第1話
夜の闇の中、ライトを点け、自転車を走らせ帰路を走る。
ジーッとチェーンが回る。
一つの自販機の前で自転車から降りて、210円を投入し、ボタンを押す。
ピッという電子音がなった後、エナジードリンクが取り出し口に落ちてきた。
プシュッという音と一緒に、泡が吹き出る。
香料の匂いが鼻腔を擽り、口の中に含むと、エナジードリンク独特の柑橘系のフレーバーが口内に広がる。爽やかな甘味だが、どこか苦い。
狭い坂道で自転車を押して歩く。
飲み物を片手に運転をしたら、違反になるからだ。
ジリジリとラチェット音がゆっくりと鳴る。
急に缶から、エナジードリンクが出なくなった。フリフリと缶を振ると、数適落ちる。缶が軽いし、中身がなくなったのだろう。
「足りねえな......」
誰もいない夜道の中、独りごちる。
ため息を付き、目を瞑ると急に、足裏を冷たい感覚に襲われた。
嫌、冷たいというより、痛い。尖ったものを突き立てられるような痛みだ。
目を開けると、〝俺〟が倒れていた。
困惑した。
思考が追いつかない。
俺は俺のはずだった。
なのに、頭の中で自然と「私」という言葉が浮かぶ。
呼吸が荒くなる。深呼吸をしても呼吸は落ち着かない。
自分の体を恐る恐る見下ろすと.......
「Oh,naked.....」
私は裸だった......
....しかもブツがない。
そこにあった異物感が消えている。
無い。
本当に無い。
私、橋田樹は男をやめて女になってしまった。
私は絶望した。多分今の顔は、長年の相棒が殺されたソレだ。
嫌、訂正しよう。〝相棒〟ではない。〝ムスコ〟だ。
とにかく肌が白く、細い。男のときには、考えられないくらい華奢だ。
夜特有の冷たい風が吹く。
......寒い。
兎に角寒い。そりゃそうだ。裸だもの。
......眼の前には服を着た〝俺〟がいる。
多分、目はもう覚めないだろう。今、私がここにいるのだから。
私は〝俺〟から服を剥ぎ取ることにした。
***
「フィー、あったけー。」
いつもより高くて細い声が喉から絞り出される。
心底安心したような声色だ。
私は取り敢えず、下に男物の下着と上に黒色のジャージを着た。
あれだ。多分ジャージっ娘ってやつだ。
......下は黒色のボクサーパンツだ。
落ち着かない。特に下が。
アイツがいないといった違和感が、こんなにも大きいことだったとは......
TSモノの主人公には敬意を払わなければ......
「使わないまま、消えちゃったなぁ......」
先ほどとは打って変わり、今度は哀愁が漂う、寂しい声色だった。
そんな事を考えていたら、急に〝俺〟の体が発光し、消滅した。
「ッ.......!??!!??!?!?!?」
困惑のあまり、声が出ない。
素っ裸だった男の死体、が発光して消えたって言われたら『何の冗談だ?』といった感じだ。
アニメとかだったら、発光するにしても、オトコの象徴だけだろう。
.............深くは考えないでおこう。
体が消滅した場所に残ったのは、〝俺〟が背負っていたリュックサックだけだ。
周りに人がいなくてよかったと言えばそうだが.....
ああ、そういえば...
「これ、母になんて言お...」
TSしたこと家族に教えないといけないのだった。
***
私は今、自分の家の前で固まっている。
どうやって説明するか、考えているのだ。
『いやー、気付いたら女の子になっちゃっててぇ?』
そんな軽い話じゃない。
『我女子変身合法幼女最高我興奮最高潮感覚下半身違和感息子損失気重』
エセ中国語で話すわけない。
.......内容おかしくない?気の所為?そうですか....
そんなしょうもないことを考えていたら...
