心穿の玲央、銀狼を試す夜
胸の奥に、 まだ息をしている影がある。
忘れたふりをしても。 名前を変えても。 夜に逃げても。
影は、消えなかった。
これは、影と共に生きてきた 一人の女の子の物語
杉葉から事情を聞き、狼牙たちが動き始めたあと、紗羽は杉葉を藍香たちと同じ部屋へ移動させ、静かに狼牙たちに言った。
「……藍香さん“だけ”が狙いとは限らない。フェイクかもしれない。他の団員、狼牙、そして俺自身が狙いでもおかしくない。」
その声は落ち着いているのに、誰よりも鋭かった。
狼牙たちは一瞬で緊張を取り戻し、鷹臣が短く頷く。
「了解。全員、警戒レベル維持します。」
湊も続ける。
「銀狼の周囲も固めます。」
紗羽はわずかに目を細めた。
「“狙われていない。そして敵はもう倒れた。”そう思った瞬間が一番危ない。気を抜くな。」
狼牙たちは一斉に散り、空気は静かに、しかし確実に緊張を増していった。
指示を出し終えると、紗羽はゆっくりと別室へ向かった。
扉の前で一度だけ深呼吸する。
(……巻き込んだのは私だ。謝らなきゃいけない。)
扉を開けると、藍香が椅子に座っていた。
昨日の恐怖がまだ残っているのか、肩が少しだけ強張っている。
紗羽は静かに近づき、彼女の前にしゃがんだ。
「……藍香さん。ごめんね。」
藍香は驚いたように目を瞬かせる。
「え……?」
「私のせいで巻き込んだ。怖い思いさせた。怒っていいんだよ。」
その声は、銀狼でも蓮でもない。
“紗羽”の声だった。
藍香はゆっくり首を振った。
「怒らないよ…
起こる理由なんてない。」
「……怒ってほしいのに。」
そういった紗羽の表情は藍香とよく話していたときとなにも変わらなかった。すねた子供のような。
その表情を見て少し驚きつつ藍香は答えた。
「怒らないよ。だって……紗羽が守ってくれたから。」
その言葉に、紗羽の胸がぎゅっと締めつけられた。
気づけば、紗羽は藍香の両手を包み込むように握っていた。
その手は震えていた。
「……藍香さん。震えてる。」
「……うん。でも大丈夫」
紗羽はその震えを感じながら、自分の胸のざわつきの理由を理解する。
(……怖かったのは私も同じだ。)
下を向いて紗羽は言葉を口にした。
「……藍香さん。もう絶対に、怖い思いさせないからね。」
藍香は握られた手をぎゅっと返す。
「……信じてるよ、紗羽。」
その瞬間、紗羽の中で何かが静かに固まった。
“守る”ではなく、“絶対に守り抜く”という決意。
扉がノックもなく開いた。
鷹臣が息を切らして立っている。
「銀狼!異変です!」
紗羽は即座に立ち上がり、藍香の前に一歩出る。
「……何があった?」
落ち着かせるように少しゆっくり聞く。
湊が続く。
「外の見張りが、“誰かがこちらを探っている気配がある”と。」
凪も眉を寄せる。
「動きはまだ見えませんが……“視線”だけがあると。」
紗羽の目が鋭くなる。
(……来たか。)
「全員、配置につけ。この部屋は最優先で守る。団員が全員揃っている。」
「了解!」
「外の見張りは二重に。廊下のカメラも再チェック。“視線”の方向を割り出して。」
狼牙たちは一斉に散っていく。
扉が閉まると、部屋に静けさが戻った。
藍香は不安を隠せず、紗羽を見上げる。
「……紗羽……また……?」
紗羽は振り返り、彼女の手をそっと握り直す。
「大丈夫。ここにいる限り、絶対に何もさせない。」
藍香は小さく頷く。
紗羽は胸の奥でざわつく感情を押し込めた。
(……この震えを、二度とさせたくない。)
狼牙の報告を受け、紗羽は外へ出た。
夜の空気は冷たく、その中に“異質な気配”が混ざっている。
そこに立っていたのは相手組織の3番手。霧島玲央。
心穿の玲央とも呼ばれ、相手の精神的な脆いところをついてくる天才だ。
紗羽は目を細めた。
(……見覚えがある。)
銀狼として動き始めた頃、何度も情報戦でぶつかった相手だ。
そして今自分になにが起こっているのかすべてが分かった。
「あぁ。そういうことか。」
原因は私だ。そして。根源も…
霧島玲央は薄く笑った。
「よぉ、銀狼。久しぶりだな。」
紗羽は静かに言う。
「……話があるなら穏便に済ませよう。」
「ふはは。穏便にねぇ……まぁいいや。」
その笑い方が、昔と変わらず嫌な感じだった。
霧島玲央は紗羽をじっと見つめ、わざと軽い口調で言った。
「お前の“愛しの沙良”のところに、早く行ってやれよ。」
紗羽の呼吸が一瞬止まる。
「……っ……なぜお前ごときが姉の名前を知っている?」
鷹臣がすぐに声を上げる。
「銀狼!挑発に乗らないでください!」
湊も距離を詰める。
「下がってください!」
霧島玲央は、紗羽の反応を楽しむように続けた。
「劇団に助けを求めたのも、結局は“道すがら”だろ?
