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第19話 森の中に隠された時の忘れ物

この場所は最高だ。

……だけど近くに川がなく、井戸もない。


水がないとマズい。

日々の調理や畑で困るし……風呂みたいな水を大量に必要なものなんて、使えるわけがない。


雨水を貯める? 井戸を掘る? 


とりあえず全員に作業を中断して集まってもらった。

こういう時は知恵を出し合おう。


「なるほど水か、ロレスくん。

 さすがに僕の筋肉でも

 水を作ることはできないからねぇ」


「ねえねえ、

 井戸を掘るのはどう?

 この場所以外は木がはえてるし、

 地下に水があるんじゃないかな?」


アリーアの提案に、ひとり熊牧場のベリムスさんは首を横に振った。


「木が生えてるから水があるってわけじゃない。

 木は土の浅いとこにたまった雨水や

 湿気で生きられるが、

 井戸はもっと深い水脈がないとダメだ。

 しかもここは粘板岩質で水を通さない。

 ……掘るだけ無駄だろう」


土木関係が本業のベリムスさんの判断はたぶん正しい。

そうなると川や湧水を探すしかないのか……あればいいんだけど。


「水ある……かも……」


全員が一斉に声の方向に顔を向けた……声の主は寡黙な巨人のドミンさんだった。


「ばあちゃんから昔……聞いた。

 この丘の上に……神殿があったと」


僧帽筋の貴公子・セールさんは(たぶん無意識に)ポーズを決めながら頷いた。


「なるほどですね。

 ドミンの話が本当なら水があるかもしれないです。

 神殿というのは祭りも儀式もある。

 水がなければ、聖なるものも洗えないですからね」


俺は日本の神社の、ひしゃくが置いているあの水の場所(名前わからん)を頭に思い浮かべた。


「この丘の上に神殿……そして水。

 神殿があるなんて

 役場の人は言ってなかったけど、

 もしかして、ここの砦と同じように

 ずいぶん昔に忘れ去られた場所なのかな……」


もしあったとしても、もう水は枯れているかもしれない……だけど探す価値はある。


しかし今日はもう陽がかげりはじめていた。

マッチョさん達も花壇やピザ窯の製作は、明日続きをするらしい。

……本当に頭が下がります。


そして全員で丘から降りて、家に帰った。


水のこと……なんとか解決したい。

せっかくみんなが協力してくれて、あんな良い場所になったんだから。


翌日。

俺とアリーアはさっそく朝から神殿探しをする事にした。


俺は斜面でアリーアに手を伸ばした。


「アリーア、大丈夫か?

 ほら、手につかまって!」


「うん……よいしょ。

 はぁはぁ、

 ロレスの土地までしか

 道がないんだね」


「そうなんだ。

 だから上に行くには

 こんな斜面を登るしかない。

 アリーアは戻ってもいいよ」


「やだ……ロレスと探す。

 一緒に見つけたいもん」


「そっか。

 わかった、一緒に見つけよう」


丘の頂上の平らになっている場所についた。

そこは湿った空気が肌にまとわりつくような、鬱蒼とした森だった。


「何にもないね、ロレス。

 目立つのはあの1本の

 大きな木くらいで……」


「そうだね……。

 やっぱり神殿はないのか……」


だけど何か、違和感があった──あの1本の異様に太い木。


まるでその場所だけ地面ごと隆起したように根が絡み合い、岩を抱いているような……そんな形をしていた。


そして、巨木の裏手にまわったその瞬間──。


それは、唐突に姿を現した。

巨木に包まれた、石でできた小さな祠だ。


幅は人がひとり入れるかどうか、奥行きもほとんどない。

柱も屋根も、今や根に半ば呑み込まれ、正面からではそれと気づけないほどだった。

祠は長い時間をかけて、木と融合していた。


……あった。これが、神殿だ。


それは、森の中に隠された時の忘れ物のようだった。

自然と人工の境界が溶け合った、静かな神域だ。


「水は……?

