・・・こんな場所で何をするかなんて、解りきったことか。質問を変えようか。何が目的だ?」

そう言われた。何が目的なのか。これも、今まで一度たりとも聞かれた事は、ない。

彼は続けた。

「セックスがしたいなんて、そんなもんじゃないだろ?金でも欲しいのか?」

「違う!」

私は即答で否定した。金など、間違っても欲しくない。

ムキになる私に、彼は少し怪訝そうな顔をしたけど、言い返してきたりはしなかった。その変わり、言葉を続ける。

「金は要らないか。じゃあ何だ?まさか本当の痴女か?」

痴女。自覚した事は無いけど。すぐに否定は出来なかった。はたから見れば、そうなのかもしれない。いや・・・言われてみれば、そうなのかもしれない。

「・・・・違う。痴女じゃない。私が欲しいのは快感でも無いから。」

言い聞かせるように、そう呟いた。だけど、声に力も意思も入っていないのが自分でも解ってしまった。あぁ、私は何をしているのか。こんな男に何を手間取っているのか。さっさと押し倒して欲しい。早く現実から、わずかでも逃げさせて欲しい。刹那な時間でも構わない。私を無に還して欲しい。それらの言葉は思っただけで、口には出なかった。

「じゃあ、欲しい物はあるってことか。それがセックスで掴めるって?そんなの、オレには快楽しか思い浮かばないね。オレの理解外だ。なんだ、何が欲しい。うやむやなのは一番嫌いなんだよ。白状しろ。言っておくが、オレはターミネーターよりもしつこいんだ。」

「・・・あなたに言う必要は無い。」

私はそれだけ言って、自らベッドに背をつけた。もうこれ以上この男と会話をしたくない。

 彼はのろりと椅子から腰を上げ、こちらに向かってきた。いよいよかと思ったが、彼は私の隣に腰を下ろしただけだった。

「ダメだな。全然魅力的じゃない。そんなので挑発のつもりなのか?」

一瞬だが、ムカっと来た。なんだ、この男は何が言いたいんだ。

 我慢の限界となった私は、

「何よ!あんただって泊まる気があるんでしょ!?私としたいんでしょう!だったらすればいいじゃない!私が良いって言ってるんだから!」

と、叫んでみた。けども彼はまったく動じない。

「とんだ偏見だな。泊まる男は全員やる気でいるって言うのか?」

「じゃあ、なんで泊まるのよ。」

「わけの分からない女だな・・・お前がここに連れてきたんだろ。それで泊まってなにが悪い?オレはビジネスマンでね。どの道どっかのホテルに泊まるつもりだったんだよ。」

「だったら、私のナンパ断ればよかったじゃない!」

「おいおい、あんな目で見られて断れる男が、居るのか?」

「・・・・」

あんな目?私は一体どんな瞳で彼を見たというのだ?

私の脳裏に不吉な物がよぎった。

「とにかく、オレはやる気はないんだ。イヤならここで帰ってくれ。」

彼はひらひらと手を振る。本当にまったくやる気は無いらしい。こうなったら脱いでやろうかと思ったが、それでも多分無駄だろう。あぁ、無駄無駄。なんでこんな男に声かけちゃったのかしら。なんだかこっちまでやる気を無くしてきてしまった。私は溜息をして、その後一気に体中の力が抜けて言った。あぁ、脱力だ。

 そんな私の顔を、彼が見下ろしていた。何よ、なに見てるのよ。今更やりたいなんて言っても遅いわよ。絶対させてあげない。ターミネーターよりしつこいですって?私はシュワルツネッガーより強いのよ。この野郎。

