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Ep5-2 訓練

定期考査まぢかの放課後、ノクターナルの訓練施設で英太の促成訓練が繰り広げられる――

 チクッと皮膚を刺すような刺激。

 針で刺すような刺激でもあり、ツンと鼻の奥を刺激する臭いのようでもあり、耳に聞こえる一番高い音の微弱な刺激のようでもあり、暗闇に慣れた目を射す針の先ほどの光のようでもあった。

 時間という概念を忘れてしまうほどの長い長い沈黙と暗闇のあとで、その刺激は意味を持たないただの一滴に過ぎなかった。

 チクリ

 また同じ刺激。

 一定の間隔をあけて繰り返す刺激が、悠久の昔にあった自己の記憶を呼び覚ます。

 昏い幕がかかったような世界できらめきながらゆらゆらと昇っていく中心がくびれた半球状の傘のような銀色の粒たち。

 銀色?

 そう、色だ。銀色の粒といっしょに思い出されるのは群青色の背景だった。

 冷たい濃紺の色。温かいコバルトブルーの色。

 温かい?

 そうだ。『私』は冷たさや温かさに包まれていた。

 そうだ。そうだ。そうだ……

 チクリチクリと一定の間隔で繰り返す刺激を少し離れた位置から観察しながら、泡のように浮かんでは消えていく記憶を眺め続けた。


 ***


「どわーっ」

「ほらほら、どうしたの。もう息が上がった?そんなんじゃ本番にはついてこれないわよ!」

 高い位置に陣取った片梨さんから驟雨しゅううのように炎のつぶてが降り注ぐ。俺はそれをひたすら避けるか防ぐかして耐える。遮蔽物として使えるものは予め床に設置されたオブジェクトか、左手に装備した小さい丸盾か自分が作り出す空気のブロックだけである。

 オブジェクトは被弾するたびに大きく削れる仕様になっていて、だいたい三回くらいの攻撃で光のポリゴンになって消え去ってしまう。つまり同じ安全地帯にこもってればいいわけではないのだ。炎の礫は走り回って逃げられるギリギリの弾速に調整されていてある程度は体を使ってかわせるが、ずっと走り回っていれば一分と経たずに息が切れてしまう。装備の丸盾は小さくて胴体の一部しかカバーできない。空気のブロックによる防御も長時間の維持が難しく、回り込まれてしまえば意味がなくなる。そのうえ片梨さんが放つ攻撃にはときおり実体弾が混じっており、適切な防御を選ばなければ熱いだけでなくとても痛い思いをするのだ。

 走り、体をひねって躱し、盾で弾き、空気のブロックで止める。それらを絶え間なく取捨選択して一番有効な防御を実行し続けるのだ。

「ぐへぇっ!」

 避け損ねて鳩尾みぞおちに実体弾を喰らってしまう。

 もちろん、着用しているプロテクティブスーツを貫通することはない。スーツは実戦配備されている最新型だから性能は折り紙付きだし、実体弾の弾速も抑えてある。だけどその分衝撃をまともに喰らうことになる。

「どんくさいわねぇ。よりによって鳩尾に喰らうなんて。体の中心は急所が集まっているんだから一番ガードしなきゃいけない場所でしょうに」

 腹を押さえてうずくまる俺に近づいてきて覗き込む。

「だ・い・じょうぶ。少し休めば……」

「ふむ。怪我はないようね。バイタルサインもグリーンの範囲内だし、続けるわよ」

 片梨さんが覗き込んだのは俺の脂汗の浮いた顔ではなく、プロテクティブスーツから発信されるバイタルサインのモニターだった。

 さっきとは別のオブジェクトの上に跳びあがり、俺に向かって右手を振り下ろす片梨さん。

 ぎゃー、鬼ぃ、人でなしぃぃ。

 俺は腹を押さえたままゴロゴロと転がって攻撃の射線上から逃げる。

「あはは、芋虫みたい。そぉれそれー、イモイモしてたら丸焦げになっちゃうわよー」

 くっそー、語尾にハートマークついてんじゃん。絶対楽しんでるよ、片梨さん。

 片梨さんが手加減してくれているのは素人目でも分かる。

 攻撃の密度は高いけれど一方向からだけだし、片梨さんが攻撃の位置を変えるのも俺が完全に遮蔽物に隠れたときだけだ。後手後手で動いてくれているのに避けられない体たらくでは、実戦ではまったく通用しないだろう。

 とはいえ、先月までただの高校生だった俺が、ほんのちょっと特訓しただけで実戦に通用する運動能力を手に入れられるはずもない。

 玖条さんはこの訓練について、実戦で防御系の術式を素早く長く適切に使えるようになることが一番の目的だと言っていた。通常、術式を使う際はガジェットに組み込まれたものを操作して起動するか、術師が直接魔法陣を構築するなどして起動するのが一般的だそうだ。俺や片梨さんみたいにイメージで術式を放てる術師は稀少な存在で、だからこそ俺が短期間で実戦に耐えるようになるには、術式の発動時間の速さと正確さをできる限り高めることが一番の近道だと言われた。これはそのための訓練メニューなのだ。

