Ep5-14 隠密作戦
砂浜で激しく繰り広げられる戦闘の裏で、ノクターナルは密かに海中から猿島へと接近していた――
真っ黒な夜の海の中を細いライトが照らす。
水中スクーターを操縦して二名のダイバーが静かに進んでいく。
そのすぐ後から銀色の気泡でできた流線形の物体がついて行く。
シャチほどもある巨体に胸ビレが付いているが背ビレや尾ビレはない。腹の下にある筒状の物体から細かな泡と水流を吐き出してゆっくりと海中を進んでいく。透明な本体の中には二名の人間が水上バイクのような筐体にまたがっていた。
ダララララ……ドーン……ガガガガ……ボン、ボン、ボン、ボン……
もごもごとこもっていたが、明らかに戦場でしか聞かれない音が響く。
『始まったようね』
インカムからユナさんの声が聞こえる。
「浮上します」
『了解。まだ時間はあるわ。ゆっくりでいいわよ』
「そうよ。こんな中途半端なところでパチンてはじけたりしないでよね」
後ろのシートにまたがった片梨さんがすかさず突っ込んでくる。
「わかってるよ」
不安なら同乗しなきゃいいじゃないか。初めてなんだからどうなるか分かったものじゃないのに。
空気でできた潜水艇がゆっくりと深度を上げて海上に姿を現す。といっても空気の殻でできた魔法の潜水艇なので水から出た部分は目には見えない。
空気でできているとはいえ水中では密閉空間だ。計算上、十五分程度の空気は確保できているが息苦しさは否めない。水面に潜水艇の背中の部分が出ると同時に小さく穴を開いて室内の空気を入れ替えた。上部に残っていたわずかな塩水がぶしゅーっと音を立ててしぶく。
「ふう」
イルカってこんな気分なのかな。
ひとまず自分の目線の高さまで水面に出して、先行するリーダーの合図を待つ。
暗闇で赤のライトが二回点滅。オーケーの合図だ。
すぐに水上まで浮上して、またがっている筐体で滑るように岸壁に寄せる。タイミングを合わせてショーさんが筐体を引き上げる。安定したところで俺は猿島へ一日ぶりの上陸を果たした。
「遅れました」
「いや、ぶっつけ本番にしては上出来だ」
ダイビング経験のない俺が水中からアプローチする方法としてリーダーが用意してくれたのが空気の膜でできた潜水艇というアイデアだった。どうやら俺はイメージ通りの形に空気の壁を作ることが得意らしい。今日の昼間にプールで練習して、深夜には実戦投入という超スパルタだったけど、なんとか間に合った。ちなみに泡の中に立っているのは難しかったので、リーダーが即席の操縦席として水上バイクのガワだけを調達してくれた。俺はそれを囲むように空気の壁を形成し、水中を進んだだけである。
「スピードは遅いけどなかなか快適だったわ」
「濡れずに済むのは羨ましいな。今度俺も乗せてもらおうか」
ちなみに水上バイクがタンデムシート仕様なのを見た片梨さんが、濡れたくないから後ろに乗せろとわがままを言いだした結果、出発直前になって同乗することが決まったのである。ノクターナルもレムナンツ・ハンズに負けず劣らず行き当たりばったりだ。
島内からは依然激しい銃撃音が響いている。ほかのレイドチームが交戦中のようだ。
『南岸砂浜で集中的に戦闘が展開中。雑魚チーム+ラグナロクね。展望広場にはこれといった動きはないわ』
「よし。敵が他のチームに気を取られているうちに一気に展望広場に上がる。英太とショーが先に登攀を開始。俺と桔花は下から援護する」
「了解。そんじゃあ、英太。さっそくで悪いが任せたぞ」
「はい」
ショーさんの指示に応答する。
垂直に近い壁を術式で登るにあたり、片梨さんが得意とするジャンプを習ったが一筋縄ではいかなかった。運動神経もそうだが、とんでもない速度と高度には慣れが必要だ。要するにビビってしまって飛距離が出ないのだ。そこで、解決策としてまたもやリーダーから有用なアドバイスがあった。
『おまえは空中に足場を作ることができるのだから跳びあがる必要はない。階段を作って歩いて登れ』
慧眼である。が、正直、高度差四十メートルを一気に登るのはつらい。十階建てのビルの屋上まで外階段で上がるようなものだ。心の中でヒーヒー言いながら足を動かす。
「ほらほら、英太ぁ。そのくらいでへばってんじゃないわよーっ」
そんな大声出していいのかよ。隠密作戦なのでは?
