Ep5-11 海上交通規制
ついに開始されたレイド。緊迫した空気が東京湾の海上を支配する――
7月中旬某日 24時55分 横須賀港港湾区域近傍
細い月が微かに照らす黒い夜の海面にゆらゆらとブイが浮かんでいる。ブイの上には大きく『立ち入り禁止』と書かれた板が取り付けられている。
海上保安庁の巡視艇が残した泡が消えるころ、浮かんだブイが一斉に黄色い灯火を灯した。横須賀港を大きく切り取る黄色のラインが目に見える境界線として海上に姿を現した瞬間だった。
「なんだよ、航行禁止って。そんなの聞いたことねぇぞ!」
遊漁船の船長が船舶無線のハンドマイクを叩きつけるようにフックに引っ掛ける。
「さあな。米軍さんが何かやってんじゃないの?」
「ふざけんな!こちとら夜釣りの客、乗っけてんだ。帰れませんと言われて、はいそうですかなんて引き下がれっかよッ!」
「お上には逆らえんて。陸じゃともかく、海の上じゃあな」
相棒の操舵手にやんわりとなだめられても船長の怒りは収まらない。
「冗談じゃねぇ。組合に訴えてやるッ!」
防水ケースに入った携帯電話をイライラした様子で操作する船長を横目に見ながら総舵手がやれやれと言った表情で舵輪を握る。エンジン出力は落としたままだ。右舷には黄色いブイの列がゆっくりと後方に流れていくのが見える。
「ッんだらがァッ」
語気の割には声に勢いがない。腹は立っているが気勢を削がれたってところか。長年の付き合いで相方の心情を読み取って操舵手が船長に声を掛ける。
「で、どうなった?」
「ダメなもんはダメだとよ。代わりに久里浜に行けと抜かしやがった」
「ま、そうなるわな」
「それがオヤジのやつ、往復の油代と客の移動の足代も持つだとよ。ドケチな因業じじいがどうなってやがる、まったく」
「そりゃおっかないねぇ。嵐でもくるんじゃねぇか?」
わっはっはと笑いながら操舵手が航路を確認してエンジンの出力を上げる。
「しゃーあんめぇ、客に説明してくるかぁ」
「そういうところ、かっこいいぜ、船長」
「ぬかせ」
船足を上げて観音崎方面へと去っていく遊漁船の航跡を横切るように黒塗りのプレジャーボートが走っていく。
一隻、二隻、三隻。
勢いを落とさず警告のブイを気に留める様子もなく猿島へと直進していく様はゴールを目指すボートレーサーを見ているようだった。
「イカツイわねぇ。レイドっていえば隠密行動が基本だっていうのに。いくら法的に護られているっていっても現場でトラぶるリスクはあるでしょうに。帰りに海保の巡視艇に見つかったらどうするつもりかしら」
数分前にチームメンバーを送り出したクルーザーの操舵室から双眼鏡で観察していたユナが独り言ちる。こちらは海上保安庁の指示通り、ブイの外で停泊中だ。むしろ航行禁止指示のおかげでおおっぴらに海上に停泊していられる。
「さて、レイド開始時刻ね。対空索敵能力はいかほどか、お手並み拝見と行きましょうか」
手元のコンソールを手早く操作し、ENTERキーを押す。
甲板に用意してあった二機のドローンが静かに夜の海上を飛翔していった。
25時00分 猿島桟橋
プレジャーボートの最初の一隻が桟橋に取りつく。接岸作業が始まる前に舷側から次々に人影が飛び移っていく。全員がアサルトライフル状の武器を抱えて工作用爆薬がたんまりと詰まっていそうな背嚢を背負っている。
乗員の三分の二が上陸したところで船底の海底が沸いた。
海底の岩を模した丸い塊の上部が円形に開き、ライフリングの無い銃口が不遜な侵入者の無防備な腹を睨みつける。
次の瞬間、超高圧の弾丸が海水を押しつぶしながら真上に射出されていった。キャビテーション弾は水の抵抗をものともせず柔らかな船腹を貫き、燃料タンクと推進部をズタズタに切り裂いた。
ドゴォォォン
「なんだっ?」
「怯むな、前進!」
プレジャーボートの後ろ半分が吹き飛び、炎と繊維強化プラスチックの残骸を吹き上げる。三十秒とかからずに残りの船首部分も海水に没した。
上陸部隊の先頭はすでに桟橋の海上部分を渡り終え、砂浜に到達しようとしていた。
想定内だ。帰る手段などどうとでもなる。前進あるのみ。
そう計算した隊長の視界の端が桟橋の板の隙間にキラリと光るものを感じた。
「はぶッ」
砂の中に隠された縦管から板の隙間に沿って整列した細長い針状の弾体が射出された。底の厚い軍靴でさえも貫いた針は隊長をその場に文字通り釘付けにする。
「会敵!」
足先を縫い付けられる激痛をこらえて非常コールを叫ぶ。だが、無意味だった。
「うぎゃ」「ひぐぅ」「がっ」
桟橋の全域が罠の有効範囲だった。後続の隊員は全員体のどこかしらを針状弾に貫かれてすぐには身動きできずにのたうち回っている。
第二射が来ないのは弾切れかそれとも……。足下に目をやった隊長は砂浜に隠れた細い管の中に銀色のきらめきをとらえた。
25時03分 猿島南岸砂浜
「アルファチームは壊滅。戦線離脱です」
「はっはっはっ、馬鹿が。桟橋など罠があるに決まっているではないか。一番乗りを焦って安易な道に走るからそうなるのだ」
できるだけ浜辺に近づけたプレジャーボートからゴムボートを下ろして続々と人員を送り込んでいたブラボーチームのリーダーが意地悪そうに笑う。嘲笑する横顔の向こうにさらにもう一隻のプレジャーボートがあり、そちらはすでに大半の隊員の上陸を済ませていた。
「ですがいいのですか?チャーリーチームにも後れを取っておりますよ」
「ふん。運動会じゃあるまいし。きれいに一等賞を取る必要などないのだよ」
「ですがターゲットは早い者勝ちでは?」
「レイドチームとしてはな。持ち帰るのが誰であってもスポンサーは気にせんさ」
「チームメンバーを裏切ると?」
「おいおい。おまえ、いつから連中の仲間になったんだ?チームメンバーといったら俺たちデッド・バラストのことだろうが?」
似たような装備だが統一感のない兵装をしているプレジャーボートの三部隊はレイド上は一つのチームとしてエントリーしていた。だが実態はランクCチームの寄せ集めに過ぎなかった。外交問題に発展しかねないスキャンダルの種を抱えたレイドから第三国勢力を排除したかった運営に対して、無理やり混成チームの枠を押し込んだのもまた運営内の一派だった。レイドの運営自体も一枚岩ではないということだ。
「連中、整列したようだな。よし、こちらもそろそろ上陸を完了させるとしよう」
波状攻撃のように次々と要塞に突入を仕掛けるレイドチームたち。レイダースの物量が勝つか、要塞側の備えがしのぎ切るか、矛と盾が火花を散らして激突する――




