Ep5-24 崩壊熱
洞窟の崩落により退路をふさがれた英太と桔花は、中央制御室に戻ることを余儀なくされる。そこでは予期しない非常事態が発生していた――
「どこまで戻るんだよ、これ」
「男でしょう?泣き言を言ってないで足を動かす!」
ハッチの下に空気の階段を作ってよじ登り、来た道をひたすら戻る。途中の分岐から外に出られるのだと思っていたが甘かったようだ。
「残り時間は大丈夫なのか?」
「五分あるわ。それだけあれば千五百メートルは走れるわよ」
んなむちゃな。それって全国高等学校総合体育大会レベルのタイムじゃないか。
そうこうするうちに中央制御室に着いた。
「くそーっ、振り出しに戻る、かよ」
「ここから地上に向かう通路が出てるのよ」
つい先ほど出てきた扉を押し開ける。
「なんだ?」
中央制御室はほんの数分前と様相が一変していた。天井の照明が消えた室内を毒々しい赤色の回転灯の光がゆっくりと踊り、何かが潜んでいそうな物陰を作り出している。回転灯の下にあるパネルに赤く発光する警告文が浮かび上がっている。前回この部屋にいたときには表示されていなかったメッセージだ。
「これは何?答えなさい、M-13号」
『炉心の高温警報です。どうやら自動減圧系だけでは圧力を下げきれなかったようです』
「なんだって?」
『原子炉停止作業の直前までシステムがフル稼働していました。核分裂反応停止後も崩壊熱の増大が想定より高レベルで推移したようです。その結果圧力上昇が自動減圧系の処理能力を上回ったと推測します』
「このままだとどうなるの?」
『長時間高温状態にさらされた燃料棒は損傷のリスクが高まります。燃料棒が破損した場合、炉内に露出した核燃料により核分裂反応が再開されメルトダウンに至ります』
「なんだって……」
一瞬、最悪な場面を想像して目の前が暗くなる。が、フリーズしている場合ではない。
「どうすればいい?何か手はあるのか?」
『手動操作による強制排気が有効です。炉内の高圧水蒸気を外部に排出することで低圧注水系が作動、冷却水を一斉注入して炉内温度を制御可能な範囲に下げます』
「わかったわ。手動でベント操作をすればいいのね。場所はどこ?」
『発電室内にあります。ですが、地上への脱出時間が不足します』
思わず片梨さんと顔を見合わせる。が、力強い目で片梨さんが言った。
「空爆は北家が何とかすると言ったわ。なら、こっちは私たちが何とかしましょう」
「だな」
俺たちは迷わず原子炉のある発電室へのルートに向かって走り出した。
先を走る片梨さんの背中に背負われたままの生体演算ユニットに話しかける。
「気になったんだけど、炉内の蒸気を放出すると放射性物質が流出することにならないか?」
『蓋然性は高いですが、影響は比較的短期的なものと想定されます。長期的な予想としては周囲への影響はありません』
いやいや、それでもこんな東京の近くで放射性物質を巻き散らすなんて許されないだろう。誰も気づかなければいいっていうものじゃない。強制排気はメルトダウンを防ぐためには避けられない。ならどうすれば……。何か方法はないのか……。
「M-13号、排気に含まれる放射性物質の種類を教えてくれ」
『もっとも深刻な物質はヨウ素とセシウムですが、これは燃料棒に損傷が無ければほぼ発生しません。キセノンやクリプトンは他の物質と反応しないため直接吸入しない限り人体への影響も限定的です。窒素や水素の放射性同位体も含まれますが、半減期が短いため実害はありません』
「そうか」
化学の授業でしか聞いたことのないような元素名が並んでいる。気体中の元素を分子単位で操る術式の訓練は行っているが、今俺に操作できるのは水分子と窒素、酸素、二酸化炭素だけだ。でも扱える分子を操作するのではなく、それ以外の分子全部を動かないように固定することならできるかもしれない。
「なにブツブツ言ってんのよ?」
「うん。即席のエアフィルターを術式で組めないかなと思ってね」
「へぇ、やるじゃん」
「いや、アイデアはあるけど成功するかどうか……」
片梨さんが少し振り返って俺を見る。自信が無いことが表情からバレただろうか。
「あんたって、本当に馬鹿ね」
「ぶっつけ本番になるんだ。自信が無くてもしょうがないじゃないか」
「もともとあんたのせいじゃないことをがんばって何とかしようっていうんでしょ。失敗してもあんたの責任なんかこれっぽっちもないんだから。そんなことも分からないの?ほんと、馬鹿なお人好し」
だよな。そうだった。失敗しても状況が悪化するわけじゃない。ダメもとでやってみる。ひいじいちゃん家で挑む者になるって決めたじゃないか。
決意も新たに発電室に向かう通路の最後の角を曲がった。
「見つけたぞ!」
通路の反対の奥から聞き慣れない男の声が響く。
「止まれ!止まらんと撃つ!」
カシャン
弾を薬室に送るハンドルをスライドさせる音が通路に響く。俺たちは反射的に足を止めて両手を挙げた。
〔つづく〕




