太陽を守る狼、夜に吠える
胸の奥に、 まだ息をしている影がある。
忘れたふりをしても。 名前を変えても。 夜に逃げても。
影は、消えなかった。
これは、影と共に生きてきた 一人の女の子の物語
プリンでほっこりして、昨日の恐怖も少し薄れてきた頃だった。
「なぁ、昨日の場所ちょっと見に行ってみん?どんな奴らやったんか気になるし」
瑛祐が軽い調子で言うと、結凛が眉を寄せた。
「え、でも……紗羽怒るかな……」
「いや、ちょっと見るだけやって。巻き込まれへんように気をつけて……」
歩睦が言い、杉葉も小さく頷く。
「……行ってみたい……」
藍香だけが、静かに首を振った。
「……だめだよ……」
それでも、みんなの足が動きかけた瞬間だった。
「危ないことしないで。」
空気を裂くような、銀狼の声が響いた。
その一言だけで、場の空気が一瞬で凍りつく。
誰も動けない。
誰も言い返せない。
ただ、銀狼の声が“絶対”だった。
その日はそれ以上なにもするわけでもなくただ稽古が進んでいく。
稽古中、藍香は紗羽にそっと近づいた。
「……紗羽。握手……してみよ。」
「……うん。」
紗羽は恐る恐る手を出し、藍香も震える指先で手を伸ばす。
二人の指が触れた瞬間、空気が変わった。
紗羽の胸の奥で、何かが暴れ出す。
(……今すぐ手を引いて抱きしめたい……)
自分の心の暴走に驚き、紗羽は反射的に手を離した。
「……限界。」
「え……?」
「ごめん……ちょっと……」
理由は誰にもわからない。
でも、紗羽が苦しそうなのだけは、全員が感じ取っていた。
休憩時間。
歩睦がそっと紗羽に近づく。
「ねぇ紗羽。さっきの“限界”って……なんの限界?」
紗羽はしばらく黙り、深呼吸してから言った。
「……藍香さんの手、握った瞬間に……今すぐ引き寄せて抱きしめて……って、心が思っちゃった。」
歩睦は息を呑む。
「そんなこと……したくないのに。したくないのに……思っちゃったから……限界って言った。」
歩睦は驚きながらも、紗羽の苦しさを理解したように頷いた。
「……紗羽……言ってくれてありがとうな……」
紗羽は小さく笑った。
「……うん。」
その後、休憩スペースの隅で、歩睦は藍香にそっと声をかけた。
「藍香……ちょっと話していい?」
「……うん。」
「紗羽が……距離、詰めないでほしいって……言ってた。」
藍香の表情が揺れる。
「……どうして……?」
歩睦は嘘をつかず、余計なことも言わず、ただ事実だけを伝えた。
「紗羽……藍香さんの手、握った瞬間に……“抱きしめたい”って思ってしまったらしい。自分でも驚くくらい強く。」
藍香は胸を押さえた。
「でも……そんなことしたくないって。だから……距離を詰められると……自分を抑えられなくなるって。」
藍香はゆっくり頷く。
「……わかった。距離……詰めないようにする。紗羽が苦しいなら……無理させたくない。」
「ありがとう。紗羽……ほんまに藍香のこと大事に思ってるから。」
「……うん……知ってる……だから……私も大事にしたい。」
その後の稽古場では、二人の間に静かな距離が生まれた。
近すぎず、遠すぎず。
触れたら壊れそうな空気が、そっと漂っていた。
その日の稽古終わり。
瑛祐が突然言い出した。
「今日さ、この劇団できて10年なんだよ。飲みに行かねぇ?」
「えっ、10年!?じゃあ行くしかないじゃん!」
結凛が目を輝かせ、歩睦も笑う。
「紗羽!!いい店知ってるよね!!」
「紗羽の“いい店”は信用できる……!」
紗羽は心の中で苦笑した。
(……そりゃ全店知ってるよ……)
でも今日は“蓮”として動く予定だった。
「じゃあ……今日行かないほうがいいかな……」
「えっ?」
紗羽は少し考え、そして言った。
「……あぁ、いい店知ってるよ。穴場で、美味しくて、マスターが優しくて、微妙に空いてるとこ。」
「かんぺきやん!!」
「紗羽の“穴場”はガチで穴場だからね……!」
「よっしゃ、そこ行こ!!」
「楽しみ……!」
紗羽は心の中で呟く。
(美味しい理由は……料理人の半分が狼牙だからだよ……団員たちを守らせるにはちょうどいい……)
結凛が言う。
「そっか……紗羽としては行けないのか……」
