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第6話:秋の気配と、一人ぼっちの波乗り

お盆を過ぎると、北海道の夏は足早に通り過ぎていく。

 石狩の海風に、ほんの少しだけ冷たい秋の気配が混じり始めた頃。りんはあの夕暮れのキスと「しばらく来ない」という宣言通り、ぱったりと『Blue Point』に姿を見せなくなっていた。

 しかし、健人けんとは焦っていなかった。

 あんなにも不器用で、いっぱいいっぱいの嘘をついて逃げ出した彼女が、本当にこの海を嫌いになれるはずがないとわかっていたからだ。

 ある週末の夕暮れ時。

 健人が店の裏手で愛用のサーフボードを手入れしていると、少し離れた防波堤の影に、見覚えのある白いSUVがひっそりと停まっているのを見つけた。

 店には入らず、エンジンを切った車の中から、ただじっと遠くの波を見つめている凛の姿があった。近づきたいのに近づけない、迷子のような横顔。

 健人はふっと口角を上げると、店に戻って温かいコーヒーを二つ淹れ、彼女の車へと迷わず歩き出した。

 コンコン、と運転席の窓をノックする。

 ビクッと肩を揺らし、驚いた顔でこちらを見た凛は、気まずそうに少しだけ窓を開けた。

「……営業妨害かしら。それとも、不審者扱い?」

 わざと冷たく尖った声を出す凛に、健人は温かい紙コップを差し出した。

「いや、常連客への特別デリバリーさ。少し冷えてきただろ。外、出てこいよ」

 凛は少し躊躇った後、観念したようにドアを開け、防波堤に寄りかかる健人の隣に並んで立った。

 受け取ったコーヒーの温もりが、冷え切っていた彼女の指先にじんわりと染み込んでいく。

「……どうして、放っておいてくれないの」

「放っておけるわけないだろ。あんな、わかりやすい嘘をつかれて逃げられたらさ」

 図星を突かれ、凛はギュッと唇を噛んだ。

「お前さ、いつも一人で荒波に向かっていくサーファーみたいに生きようとしてるよな」

 健人は、オレンジ色に染まり始めた海を見つめながら、穏やかな声で言った。

「自分の力だけで波に乗るのも、一人で完璧な空を探すのも、そのまま突き進むのもいいけどさ……」

 健人はコーヒーを置き、凛の方へと向き直った。

「寂しい時は、もう少し心を開いてみろよ。一人で波に乗るのに疲れたら、俺に話してごらん」

「っ……私、寂しくなんか……」

 反論しようと顔を上げた凛の言葉を遮るように、健人の大きく温かい手が、コーヒーのカップごと彼女の震える両手をそっと包み込んだ。

「強がるなよ。俺の車は、一度走り出したら途中で引き返さないって、あの夜言っただろ。お前がどんなに壁を作っても、俺は何度でもノックするし、絶対に逃げないから」

 健人の真っ直ぐで力強い瞳に見つめられ、凛の胸の奥で、今まで必死に積み上げてきた「一人で生きる」という氷の壁が、音を立てて崩れていくのがわかった。

 誰にも頼らないんじゃない。本当は、誰かにこうして、絶対に手放さないと約束してほしかったのだ。

 包み込まれた手から伝わる健人の体温に、凛の瞳が、少しずつ透明な涙で滲み始めていた。

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