ずっと孤独でいればよかったんだよ。
誰も巻き込まなかったのになぁ?」
凪の顔色が変わる。
(……こいつ……わざと銀狼の“痛いところ”を……)
紗羽は深く息を吸った。
怒鳴りたいわけじゃない。
暴れたいわけでもない。
ただ胸の奥が、静かに、深く、燃えていた。
(……藍香を巻き込んだこと。
団員を狙ったこと。
杉葉を脅したこと。
そして沙良の名前を口にしたこと。)
(全部……許せない。)
霧島玲央は、その目の変化に気づき、一瞬だけ表情を固くした。
「……ほぉ。その目……昔よりずっといいじゃねぇか。」
鷹臣が低く言う。
「銀狼、戻りましょう。ここで動くのは得策じゃありません。」
紗羽は静かに頷いた。
「……わかってる。」
だがその声は、怒りを押し殺していた。
霧島玲央も言いたいことだけ言って帰った。
今回の目的は挑発だったのだろう。
紗羽が稽古場に戻ると、団員たちはその表情に気づいた。
普段の紗羽でも、蓮でも、銀狼でもない。
三年間、胸の奥に押し込めていた寂しさを一気にえぐられたような顔。
狼牙の誰かが小さく説明する。
「……銀狼のお姉さんについての話を、相手側から出されたようです。」
団員たちの空気が一瞬で変わる。
結凛が小さく呟く。
「……沙良のこと……!?」
結凛達は沙良の事をよく知っていた。なぜならもともとこの劇団にいたのだ。
紗羽が関わるようになったのも沙良が繋いでくれたからだ。
紗羽はその名前に、ほんの一瞬だけ肩を震わせた。
(……このままじゃ……藍香も……団員も……危ない。)
胸の奥のざわつきが強くなる。
紗羽は狼牙たちに向き直り、少しだけ申し訳なさそうに声をかけた。
「……ねぇみんな。拠点……めっちゃ綺麗にできない……?
みんなを泊めようと思ってて……
ただ……警備が必要だから……
みんなも帰れなくなるんだけど……」
その声は、“守りたい”と“申し訳なさ”が混ざった、弱くて優しい声。
狼牙たちは一瞬で理解した。
鷹臣「俺たちのこと気にしなくていいっす。銀狼。」
湊「大丈夫っすよ。俺らは銀狼についていきます。」
凪「銀狼の大切な人たちは、俺らの大切な人たちです。」
紗羽の目が少し揺れる。
「……ありがとう……」
狼牙たちは少し離れたところで、ひそひそ声……のつもりで話し始める。
直哉「どうしよう……拠点……馬鹿汚いっすよ……」
愁斗「いやほんまに……あれ……人泊めるレベルじゃない……」
尊「綺麗にできますかね……銀狼の前で失敗したくない……」
声は小さいつもりなのに、ぜんぜん小さくない。
団員たち
(かわいい……)
紗羽
(……聞こえてるよ……でも……ありがとう……)
沙良の名前を出された瞬間の痛みはまだ胸に残っている。
でも
今は守りたい人がいる。
支えてくれる仲間がいる。
その温度が、紗羽の心を少しだけ支えていた。
その頃の拠点の狼牙たちは連絡を受けて
「雑巾追加!」
「バケツ満タン!」
「三角巾ずれた!」
「銀狼のために急げ!!」
拠点はもう、意味わからないほどの大忙し。
稽古場で紗羽はまだ苦しんでいた。
(……だめだ。このままじゃ引きずる。切り替えないと……)
紗羽は深呼吸し、昼でも動けそうなバーの知り合いをそっと電話で呼び、外へ出た。
「ちょっと来てもらってもいい……?」
「えっ……蓮くん……? いいよ……」
団員たち
「え、紗羽……?」
「昼間に蓮モード……?」
「やば……」
女性が近づくと、紗羽は自然に“蓮”の顔になる。
「藍香さんは見ないで。結凛さん。目塞いでて。」
「……少しだけ、力貸して。」
「もちろん……」
蓮は彼女の腰に手を添え、そっと引き寄せる。
「……っ……蓮くん……」
「大丈夫。ちゃんとわかってるから。」
女性は頷き、完全に身を預ける。
蓮は彼女の頬に触れ、ゆっくりと唇を重ねた。
深くはない。
でも、落とすには十分すぎるキス。
団員たち
「ひゃ……」
「昼間にこれは反則……」
「紗羽……色気……」
