Ep5-18 張り子の虎
地上部隊を一掃した猿島要塞の次なる排除目標は――
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正面からの侵入者の無力化完了。選別はこんなところで良いだろう。
私は意識のひとつを向けていた塁道の防御システムから視線を外す。
海上の戦力も敵対行動を示した以上無視できない。
作戦を第二段階に進めることにしよう。
私は独り言のような思考を巡らしながら、長い間動かしていなかった神経系に命令を送った。
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「上陸部隊との通信が途絶えました」
「全滅か?何があった?」
「わかりません。援護砲撃のあと敵との交戦が確認されています。その後猿島上部に閃光を確認。以降、一切の連絡が取れません」
「量子通信は?」
「ダメです」
「うーむ。となると、ジャミングの線は薄いな。通信機器の故障かあるいは全滅……。予備部隊の上陸準備を急げ。負傷者の回収を行う」
「はっ」
今回のレイドは敗退がほぼ確定だ。フリゲート艦の艦長が準備を進めるよう告げた予備部隊は現場に残された隊員の回収が主な任務になる。
とはいえ、一矢報いてやりたくもなる。
どうしてやろうか。
艦長がそんなことを考えているころ、後方約1キロメートルの地点で古い砲台がゆっくりと旋回を開始した。
ウィィィィ
世界的なレベルで骨董品と呼べるそのその砲台は滑らかに旋回を続け、二基ある連装砲を正確に猿島西岸に位置を取るフリゲート艦に狙いを定めた。
旧帝国軍連合艦隊旗艦、三笠。
二十世紀初頭に建造され終戦とともに廃艦。その後「二度と海に出ない」ことを条件に横須賀の岸壁に固定され記念艦として保存されることとなった艦だ。中身を取り除かれ、歴史的記念物として展示されているに過ぎないはずの張り子の虎が、突然その牙をむいた。
レイド結界による目くらましで記念艦三笠が固定されている岸壁からは猿島要塞を牽制するように海に浮かぶフリゲート艦は目視できない。が、三笠の主砲を制御している目は猿島要塞の中にあった。
ドォーン
夜の横須賀の街に轟音が響き渡る。
30.5cm主砲から放たれた砲弾が真っすぐにフリゲート艦を目掛けて突き進み、後部甲板を吹き飛ばした。
「敵襲!」
「どこからだ?」
激しく揺れる艦橋で手摺りに捕まり艦長がわめく。
「視認できません。攻撃は結界の外からです!方角から推測して……なっ、馬鹿な……」
「どうした、早く報告しろ」
「す、すみません。弾道から推測して発砲場所は記念艦三笠です」
「なんだとっ!そんなわけが……いや、にわかには信じられんがレイドに常識は通用しないか。全速離脱、結界から出るんだ。急げ」
「ですが、レイドエリアから出た場合は攻撃はできません」
「当り前だ。こちら側から打てば流れ弾が市街地や米軍基地に飛びかねない。反撃を封じられた以上、速やかに撤退するしかあるまい」
ダン、と拳を計器盤に打ち付ける。
猿島要塞の北西側に砲台が無かった理由はこういうことだったか。猿島側から米軍基地側に向けて砲撃できない以上北西側は防御面ではがら空きと考えたが、あの島の人工知能はどうやら一枚上手だったらしい。
「張り子の虎を眠れる獅子に魔改造していたとはな。しかし、これは政治的に荒れるぞ。運営がどう尻拭いをするのか、見ものだな」
艦長が自嘲気味に吐き捨てる。
結界を出たあと艦を追尾するように向けられた砲身を尻目に、ラグナロクのフリゲート艦は全速で公海上へと去っていった。
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「驚きましたね。あんな骨董品に命を吹き込むとは」
「余裕を見せている場合か。基地のすぐ近くに我々が制御不能な大火力兵装が確認されたのだぞ。第七艦隊司令として看過できん」
「まあ、そうでしょうね」
「これより指揮権をこちらに返してもらう。よろしいか?」
「もちろん、異議はありません」
モニタの中の男は飄々とした態度を崩さずに答えた。
「ただし、そうですねぇ……映像と観測データは引き続きこちらにも回してください。そのくらいはいいでしょう?」
「通信手、回線はそのまま。各員、戦時態勢へ移行せよ」
司令部のメンバーがてきぱきと動き出す。
その様子を観察していたモニタの男が司令官に話しかけた。
「その様子だとすでに猿島要塞の制圧プランは策定済みのようですね」
「当然の準備だよ」
「作戦の概要を教えていただいても?」
「……うむ。バンカーバスターで精密打撃を加える。サーバールームを破壊して要塞が沈黙すればよし、ダメなら航空攻撃により猿島の全砲台を制圧する」
「なるほど。しかしそれでは日本政府への説明が難しくなりますね」
「本国の作戦許可も得ている。あとのことは政治家たちの仕事だ」
モニタ画面越しに男が肩をすくめる。
「ひとことお口添えするなら、レイド終了時刻の2時30分までに作戦終了することをお勧めします。日本政府もそのほうがいろいろと対応しやすいでしょうから」
「わかっている」
司令官はなんとか苛立ちを顔に出さないように押さえこんだ。
〔つづく〕




