Ep5-5 M-13号人工知能コア
いよいよノクターナルでの英太のデビュー戦が決まった。ブリーフィングを受けるべく英太は緊張気味にミーティングルームに向かう――
夜のミーティングは都心のオフィスビルの一室で行われた。IDカードで入室を管理するタイプのビルで、受付には誰もいない。事前に渡されていたIDカードでゲートをくぐり、エレベータに乗って指定された部屋に向かう。
「あら、いらっしゃい、英太くん」
「こんばんは」
部屋には理知的でスタイリッシュな女性がいて、コンソールに向かって作業をしていた。
紫月ユナさん。チームの情報担当だ。ストレート寄りのアシンメトリーボブに整えた髪は濃い藍色を帯びていて、光が当たるとほんのりと紫色にも見える。
瑠璃色の瞳が物事の奥まで見通そうとするように鋭い。二十代前半だと思うけれど、年齢以上に大人の女性というかプロフェッショナルという感じだ。
中央のテーブルの下手の席に座る。
手持ち無沙汰なので携帯電話をいじって検索画面を開くと、猿島の観光案内ページが表示された。
昼間のカトウとの会話が頭をよぎる――。
「助かったよぉ、英太ぁ」
「はいはい」
「そんな英太には感謝の気持ちを込めて、肉コースとシーフードコースの両方を用意してやるよ」
「え?」
「どっちのメニューがいいか決めかねてたんだろう?優柔不断だからなあ、英太は。いいぜ、片方はオレのおごりだ!」
ドンと胸を叩くカトウ。
「いや、だから俺は行くとは……」
「いやいや、生徒会にあれだけ啖呵切っておいておまえが行かないなんてあり得ないだろ?それともやっぱり誰か別の人と行きたかったのか?」
「いや、そういうわけじゃ……」
うーん、猿島の下見には行きたいし、となると別行動で行ってもクラスメイトには現地で鉢合わせになるよなあ。しゃーないか。
「んー?」
「わかったよ。バーベキュー代全額おごりで手を打とう」
「そうだろう、そうだろう。本当はいっしょに行きたいんだよな。って、一人分しかおごらないからな?おい、聞いてんのか?おーい」――
「なにニヤケてんのよ」
「わっ!片梨さん」
「人の顔を見て驚くなんて失礼ね」
そういいながらペットボトルの水を投げてよこす。
「あ、ありがと」
「わたしのおごりじゃないわよ。リフレッシュルームに常備されてる分よ」
「だとしても、持ってきてくれてありがとう、だよ」
「い、いいわよ」
プイと顔を逸らす。今日も片梨さんはどことなく不機嫌なツンツンした感じである。
「お、今日は機嫌がいいな」
部屋に入ってくるなりショーさんが片梨さんに声を掛けた。
八十島昭三さん。ゴツくていかつい印象だけど、話すとどこか声に安心させるような響きがあって、親戚のおじさんみたいな親しみを感じるところがある人だ。サファリシャツというのだろうか、コットンのシンプルな装いだ。
「ば、バカ言わないでよ。いつもこんなもんでしょ」
片梨さんがただのツッコミにしては強めのパンチを入れるが、ショーさんはびくともせずに笑っていた。
「全員そろったな」
リーダーの玖条さんが入ってくると、空気がピリッと引きしまる。厳しいというより無駄を好まないという印象の人だ。
「早速だが次のレイドの情報だ」
リーダーの発言に合わせてユナさんがコンソールを操作して壁面に用意されたスクリーンに情報を映し出す。大きく映し出された文字列は――
【案件コード】 :No.0138
【依頼主】 :横須賀重工業イノベーション科学技術研究所
【報酬】 :5000万クレジット
【参加フィー】 :2000GEM
【制限時間】 :九十分
【依頼ランク】 :A
【ターゲット】 :M-13型人工知能コア
【ミッション】 :フリー争奪型
【ロケーション】:猿島要塞
【情報概要】 :過去に米軍と共同開発を行っていた閉鎖済み研究施設でアラート発生。状況不明なるも、中心部のサーバールームにある計算機を停止しコアを持ち帰ること――
「ターゲットは離島の地下に設けられた研究施設、一九八〇年代に人工知能の研究を行っていた場所だそうだ。設立当初より軍事技術寄りの研究が行われていたが、二〇〇〇年代初頭に米軍との共同研究になって完全に秘匿されるようになったらしい。だがこの分野では知っての通り近年民生技術が爆発的に向上してきたためここの研究は予算縮小で中断、施設もほとんど休眠状態だったそうだ。
だが三日前、突然施設からアラートが上がった。
施設のシステムは外部からのコントロールを拒否、逆に調査を試みた端末が乗っ取られて制御不能になるインシデントが発生。事態を重く見たクライアントはネットワーク封鎖を行って現在施設は外部から完全に隔離されている。
