夜にほどけて、朝に戻る
胸の奥に、 まだ息をしている影がある。
忘れたふりをしても。 名前を変えても。 夜に逃げても。
影は、消えなかった。
これは、影と共に生きてきた 一人の女の子の物語
紗羽に会わせてほしいと願う団員たちを、狼牙は静かに、しかし強い声で制した。
「銀狼は……あなたたちを大切に思っています。だから、いまは会わせられないんです。」
その言葉に、団員たちは唇を噛んだ。
「……紗羽……」
「今日は帰ってください。銀狼が落ち着いたら……必ず呼びます。」
しぶしぶ頷いた団員たちは、胸の痛みを抱えたまま帰されていった。
奥の部屋では、銀狼――紗羽がひとり静かに座っていた。
誰も入れない。誰も触れられない。
信頼していた人に裏切られた痛み。
自分の弱さを突かれた悔しさ。
それでも相手を傷つけたくなかった優しさ。
それらが胸の奥で混ざり、銀狼はただ静かに息をしていた。
団員たちが帰ったと狼牙から聞いたのだろう。
銀狼は無言のまま、蓮の上着を肩にかけた。
その仕草だけで、狼牙たちはすべてを理解した。
「あぁ……今日は“蓮”でいくんだ。」
誰も止めない。誰も声をかけない。
ただ、静かに見送った。
夜の街は冷たく、しかし蓮にとっては唯一、心を置いていける場所だった。
蓮が歩くと、バー街の人々はすぐに気づく。
いつもは軽く声をかけてくる常連たちも、今日は蓮の雰囲気を見て自然と距離を置いた。
「蓮……なんかあったのか?」
「今日は声かけないほうがいいな……」
蓮がたどり着いたのは、いつも世話になっているベテランのおねえさんの店だった。
扉を開けた瞬間、おねえさんは蓮の顔を見てすべてを察した。
「ここに来たってことは……なにかあったのね。」
蓮は何も言わず、静かに席に座る。
おねえさんは何も聞かず、そっとグラスを置いた。
蓮はその夜、ただ静かに座っていた。
誰も騒がない。誰も踏み込まない。
ただ、蓮の“空気”を感じてそっと距離を置いてくれる。
おねえさんは温かい飲み物を置き、隣に腰を下ろした。
「今日は……ひとりで抱えすぎたんでしょ。」
蓮は何も言わない。肩が少し震えていた。
おねえさんは蓮の許しを確かめるようにそっと手を添える。
蓮は拒まなかった。
むしろ、その温度にすがるように静かに身を預けた。
蓮の姿をしていても、癒やされているのは心の奥にいる“紗羽”だった。
家族を失い、頼りにしていた人も失い、その痛みを誰にも見せず抱えてきた。
蓮としての夜は、その痛みを少しだけ溶かしてくれる。
「……今日は、ここにいていいわよ。」
蓮は小さく頷いた。
その頷きは、紗羽がようやく息を吸えた証だった。
やがて蓮は静かに店を出た。
誰も追わない。誰も声をかけない。
蓮が“ひとりで帰る”と決めた夜は、街全体がその決意を尊重するように静まり返っていた。
(……帰ろう。)
その言葉は、蓮ではなく“紗羽”の声だった。
帰り道の少し離れた場所に、狼牙がひとり立っていた。
声もかけず、姿も見せず、ただ“帰り道が安全か”だけを確認している。
蓮は気づいていたが、振り返らない。
(……ありがとう。でも、いまは……ひとりでいたい。)
狼牙はその気持ちを理解し、距離を保ったまま見送った。
拠点に戻ると、狼牙たちは蓮の姿を見てすぐに察した。
「あぁ……銀狼が戻ってきた。」
誰も話しかけない。誰も近づかない。
ただ静かに頭を下げて道を開けた。
蓮はそのまま銀狼の部屋へ向かい、扉を開けて中に入り、そっと閉めた。
“帰ってきた”という音だけが響いた。
蓮の上着を脱ぎ、紗羽はベッドの端に腰を下ろした。
深く息を吸い、ゆっくり吐く。
蓮として癒やされた温度が、胸の奥にまだ残っている。
(……帰ってきた。)
その言葉には、安堵と疲労と、ほんの少しの希望が混ざっていた。
部屋の前には、鷹臣が立っていた。
扉を開けるつもりはない。声をかけるつもりもない。
ただ、銀狼が“ひとりでいられるように”静かに見守っている。
(……おかえりなさい、銀狼。)
翌朝。
狼牙たちは銀狼を起こさないように気を遣いながらも、気を遣いきれないタイプだった。
「おい、あれ運んだか?!」
「ちょ、あぶねぇって!落とすだろ!!」
その声が廊下に響く。
布団の中で銀狼はふっと笑った。
声を出して笑った。
本当に久しぶりだった。
その笑い声が外に漏れ、狼牙たちは一瞬固まったあと、嬉しそうに顔を見合わせた。
「……今、笑ったよな?」
「笑ったよな?!銀狼が!」
「よっしゃ……!」
銀狼は風呂に入り、身なりを整え、鏡に映る自分を見て思った。
(……顔色、いいな。)
昨夜、蓮として癒やされた温度がまだ胸の奥に残っていた。
ノックが響く。
「銀狼、朝ご……」
「朝ごはんかな。いい匂いだ。ありがとう。」
その声は柔らかく、狼牙たちは胸をなでおろした。
食堂へ向かうと、狼牙たちは二手に分かれてざわついていた。
「え、ボス辞める?」
「嘘だろ?!」
「いや、続けてくれるだろ……?」
「頼む……辞めないでくれ……」
銀狼は静かに言った。
「みんなで食べよう。話したいことがある。」
その一言で、全員が一斉に黙った。
席についた銀狼は、ゆっくりと周囲を見渡した。
その目は、昨夜までの悲しみを抱えつつも、確かに前を向いていた。
「ここ最近は……俺のプライベートだったにも関わらず、全力を尽くしてくれたことに感謝している。」
その声は、外で見回りをしている狼牙にもインカム越しに届いた。
「今朝、久々に眠れた。そして……君らの行動に笑えた。」
「笑われてるっすけど……嬉しいっすね……」
小さな笑いが起きる。
「君たちがいたから、この3年やってこれたんだ。本当にありがとう。これからもよろしく頼む。」
「うおおおおおおおお!!!」
「銀狼ーー!!」
「ついていきます!!」
「一生ついていきます!!」
食堂は一気に大盛り上がり。
銀狼はその中心で静かに微笑んでいた。
その顔は、ここ最近で一番明るかった。
読んでくれてありがと。
とうとう最終章! 気に入ってくれたかな。
まだ終わらないよ!
コメディ要素のほうが多くなったね笑。
感想とかあったら、遠慮せんと教えて! めっちゃ嬉しいし、まじで力になる!




