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Ep5-26 光る霞を抜けて(2)

光る靄に覆われた空間で、英太は再び少女と出会った――

 そうだ、思い出した。もともとは神様の通り道だとかなんだとか。

「あら、良く知ってるわね。そうよ、ここは神隠しの辻。普通の人が来ていい場所じゃないの。ここより先は危険地帯なのよ。異国の神々がうろうろしていて、お兄さんみたいな一般人なんかすぐに取っつかまるわよ」

「捕まったらどうなるんだ?」

 ごくり

「そうね。まず神様によっては見ただけで目が潰れて心臓が破裂してしまうわね」

 何それ、怖い。

「あとは、気まぐれに運命をいじくられて現世に送り返されるわ。そのとき自分の生まれた世界に戻れるか、はたまた別の世界に放り込まれるかは五分五分ね」

 神様、好き放題だな。

「それ以外の雑魚はまあ単純に食べちゃうでしょうね。お兄さんを」

 幼女が意地悪そうな目でうふふと笑う。

「……」

「良い神様でも悪い神様でも、強い神様に直接まみえるのはそれだけ危険ということよ」

 冷や汗を流す俺の表情に溜飲を下げたのか、よく覚えておきなさいとばかりにすまし顔で俺に薫陶くんとうさずけた。

「だから君がここで見張ってくれているんだね。ありがとう」

「と、当然よ。お役目ですもの」

 褒められて赤くなるところは素直で初々しい。

「……お役目か。前に会ったときもそう言っていたね。早く終わるといいな」

「そんなにすぐに終わるわけないじゃない。わたくしは百年ぶりに現れた逸材って言われているのよ。わたくしの代わりの神子みこがそう簡単に現れるわけないわ……」

 たっぷりの自負心に隠された絶望感が垣間見えるようでつらい。長いお勤めを予想させる言葉に思わずまた同じ台詞を伝えてしまう。

「また来てもいいかな?」

「お兄さん、馬鹿じゃないの?こんなところには一度だって来ちゃいけないのよ?」

「あはは、そうだったな」

「それに神隠しなんて偶然は二度も起きないわ……」

「それはどうかな。お兄さんは一つだけ確実に当たる予言を持っているんだ」

「えっ?」

「俺は必ずもう一度、ここで君に会う。これは絶対だ」

「ほんとう?」

「ああ。信じていいよ。これは確定事項だ」

「ほんとうにほんとうね?嘘をついたら赦さないんだから」

「大丈夫だ。きっと会える」

「わかったわ。もし嘘だったら、お役目が終わったときに絶対に探し出してお兄さんに天罰を与えてあげるんだから」

「ははは」

「じゃあ早く帰らないとね、お兄さん」

「ああ、また来るよ」

 幼女がちょいちょい、と手招きをする。

 つられて俺が顔を寄せると、幼女は瞳に子供らしい笑みを浮かべて俺のこめかみに小さな手を添えた。

 ぐらりと世界が回ったような感覚がして、一瞬上下も前後左右も分からなくなった。

『うふふ。ヘンなお兄さん。また会えるのを楽しみに待っているわ』

 幼女のつぶやき声が耳の奥に残り続けた。


 目眩が収まるのを待って目を開ける。

 そこは薄明りの差し込む洞窟の中だった。ひと気が無く入り口と思われる方向から潮騒が聞こえる。海食洞窟のようだ。足元はしっかりとした遊歩道になっている。どこかわからないが猿島ではないことは確かだ。

 危なげなく整備された遊歩道を歩いて入り口に向かう。数十メートルの道のりをゆっくりと歩く。ようやく見えてきた洞窟の入り口は夜明け直前の薄暗い空を黒く切り取っていた。その真ん中に、髪を二つ結びにした細い少女の立ち姿が影絵のように佇んでいる。

 夜明け前の時間を『彼は誰時(かはたれどき)』というらしい。

「『あそこにいるのは誰だろう』、か」

 かはたれどきは夕暮れを指す誰そ彼時(たそがれどき)と対を成す言葉で、暗くて人の顔がまだはっきりと判別できない時間帯を意味する言葉から来ている。

 俺のつぶやきに影絵の少女が振り向いた。

 ビスクドールのように表情の無かった横顔が、俺の顔を認めた瞬間から蕾がほころぶように色を取り戻していく。

「あんた、どこに行っていたのよ?っていうか、ここどこ?」

「さあ?でも危険はないみたいだ。レイドもとっくに終わったみたいだし」

 洞窟を少し戻って分かれ道から広い遊歩道に出る。

「なに?ここ、観光地?」

 料金所のようなゲートを飛び越えて外に出ると、切り立った岩壁の前を緩くカーブを描いてかかる橋に出た。

「ここって江ノ島じゃない。なんで?えっ、どうして?」

 混乱している人がそばにいるとかえって冷静になるらしい。

 俺は手首で静かに点滅しているガジェットのボタンを押した。

「こちら石守です」

『英太くん?無事?あ、こちらユナです。何があったの?』

「わかりません。猿島からの脱出時に光に巻き込まれて、気付いたら江ノ島の洞窟に居ました。片梨さんもいっしょです」

『江ノ島?……確かに。現在位置を確認したわ』

『石守。異常はないか』

 リーダーの声だ。

「はい。二人とも怪我はありません。ただ、M-13号は見失いました。すみません」

『構わん。詳細はあとで報告のときに詳しく聞く。そこからは通常の交通機関で戻れ』

「了解しました」

 通信を終わって前を向くと片梨さんがニヤっと笑いながら言った。

「報告ご苦労。さ、行くわよ」

「いいけど、この格好で電車乗るのはちょっと恥ずかしいなあ」

「なら、急ぎなさい。始発を逃すともっと人が増えるわよ」

「しゃーない、酔っぱらいの朝帰りコスプレイヤーっていう設定で押し通すかぁ」

「なにそれ、見てみたい」

 あはは、と笑う片梨さんの髪が日の出の光に踊って茜色に輝いた。

どのようにして助かったのかは定かではないが、猿島要塞から無事退避できた英太と桔花は帰還の途に着いた。朝日がとっくに昇った始発電車に揺られながら――

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