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Ep5-9 天然の要害

猿島要塞。そこは歴史を感じさせるレンガ造りの掩蔽壕と豊かな自然林が織りなす幻想的な場所だった――

 片梨さんを待ちながら管理棟に置かれている猿島のパンフレットを手に取る。ネットで手に入る情報と同じものだ。南北に長くなっている猿島の中央を要塞跡地に沿って遊歩道が整備されている。レンガ造りのトンネルをくぐり、ぐるりと回って上の展望広場に向かうのが一般的な道順のようだ。三十分くらいの行程かな。

「お待たせ」

 片梨さんはすぐにやってきた。ビキニの上から丈の短いTシャツを着てサーフパンツをはいたへそ出しスタイルだ。深めにかぶった白いキャップが似合っている。

「なにぼーっとしてんのよ。さっさと行くわよ」

 管理棟の建物を出てすぐ左手にレンガ造りの煙突が特徴的な古い建物がある。パンフレットによると明治時代に建てられた発電所で、今でも管理棟などの電力を供給しているらしい。

「明治二十八年に完成した日本で最初の陸上蒸気タービン発電所だってさ」

「それがどうしたの。観光に来たんじゃないだからね」

 そりゃそうだけど。情緒がないなぁ。

 古い発電所の建物を回り込むように坂道が作られていて島の中腹くらいまで登る。そこから先は切通しの道を進む。角を曲がると観光客が散見されるようになった。板張りの遊歩道の左右に石積みの壁が連なり、そこここにレンガ造りの建物が埋まるような形で顔をのぞかせている。アーチ形の開口部からは壁の奥に通路に沿って部屋がいくつも広がっている様子がうかがえた。侵入防止の金網や鉄扉がはまっていて牢屋のように見えなくもない。

 石壁の上にはうっそうとした自然林が島を覆う様子がうかがえる。これなら海上からはただの無人島にしか見えないだろう。通路の真上にまっすぐに伸びる晴天を見上げながら明治の昔にこの要塞を造った人たちも感じていただろうロマンに思いを馳せる。

「壁の上から狙われたら隠れ場所もないわね」

 確かに。海上からの攻撃には完璧な隠れ場でもこの島を防衛する立場ならこの通路はキリングフィールドになるだろう。

 一気に現実に引き戻される。

「どうするの?」

「そうね。不利とはいえ、攻撃の方向は限られるから防御を固めて物量で押し切るか。それとも上の密林を抜けるかね。目的地がわかっていればの話だけれど」

 レンガの建物の開口部から中を覗き込みながら片梨さんがいった。

「ここから見える範囲には主要施設はないと思うわ。きっと地下ね。入り口さえわかれば……」

 切通しを百メートルほど進むとクランク状の曲がり角があり、そこから先はトンネルになっていた。苔むした石積みの壁と上部の森の緑に囲まれたレンガ壁のアーチが木漏れ日に照らされてよりいっそう鮮やかだ。

「トンネルの中は下り勾配なのね」

 艶やかな灯りがともるトンネルの暗さに目を慣らすために入り口で立ち止まる。

 切通しの通路でも真夏にしては涼しかったが、トンネルの中はさらに気温が下がってひんやりとしている。

 片梨さんが無意識にだろうか、両腕を抱え込むようにして腕をさすっている。水着みたいな恰好では寒くないかな?

「ちょっと冷えるな。寒くないか?」

「……気が利かないわね。あんたのシャツ、貸しなさいよ」

 日焼け防止にと羽織っていた長袖のシャツを強奪されてしまった。


 トンネルの中はアーチを描く天井まですべてレンガで埋め尽くされていて百年以上経ったものだとは思えないほど美しい。圧迫感を感じさせない広さがあり、散策にはもってこいの場所だった。途中にある開口部の一つからは上に抜ける階段が覗けて外の光が入り込んでいる。晴れた今日みたいな天気もいいけど、雨の日もまた風情があるだろうなぁ。