反論をしたくても息が切れて声が出せない。後ろをついてくるショーさんは重い武装を身に着けたままでも一切息が乱れている様子はない。……プロの道は険しいなあ。
俺が八合目まで登ったあたりで、リーダーと片梨さんは身体強化プラス自己加速の術式を使って岸壁を一気に飛び越えた。
「おさき!」
戦闘の期待に満ちた声と赤い影が俺の背後を高速で飛び過ぎる。
展望広場の柵を越えて姿を消したあと一呼吸おいて連続する銃撃音が響く。木々の梢を瞬間的に映し出す橙色の閃光、そして派手な紅蓮の発光、沈黙。
急いで頂上まで登りきった俺の目に、周囲を警戒するリーダーと腰に当てていた手を持ち上げてひらひらと振る片梨さんの姿が飛び込んでくる。
「やっと来たわね。あんたの分は残ってないわよ」
遠慮なく全部いっちゃってください。
展望広場にあった作り付けのテーブルが焼け焦げて半壊している。よく見ると長い筒状の金属が飴のように熔けて曲がっていた。対人機銃が内蔵されていたようだ。
「あまり派手にやるな。どこから見られているか分からないからな」
「大丈夫よ。無人島なんだし」
『そこから北東の方向、島の長手方向に沿っていくつか熱源反応があるわ。予想通りね。ドローンを近づけて映像が取れるかやってみます……あ』
ユナがこぼした短い声に前後して数十メートル先で上空に向けた機銃掃射の閃光が立ち上がる。
『偵察ドローンが落とされたわ。上空二十メートル程度を制空権に設定しているみたいね』
目を潰されたにしては余裕の反応である。
『術式飛行ドローンのほうは無事ね。このまま偵察を続行します』
術式を使うタイプのドローンは非金属部品で構成されていて集音器やレーダーにも見つかりにくい。プロペラを回して飛んでいるわけではないのでどちらかというと式神に近い。通常のレイドではオーバースペックだが、今回のような軍事施設の攻略には重宝する。
「ほらぁ。ドローンも近寄れないんだから大丈夫だって。漣は心配しすぎ」
「……まあいい。予定通り司令座を目指す。ここからは森の中だ。桔花。火力は抑えていけ」
「わかってるわよ」
***
同時刻 猿島上空ニ十キロメートル、成層圏近傍
灰色の無人機がゆっくりと旋回している。機体には国籍や所属を示す目立った識別票はない。
高高度無人偵察機が捉えた赤外線映像や電子信号は海上の司令部へ送信され、情報武官により解析/照合/評価される。結果は時を置かずに司令官の見守るコンソールに表示された。
「一人の人間が瞬間的でこれほどの火力を発揮することができるとは驚きです」
「ふむ。わが国でも同等の技術は確立しています。が、量子結晶技術はどの国にとっても最重要機密。直接観測できる機会を逃す手はありません。観測データはすべて国防総省の戦術評価チームに回してください」
「承知しました」
「ついでに軍事転用可能な人工知能とやらの性能も評価できるとよいですが。まあ期待はすまい」
会話をしているのは第七艦隊司令官と画面越しで対峙する特務機関を名乗る男だ。今回の猿島事変にあたって本国から特命を受けている人物である。背後に胡散臭いものを感じるが、命令書は本物である。わたしの領分を冒さない限り協力はしよう。司令官は本国の命令をそう腹に落とし込んだ。
密かに要塞内部への侵入を試みるノクターナル。それを遠距離から監視する米軍。それぞれの思惑が絡み合う――