何者かがサーバーを乗っ取って活動している可能性が高いが外部からの調査は不可能。そこで施設に直接侵入しシステムをシャットダウンする、それが今回のレイドの目的だ」
「ふーむ。その程度のミッションがランクA指定なのは妙ですな」
「ランクAの依頼はミドルレベル以上のチームじゃないと受けられないものね」
「非公式にだが運営から補足情報をもらっている。この依頼の背後には米軍の関与があるらしい」
「軍事機密に触れると?確かにアンダーレベルのチームには身元不明の構成員が含まれることがあるから信用のある上位のチームに限定したいというのも分かりますがね」
「それだけじゃない。今回のレイドでは敵性勢力が実弾を使用してくるそうだ」
「ほお。そうなると話が変わってきますな」
「参加者は実弾での戦闘に耐えられる装備とスキルを持ったチームに限定する必要がある。そうでないと人死にが出るからな」
「……あのう、そんな戦場みたいな現場に俺みたいなシロウトが参加して大丈夫でしょうか?」
レムナンツ・ハンズでもそうだったけれど、初参加で本格的な戦闘に巻き込まれるのは勘弁願いたい。
「大丈夫だ。うちの標準装備の防弾性能なら致命傷は避けられるだろう。それに君の術式は防御向きだ。むしろ敵性勢力の攻撃手段に術式が含まれない今回のレイドは君のデビュー戦に適しているという判断だ」
うう、ノクターナルは新人教育もストロングスタイルかぁ。
蛮勇は勇気にあらずということわざと、機を見てせざるは勇無きなりということわざが頭の中をぐるぐる回る。
「……分かりました」
「ビビってんの?リーダーが大丈夫っていうんだから問題ないわよ」
「まあ、ひな鳥たちの面倒は俺が見るとして、リーダーはどうする?その腕じゃ満足に動けんだろう?」
「今回はタンク役に徹する。単調な銃撃戦ならこの腕でも問題ない」
そういって右手を叩くと、コンコンと金属質の音が響く。そういえば玖条さんは『天使の遺灰』のときに右腕を肘のところまで失ったんだったな。
「ちょっとショーさん。ひな鳥たちって、なんで複数形なの?あたしを英太といっしょにしないでよね」
「だったらもっと防御に神経を割くんだな。飛んでくる弾を熱で溶かすなんざ、防御とは呼ばないからな」
「う、わかったわよ」
片梨さんもチームメイトの指摘には素直に従うらしい。防御術式は苦手なのよね、などとブツブツ言っているが。
「施設の損傷は容認するが計算機のコアは現状を保存し回収すること。以上が運営からの依頼内容だ」
「わかったわ。今回のフォーメーションはどうするの?」
「俺とショーがタンクで前列を構成、桔花と英太が後列から防御術式で前列をサポート。余裕があれば遠隔攻撃を行う。基本的な陣形はこれで行く」
「了解」
「わかったわ」
「わかりました」
「私はいつも通り後方待機で情報管制ね」
「ああ。陸地からは距離があるし米軍基地も近い。連絡は量子通信で行う。ネットワークに接続するつもりはないが、万が一の乗っ取りに備えてバックアップ用の機材を使え」
「了解よ」
「では、実地に合わせたフォーメーション訓練を行う。十五分後に地下の訓練場に集合」
足早に出ていくリーダーに駆け寄って呼び止める。
「玖条さん」
「なんだ」
玖条さんがカッと足を止めて振り向く。リーダーの切れのある動きに話しかけるだけでも気後れを感じてしまう。
「あの、作戦は明後日の夜ですよね?明日、現地に下見に行っていいでしょうか?」
「構わん」
なぜそんな些末なことを聞く?という感じで短く答えるとまた切れのある動きで踵を返して歩き去った。
ふう。緊張する。あの人にはまだ慣れないなあ。
「猿島、見に行くの?」
後ろから桔花に声を掛けられる。
「ああ、明日なぜかカトウたちと猿島に行くことになっちゃって、ついでだから下見してこようかと……」
あ。しまった。
「なによそれ、あたしも誘いなさいよ!」
びしっと指を突き付けられる。
「えーと、一応クラスの企画みたいな感じだし、片梨さんだけだと目立つというか……」
「女子も来るんでしょう?」
ジトっと睨まれる。
「まあそうだけど」
片梨さんが、ほらやっぱりという顔になる。俺、別に隠したわけじゃないし。
「じゃあ問題ないじゃない。それとも、クラスの女子にあたしが混じるとなにか困ることがあるのぉ?」
「いえ、決してそんなことは……」
「なら決まりね。あとで集合場所と時間、教えて」
うう、押し切られてしまった。嫌な予感しかしない……。
明日のクラス企画に片梨さんも来るだって?みんなになんて説明すればいいんだ……。んと?あと何か大事なことを忘れているような――




