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トリニティ  作者: かいり
3/10

触れられない理由、触れたい想い

胸の奥に、 まだ息をしている影がある。


忘れたふりをしても。 名前を変えても。 夜に逃げても。


影は、消えなかった。


これは、影と共に生きてきた 一人の女の子の物語

紗羽(すずは)は胸に手を当て、ゆっくりと息を吸った。


「来てくれてありがとう。ちゃんと全部話すよ。」


声は震えていない。けれど、指先はかすかに揺れていた。


「…昼の私は、みんなが知ってる“紗羽”だよね。笑って、明るくて……普通でいたい私。」


結凛(ゆうり)がそっと頷く。


「うん…」


藍香(るか)は優しく微笑んだ。


「紗羽の笑顔、好きだよ。」


その言葉が胸に刺さり、紗羽は一瞬だけ目を伏せた。


「…でも、それだけじゃ、生きられなかったんだ。」


紗羽は息を整え、静かに続けた。


「夜は…“蓮”って名前で動いてる。バーに行って……お姉さんたちの相手してた。」


結凛が眉を寄せる。


「相手って……どういう……?」


「寂しさを紛らわせたくて。何も考えたくないから。誰かと喋って、触れられて……時間が早く過ぎるようにしてた。」


藍香の表情が揺れた。


「紗羽……そんな……」


「楽しくないよ。ただ……沈まないようにしてただけ。」


紗羽は少し間を置き、さらに言葉を続けた。


「裏の顔もある。“銀狼”。この町で……必要じゃない人たちを止めてる。」


結凛が息を呑む。


「必要じゃない……?」


「誰かを傷つけることしかしない人。捕まってもまたやるような人。そういうのを……徹底的に止めてる。」


藍香は驚いたように紗羽を見つめた。


「……紗羽が……?」


「基本は命令するだけ。危ないとき以外は狼牙(ろうが)たちが動く。」


鷹臣(たかおみ)が胸を張る。


「銀狼がトップっすから。」


(みなと)も続ける。


「この町、銀狼が守ってるんすよ。」


その横で、無口な青年——(なぎ)が静かに立っていた。

気配を消すように佇んでいるが、視線だけは紗羽を守るように鋭い。


結凛は震える声で言った。


「……紗羽……そんなこと……ひとりで……?」


「ひとりじゃない。狼牙たちがいる。」


藍香がそっと一歩近づいた。


「……じゃあ……さっきパニックになったのも……その“裏”のことと関係あるの……?」


紗羽は喉を震わせ、息を飲んだ。


「んーん。それが、違うんだ。……匂い……」


藍香が眉を寄せる。


「匂い……?」


「……藍香さんの……匂いが……だめで……」


藍香の表情が揺れた。


「……私の……匂い……?どう受け止めていいのかわからないんだけど……」


紗羽は言葉を失い、湊が代わりに正座して口を開いた。


「失礼します。本人の口からまだ言えないことをお許しください。

銀狼……紗羽さんは……藍香さんのこと、ほんとに大好きなんすよ。」


結凛が息を呑む。


「……好き……?」


藍香は震える声で紗羽を見る。


「……紗羽……?」


湊は続けた。


「でも……“大切な存在”になるのは怖いんす。銀狼は……大切なものほど失うのが怖い人なんす。」


結凛が小さく呟く。


「……だから“離れて”って……」


「そうっす。嫌いだからじゃない。むしろ好きすぎて、近くに来られると……壊れそうになる。」


歩睦が胸を押さえる。


「……苦しいな、それ……」


湊はさらに続けた。


「匂いで全部思い出すんす。トラウマもある。触れられない。匂いが染み付いて離れない。それでパニックになる。」


結凛は涙をこらえながら紗羽を見つめた。


「……紗羽……」


湊は最後に言った。


「藍香さんが悲しい顔するのが……銀狼にとって一番きついんすよ。」


藍香は唇を噛んだ。


紗羽は否定もせず、ただ静かに目を閉じて聞いていた。


そして、ぽつりと本音を落とした。


「……私さ……藍香さんのこと……大好きなんだ。」


藍香の目が揺れる。


「家族の事故とか……そんなのより……もっとずっと前から……ずっと……好きだった。」


涙が落ちる。


「でも……一番尊敬してた姉と……一番話が合った父が……死んで……“自分に近づいたらいなくなる”って……思うようになって……」


