第4話:砂浜のステップと、夏のプレイリスト
あの夜から数日後の、よく晴れた日曜日。
石狩の空は、どこまでも高く青く澄み渡っていた。
「……先日はその、ごめんなさい。酔い潰れて送らせるなんて、大人気なかったわ」
店に置いていた自分の車を取りにやってきた凛は、カウンター越しの健人に少しバツが悪そうに頭を下げた。
今日の彼女は、いつもの隙のないパンツスーツでも、一人で海を睨みつけるようなラフすぎる格好でもなく、風通しの良いミントグリーンのサマードレスを着ていた。
少しだけ、肩の力が抜けているように見える。
「気にしてないよ。むしろ、あんな風に誰かに寄りかかってくれた方が、見てるこっちも安心するしね」
健人はカラリと笑い、洗車中だった自分のSUVのドアをバンと閉めた。
開け放たれた車の窓からは、健人が流しているアップテンポな洋楽が、夏の日差しに溶け込むように響いている。
「……いい曲ね。夏のドライブにぴったり」
凛は目を細め、カーステレオから流れる軽快なリズムに耳を傾けた。
「だろ? 俺の特製サマープレイリスト。これ聴いてると、海風に吹かれたくなるんだよな」
健人が笑ってタオルで手を拭いていると、凛はふらりとテラスを抜け、目の前に広がる砂浜へと歩き出した。
いつもなら、汚れるのを嫌がって決して砂浜には降りない彼女が、今日はヒールのあるサンダルを脱ぎ、裸足になって熱い砂の上に立ったのだ。
「……冷たくて、気持ちいい」
波打ち際まで歩き、寄せては返す白い波に足先を浸す凛。
カーステレオの曲がサビに差し掛かった瞬間。
凛は、波の音と音楽のリズムに合わせるように、くるりと軽やかに砂浜でターンをした。
風をはらんでふわりと広がるミントグリーンのドレス。
弾けるような波しぶき。
まるでしなやかな獣のようにステップを踏み、振り返った彼女の顔には、いつもの「誰にも頼らない」という冷たい鎧は欠片もなかった。ただ純粋に、短い北海道の夏を全身で楽しむ、無防備で美しい、本当の「凛」の笑顔があった。
「あははっ! なにこれ、最高ね!」
太陽の光を浴びて笑う彼女の姿は、ひどく眩しかった。
健人は、洗車用のタオルを握りしめたまま、その場で釘付けになっていた。
――可愛い。
素直にそう思った。あの夜、車の助手席で見せた脆くて弱い部分も、今こうして砂浜で無邪気に笑う姿も、すべて俺だけが知っている特別なものにしたい。
「おーい、マスター! 突っ立ってないで、冷たいコーラでも持ってきてよ!」
波打ち際から、凛が両手で口元に丸を作って大声で叫ぶ。
「はいはい、お姫様! 今すぐ極上のやつを持っていくよ!」
健人はクーラーボックスからよく冷えた瓶コーラを二本掴むと、彼女の待つ波打ち際へと駆け出した。
強がってばかりの彼女が、自分にだけ見せてくれたこの無防備な笑顔を、絶対に守り抜きたい。健人の胸の奥に灯った小さな火は、この夏の熱気と共に、もう引き返せないほどの大きな炎へと変わろうとしていた。




