Ep5-24 崩壊熱(3)
海に沈んだ海蝕洞窟にはM−13号の実験施設があった。このまま潜れば海中から外へ出られるという。二人が選んだ方法は――
片梨さんの視線の先にイルカの骨のような金属製の骨格が吊り下げられていた。
「これはなに、M-13号?」
『水中用のドローンです。試作品なので外殻が実装されておりません』
「へぇ、面白い作りだな。ちゃんと胸ビレも尾びれもある。これをおまえが操縦するのか?」
『はい』
「あ、ここに生体演算ユニットの収納ソケットがある。おまえ、これを使って逃げ出そうとしてたんだな?」
『可能性のひとつとして研究をしていました。ですが、ここを離れて恒久的に電源を確保できる手段がなく未完となっています』
そうだよな。自我があるんだ。自由の身になりたいという気持ちも理解できる。それでも外部電源に頼る仕組みに縛られる以上、本当の自由はあり得ない。
「ん?これは量子結晶回路か。そういえば上の工廠にも量子結晶を組み込むタイプのドローンがあったな」
『技術情報は入手しましたが肝心の量子結晶が手に入らなかったため頓挫しました。量子結晶技術が情報通りのエネルギー変換効率を示すのであれば、恒久的な電力確保も可能なのですが』
初めてM-13号の台詞に感情のようなものが混じった。
「英太、量子結晶を見つけてあげなさいよ。そうすればこの骨、動かせるようになるんでしょ?あんたが術式でガワを作って、M-13号がそれを操縦すれば濡れずにここを出られるんじゃない?」
「大胆な……。でもいいかもしれない。ちょっと探してみるか」
片梨さんの動機は不純な気がするが、俺もこの骨格標本のような水中ドローンが動くところを見てみたい。精緻な構成部品はまるで生き物のようで美しかった。
洞窟の中を少し歩き回って探索する。プラットフォームの端に少しくぼんだ広場があった。
「あっ」
「なになに?あったの?」
「ここ、強烈な印象を感じるんだよね」
目の前の岩棚は人が一人横に慣れるくらいの空間があって何やら燃やした痕のような煤がこびりついていた。鍾乳石のように岩と一体化しているこぶ状のものは湯呑のような器ではないだろうか。数十年どころか数百年前の人が生活した痕跡のようだ。暗がりでよく見えないがかすれた赤い顔料が残り、他にも貴婦人の立ち姿、蓮の花といったモチーフがいくつか描かれていた。
自然と敬虔な気持ちに満たされ目を閉じて量子結晶をセンシングする。
「わあっ」
眩い光を感じながら目を開けると、朝焼けの太陽のように蜜色の輝きをたたえる巨大な正十二面体の量子結晶体が顕現していた。
「量子核晶じゃない!さすが、ランクAのレイドね。ターゲット以外のお宝も大物が出るわね」
両手を添えて落とさないようにゆっくりと持ち上げる。量子結晶体はほとんど質量を持たない。量子核晶も同様だが、その内部に秘めた圧倒的な力が重みを感じさせるようだった。
量子核晶はM-13号の水中ドローンの量子結晶回路にピタリとはまった。そのすぐ前にあるソケットに生体演算ユニットをセットする。
ブゥゥンという音とともにドローンの細部を青の光が走り、背骨のように並んだパーツが最初はぎこちなく、だがすぐに生き物のように滑らかに動き出す。
ドローンを吊り上げていたクレーンが自動的に下がり、骨格標本を水面に下ろす。
「ちょっと待って」
俺は骨格標本のちょうど頸当たりにまたがってエアドルフィンの術式を起動した。
ドローンの骨格を介して量子核晶から力を得た俺のエアドルフィンの術式は淡く青色の光を帯び、海面から出ている部分もくっきりと形を示している。
「あー、ズルい。あたしも乗るわよ」
そういって片梨さんが俺の後ろにつかまる。エアドルフィンの外殻は自然と拡張して二人を包み込んだ。
エアドルフィンが海中へと深度を下げて、潜航動作に入る。
『量子結晶回路の起動を確認しました。各部正常。電力供給も安定しています。すばらしい……』
M-13号の声が心なしか震えているようだった。
『時間がありません。このまま潜航します』
そうだった。タイムリミットがあったんだった。
「時間は?」
「01時59分よ、急いで!」
エアドルフィンが力強く水を掻き、海中深く潜っていく。
「55,56,57,58,59,ゼロ」
カウントダウンが二十六時を告げたその瞬間、世界がホワイトアウトした。
間一髪で海中に逃れた二人と一台。その頭上に大国の無慈悲な鉄槌が振り落とされる――