「目のやり場が……」
狼牙たち
「銀狼……いや蓮……すげぇ……」
「プロの色気……」
「これで心整えれるのか……?」
女性は息を整えながら、蓮の胸に手を置く。
「……蓮くん……役に立てた……?」
蓮は一瞬で銀狼の冷たい目に戻り、すっと距離を取る。
「うん。ありがとう。助かったよ。」
女性は胸を押さえながら帰っていく。
「……はぁ……心臓もたない……」
団員たち
「わかる……」
「昼間にやる破壊力じゃない……」
「紗羽……切り替え方がプロ……」
狼牙たち
「銀狼、すげぇ……」
「いや蓮か……?」
「どっちでも強い……」
紗羽は稽古場に戻り、深く息を吸った。
「……結凛さん。ありがとう。
さぁ。これから始まるぞ。」
団員たち
「お、おう……!」
「銀狼戻ってきた……!」
「切り替え早すぎん……?」
狼牙たち
「銀狼、準備できてます!」
「拠点も急ぎます!」
紗羽の目はもう、迷いも痛みもない。
“守るために動く銀狼”の目。
「……知り合いの車に相手の車を混ぜられたら終わり。
全車両、運転手の身元確認。
車体も全部チェックして。」
鷹臣
「了解。車底、タイヤハウス、トランク、全部確認します。」
凪
「一台混ざりもの見つけすぐに排除いたしました。拠点の奥へ移送しました。」
湊
「運転手の身元も照合済みです。全員“安全”確認取れました。」
「よし。全員、一気に移動する。」
団員たち
「……緊張する……」
「なんか映画みたい……」
「紗羽の声が完全に銀狼……」
狼牙たち
「「「銀狼の護衛、全力でやるぞ。」」」
車列は静かに動き出す。
団員たちは窓の外を見ながら、普段とは違う空気に息を呑む。
結凛
「……なんか……本当に狙われてるんだって実感する……」
瑛祐
「そうだな」
狼牙
「後方クリア。」
「前方も異常なし。」
「車間距離一定、速度維持。」
紗羽は後部座席で目を閉じ、完全に“銀狼”の顔になっていた。
車列が静かに止まった瞬間、団員たちは窓の外を見て息を呑んだ。
目の前にそびえるのは、まるでSF映画の世界から切り取ってきたような巨大なゲート。
青白いラインが地面を走り、壁面には複数のセンサーが光を放っている。
「えっ……なにこれ……」
「映画……?」
「未来……?」
「紗羽、ここ……本当に日本……?」
狼牙たちは慣れた動きで車を降り、端末を操作し始めた。
「銀狼専用ルート、開けます。」
「ID照合開始。」
「生体認証クリア。」
低い電子音とともにゲートが静かに開く。
青い光が走り、床のラインが連動して光り、奥の自動扉が滑るように開いた。
団員たちはただ呆けている。
「すご……」
「テンション上がる……!」
「え、ここ泊まれるの……?」
紗羽は軽く笑った。
「うん。今日はここで休んで。」
拠点の内部に足を踏み入れると、団員たちはさらに驚いた。
「えっ……綺麗……!」
「昨日慌てていたのはどこへ……?」
「狼牙たち……すご……」
廊下の端で、三角巾をつけた狼牙たちが小声で話している。
(いや……まだ汚いとこある……)
(銀狼に見られたら……死ぬ……)
(でも……なんとか……)
紗羽は彼らに向かって静かに言った。
「……ありがとう。十分すぎるよ。」
その一言で、狼牙たちは一斉に背筋を伸ばした。
「っ……!」
「銀狼に褒められた……!」
「やってよかった……!」
紗羽は団員たちを振り返る。
「ここなら……しばらく安全に過ごせる。」
「……うん……!」
「安心した……」
そして狼牙たちに声を掛ける
「だが油断はするな。ここからが本番だ。」
その声は静かで、しかし誰よりも強かった。
団員も狼牙も、その言葉に自然と背筋が伸びる。
廊下を進むと、左右に狼牙のメンバーがずらりと並んでいた。
紗羽が通ると、全員が一斉に頭を下げる。
「銀狼。」
「お疲れさまです。」
「お帰りなさい。」
「ん。」
団員たちは圧倒されていた。
(圧っ……)
(映画……?)