「いいよ、蓮で来てよ!ついてこなくてもいいからさ!」
「蓮のほうが飲み屋街に馴染むしな!」
「蓮の紗羽……見てみたい……」
紗羽は観念したように笑った。
「……わかったよ……蓮で行くね……」
「やった!!!」
その頃、裏では狼牙たちがほのぼの会議をしていた。
「銀狼、団員さんたち飲みに行くらしいっすよ。」
「銀狼、蓮で行くって言ってたっすね。かわいいっす。」
「料理人に半分うちのメンバー入れてるの、ほんと銀狼らしいっす。
普通の仕事くれるのまじありがたいっすよね。」
「銀狼の恋も仕事も、全部応援したいっすね……コーヒーうま……」
「平和なときの銀狼、一番かわいいっす。」
「恋してる銀狼はもっとかわいいっす。」
その後、紗羽は拠点に一度戻って情報を受け取った。
「銀狼、今日バー街の敵出現率が高いっす。団員さんたちが行くなら……守りつけたほうがいいっす。」
「団員さんたち、今日飲みに行く気満々っすよ。止めても行くタイプっす。」
「……じゃあ、行かせよう。」
「了解っす。」
「どうせもう見られてるしね。蓮で行くのも……隠せないし。」
「藍香さんたちには守りつけます。バー街のほうが敵出やすいの、わざと了承したんすよね?」
「うん。あの子たちが行くなら、私が止めるより……守りを厚くしたほうが安全。」
「銀狼……優しいっすね……」
「優しいんじゃないよ。守りたいだけ。」
夜。
紗羽が紹介した“穴場の店”で、団員たちは楽しそうに乾杯していた。
「うまっ!!なにこれ!!」
「料理のレベル高すぎない!?穴場ってレベルじゃないよ!!」
「ずったんの店紹介は信用できるわ……全部当たりやん……」
「マスター優しい……落ち着く……」
その頃、外の通りがざわつき始めた。
ざわ……ざわ……ざわ……
「なんか……外、騒がしくね?」
「うん……なんか……空気変わった……?」
「誰か来たんやろか……」
「ざわざわ……してる……」
マスターがグラスを拭きながら、にやっと笑った。
「……あぁ。来たね。」
店の奥の厨房でも狼牙たちがざわつく。
「空気でわかるっす。あの独特の“夜の気配”……。」
「団員さんたち、気づくかな……蓮さん来ると町全体がざわつくの……。」
「蓮さんの色気は反則っすね……。」
外から、女の子たちの声が響いた。
「れぇぇぇんくーん!!」
「今日も来てくれたの!?蓮くん!!」
「蓮くん、こっち向いて〜!!」
団員たちは固まった。
「えっ……蓮……!?呼ばれてる……?」
「紗羽……どんだけ人気なん……?」
「町全体で人気なんか……」
「蓮……すごい……」
さらに声が飛ぶ。
「蓮くん、今日も飲んでくのかい?」
「おーい蓮!こっち空いてるぞ!」
「蓮くん、今日も綺麗だねぇ!」
団員たちは震えた。
(常連にも……!?)
その瞬間、店の扉が開いた。
ざわめきが一気に店内へ流れ込む。
そして──蓮が現れた。
片手には、月の光を集めたような小さな花束。
「今日みたいな月の日には、こういう花が似合いそうだと思ってね。」
口説き文句のはずなのに、その声は柔らかく、優しく、
なのに、心臓を掴まれるような色気があった。
蓮は花束をテーブルに置き、微笑む。
「10周年、おめでとう。」
団員たちは息を呑んだ。
(……綺麗……)
(……反則……)
(……息止まる……)
蓮は花束をテーブルに置くと、ふっと微笑み、店の奥へ視線を向けた。
「奥、見るね。」
その一言で、マスターは反射的に背筋を伸ばし、深く頭を下げる。
「どうぞ。蓮さんであれば、何も問題はありません。」
団員たちは思わず息を呑んだ。
(……信用……すご……)
蓮は厨房を一通り確認し、満足したように小さく頷く。
「おー、いいね。聞いてるかわかんねぇけど、今日のお客さん、俺の大事な人たちだからな。気合い込めてもてなせよ。」
その声は柔らかいのに、逆らえない圧があった。
厨房の奥に潜んでいた狼牙たちが、一斉に返事をする。
迅「了解っす!!任せてください!」
蓮はその反応に軽く笑い、誰にも気づかれない角度でカードをマスターへ渡した。
マスターは深く頭を下げる。
「行ってらっしゃいませ。後ほどまた寄られますか?」
「ん、そうするよ。」
カードは後で取りに来るの合図だ。