「諦めたのか?ん?」

彼はシニカルに、ニヘラと笑う。あぁ、そーゆう笑い。すごくムカつくのよ。激バリバリ見下された感じだわ。

「1つ・・・良い?」

以上の事は口にせず思っただけで、私は代わりにそう言った。彼は「ん?」と肯定の意を示す。だから私は聞いた。

「なんで、しないの。」

興味本位で聞いてみた。彼のような男、本当に珍しい。人間国宝とまでは行かないが、珍獣動物園の檻の中に入れても良いくらいは珍しい。否、珍しいのではない、変だ。

「お前がさっきの質問答えたら、オレも答えよう。一問一答公平に行こう。」

さっきの質問・・・・と言うと、私の目的か。あぁ、こんな奴に話す必要は無い。だけど黙ってる必要もないわけか。本当に・・・もうどうでもいい。ここまで狂わされたのは初めてだ。あらゆる感覚が鈍り始めていた。

「そうね・・・いいわ、答えてあげる。だけどあんたも、ちゃんと答えなさいよ。」

「OK。任せろ。」

彼はグッと親指を立てて私の前に突き出した。もう1つ、私は溜息をついた。・・・・この男と会ってから、何回溜息をついたのか。数えていれば面白かったかもしれない、・・・いや、腹がたっていたかな。

「一度しか言わないからね・・・ホントに、恥ずかしいんだから。」

私は柄にも無いことを言ったが、自分では気にしなかった。今更自分でも信じられないことが起こっても、もう驚きそうにも無い。

「じゃぁもう一度聞くぜ、何が欲しいんだ?」

「安心感と放心感。後はそれなりの快感。」

すんなり即答できた。バカにするならバカにしろ。そう思ったが、意外にも彼は、

「ふぅん・・・」

と相槌のような返事をしただけだった。やっぱり普通の人とは違うようだ。異質。あぁ・・・でも異常なのかもしれない。どちらなのだろう。

「あれ、けどさっき快感は欲しくないとか言ってなかったか?」

「細かいこと気にしないでよ・・・そりゃ、少しくらい欲しいわよ。他のメイン二つと比較すれば、もう零に等しいってだけよ。そんなことより、なんで笑わないの。」

思い切って私は聞いてみることにした。わずかではあるが、この時点で私はこの男に別の興味を持ち始めていたのだろうか。

「なに?受け狙いだったのか、今の。」

「違うわよ、あんた馬鹿?世間一般的に見て、あんな奇麗事の台詞馬鹿らしいでしょう。」

「解らないな・・・オレは世間一般じゃないからな。」

世間一般じゃない。そんな台詞が返って来るとは思っても見なかった。世間一般じゃない。何故この男が?私は確かに世間一般な人間ではないと思う。だけどこの男は、多少異質、または異常だとしても、この程度世間一般と言えるのではないか。

「なんだ、狐に摘まれた様な顔して。」

「・・・別に。変わってるのね、あなた。」

「そうだな。だけどお前も相当変わってる。」

「どこが?」

「金、要らないんだろ。別に売春をどうこう言う気は無いけど。金は要らないとなるとそりゃぁ・・・不信だな。」

あぁ、もしかしてこの男がやらない理由はそれか?私が金は要らないと言っているのが、逆に怪しいのか。

「で、あんたはなんで私としないのよ。理由はそれなわけ?」

「んー、それもあるけどな。何でかって言うと趣味じゃないんだよ、こーゆうの。まぁ、だったらお前の言う通り、最初からナンパなんて受けるなって感じだけど。さっきも言ったが、お前のあの時の目。相当イケてたからな。興味がてらついて来たんだよ。そしたら案の定、一風変わった女子高生だったってわけだ。」

「・・・・?イカした目って・・・ずっと思ってたんだけど、私どんな目してたわけ?」

「どうでも良い目だ。」

彼はそうやって表現した。あぁ、なるほどな・・・彼はそう言うのが分かる人なのかと、私は納得した。

「?あんたなんてどうでも良いけど、こうやってナンパしてやってるんだから、とっととついて来なさい。そして私に尽くしなさい。?って感じの目だ。」

ま、半分以上は正解だ。やるじゃん。なるべく感情は表に出さない用にしてるんだけど。・・・・いや、果たして何も感じてないというのは、感情の概念に含まれるのか疑問だけど。

