Ep5-8 砂浜
浜辺のBBQがひと段落して思い思いに海を楽しむクラスメイト達。英太はひとりビーチパラソルに座っている綾神静音に声をかける――
「みんなのところには行かないんですか?海、気持ち良さそうですよ」
「いえ、さすがにお邪魔でしょうし。わたくしがいるとあまりはしゃげないでしょうから」
バーベキューでひと通りお腹を満たしたクラスメイトたちは、今は膝くらいの水深でパシャパシャと水をはねながら嬌声を上げている。男子の一部は遊泳区画を示すブイまで泳ぎを楽しんでいるようだ。
「綾神さんが楽しめているならいいんだけど」
一人でパラソルの日陰に座っている綾神さんにクーラーボックスから出した炭酸飲料を差し出す。
監視というわけではないにしろ、八坂山高生が羽目を外しすぎないようにするためのお目付け役として来たんだろうし、会食はともかくいっしょに遊ぶのは難しいか。バーベキューを会食と言い切るのは無理があるかもだけど。
そんな俺の気遣いを正すように綾神さんは楽しそうに笑って冷えたペットボトルを受け取る。
「お気遣いありがとうございます。でも、わたくしも楽しんでおりますのよ?わたくしの本日の目的は石守さんとこうしてお話することでしたから」
綾神さんが隣のスペースをぽんぽんと手で叩いて促す。俺は少々照れというか戸惑いを感じながら少し空間を開けて綾神さんの隣に座る。
プシュッと口を切って炭酸飲料を喉に流し込む。
ふぅ、うまい。
ビーチで飲む炭酸飲料は格別だ。
「うふふ」
微笑む声に振り向くと、膝を抱えるようにしてこちらを見ている綾神さんと目が合う。
か、かわいい。杉本じゃないけど、美人かわいいという言葉がぴったりだ。
赤くなった顔をごまかすようにペットボトルをもう一度あおる。
「石守さんはいつも喉が渇いていらっしゃいますね。ここの水は飲んでも大丈夫ですよ」
そういうと思い出し笑いをするように口元を押さえてくすくす笑った。
からかわれているのだろうか。とにかく黙り込むのは気まずいので話題を探す。
「綾神さんはなぜ俺に構うんですか?」
あちゃー、咄嗟とはいえなんということを口にしてしまったのか。これじゃあ、お邪魔虫と言っているようなものじゃないか。
慌てて取り繕おうとしてもう一度振り向くと、綾神さんは柔らかく微笑みながらも探るような瞳で俺を見つめていた。
「約束があるんです。覚えていらっしゃいますか?」
「約束、ですか。誰との?」
「……まだ、なのですね」
綾神さんのつぶやきは穏やかな波の音にも掻き消されるほど小さかった。
「ないしょです。石守さんが思い出したら、答え合わせをしましょう」
なんだろう?俺が知っているはずのことなのかな。でも綾神さんとの接点はここ最近の数回だけだし。それ以外に思いつく共通項は片梨さんだけだ。
「あの、片梨さんとは長いんですか?」
「まあ。女の子と話しているときにほかの子の話題を出すなんて、マナー違反ですよ?」
「あ、その、ごめん……」
慌てる俺を見てくすくすとひとしきり笑うと、思い出を話すように中空を見つめてぽそりと語った。
「片梨さんとは幼少の頃からの幼馴染ですわ。家同士のお付き合いでよく我が家にいらしていたんですよ。大人の寄り合いの席で、わたくしと年が近いのは桔花さんと妹の柚葉さんだけでした。ですからよく一緒に遊んだものです。ですが、桔花さんが小学校に上がるころに片梨家がご不幸に見舞われて……それ以来、疎遠になっていましたの。高校で再会したのですが、昔のようにはいきませんね。前みたいに仲良くしたいのですけれど、うまく嚙み合わなくてついいがみ合ってしまいます」
少し寂しそうな笑みを浮かべている。
「そうでしょうか。仲良さそうに見えますよ」
「えっ?