ガチャッ
「あ、」
「え?」
姉...橋田芽依が出てきた。
.....ここで少々家族について説明させていただこう。
両親は普通だ。良くも悪くも、中の良いただの両親といった感じだ。
問題は姉だ。姉をキャラクターで例えるとギターなヒーローのボッチさんだ。カメラを向ければ蒸発し、家族以外の人と話すときは母音が聞こえたら奇跡。そのレベルだ。
私は....黙秘させていただこう。
そんな姉が、男じゃなくなった、私を見たらどうなるだろうか、
「え、樹のカノジョ?」
珍しく姉はハキハキと、喋った。
「お、お姉ちゃんは認めないからね?!あんたのこと!!」
珍しく口調が強い。犬に吠えられて、布団にくるまった、弱々お姉ちゃんとは思えない。正直予想外だ。
「いや、カノジョじゃな『じゃあなに?!もっと卑しい関係ってこと?!私だって樹くんと何もしていないのに!!』えぇ...(ドン引き)」
衝撃の事実発覚、姉はブラコンだった。
多分、そっち系の趣味の人は、ご馳走様です案件なんだろうけど、私はそうじゃない...いや、元男なわけだし、そっち系の人か......
「ご馳走様です。」
「ナニが?!」
おっと、頭の中の思考が、漏れていたようだ。
「ともかく!樹は渡さないよ?!」
「いや、あの...」
「それに、樹だって色々と大きいIの私の方が良いに決まってるよ!!」
そう言って胸を張った。確かに大きい、顔を埋められる程度には、大きいのだが...
「樹くん、小さい方が好きって言ってましたけど...」
その瞬間に、一瞬で、姉は膝から崩れ落ちた。
「まあ、私が樹なんだけど、」
「え?!!?!?!??!?」
流れで伝えてしまえッ!ってことで、言わせてもらった。
「だってこのジャージ、見たこと無い?」
ジャージを見せると、
「あ、2023年令和5年卯年の12月11日午前11時から午後3時に私とデートに行ったときに買ったジャージ!!」
「細かッ!!」
「ま、まあ、姉のことが、少なからず家族的な意味で好きだった樹が、思い出のジャージを手放すわけ無いと、思いませんか?『思います(即答)』応えんの早ッ」
「え、本当に樹なの?」
「そう言ってるでしょ?」
「好きなキャラクターは?」
「(某爆裂魔法使い)」
「好きな声優は?」
「(某残業が嫌いな受付嬢の声優)」
「......一昨日の副菜は?」
「(某TSおにいちゃん)」
「本物だわ。」
「なんで分かるんだよッ!!」
私は恐怖を覚えた。
夜の事情も把握されてるとか.....
「TSって本当にあるんだ?」
「私もそう思うよ...」
「樹が私って言ってるの、なんか新鮮。」
「なんか、無意識で出てくるんだよ。」
「そうなんだ。」
なんて、他愛もない話をしながら、家に入ると、リビングに両親がいた。
「え〜?なになに〜その女の子〜芽依のカノジョ〜?」
母はふんわりとした声で疑問を飛ばす。
「いや、この娘、樹。」
「なんだって?」
父の何かに怯えたような声が、こちらへ疑問符を飛ばす。
父は男女比を気にする人だから、我が家の男女比が1:1から、1:3になることを恐れているのだろう。
哀れな生物だ。
私がその立場だったら、ハーレム一家になることを狂喜乱舞するところだ。
母はおっとり系の美人で、姉は気弱系の庇護欲が湧くタイプの美人。私はロリだ。やばい。父に殺意が湧いてきた。羨ましい、死ぬほど。
「あらあら、芽衣が言うなら、そうなんでしょうね〜」
私がアンガーマネジメントに勤しんでいたら、母がふんわりとした声で反応した。
「だって、芽依ちゃんったら樹くんがいない時を見計らって、『やっほい樹の匂いだぜ』とか言って樹くんの布団に潜り込むんだもんね〜」
私は黙ってカタカタと肩が震えている(ダジャレではない)姉を抱きしめた。
***
飯を食べた後、風呂に入った。
風呂といえば、あれだ、裸だ。
TS直後に裸は見たが、やはり背徳感がある。
なので、なるべく入りたくなかった。入りたくなかったんだけど、弟バカの姉に無理やり風呂に入れられた。
「でかいってのも、いいなぁ......」
趣味嗜好が書き換えられた。
姉だからいいといったものもいいが。
......風呂から出たらすることは決まっている。
まあ、ただのベッドの上で自i.......睡眠だが。
姉に見られているって、今日知ったから、あんまりできない。
「欲求不満だぜ.........」
布団の中で呟くと、
「じゃあお姉ちゃんが手伝ってあげようか〜」
隣の部屋から声が聞こえてきた。
「コラッ仮にも姉弟でしょ?!」
仮にも?!