そこまで言った瞬間、紗羽の目から涙が落ちた。


鷹臣がすぐに支える。


「銀狼、息ゆっくりっす……吸って……吐いて……」


紗羽は震えながら続けた。


「……匂いが……いちばん……藍香さんを思い出す……大好きだった。いい匂い……」


藍香は胸に手を当てた。


「……それで、私の……匂い……?」


「昨日さ……バーで一緒にいたお姉さんの香水が……藍香さんに似てて……フラッシュバックして……息できなくなって……」


結凛は手で口を押さえた。


「いつも……近くにいるのに……触れられる距離なのに……触れられなくて……苦しくて……」


藍香の目が赤くなる。


「だから……お姉さんたちで……紛らわせてたっていうのもある。でも……藍香さんじゃないと……だめでさ……」


涙がぽたぽた落ちる。


鷹臣がそっと背中を支える。


「こんな……こじらせてたら……藍香さんの幸せなんか……掴めなくて……私なんか……近くにいちゃ……だめだって……思って……」


藍香は胸に手を当て、震える声で言った。


「……紗羽……そんなふうに思ってたの……?それって、わたしが、、」


紗羽はすぐに首を振る。


「ちがう!……藍香さんのせいじゃない……絶対に……自分を責めないで……お願い……」


藍香の目から静かに涙が落ちた。


紗羽の涙は静かで、綺麗で、胸を締めつけた。


「……藍香さんが……悲しい顔するのが……いちばん……つらいんだよ。笑顔でいてほしい。

だから……離れて……って……言っちゃった。ほんとは……そばにいてほしいのに……」


藍香は胸に手を当て、震える声で言った。


「……紗羽……すこしだけ……考えさせて……」


結凛がそっと肩に触れた。


「……行こ。少しだけ……時間、もらおう。」


藍香は深く息を吸い、別室へ向かった。


扉が閉まる瞬間、紗羽は小さく呟いた。


「……うん……大丈夫……」


鷹臣が紗羽を横にさせ、呼吸を合わせる。


湊が水と甘いものを持ってくる。


凪は静かに見守りながら、紗羽の呼吸のリズムを確認していた。


「……いつもありがとう……」




凪が別室へ向かい、状況を伝える。


結凛たちは静かに話し合い、藍香は涙を拭いながら決意を固めた。


「……紗羽のペースで……そばにいる。触れられなくても……距離があっても……それでも……紗羽のそばにいたい。」


そして紗羽のもとへ戻り、まっすぐに問いかけた。


「紗羽。一つ質問をさせて。

紗羽は…なんで私に“触れられない”って思ったの?」


紗羽は逃げずにきらきらした笑顔で答えた。


「…藍香さんはね…みんなの太陽なんだ!かわいくて…かっこよくて…やさしくて…私にとっては…天使で…女神で…」


話す間にも涙が落ちる。


「私は…藍香さんに…したくてもできないことを…バーのお姉さんたちにしてたんだ…

ただ恋愛感情をこじらせて、ね。」


結凛が息を呑む。


「最悪でしょ…こんな人間が…藍香さんを独り占めしちゃ…だめなんだよ…」


涙が静かに落ちる。


「穢したくなかった…濁したくなかった…藍香さんの…明るさが…だいすきだから…」


「さっきさ。藍香さんが横を通った時に、匂いが一気に頭に戻ってきて…好きで…仕方なくて…匂いが入らないように…遠く行ってって…言っちゃったんだ…さっき…」


そして笑いながら呟く。


「だってさ。パニクってる原因の人が…やさしすぎて…助けようとしてくれるから…傷つけたくなかったのに…笑。

だから…言っちゃった…最悪だね…」


紗羽の涙は静かに落ち続けた。


藍香はその涙を見て、ふっと微笑んだ。腑に落ちたように。

この子に必要なのは誰かに甘えられる環境だと。


「最低じゃないよ。こっちおいで。」


紗羽は驚いて顔を上げる。


「その匂いはね、“いいものなんだ”って。“抑えなくていいんだ”って。頭に伝えてあげて。少し時間くれる?」



結凛たちは静かに部屋を出ていく。


扉を閉めると、組織の男たちが外で肩を落としていた。


「…これから俺らって…銀狼に捨てられるんすかね…」


「愛には勝てねぇっす…」


「銀狼…俺らのこと…忘れちゃうんすかね…」


一瞬驚いたが結凛たちは泣きながら大笑いした。


「いや、しょげすぎでしょ……!」


「紗羽は捨てないよ。むしろお前らいないと生きてけないだろ。」


「銀狼の愛に負けた男たち……って感じ。」


「負けたって言わないでくださいよぉ……!」


