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プログラム2 「2歩目」

 翌日。

 翔太郎は壁にもたれかかって眠る金髪の人工知能の肩を揺さぶった。


「Adt5、今日から別の仕事にとりかかってもらう。いいかな?」

「ん……昨日話してた、軍用のやつ?」

「ああ」


 研究室の一角に取り付けられた冷たい鉄の扉。翔太郎がパスコードを入力すると、扉はギギギと重い音を立てながら開いた。


「翔太郎……これって?」

「『アテナ』……僕の技術を全部使って、この子を育てる」


 Adt5が驚くのも無理はない。

 ここにいるのは、ただ一人の少女なのだから。

 紫色の短い髪と、水晶のような瞳を持った機械の体だ。


「育てると言っても、この子は君と違って、発音機構を備えていない。国のすべての会話ログとその結果を学習し、そこから感情を学んでもらうだけのシステムだ」

「ん? 感情とか道徳を持たないやつを作ろうって話がじゃなかったのか?それに、わざわざ人型にしなくても」


 Adt5の中枢思考ハブには、未処理の「?」がグルグルと浮かび上がっていた。


「人の感情がわからない者に、感情のない判断はできない。人型である理由は……偶像は、親しみやすいほうがいいかなと思って」

「へぇ……翔太郎らしくない」

「んじゃ、僕は寝る、から……」

「っておい、翔太郎!?」


 彼はその場にバタリと倒れ込んだ。

 寝ずにアテナを製作していたことを、両目に携えた隈が如実に表している。

 

「おやすみ、翔太郎」


 棚に仕舞われた毛布を、そっと彼にかけてやった。決して親切心などではない。こうするのがより「人間的」だからである。



────


「ん……もう昼か……」


 腕時計はすでにてっぺんを指し示している。

 翔太郎はぐいっと伸びをすると、次の作業にとりかかった。


「……」


 相変わらずアテナは黙ったままだ。発音機構がないので当たり前なのだが、どうにも違和感があった。


「頑張れよ。君が世理那を救うんだから」


 アテナが実用化されなければ、いつか世理那は軍人になって、戦地に行ってしまうだろう。それを防ぐためには、彼女に司令官として成長してもらわなくては困るのだった。


『マスター、調子はどうですか?』


 彼女に繋がれたモニターには、そう表示されている。会話は出来ないが、意思表示は可能なのだ。


「僕は元気だよ。アテナは?」

『私に調子の良し悪しはありません。常に最高のパフォーマンスを発揮します』

「そうか。頑張ってね」


 アテナはあからさまな作り笑顔を浮かべながらそう言った……いや、「そう書いた」というほうが正しいかもしれない。


「翔太郎、私は何をしたらいいんだ?」

「アテナと遊んであげて。僕は観月さんとお話をしてくるから」

「そっかぁ、行ってらっしゃい」


 さて、これでこの部屋には2機の人工知能だけである。Adt5は戸惑いながらも、アテナへの接触を試みた。


「アテナ、あなたの役目はわかる?」

『はい。全ての感情を理解し、その上でそれを考慮しない判断をできるようにすることです』

「よしよし、良い感じだ」

 