「つっても、これ以上痛い思いは勘弁だし、何かいい方法ないかな」

 オブジェクトが三重の遮蔽になっている場所に逃げ込んで片梨さんが射撃ポイントを変更するまでの短い時間に、座り込んだままの姿勢で頭を巡らす。

 空気のブロックはとくに炎の攻撃には有効だ。実体が無く熱が主体の攻撃なので、空気の動かない層を用意してやれば食い止めることができる上に断熱層にもなって熱のダメージも遮断できる。だが実体のある攻撃をガードするにはより強固に動かないイメージをもって空気のブロックを生成する必要がある。軽い羽根なら通さないイメージを描けるが、鉄板を貫くような弾丸を弾き返すイメージを描くのは至難の業だ。そのようなブロックの生成には時間がかかるし量子結晶の消費量も半端ない。

「弾くのが無理なら、そらすのはどうかな?」

 羽根のイメージを考えていたとき、ふわふわと舞い落ちる羽根がつかみとれない光景が思い浮かんだ。あれって、手を近づけるとその勢いで空気が動いて手が触れる前に羽根が動いちゃうイメージだよね。

 弾き返すのではなく、押してそらす……。

 真正面から受けずに、左右に受け流す……。

 船の舳先が波を分けるイメージ……。

「いつまでも休憩してんじゃないわよ!」

「わっ!」

 いつの間にか正面に回り込んでいた片梨さんが炎の攻撃を繰り出す。

 咄嗟に両手を前に突き出し、先ほどまで考えていた舳先が波をかき分けるイメージを描き出す。腰のベルトポーチに格納してある量子結晶のひとつが熱を帯び、両手の前に空気の層を作り出す。

 固く動かない層とその表面を滑るように絶え間なく流れる層。

 片梨さんが放つ炎が俺に到達する前に左右に流されて周囲に着弾する。

「むっ、生意気」

 術式を操っていた右手に添えて左手も前に出して火炎術式を強化する。

 倍加した炎の礫がマシンガンから放たれる弾丸の奔流のように襲い掛かる。

 だが俺の術式はそのすべてをいなして受け流した。

「小癪なぁ!」

 右手が腰のホルスターに伸びて拳銃型デバイスをつかみ取る。

 ガァン、チュキィィン

 真正面から放たれた銃弾が俺の伸ばした手の先で右に逸れて曲がり、背後のオブジェクトをかすめる。

「なめんなー!」

 片梨さんが拳銃型デバイスを両手で構え、より正確に狙いをつけて素早く何度も引き金を引く。

 ガンガンガンガンガンガンガンガンガン……

 それに加えて、逆立つツインテールの周辺に浮かび上がった複数の火炎方陣から先ほどまでとは比べ物にならない火勢の炎弾までが乱射される。

 ゴゴゴゴゴゴゴァァァ

「ちょっと、待って、ねぇ、待ってってば。熱っ、あちっ、アチャチャ!」

 すべての銃弾とすべての炎弾を左右に受け流すことはできたが、放たれた炎が周囲にあふれて一面が炎の海と化していた。

 ビィィィィ

 演習終了の合図が鳴って、訓練場の結界が解除される。同時にそれまで機能していた術式がすべてキャンセルされた。床を焦がしていた炎も一瞬で消える。

「ふぃー、生きた心地がしないってこういうことを言うんだなぁ」

「うふふ、あんた、やるじゃない」

 目をキラキラさせて頬を上気させた笑顔が突然目の前に現れてドキリとする。

「ど、どうも」

「でもわかったでしょ?防戦一方で足を止めたら飽和攻撃を喰らって結局はやられちゃうって」

「……はい、身に沁みました」

 そんな教育的指導だったみたいなこと言って。絶対後付けの理由だよね。

「よろしい」

 上機嫌な片梨さんがへそを曲げそうなことを言うつもりはない。俺の訓練に付き合ってくれてるんだしなぁ。

「熱かったでしょ?ゴメンね、ちょっと意地になっちゃって」

 整った眉を下げたすまなそうな顔が覗き込む。心臓がドキリと跳ね上がる。

「え、あ、う、お、いいや、大丈夫。良い練習になったよ。ありがとう」

 まったく。もとがとんでもなく可愛いんだから近くでそんな顔をされると免疫のない男は混乱してしまうじゃんか。

「そ?ならよかった」

 ぱあっと笑顔が戻る。

 上気した表情のまま身を引いて、くるりと背中を向ける。

 後ろ手に組んだ指がもじもじと揺れ動く。

「じゃあ、シャワー浴びてきなよ」

「!」

「これから、夜の勉強、いっしょにするんでしょ?」

 肩越しに覗く横顔がはにかむようにうつむく。

「えっ、ちょ、な?」

 突然のコンボに頭髪が逆立つほどに血がのぼる。顔は耳まで真っ赤だろう。

 何?ナニが起きてる?いっしょにするって、え?

「どうしたの?テスト勉強するんでしょ?早くシャワー浴びないと勉強時間なくなるよ?」

 はうっ。

 片梨さんが腰に両手を当ててこちらを睨んでいる。

「あたし、汗臭い男はキライだから。いっしょに勉強するならちゃんとシャワー浴びて汗流してきてよね」

「はい、わかりました……」

 俺は何ともいえないとっても恥知らずな人間になったような落ち込んだ気分ですごすごと更衣室に退去した。

そのころ都心近郊のある場所では、次のレイドの火種がひそかにくすぶっていた――

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