笑い声が広がる。



部屋の中では、紗羽がゆっくりと藍香へ近づいていた。


「ゆっくりでいいよ。紗羽のペースで。」


「…うん…」


藍香は手を差し出す。


「手だけね。触れなくてもいい。ここにあるってわかるだけでいいから。」


紗羽はその手に近づき、触れる直前で止まった。


「…だめ。触れたら…止まらなくなる…私が…藍香さんを…壊す。」


藍香は微笑んだ。


「壊さないよ。紗羽は優しいから。」


「優しくなんかない。」


涙がまた落ちる。


「…少しずつ…近づきたいよ…ほんとは…隣に座りたい…手、つなぎたい…抱きしめたい…でも…それをしたら…」


藍香はふっと笑いながらまっすぐに言った。挑発するようなちょっと悪い紗羽の大好きな顔。


「紗羽。汚れたりしないよ。濁らないよ。私、そんなに弱くない。

紗羽は私が強いから好きなんじゃないの?

ノーテンキなだけだけど。」


紗羽の胸が熱くなる。


藍香は明るい声で言った。


「今日はここまでにしよっか。」


その優しさに、紗羽は胸が軽くなる。


「…よかった…藍香さんは…藍香さんのままだ…」


藍香は扉を開け、みんなを呼んだ。


「みんな、戻ってきていいよ。今日はここまでにしよ。」


結凛たちが戻り、空気が少し明るくなる。


紗羽は胸の奥が静かに落ち着いていくのを感じた。


(…あぁ、よかった)

外に出ると、夜の空気が冷たくて、どこかざわついていた。


「帰るかぁ?」

杉葉(すぎは)たちが話している。


すると、紗羽はふっと目を細めた。


「…気配、多いね。」


瑛祐(えいすけ)が慌てて周りを見る。


「え?どこ?どこ?なに?なに?なに?俺らには何も見えんけど?」


歩睦(あゆむ)が眉を寄せて紗羽を見る。


「紗羽、何が見えてるんだ…?」


杉葉も不安そうに周囲を見渡した。


「誰がいるの…?」


鷹臣が苦笑しながら頭をかいた。


「いやぁ…すんません。銀狼のために急いで飛び出した俺らの話が広まって…“銀狼が倒れたらしい”って噂になって…見に来たやつらがいるんだと思います。」


紗羽はふっと笑った。


「いいよ。心配してくれて嬉しい。」


藍香は驚いたように目を丸くする。


「え…?」


結凛は笑った。


「紗羽…人気者…

そっちでも人気者ってこと?」


「ちょっと銀狼出すけど。驚かないで」


紗羽は立ち止まり、髪を一度整えてから、わざと少しだけ崩した。

服も着直して、また少し乱す。


その“絶妙な乱れ”が、銀狼の色気と威圧を作る。


瑛祐が息を呑む。


「…え、え、え…紗羽…? 空気が…変わった…」


歩睦も目を見開いた。


「これが…銀狼…?」


杉葉は小さくつぶやく。


「同じ人とは思えん…」


藍香は胸の奥が熱くなるのを感じながら、ただ見つめていた。


(…すご…)


紗羽は静かに言った。


「…出ておいで。」


鷹臣がすぐに動く。


「おい、全員出ろ。銀狼が呼んでる。」


路地裏の影から、ぞろぞろと狼牙のメンバーたちが姿を現す。

緊張していた顔が、紗羽の姿を見た瞬間に一気に緩んだ。


紗羽は“紗羽の声”で微笑む。


「心配かけてごめんね。もう大丈夫。」


「よかったぁぁ!!」

「マジ心配したんすよ!!」

「銀狼倒れたって聞いて!!」

「ほんま無事でよかったぁ!!」


稽古場の前が一気に騒がしくなる。


藍香は呆然とつぶやいた。


「…すごいね…紗羽…心配されすぎ。」


結凛は微笑む。


「紗羽…愛されてる…」


瑛祐は肩をすくめた。


「いや、人気すぎるやろ…?!」


湊が怒鳴る。


「おい!うるせぇぞ!銀狼の前だぞ!」


だが誰も聞かない。


紗羽が手を軽く上げて湊を制した。


「いいよ。」


そして、声を“銀狼”に切り替える。


「おい。やかましい。もう夜やぞ。」


空気が一瞬で凍りつく。


「それと、仕事はどうした。全員非番なわけねぇだろ。

この町のどこで何起きてるか、今この状況で把握できてんのか?」


「す、すんません!!」

「すぐ戻ります!!」

「了解っす!!」


牢牙たちは蜘蛛の子を散らすように一瞬で散っていった。


鷹臣が感心したように言う。


「…やっぱ流石っす…」


湊も頷く。


「銀狼の威圧…えぐい…」


瑛祐は震えた声でつぶやく。


「紗羽…? 今の…紗羽…?