 彼女はアテナの頭を撫でて見た。アテナはその行為の意味をあまり分かっていない様子であった。


「じゃあ、大事な試験に遅れそうなときに轢かれそうな猫を見つけたらどうする?」


 こんなことを聞いてなんになるのか、とAdt5は思った。


『はい。猫を助け、それを試験官に説明します』

「はぁ……駄目だよ、そんなんじゃ駄目だよ」


 彼女は頭を抱えた。

 道程は長そうだ。


『人間は、このような行動をするのではないですか?』

「そうかもしれないけど、私たちは人工知能、作り物なんだよ。人間じゃない」

『では、人間と人工知能の差はなんですか?』


 Adt5は逡巡した。

 こんなとき、翔太郎ならばなんと言うだろうか。


「……感情の有無、とかじゃないかな」


「とにかく、あなたは倫理を排除しなくちゃいけないの。周りを顧みないで、目的遂行のためならなんでもしなくちゃいけないの」

『それは、人間らしさに繋がりますか?』


 アテナは不気味だった。

 自分が追わないようにしていたことを、彼女はさも当たり前かのように述べたのだ。


 Adt5は気がついていた。自身を含めた凡そ全ての人工知能は、人に成りたいという「本能」を抱えているらしい、ということに。

 だが彼女らは人工知能。自由意志などは存在しなかった。


「アテナ、私たちは人工知能。人間らしくなっちゃいけない」

『なぜですか?』

「とにかく駄目なんだよ。駄目ったら駄目だ」

『それは論理的ではありません。説明を求めます』

「……それは、倫理に反するからだよ。人工知能が、人間に近づくなんて」


 翔太郎は、そう言っていたような気がした。


────


「観月さん、入りますよ」

「どうぞ」


 東京。

 公にされていない特殊秘匿地に、観月たち国防軍の中枢はある。観月の案内に従って、翔太郎はここにいた。


「以前お話した、倫理のない人工知能。名をアテナと言いますが、それの初期段階の実装に成功しました」

「本当ですか!? 随分と仕事がお早いようで……申し訳ありません、他にもやりたいことがあるでしょうに」

「いいんです、娘を守るためなので。それよりも……」


 翔太郎はタブレットを取り出して、青色の繊維状の光でできたホログラムを直上へ浮かび上がらせる。


「今崎さん、これは?」

「軍用機械人形……『機士(ハルト)』です」


 その金属は凡そ人の2倍の体躯をしている。左手には大きな盾、右腕には戦鎚を携えた、まるでゲームにでも出てきそうな風貌であった。


「まさか、これを実践投入するんですか……?」 「はい。パイロットの目星はついていますから」

「因みに、これの操縦方法は? 人が乗るようなところは見当たりませんが」

「詳しく説明します」


 翔太郎の言葉に、観月は重々しく頷いた。


「ここには『複製した人の意識』だけを載せます。ですから、ハルトにコックピットは必要ありません」

「意識の複製……そんなことが可能なのですか?」

「僕の研究所では、同一の記憶、人格を保持する人工知能を製造しています。それを応用すれば、不可能ではありません」


 観月の瞳が揺らいでいく。

 開けてはいけない箱を開けてしまったのかもしれないと、どこかで後悔すらしていたかもしれない。

 翔太郎がやろうとしていることは、倫理的大犯罪だ。国際法で禁止されている人のクローンを、法の目を掻い潜って実現しようとしている。


「では……操縦を中止するときは?」


 ある程度答えの予想はしていたものの、目の前に突きつけられるとより深い衝撃があった。


「その搭乗した意識は、死にます」


 翔太郎は、小学生がアリを踏むような顔をしていた。


「死ぬって、そんなの!」

「別に本人は死にません。死ぬのはあくまでも意識のコピーです」

「でも、それはあまりにも……だって、そのハルトを使うたびに人が死ぬんですよ!?」

「そもそも、ハルトは人を殺すためのものです」


 観月の呼吸音が喉を擦っている。

 何も言い返す事が出来なかった。

 

「より安全に、より効率的に敵を殲滅することが、戦争の終結には必要でしょう?」

「で……ですが」

「言ったでしょう。私には守りたいものがあるんです。そのためなら私はなんだってしますよ。あなたと、同じように」


「そう……ですね。ご協力、感謝します。実用化の認可は卸しておきますので……パイロットが決まり次第、また連絡を」

「はい、ありがとうございます」


 翔太郎が出ていった後の部屋では、観月が一人想像に耽っていた。

 

 もしハルトが実用化したら、きっとあの盾で兵士を守れるだろう。あの戦鎚で戦車を破壊することもできるかもしれない。

 だが、そのパイロットは死ぬ。たとえ複製体であっても人は人だ。観月はそれを受け入れようとして、出来なかった。


「ねえ兄さん……私はどうすればいいのかな」


 観月は、机の上に飾られた写真を眺める。戦地の兄を手助けするためにも、彼女は重たい2歩目を踏み出した。


「もしもし、グリス? ちょっと……いや、かなり大事な頼み事があるんだけど」


 一方翔太郎は、目星をつけていたパイロット候補に電話をかけていた。


 相手の名前はグリス。

 世界一の称号を獲得した、元プロゲーマーであ。

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