「惜しいわね。だいたい近いけど。《あんた》じゃなくて《世界》よ。私がどうでも良いと思ってるのは世界。」

「あぁ、世界ね。なるほど、確かにどうでもいいな。だけど、そのどーでもいい物が無いとオレ等は生きていけないわけだ。」

「・・・私は生きるつもりなんて無いけどね。むしろ、私の様な人間をまさしく、生きる屍って言うのかな。生きているのに死んでいる。死んでないのに生きていない。ってね。」

「そりゃ、最初から存在していないって事か?」

「存在なんて、知覚しなければ意味はないでしょ。私のような存在は、知覚され無い方が良いのよ。」

私はなんとなく、天井を見上げた。星は見えない。

「えらく自虐的だな。思想は個人個人で自由だけど。お前みたいな死んでも良いって考え方の奴は解せないな。死にたくなくて死んだ人間に、悪いとか思わないのか。」

「おかしなこと言うのね。死んだら感情は一切無くなるはずでしょ。だからこそ死に意味があるんじゃない。」何を言っているんだ、私は。「死んで感情があるんなら・・・神様はとっても酷な方なのね。」・・・私はもう、死んでる事と同じ人間なのに。否、死人なのに。

「神様か。あれは天国や地獄と同じ存在だからなんとも言えないな。まぁ、神様や地獄は要らないとしても、天国は有って欲しいと思うよ。」

「都合の良い考えね、またずいぶんと。」

「ッハ、オレはどうせ行けないだろうけどね。」

彼は何処か、自嘲的に呟いた。

「ま・・・で話しを戻そう。今度はオレのターンだな。」

「何よ。」

もう、どんな質問が来ても怖くは無い。はずだったけど・・・・・その質問にはいささか戸惑った。

「安心感と放心感が欲しいなら、オレに出来る事はないのか?」

・・・ハ?なんですって?今さら何言ってるの。あなたは私のセックスを断ったじゃない。

「セックス意外に、そーゆうの手に入れられる方法なんて、幾らでもあるんじゃないか。」

「・・・・」

あぁ、そういう意味か。でも・・・

「・・・・そんなの私は知らない。知らないから、ここに居るんじゃない。こんな考えしか持てないんじゃない。」

半ば投げやりな感じでそう言った。

「・・・・」

彼は意外にも黙ったままだった。だから私は少し考えさせられた・・・他の方法。・・・・他の。・・・・死ねば・・・死ねば楽になれるだろう・・・だけど・・・・そんな度胸は私にはない。自殺の勇気は無い。だったら、他人に殺して貰えれば・・・・そう、例えばこの男に。・・・

 ・・・ヤダ、何考えてるの・・・馬鹿。ムリに決まってるじゃない。

そんな御都合主義な話し。無理に決まっている。

「いいわよ、もう何も。だけど私はここに泊まるからね。帰ってもどのみち誰も居ないし。いいわね?」

「どうぞ、ご自由に。」

私は布団の中に入り、内側に背を向ける感じで横になった。

「あれ、オレのこと嫌いじゃなんじゃないのか?」

私は首だけ動かし、彼を見た。

「別に、そう嫌いでもないわよ。」

「じゃ、オレもここで寝るが・・・」

「どうぞ、ご自由に。」

私がそう答えると、彼はまたシニカルに笑って、そして横になった。・・・・今度のその笑いは、あまり気に成らなかった。

「おやすみ・・・・」

私は自然とそう口にした。

「おやすみ」

彼は予想通り答えてくれた。なんの害意も無く。

2.3分して、私は今度は背を外側に向ける形となり、そしてその両腕を彼の首に巻きつけた。

「・・・・おやすみ」

予想通り、彼は何も言わなかった。




外では、月が危険な夜を美しく照らしているのだろう。私の情緒がここまで不安定なのは、おそらく名月の悪戯だろうから。そう思う。


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