「片梨さん、いつも猫を被っているような、力をセーブしているような感じだけど綾神さんに対しては遠慮がないっていうか。綾神さんも自然体で返されていて少し地が出ているのが感じられますし。いがみ合いっていうよりも遠慮のないやり取りっていう感じで息ピッタリじゃないですか」
綾神さんがそんなことを言われたのは初めてというように目をしばたたかせた。
「確かに……そうかも知れませんわね。石守さんてやっぱりよく見ていらっしゃいますね……」
綾神さんが再び柔らかな笑みを浮かべて俺のほうを見つめてくる。
「だぁれが、仲良さそうだって?」
「イテテて。みみ、耳引っ張らないで」
「あらあら、乱暴ですこと。石守さんが困っていらっしゃいますわよ」
ビーチパラソルの中にぬっと人影が差す。片梨さんだ。
「ウチの弟子とナニを話してたの、このドロボー猫!」
片梨さんが俺の右側に座ってくる。綾神さんと違ってぴったりと体を寄せてくる。濡れた太腿と水着がひんやりと冷たく、くっついた二の腕が日に焼けて火照るように温かい。
「あら。石守さんとお話しするのにあなたの許可が必要かしら?」
「もちろんよ。こいつはウチのチームメンバーでまだ見習いの修行中なの。よその連中に惑わされる隙を与えるわけにはいかないわ」
綾神さんはレイダースとどういうかかわりがあるのだろうか。量子結晶のことを知っていたし、お付きの人って禁書庫にいた案内人の人だよね?
「信用されていないんですね。わたくしは石守さんのこと、信じてますわ」
綾神さんが開いていたスペースをすっと詰めて俺の腕にそっと手を添える。思わずそちらのほうを見ると、上目遣いに本当ですよと訴えかけるような視線で見上げてくる顔が目に飛び込んでくる。いつもの彼女より少し幼さを感じさせる表情が放っておけない気持ちにさせる。
「えと、ありがとう」
「ほらぁっ。すぐなびかない!」
グイっと腕を引かれて強制的に片梨さんのほうを向かせられる。怒った表情に少し眉が寄せられていて不安の色が瞳に浮かんでいる。
「大丈夫だって。チームにお世話になるって決めたのは半端な気持ちからじゃないから」
まだ足手まといでしかない俺を受け入れてくれたノクターナルにも、気持ちよく送り出してくれたレムナンツ・ハンズのみんなにも裏切るようなことはしない。
「ふん、当然よ」
憎まれ口を叩きながらどこかほっとした表情を浮かべると、綾神さんのほうに身を乗り出していった。
「あんたも息をするように誘惑するんじゃないわよ。でも残念ね。ウチのチームの結束はそんなんじゃ揺るがないんだから」
「そうですね。わたくしも特定のチームに干渉するつもりは毛頭ありませんし」
ムキになる片梨さんに対してやれやれという表情で身を引く綾神さん。
「石守さんとは同じ高校に通うご学友として交流させていただきたく思っておりますし」
ムム、と眉間にしわを寄せる片梨さんに対し、すまし顔で姿勢を正す綾神さん。
第二ラウンドが始まりそうな緊張を破る絶妙のタイミングで綾神さんのお付きの人が割って入ってきた。
「お嬢様、そろそろお時間です」
「そう。わかりました。石守さん、片梨さん。残念ですが本日はここでお暇いたしますわ」
「ふん、こっちはぜんぜん残念じゃないわ」
べーっと舌を出す片梨さんを大人げないことをするんじゃないとたしなめるように遮って綾神さんに話しかける。
「もう帰るんですか?」
「ええ。もともとこちらには家の用事で伺う予定があったんです。近場だったので無理を言ってお邪魔させていただきました。ごめんなさいね」
「いえ。本当に監視に来たわけじゃなかったんですね。短い時間だったけれど綾神さんが楽しめたのならよかったよ」
「ええ、とても良い思い出になりました」
「お嬢様、お急ぎください」
「わかったわ。石守さん、申し訳ありません。皆さんに挨拶もなく帰るご無礼をお詫びしておいていただけますか?」
「うん。わかった」
「ありがとうございます」
深々と頭を下げる挨拶を残して綾神さんはお付きの人と一緒に去っていった。綾神さんが桟橋に消えたあと、停泊していたクルーザーが急いで離れていくのが見えた。
「あのクルーザー、綾神さん家のだったんだ……」
「そうね。あいつがこんなところに来ること自体珍しいことだけど、最低限の身の安全は確保するでしょうから」
しばらく離れていくクルーザーを見送ってから、片梨さんがポンと俺の背中を叩く。
「さ、そろそろあたしたちも行くわよ」
「どこに?」
「はぁっ?ボケてるの?レイド現場の下見でしょ?」
そうでした。
浜辺を振り返ると、クラスメイト達はまだ海を満喫しているようだ。カトウに断っていこうかと思ったが、どういいつくろっても誤解されるだろうなと面倒になる。このままバックレるか。
「ちょっと準備してくるから管理棟のほうで待ってなさい」
「りょ」
いよいよ猿島要塞の下見だ。本当の目的を前に、英太は少しの緊張と大きな期待に武者震いをする心地で歩みを進めた――




