Ep5-25 消失
刻一刻と迫るB-21ステルス爆撃機の影。運営はこのまま米軍の介入を許すのか。猿島の最下層で脱出を急ぐ英太たちの運命は――
25時55分 相模湾南方上空
「こちらゴースト02。目標地点到達まであと五分」
『管制、了解』
「作戦名サイレント・アンヴィル、作戦遂行の最終確認を請う」
『現地の天候は晴朗。オールグリーンです』
「ゴースト02、了解」
高高度の機内に沈黙がのしかかる。
作戦遂行の瞬間はいつも言い知れぬ緊張に満たされるものだ。が、今回は手触りが異なるものがあった。
緊張を紛らわすように副操縦士が言葉を漏らす。
「前に横須賀で飲んだことがあるんだ」
「……ああ」と機長が答える。
「日本ってさ、同盟国だよな」
「ああ」
「この作戦、あとで問題になると思うか?」
「必ずなる」
機長の祖父は太平洋戦争に従軍したパイロットだった。
戦争で自国の大義を信じ、爆撃機の操縦桿を握った。
所属した部隊はドゥリットル・レイダース。
この機体の愛称の由来になった部隊であることに奇縁を感じたものだったが、まさか祖父と同じ航路を爆弾を積んで飛ぶことになるとは想像もしなかった。
祖父は何も言わなかったが時が経ち時代が歴史になりつつあるころ、様々な戦争の真実に触れて苦悩したようだ。それでも祖父は私が軍に所属する際にこう言っていた。個人としての後悔はあっても軍人としての後悔はないと。
「だからこそ完璧に作戦を遂行する必要がある」
「横須賀基地には友人の家族も住んでいるんだ」
「なら、なおさらミスは許されないな」
「だな」
五分後、レーダーに映らない翼は猿島上空に到達した。
『目標パッケージ確認。サイレント・アンヴィルの実行に移れ』
「了解」
スイッチが押され、数秒間の自動化された爆撃シークエンスに入る。
B-21の滑らかな腹がぱっくりと開き、細長い弾体が音もなく滑り出る。機体はすぐにハッチを閉じて速やかに現場を離れた。
投下されたバンカーバスターは自由落下による加速をしながら糸を引くように猿島へと吸い込まれていく。十トンを超える弾体はその運動エネルギーと頑強な合金製の弾頭でコンクリートや地層を貫通し地中六十メートルの深さで炸裂、地下施設を破壊する。年代物の掩蔽壕や砂岩でできた猿島の柔らかな地表などバターに差し込まれたナイフのように容易く貫通するだろう。
ステルス爆撃機の航行高度よりさらに上空で観測を続けていた高高度無人偵察機がバンカーバスターの行方を追っていた。が、電子の目には映らない白い霧があり得ない速度で猿島上空に広がっていく光景を観測することは出来なかった。
26時00分 猿島近傍
低く覆う白い霧にバンカーバスターが接触した刹那、猿島を覆うレイド結界の内側全域がまばゆい光に満たされた。励起された結界表面が発光し海面から上空へと逆方向に延びるオーロラが立ち昇る。そして数秒間瞬いたのち、消えた。
「四、三、二、一、着弾……。反応ありません」
「なに?」
観測手による予想外の報告に司令官が思わず腰を浮かす。
「あの発光現象は爆撃によるものではないのか?」
「わかりません。熱、振動、衝撃波ともに観測されません」
「どういうことだ。数トン級のエネルギーだぞ。それが音もなく消えたというのか……ならあの光はいったい……」
「マーキュリー中将、参謀本部より入電です」
「回せ。はい、第七艦隊司令、マーキュリー中将です。……はい。ですが……はい。了解しました」
司令部の視線が司令官に集まり固唾をのんで見守る。
「作戦名サイレント・アンヴィルは終了。すみやかに事後処理に移れ」
「……詳細を伺ってもよろしいですか?」
「聞くな。私も分からない。だがあの境界内には手を出すな、とのことだ」
「!」
「テロ分子の無力化を完了したと日本側から連絡があったそうだ」
司令官は内心忸怩たるものがあったが、本国が政治的な面倒ごとを一切引き取るというのであれば手を引かざるを得まい。第七艦隊司令部の仕事は同盟国内のいざこざにかかわり続けるほど暇ではないのだ。とはいえ、今度あの若い男に会ったらことの顛末を説明させてやる。
マーキュリー中将は思いをぐっと飲みこむと意識を切り替えて事後処理の指示を進めていった。
同時刻、東京から南方へ約千キロメートル離れた西之島近海でマグニチュード3相当の微弱な地震が観測された。普段から火山活動が活発な海域のため、その振動は注目されることなく膨大な地震観測データの中に埋もれていった。
レイド結界内に落とされた爆弾は遥か南の海底に転送され秘密裡に処理された。同時に猿島要塞の無力化が宣言され、口実を失った米軍は撤収、東京湾で繰り広げられた熾烈な争いも終幕を迎える――




