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Ep5-3 猿島事変

異変は一年以上前から水面下で密かに進行していた――

 十五カ月前。米軍横須賀艦隊兵站局第十三分隊――

「なあ、この弾薬補給、ちょっと多くないか?」

「そうか?こんなもんだろ」

「うーん。でもここ、ついこないだもミサイルの補給指示があった気がするんだよな」

「……伝票の書式は合っているし部隊長の承認もある。指令自体にはおかしなところはないな」

「戦争でもやってんじゃないの?」

「そういえばこの前、第五艦隊所属のヤツがこっちで補給を受けるって言ってたな。到着はまだ先のはずだけど」

「それだ」

「なんだよ。適当だな、おまえ」

「宛先がどこでもいいじゃねぇか。一兵卒が上の命令に疑問を差し挟むなんざ軍人にあるまじきってヤツだぞ。それよりとっとと仕事片づけてスポーツバーに繰り出そうぜ。今年のスタリオンズはマジでイケてるから!」

「とくにオジーな。今日もホームラン量産するぞ、絶対だ」

「先発のランスもな。鉄壁だぜ」

「アホ。鉄壁ってのは守備陣のことを言うんだよ。ショートのジョージ・ショーマンとかな」

「う~、アガって来たァ」

「「「ゴー(Go)スタリオンズ(Stallions)ゴー(Go)!」」フ~ッ!」


 同じころ、横須賀重工業の軍需製造技術部門でも特殊な出荷に関する会話があった。

「主任、この最新型の液体金属噴出型3Dプリンタの出荷先ですが、国内の住所になっていますよね?これって米軍との共同開発で機密扱いのはずですが……」

「ん?ああ、これな。よく見ろ。横須賀基地(ベース)の近所だろ?連中が借りている倉庫か何からしいんだ。一応、俺も艦隊ロジスティクス・センターに照会して指示に問題ないことを確認してある」

「そうなんですね……いいのかな」

「艦船に搭載する用途のものだからな。艦が到着するまで一時保管するんだろう。それより例の衛星誘導型ドローンの生産ラインの進捗はどうなっている?」

「あ、はい……」


 慎重に計画され偽装された補給物資の流れは西太平洋地域における米国海軍の活動規模からすれば微々たるもので、現場の兵站部門に気づかれることなく進行していった。が、米国防総省の監査部門が見逃すはずもなく、政府の特務機関に報告が上げられた。

「ふむ。最終的な集積地は五年前に見切りをつけた極東の民間企業との共同研究機関ですね。名目上は残されているがメンバーは全員が兼任で実質的な人員はゼロ、と。日本政府の思いやり予算計上がらみで残された幽霊機関ですか。研究内容は……なるほど」

「いかがなさいますか」

「捨ておきましょう。積極的な関与は不要です。ただし、現地の定点観測を行い報告レポートを上げてください」

承知しました(アイ・サー)

 こうして局所的な兵站の異常は暗黙の裡に容認され、表舞台に現れることはなかった。

 そしてしばらくの月日が流れた――。


 二日前。

 協定世界時刻一七時二十分(日本標準時午前二時二十分)、米海軍第七艦隊司令部にネットワーク・インシデントに関するアラートが上がった。

「報告せよ」

「横須賀基地の基地管制ネットワークに対するサイバー攻撃が進行中。一時的に外部からのアクセス制限を上限に設定して対応しています」

「サイバー障壁は?」

「健全です。正常に機能しています……待ってください、レベル1障壁が崩壊。そんな……」

「どうした?障壁は四重の多層防壁になっているはずだ。一番外側が突破されるくらいどうということもない」

「いえ、レベル1は最深部の障壁です」

「なっ、馬鹿な。そんなことが起きるわけが……。まさか」

攻撃アタックは基地管制ネットワークの内部からです!」

「敵の位置アクセスポイントの特定を急げ。ネットワーク内部からの攻撃なら何らかの物理的な手段なり人員なりが基地施設に潜伏しているはずだ」

「……ネットワークが遮断されました。重大インシデントに対する標準手順に従った処置ですが、司令部ここからはこれ以上の調査はできません」

「くっ、一体何が起きているんだ……」

 第七艦隊司令部を混乱の坩堝に落とし込んだサイバー攻撃は四十分間継続したあと唐突に終結した。基地管制ネットワークが外部に汚染されていない確証が得られるまで三十六時間の徹底した捜索が行われた。が、バックドアの開設やデータベースの改ざんなどのシステムへの有害な汚染は発見されなかった。


「で、原因は判明しましたか?」

「未承認のデータ処理施設の存在が横須賀基地近傍に確認されました。記録されたサイバー攻撃の規模から見て商用の大規模データセンターに匹敵する処理能力を有するものと推測されます。施設の位置は横須賀基地の東南東約1.5キロメートル、猿島です」

「猿島ですか。確か旧日本帝国海軍が要塞として利用していた島ですね。無人島だったはずですが?」

「はい。ですが、戦後の一時期に人工知能に関する研究施設が設置されていた記録があります。防衛庁からの委託で研究を行っていたのが……」

「横須賀重工の極秘研究機関ですか。二〇〇〇年代初頭に我が国と技術協定を結んで合同研究を行っている生体演算装置ベースの人工知能ですね。なるほど、そこにつながりますか」

 報告を受けていた男がファイルをデスク上に落とし、別のファイルを取り上げる。そこには数年前から定点観測を続けていた休眠施設の物資の流れとエネルギー消費の推移、そこから推測される内部活動状況に関するレポートが記されてる。

「回収をあきらめていた投資が実を結ぶのを見るのは喜ばしいことですが、我が国への敵性行動を示したのは残念です」

「いかがいたしますか?流入した補給物資の総量から考えて一個大隊相当の攻撃力を保有していると想定されます。拠点制圧のコスト試算は済んでおりますが」

「無人島とはいえ、同盟国の領土内で戦闘行為を行うなど外交問題ですみませんよ」

「ですが、我が国の補給物資を使用したテロが発生した場合の影響も看過できないかと」

「そうですね。武器の流出というだけでも責任問題になります」

「では?」

「こういう場合はね、彼らの責任にすり替えればいいのですよ。幸い本件は日本との共同研究が根っこにあります。我が国は今回の件を遺憾に思う、が貴国の主権を尊重し重大事件の今後の推移を見守らせてもらうと言っておけば、勤勉な彼の国は自助努力で何とかしてくれます」

「では、この件は日本政府に一任すると?」

「もちろん我が国も動きますよ。先方が失敗した場合には遺憾ながら強硬手段に出るという姿勢を見せておく必要がありますから」

「では手配を進めます」

「よろしく頼みます」


 八時間後、日本政府の閣僚級ホットラインに一つの通知が届いた。内閣府上層部は蜂の巣をつついた騒ぎになったが、情報が外部に漏れることは一切なかった。

さまざまな思惑が交錯する中、事態は一気に加速していく。表沙汰に出来ない事案はレイドによって解決する。日本政府の根底を支える者たちが下した裁定に、レイダースが果敢に挑戦する――

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