ほんとに?」


歩睦も驚きを隠せない。


「声も…雰囲気も…別人格…」


杉葉は息を呑む。


「これが…銀狼…?」


藍香は胸の奥がじんわり熱くなるのを感じていた。


紗羽はふっと笑い、“紗羽”の声に戻る。


「…じゃあ、帰ろっか。」


稽古場の前。

銀狼モードを一瞬見せた紗羽に、みんながざわざわしていた。


結凛が興味深そうに聞く。


「ねぇ…夜のほうの紗羽は見せてくれないの?

銀狼見たせいで興味が…」


瑛祐も身を乗り出す。


「そうそう。銀狼は見たけど…“夜の紗羽”ってどんなの?」


紗羽は一瞬だけ目を伏せ、短く、はっきり言った。


「…それだけは見せない。」


その声は、恥ずかしさでも照れでもなく、

“本気で拒む”声だった。


鷹臣が真顔で言う。


「銀狼が嫌だとかどうかより、見たら男性陣は嫉妬に狂うので、やめたほうがいいと思いますよ。」


瑛祐が固まる。


「え、どゆこと……?」


湊も続ける。


「女性陣も止めたほうがいいと思うっす。」


結凛が眉をひそめる。


「は?なんでよ?」


「そんな怖い顔しないでくださいよ…仕方ないじゃないですか。

夜の街に銀狼が入ると…モテすぎて…周りがざわつくんすよ…男女関係なく…」


結凛は絶句した。


「…は?」


瑛祐も呆然とする。


「…紗羽…お前…どんだけなん…?」


紗羽は静かに苦笑しながら言った。


「あれは…見せたくないかな。」


声は静かで、でも絶対に揺らがない。


「こっそりついてこないように、

“見に来よう”なんて思わないでね。」


その言い方があまりにも自然で、

でも背筋がぞくっとするほど“銀狼”だった。


結凛は小さく頷く。


「…そっか。」


瑛祐も肩を落とす。


「まぁ…紗羽が言うなら…」


歩睦は苦笑した。


「無理に見せろとは言わんけど…」


杉葉もため息をつく。


「気になるけど…まぁ…」


みんな表面上は納得している。


でも心の中では


(尾行すれば見れるかも……?)


その考えが全員の頭に浮かんでいた。


紗羽はその“心の声”を、まるで音声で聞いたかのように読み取る。


(全員、考えてること丸見え。

ほんとに尾行しようとするんだろうな…)


紗羽はスマホを取り出し、狼牙たちとチャットを開く。


「一旦裏入る。見失わせて、車とかでうまいこと誘導してくれたりするかな。」


鷹臣 「了解っす。任せてください。」

湊 「銀狼の尾行なんて、誰も成功させませんよ。」


「よろしく。」


紗羽はみんなに向き直る。


「じゃあ…帰るね。」


藍香が優しく微笑む。


「気をつけてね。」


結凛も手を振る。


「また明日ね。」


瑛祐が言う。


「送ろうか?」


「大丈夫。」


紗羽は歩き出す。

鷹臣たち二人が自然に横についた。


みんなが見送っていると


一台の車が、紗羽とみんなの間をすっと通り過ぎた。


その車が抜けた瞬間。


紗羽も、鷹臣たち二人も、跡形もなく消えていた。


まるで闇に溶けたように。


瑛祐が固まる。


「…え…?」


歩睦も目を見開く。


「どこ行った…?」


杉葉は息を呑む。


「一瞬で…?」


結凛は震える声でつぶやいた。


「…これが…銀狼…?」


藍香は少しだけ笑った。


(…紗羽…ほんとに…すごいな…)


みんなが「じゃあ帰ろっか」と言いながらも、足はまったく動かない。

藍香も、結凛も、瑛祐も、歩睦も、杉葉も、

“紗羽が消えた方向”を見つめたままだった。


でも、誰も気づいていない。


紗羽はもう、稽古場の2階建ての屋根の上にいた。

読んでくれてありがと。紗羽、やっと打ち解けたみたいだね、一安心。

藍香と仲良くしてくれるといいなぁ、、。


この先も、いろいろあるよっ。 気に入ってくれたら、次も覗いてみてな。


コメディ要素ときどき入っちゃうからね!


感想とかあったら、遠慮せんと教えて! めっちゃ嬉しいし、まじで力になる!

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