蓮が店を離れると、厨房の狼牙たちが一斉にざわついた。
迅も隼人も楽しそうだ。
蒼牙「メニューにない料理、もう出し始めてるっすけど……銀狼のカードだしいいっすよね!」
零士「銀狼のカードは実質無限っすからね……今日は遠慮なくいくっす……!」
隼斗「団員さんたち喜んでるし……銀狼も喜ぶし……最高の夜っすね……!」
マスターは苦笑しながらも、どこか嬉しそうに呟いた。
(……まぁ今日はいいか。蓮さんの“特別な日”だし……)
テーブルに次々と運ばれてくる料理は、どれも店のメニューには載っていないものばかり。
団員たちはスプーンを止めて、顔を見合わせた。
「なんか……料理のレベル……異常じゃない……?」
「これ……メニューにないよね……?」
「紗羽……いや蓮……」
驚きと感動が混ざった声が、テーブルの上に静かに広がっていった。
やがて蓮は店を出て、入口で待っていたお姉さんたちと合流した。
「蓮くん〜!遅いよ〜!」
「ごめんごめん。ちょっと知り合いに挨拶してた。」
「蓮くんの“しりあい”……気になる〜!」
「内緒。」
蓮は二人の腰に軽く手を添え、夜の通りへ歩き出す。
その仕草だけで、通りの空気がざわつく。
「蓮くん、今日の花束……さっきの人たちにあげたの〜?」
「大事な人達だからね。」
「え〜!私たちじゃないの〜?」
「君たちには別のものあげるよ。」
「きゃ〜〜!!」
蓮は笑いながら、二人を別の店へエスコートした。
その背中を、団員たちはただ呆然と見送るしかなかった。
(……蓮……すごすぎる……)
(町のアイドル……いや、それ以上……)
やがて団員たちは食べ終わり、会計を済ませようとしたが、
マスターは静かに首を振った。
「代金は受け取っております。蓮さんからカードを預かっておりますので。」
「……まじか……」
「いつ渡したん……?」
店を出ると、夜風が頬を撫でた。
「さむっ……でも気持ちいい……」
「蓮のかっこよさで酔い直したけどな……」
「今日……夢みたいだった……」
ふわふわした足取りで歩き出した瞬間、
店の影から狼牙がひっそりと現れた。
「みなさん、こちらへどうぞ。帰り道、危ないので。」
(……え、いつの間に……?)
(銀狼……どんだけ守ってくれてんの……)
狼牙たちは無表情だが、目だけは鋭く光っていた。
(銀狼の大事な人たち……絶対に安全に帰す……)
団員たちはその背中に、妙な安心感を覚えた。
一方その頃、蓮は別の店でお姉さんたちと談笑していた。
「蓮くん、今日ほんと優しい〜!」
「なんか……いつもより柔らかい……?」
「そう?今日は……いい日だからね。」
笑顔は柔らかい。
けれどポケットのスマホには、狼牙からの連絡がいつでも届くよう設定されている。
(団員たちが帰るまで……気を抜けないな……)
お姉さんたちが話しかけても、
蓮の意識は半分だけ別の場所にあった。
帰り道を護衛している狼牙は、団員たちを囲むように歩きながらスマホを握りしめていた。
(銀狼……団員さんたち、今から駅に向かいます……)
(何かあればすぐ連絡するっす……)
蓮は少し緊張の面持ちをしながらもお姉さんたちに微笑みを向けていた。
しかし
スマホが震えた瞬間、
蓮の表情が一瞬で変わる。
「蓮くん?どうしたの?」
「……ちょっと行ってくる。」
声は静か。
けれど空気が一気に冷えた。
蓮は上着を椅子に置き、店の扉を押し開ける。
その上着は蓮の時に絶対着用しているもので、会計には返ってくるというマスターとの合図になっている。
「今回……少し時間かかるかもしれない。」
その言葉だけ残し、
蓮は夜の闇へ溶けた。
外では、狼牙が息を荒げていた。
「銀狼……!相手……十五……!」
蓮の足が止まる。
「……は?」
「囲まれてます……団員さんたち……!」
夜の空気が、一瞬で張り詰めた。
蓮の瞳が、完全に“銀狼”の色へ変わる。
読んでくれてありがと。紗羽、やっと打ち解けたみたいだね、一安心。
藍香と仲良くしてくれるといいなぁ、、。
この先も、いろいろあるよっ。 気に入ってくれたら、次も覗いてみてな。
コメディ要素ときどき入っちゃうからね!
感想とかあったら、遠慮せんと教えて! めっちゃ嬉しいし、まじで力になる!