「何かあるとしたらこの(トンネル)中ね」

 携帯電話スマホのライトで金網越しに照らしながらレンガ壁の奥にある部屋を観察していた片梨さんがつぶやく。

「トンネルの両側に並行して部屋があるらしいよ。太平洋戦争のころには弾薬庫として使われていたって」

「やっぱりね」

 トンネルを抜けると崖に囲まれた空間に出た。地図を見るとそれぞれ別の砲台跡に出る通路らしい。左のトンネルは通路というよりは建物の中のようになっている。外部にも階段があり、兵士が詰めていた指令所とかそういう雰囲気がある。戦時中に緊迫した空気をまとって慌ただしく行き来する兵士たちを想像してしまう。ここを突破されたら日本の首都に上陸を許してしまうことになるのだ。文字通りの最終防衛ラインというわけだ。ただ、幸いなことに実際にここが戦場になった歴史はない。

 部屋のようなトンネルの向こうでは木々の間から海が見えた。少し歩いて砲台跡の一つに出る。

 円形のコンクリート打ちの土台には大砲を固定していたと思われる太いボルトの名残りが見える。広い円形の土台もその一部を木の根が覆っていた。ここに砲台があったのは太平洋戦争のころだろうからまだ百年経っていないはずだけど、根を這わせている木はすでに一抱えするくらいの太さに成長している。人の営みなんて大自然の前では無力だなあ。

「何見てるの?」

「ん?いや、古い要塞跡に隠されているっていうからさ、こういう砲台跡がパカッと開いて最新鋭のロケットランチャーとかが出てくるのかなあなんて想像していたんだけど、これじゃあ無理だなって」

「……ガキねぇ」

 うっさい。地下の秘密基地なら地表が割れてミサイルが出てくるのがお約束っていうものでしょうが。

 ほかにも三基の砲台跡があった。どれも島の北側にある。やはり砲台はこの島の防衛ではなく東京湾を進軍する船舶への抑止力として設計されているらしい。

「北に砲台、東西は断崖絶壁、南側には開けた砂浜か」

 砲台跡から順路にそって木段を登った先に広がる展望広場で海を見下ろしながら片梨さんが言葉を漏らす。

「侵入するならやっぱり崖側かしらね」

 富士山が美しい姿を見せている。正面の対岸に広がる妙に白っぽい建物群は米軍基地だろうか。こんな目と鼻の先でレイドをやっても大丈夫なのかな?

「そこの藪にロープを隠しておくとか?」

 展望台を仕切る柵の向こうは藪があってすぐに切り立った崖が海まで落ち込んでいる。

「この程度の高さならひとっ飛びよ」

 そうでした。片梨さんなら術式を使えばこのくらいの高さは問題なく飛び上がれるのだろう。

「なあに?自信がないの?」

「いや、術式で飛んだことはないから。落ちたことならあるけど」

 それも階段数段分とかほんの少しの高さだし。

「なら、帰って明日までに特訓ね」

 にやりと片梨さんが笑う。スパルタな予感しかしない。


 展望広場からは階段を使って切通しの通路へと降りる。

 砂浜に戻るとクラスメイト達もひと通りあそび終わってパラソルの下で休憩していた。

「英太、おまえどこ行ってたんだよ」

「ん、ああ、せっかくだからちょっと猿島を一周してきた」

「ふーん、綾神さんは?」

「彼女は用事があるから先に帰ったよ。挨拶できなくてごめんって言ってた」

「そっかあ。もっと一緒に遊びたかったんだけどなあ」

「家の用事って言ってたからな。しょうがないよ」

「へぇ、用事があったのに無理して参加したのか。ふーん」

「なんだよ」

「別に」

「ところで片梨さんは?」

「さあ。トイレじゃない?」

 

 ちょうどそのとき、片梨さんが女子グループのほうのパラソルに姿を現したようだ。

「桔花、どこ行ってたのー?」

「んー、ちょっと日陰で休憩してた」

「日差し強いもんね」

「あー、そのビーチシャツ、カッコイイ」

「彼シャツみたい。ステキ―」

「そ、そう?持ってきてよかったなー、なんて……」


「なあ、あれっておまえのシャツじゃ……」

「カトウよ。記憶違いだ。野郎の服装を覚えているなんて脳細胞の無駄遣いだぞ」

「……そうだな」

 シャツは夜の訓練のときにでも返してもらおう。


クラス企画を兼ねたレイド現場の下見を終えた英太。いよいよノクターナルとしてのレイドデビュー戦が始まる――

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