(紗羽……すご……)
とりあえず腹ごしらえに食堂に案内されると、瑛祐たちはさらに驚く。
「えっ……普通に美味しい……」
「え、これプロ……?」
「なんでこんなに家事スキル高いの……?」
狼牙たちは胸を張る。
「銀狼のためっす!」
「料理は愛情っす!」
団員たちは思わず笑ってしまう。
(かわいい……)
廊下のあちこちにはSF映画のようなセキュリティゲートが並び、
指紋認証や虹彩スキャンが当たり前のように設置されていた。
「え、指紋認証……?」
「虹彩スキャン……?」
「未来……?」
お風呂も広くて綺麗で、団員たちは口を揃えて言った。
「ここ……住める……」
ただ、ところどころ掃除が追いついていない場所があり、
狼牙たちはそのたびにビクッと肩を震わせる。
(やば……あそこまだ片付いてない……)
(銀狼に見られたら……)
(死ぬ……)
だが紗羽は優しく言う。
「うん、きれいになったよ。」
その一言で狼牙たちは涙目になる。
「っ……!」
「銀狼……!」
「ありがとうございます……!」
団員たちはその様子に胸を押さえる。
(かわいい……)
(狼牙さんたち……銀狼に褒められたくて必死……)
紗羽がふと呟く。
「あれ……匂いも消えてない?」
狼牙たちは一斉に反応した。
「それ!これ使ったんす!」
「新しい消臭技術でして!」
「銀狼に気づいてもらえて……嬉しいっす!」
団員たちは思わず笑う。
(なんでこんなに家事スキル高いの……?)
(プロ……?)
奥の部屋に向かうと、扉が半開きで、
三角巾とマスクの狼牙たちがぞうきん片手に固まっていた。
「……っ!!」
紗羽が入ってきた瞬間、全員が整列して礼をする。
「銀狼!!」
団員たちは吹き出しそうになる。
(さっきまでの威厳どこいった……)
(うさぎさん三角巾かわいい……)
(掃除部隊……尊い……)
「こ、こんなとこ入っちゃだめっす!!まだ終わってないんで!!」
紗羽は小さく笑った。
「……わかった。」
団員たちは胸を押さえる。
(かわいい……)
紗羽は奥の扉を開けた。
そこは、整いすぎていて、どこか寂しい空気が流れる部屋だった。
「ここは……私の部屋だよ。」
団員たちは静かに息を呑む。
「……紗羽……」
「なんか……落ち着くけど……」
「ちょっと寂しい……?」
紗羽はふっと笑った。
「物悲しいって思っちゃったかな、笑
でも泊まる部屋はここじゃないから。
みんなはもっとゆっくり寝れると思うよ。」
「……うん……」
「紗羽の部屋か。ここにいつもいたんだね。」
廊下の狼牙たちは、紗羽の部屋を見て胸を押さえていた。
(銀狼の部屋……初めて見た……)
(整いすぎてて……逆に胸が痛い……)
狼牙たちは普段は入るのを許されていない部屋である。
紗羽は部屋の中央に置かれた机へ向かい、
狼牙から渡された資料を受け取った。
「銀狼、最新の情報です。」
「外の動きもまとめました。」
「ありがとう。」
その声は、さっきまでの柔らかさが消えていた。
完全に“銀狼”の声。
団員たちは空気の変化に息を呑む。
(……空気が変わった……)
(さっきまでの紗羽じゃない……)
(かっこよ……)
紗羽は資料を読みながら、短く指示を飛ばす。
「この情報、後方にも流して。
監視ルートはこっちに変更。
外の動きは“北側”が怪しい。」
狼牙たちは即座に動く。
紗羽は机に大きな地図を広げ、赤いペンで線を引き、
敵の動きを予測し、狼牙に次々と指示を出す。
団員たちはその姿に息を呑んだ。
(……プロ……)
(銀狼って……こういう顔するんだ……)
(かっこよすぎる……)
紗羽は金縁のメガネを手に取り、カチッと掛けた。
団員たちの心臓が跳ねる。
(……っ……)
(紗羽……メガネ……)
(色気……反則……)
狼牙たちも小声で騒ぐ。
(銀狼のメガネ姿……)
(やば……何度見ても)
(仕事モードの色気……)
紗羽は気にする様子もなく、淡々と情報を整理し続ける。
「……ここが動くなら、次はこのルートを使うはず。」
「すぐに配置します!」
団員たちは、紗羽の背中を見つめながら静かに息を呑んだ。
誰かを守るために冷たくなる銀狼。
その姿は、怖いほど美しくて、頼もしくて、胸が締めつけられるほどかっこよかった。
読んでくれてありがと。
どんどん違う展開になってるかな。そろそろクライマックス!
次からどんどん動いていくよ! 気に入ってくれたら、次も覗いてみてな。
コメディ要素のほうが多くなってきたね笑。
感想とかあったら、遠慮せんと教えて! めっちゃ嬉しいし、まじで力になる!