「いや、もう姉妹だよ?」
「あら、たしかにそうね......」
「論点そこじゃないでしょぉ?!」
おっと、ついつい突っ込んでしまった。
「あ、いや、樹くんちゃんは、お一人で、ほら、その、どうぞ?」
「今更できるかッ!!」
私は就寝することにした。
***
「イエーイ!TS系主人公くん、みってる〜?」
陽気な声が頭に響く。
「あ、君は声を出せないよ〜、そういった場所だからね〜」
一方的に話を投げかけられる。
まるで会話のキャッチボール、ではなく会話の壁打ちみたいだ。
「まあ、君がTSした原因は僕なんだけど〜、ちょっと話を聞いてくれる〜?」
俺は声を出せないんだから、聞くことしかできないだろ。
とても大事なことを言われても、聞くことしかできない現状に、むず痒さを覚えた。
「僕はさ、ある日猫として現世を観光しに行ったんだよね?」
突如として脳内に映像が流し込まれる。
雨がアスファルトの地面を叩く中、1匹の猫が歩く。
見たことのある光景だ。
「でもね、ちょっとした怪我をしちゃって」
猫をよく見ると、いたるところに引っかき傷や、噛み傷があった。
どうやら、猫同士の縄張り争いに巻き込まれたようだ。
「そこに君が来たんだよ。」
そこには男の時の私の姿が、
久しぶりに見た気がしなくもないが.......
『あんれ、猫じゃん。かわヨ』
猫はミャオと鳴き声で返事する。
細い鳴き声だ。生気がこもっていない。声だけでも弱っているのがわかった。
だが、男の樹はそんな事に気づかず、撫で回していた。
『猫って一種の麻薬だよなぁ......』
気づくどころか、アホなことを口走っていた。
そしてあたりを見渡し、
『野良猫かな.......保健所は.....なんかなぁ..』
どうやら猫をどうするか、考えているようだ。
『一旦我が家へ招待するか、』
猫を抱きかかえ、樹は帰路についた。
「こうやってね、僕のことを家に連れ込んで、風呂に入れたり、ご飯を与えたりしたんだよ。」
クソッ!これが獣耳幼女だったら良かったのにッ!!
「で、最後に君、なんて言ったと思う?」
だから声出せないって言ってるでしょ?!
「君さ、家で飼えない。ってなって、僕を逃がすときに『ケモロリに化けて、夜に俺の寝室に来るんだぞ。』って言ってたよ?」
俺はバカ野郎だったらしい。
「で、僕は男神だから助けてくれたお礼に、ナニかしたくても、ケモロリになれないから、代わりにおまけを付けてTSしてあげたんだよ。」
おまけ.....?
「おまけっていうのは〜、君が男のときにしてた妄想が叶えられるような力を複数個付与したんだよ〜。まあ、色々あるけど、例えば(某インフレの激しいバトルアニメのはげ頭)並の力を手に入れたり、(某喰種)の赫◯的な感じのやつ出せるようにしたり、」
私は心のなかで、土下座を決行した。
「この力を無実の人を殺すために、利用したら天罰下すから。
.......じゃあね?」
その言葉を最後に、俺の意識は遠のき.....
気がついたら姉の胸に顔を埋めていた。




