最終話:朝焼けが青に変わる頃、あなたと見たい空
波の音だけが静かに響く石狩の海辺。
健人と凛は、テラス席の特等席に並んで座り、一つの大きなブランケットに肩を寄せ合って包まれていた。
一晩中、互いの心の内を語り明かした二人の間には、もうどんな見えない壁も、強がりの鎧も存在しない。ただ、心地よくて温かい沈黙だけが流れていた。
やがて、水平線の向こう側が白々と明け始める。
夜の深い藍色が少しずつ薄れ、東の空から淡いオレンジ色の光が世界を包み込み始めた。
「……綺麗ね」
凛は、健人の広い肩に頭を預けながら、眩しそうに目を細めた。
「ああ。夜通し語り合って見る朝日は、格別だな」
健人の大きく温かい手が、ブランケットの下で凛の指にそっと絡みつく。凛もまた、その手を握り返した。
「……行き違う想いだらけだったわね、私たち」
凛がふふっと小さく笑って呟いた。
「出会った頃の私、すごく嫌な女だったでしょ。あなたを遠ざけようとして、可愛げのないことばっかり言って」
「嫌な女だなんて一度も思ったことないよ。ただ、すごく不器用で、本当は誰よりも優しいのに、一人で全部抱え込もうとしてる不器用な迷子だとは思ってたけどな」
「もう……一言余計よ」
凛が軽く健人の腕を小突くと、健人は楽しそうに笑い声を上げた。
そんな穏やかなやり取りをしているうちに、空のグラデーションはゆっくりと変化していく。燃えるような朝焼けのオレンジ色が少しずつ海に溶け、やがて、どこまでも高く澄み切った「青」へと変わっていく頃。
凛は、その美しい青空を見上げて、ふと息を呑んだ。
「……私ね、ずっと『完璧な空』を探してた」
「うん」
「一人で誰にも頼らずに、自分の足だけで立って見る、曇りのない空のこと。それが自立した大人の証で、強さなんだって思い込んでたから」
凛は健人の方へと顔を向け、その端正で優しい瞳を真っ直ぐに見つめた。
「でも、違った。完璧じゃない私を、弱くて泣き虫な等身大の私を、そのまま受け止めてくれる人が隣にいて……二人で手を繋いで見上げるこの空のほうが、ずっと綺麗だわ」
凛の言葉に、健人の胸の奥がじんわりと熱くなる。
ずっと彼女が一人で探していたもの。それは、孤独な完璧さではなく、自分の不完全さを許してくれる、温かい居場所だったのだ。
「もう、一人で探さなくていいよ。お前が見たい空なら、これから先、何度でも俺が一緒に見上げてやるから」
「……ええ。約束よ、健人」
あなたと見たい、完璧な空。
それは、一人きりでは決して見つけることのできない、愛する人と分かち合う景色。
健人は優しく微笑み、凛の額にそっと温かいキスを落とした。
もう、一人で孤独な波に乗る必要も、強がって涙を堪える必要もない。完璧じゃない二人が寄り添って見上げる空は、新しい朝の光を浴びて、どこまでも高く、青く、美しく澄み渡っていた。




