第16話 本日の日替わりプレート
まだ午前中だ。父さんは城下町見回りの仕事に出ている。
結婚の(事後)報告は両親が揃った夕方以降がいいだろう。
街の食堂でちょっと早めのランチをする事になり、俺とアリーアは「本日の日替わりプレート」を注文した。
トット鳥のグリル、焼きたて香草パン、蒸しカブやニンジンの温野菜サラダ、焼き卵のキッシュ風、それらが少量づつワンプレートに乗っていて、森茸のポタージュスープがついてくる。
カフェ飯って感じだ。
時間はたっぷりあるから、窓際のテーブル席でゆっくりと食事をした。
「おっ、この鳥のグリル。
柔らかくて
……美味しいぞ」
「ね! ジューシー!
こっちのポタージュスープも
香りがすっごく良くて、
なんだか落ち着くって感じ。
日替わりプレート大正解だったね!」
「そういえば、
アリーアとこういうお店で
食事をしたのって
はじめてかもしれない」
「うん、なんか……。
ちょっとだけ大人になった気分。
ねえ……ロレスに
確認したい事があるんだけど……」
「なに?」
「あのね……。
ロレスは行かないって言ってたけど、
やっぱり本当は魔王を倒しに
行きたいんじゃないの?
……私、新婚早々、
未亡人になっちゃうの?」
「行かないって!
それになんで殺される事
確定してんの!?」
「じゃあ、ロレスは何するの?
勇者だから、
ロレスのお父さんみたいな兵士の仕事も
させてもらえなさそうだし」
「う……う〜ん」
勇者はこの世界では誰もが憧れる存在だ。
才覚の儀の天啓に従うのは「常識」だし、勇者に選ばれた者は強い決意で魔王に挑むのが「当然」だ。
だからアリーアも俺を信じられないでいる。
……見せるしかないか。
「まだ父さんが家に戻るまで
時間はある……。
アリーア、
ちょっと王都の郊外に行きたいから付き合って」
「郊外に?
どこに行くの?」
俺はアリーアと一緒に王都から歩いて1時間半くらいのあの丘のふもとまで来た。
そして、木のトンネルの細い坂をのぼっていく。
「ねえ、ロレス。
そろそろ、どこに行くのか
教えくれてもいいじゃない!」
「いいから、いいから。
ほら、もうすぐだ。
あの明るくなってる場所が
目的地だよ」
「もう。
なんなのよぉ。
………………あっ」
木のトンネルを抜けて、廃墟砦のある丘の中腹の草地に出た。
アリーアは言葉を失っている。
わかる、俺も最初はそうだった。
「え……すごい。
素敵……空の上にいるみたい。
ロレス……ここって何なの?」
「役場も知らなかったみたいなんだ。
かなり昔に捨てられた砦らしい。
そんで今は、
俺がこの土地の所有者になってる。
ここでスローライフやるんだよ」
「ロレスの土地なの!?
……スローライフって?」
「時間にとらわれないで
自分のペースで
ゆっくりと丁寧に暮らす。
そんな生き方をするんだ」
「ここで……
ゆっくりと丁寧に暮らす……」
「この小さい砦は直せばまだ使えるから、
自分の家として再利用しようと思ってる。
そしてこの庭には小さい畑を作る。
勇者特典で神肥料ってのも貰えるみたいだしね」
俺は砦の中を見せた後、王都全体が一望できる絶景ポイントに一緒に行った。
アリーアは俺の隣で美しく雄大な景色をじっと眺めている。
「そっか……うん。
なんか、わかった気がする。
……ロレスのやりたい事が。
そうよね。
魔王は別に何もしてこないし、
貴族の方がよっぽどひどいもんね。
…………でも」
アリーアは振り返って、庭を指差した。
「石……っていうか岩?
この庭って岩だらけよ?」
「そうなんだよ!
それ以外は完璧なんだよ!
この石が……俺の
今の一番の悩みなんだよ!」
「あははははっ!
その顔!
本当に悩んでる!」
とりあえずアリーアが俺を信じてくれて、良かった。
今から王都に戻ればちょうど父さんが家に戻ってる頃だと思う。
……なんだか気が重いなあ……事後報告だし。
そしてアリーアと一緒に俺の実家に行くと、父さんはテーブルについて、母さんが夕飯を並べていた。
「おかえりなさーい、ロレス。
あれれ……アリーアちゃん?
もう、ロレスったら!
連れてくるなら先に言ってよ!
もっと良いご飯用意してあげたのに」
「う……うん。
まあ、あのさ、ちょっと急に
話したい事ができちゃって……」
「なになにー?
アリーアちゃんと結婚したいとか?
うふふ。じょーだんよ、じょうだん」
「……したいというか。
すでに今朝、
役場に婚姻届だしちゃった」
「婚姻届って……あはは……は……」
「俺とアリーアは結婚したんだ」
「……………………えっ!?」
母さんは手に持っていた皿を手から滑り落とした。
俺はゴールキーパーのように飛んで皿をキャッチした。
「ロレス……父さんは理解した。
つまり、おまえ……責任をとったんだな」
「は?」
「だから、結婚したんだろう。
わかるぞ、男として」
「ちょ、ちょっと待って!?
何をわかっちゃったの!?」
「母さん、そういう事だ。
そうか……初孫……か」
「いやいや!
ぜんぜん、何にも理解してないです、それ!」
父さんと母さんが並んで座り、俺とアリーアが並んで座って、結婚までのいきさつを説明した。
「なるほどな、ロレス。
あの新街道の事は
俺も耳にした事があった。
……まあ、ひどい話だ」
「アリーアちゃん。
理由はどうあれ結婚は結婚よ。
本当に結婚式しなくていいの?」
「はい、いいんです。
うちの宿屋は今は、
それどころじゃないですから。
結婚式は昔の活気を取り戻した後に
やればいいと思ってます」
…………え? やるの?
とりあえず両親への結婚報告が終わり、俺はアリーアを実家の宿屋まで送った。
アリーアは後ろ手を組んで、俺のちょっと前を歩いてる。
「忙しい1日だったね、ロレス。
あ〜なんだか不思議な感じ。
私たち……結婚しちゃったんだね」
「アリーアはさ……後悔してないの?」
少しのあいだ、アーリアは無言で歩き続けた。
宿屋の前に着いたところで、ぽつりとつぶやく。
「うーん……。
後悔っていうよりも……ちょっと残念かなぁ?」
「ざ……残念……?
それってどういう意味?」
アーリアはくるっと俺の方に振り返った。
顔を真っ赤にして、でも目はまっすぐだった。
「だって……ほんとは、
プロポーズとか
されてみたかったんだもんっ!」
そのまま俺の顔を見ずに、
「ロレスのバカー! おやすみっ!」
と叫んで、ぱたぱたっと逃げるように宿屋に入っていった。
これが本当に“結婚”なのかって言われると……なんか、まだ実感がない。
だけどアリーアのことは大事だと思ってる。それだけは、たぶん嘘じゃなかった。
翌日の朝。アリーアがうちにやってきた。
アリーアはちょっと走ってきたのか、息を切らして顔は紅潮していた。
「どうしたんだ?
こんな朝早く、
昨日なんか忘れ物した?」
「……はぁはぁ、
いい話だから
すぐに伝えたかったの!
あの石なんだけどね……」
「あの石って……。
俺の土地の石?」
「そう! ロレス!
あの石はもう大丈夫だよ!
全部きれいに片付けられるから!」
次回『17話 マッスルレンジャー』
お読みいただきありがとうございます!
次回は
「5人の助っ人がやってきて石問題が無事に解決したりする」そんなお話です。
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