 じゃあこの近くに水があるのか?」


アリーアはきょろきょろと周りを見回してから祠の中を覗き込んだ。


「井戸も湧水も

 何もなさそうだけど……ロレス!

 ちょっと見て! 水がっ!」


「えっ!?」


俺は祠の中に入った。2人でぎゅうぎゅうになるくらいの狭さだ。

アリーアの体が密着したが、目の前の状況にそれどころではなかった。


祠の奥にはボロボロになった祭壇のようなものがあって、そこの上には何の模様もないシンプルな水瓶が置かれていた。


──そしてその水瓶からは水がどんどん溢れでていた。水が無限に湧き出る水瓶だ。


俺とアリーアは下に降りて、みんなに神殿と不思議な水瓶の事を話した。


「……というわけで、

 水はずっと瓶から出っ放しで、

 地面に捨ててるみたいなんで

 その水は貰っちゃっても

 いいとは思うんですけど……」


「ねえ、ロレス。

 私、ひらめいちゃったんだけど!

 不思議な水瓶を、

 ここに持ってきちゃえば良いと思うの!」


「……アリーア。

 誰も来る人がいない神殿だけどさ、

 さすがにそれはバチあたりじゃ……。

 溢れる水だけを運べたら……水路とか」


巨漢のライデムさんは「ちょっと待っててくださいっス」と言うと、木のトンネルの中に入っていき、そしてしばらくして戻ってきた。


「うん……これならいけるっス。

 数もじゅうぶんあったっス」


ライデムさんは手に竹を持っていた。


「ライデムさん、

 竹をどうするんですか?」


竹樋(たけとい)……竹の水路にするんスよ。

 うちの田舎ではこれで川から水を送ってたんス。

 竹を真っ二つに割って、

 内側の節はナイフかなにかで削りとって、

 それから竹を連結して水が流れるようにするんス」


竹樋(たけとい)って言葉ははじめて聞いた、でもわかるぞ、流しソーメンのアレか!


ライデムさんの案には土木専門家のベリムスさんも賛成した。

石や鉄で水路を作るとなると大工事になる。だけど竹なら軽くて加工も簡単だし、なにより材料費がタダだ。

完成後のメンテネナンスも、俺でも問題なくできるらしい。


一応神殿だし、勇者特典の【聖域への立ち入りの権利】は後で申請するか。

特典担当のミズリムさんは聖域を拠点にできるとも言っていた。神殿とこの場所までの水の通り道も俺の土地にすればいい。

ときどき掃除すれば、神様だって水を貰うくらい大目にみてくれる……はず。



石の花壇はもう完成していたし、ピザ窯と露天風呂はあとは粘土が乾けば完成という状態だったので、全員で竹の水路の設置作業がはじまった。


巨漢のライデムさんは神殿と砦の場所を往復して、石や木の根が少なくて傾斜が緩やかな直線的ルートを木の枝や石でマーキングしていた。


そして丸太や石を支柱にして加工した竹をつなげ、下流に向けて少しずつ下がるように高さや角度を調整していった。


水路が完成したのは夕方近くだった。水路の終点は、砦の露天風呂の近くだ。


ライデムさんは水を下に送るために神殿にひとりで行って、最後の仕上げ作業をしている。

水瓶をほんの少し傾けて、水が竹の水路にいくようにするそうだ。


残りの全員は、水路の終点を囲むようにして待った。


「なかなかこないね、ロレス。

 どこか途中で水漏れしてるのかな?」


「大丈夫だよ、水は必ず来る。

 …………あっ! あれ!」


竹の水路を伝って、澄んだ水が静かに流れてきた。

光を反射しながら、細く美しい線を描いて、終点からぽとぽとと地面に滴る。


「やった……水だ! 水がきた!」 



──全員が飛び上がっていた。

そして、笑いながら抱き合って、わあっと喜びを爆発させた。




次回『20話 おつかれさまの宴』

お読みいただきありがとうございます!


次回は

「やっぱり、みんなで頑張ったあとは宴会ですよね」というお話です。


もし少しでも「面白い」「続きが気になる」と感じましたら、ブクマや評価で応援して頂けると励みになります!

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