第1話 カバディの才能があったのを女神に告げられた件
「過労死……ですか……」
「はい。
私から見ても、さすがにあの残業時間はヒキました」
「ですよね! ブラックすぎますよね!
わかってくれましたか、女神様!」
「はあ……
さっさと、逃げればよかったのに。
会社に直接言うのが嫌だったら今は退職代行サービスとか
便利なのもあるみたいですし」
「おっしゃる通りでございますって今は思うけど、
たぶん麻痺しちゃってたんですよ。
疲れの向こう側っていうか、判断力がなくなるっていうか」
「天界から授かった才能に気づけたら良かったのですけどね。
そしたらブラック企業なんかに勤める事なく
超モテモテで大金持ちでしたよ」
「天界から授かった才能?」
「誰もがあるんです。
何らかの分野で世界トップになれる才能を持って人は生まれます。
けれど、それに気づかないまま生涯を終える人がほとんどなんです」
「マジですか?
じゃあ俺にもなんかの才能があったんですか?」
「カバディです」
「……カバディ?」
「主にインドで盛んなスポーツです。
競技中にカバディ、カバディとずっと発声する……ご存知ないですか?
あなたにはカバディ界のスーパースターになれる才能があったのです」
「んなもん気づけるか!
そのスポーツに出会う時って日本人の人生にないですよね!
どこの県の体育の授業でやってるんですか!?」
「28年前に
お伝えした時はダンスを踊って喜んでたんですけどね。
もちろん、覚えてないでしょうけど」
「……俺の前世、インド人だったの?
じゃあインドに生まれさせてくださいよ……」
「ちなみに、
次の人生では、こんなこといいな、できたらいいな、
みたいなご希望はありますか?」
「お金持ちとか有名人とか、そういうのはいいです。
今は正直とても疲れてるんで、
のんびりと田舎で……ゆったりとストレスのない……。
そんな人生が望みです」
「いいですよね!
スローライフって憧れますよね!
でも申し訳ないのですが、
たぶん……というか絶対に
そういう人生は来世では無理です」
「へっ!?」
「まずあなたは、元の世界とは違う世界に生まれ変わります。
いわゆる異世界系というアレですね」
「異世界? ってもしかして……」
「はい。
剣と魔法のRPGゲームのような世界です」
「じゃあ、その世界にスマホは?
俺の心を癒してくれていた、
女子高生のほのぼの日常アニメは?
ゲームは? 漫画は? 俺のオタク三種の神器は?
ないですよね……わかってます」
「現在の記憶を完全消去して転生した後
あなたはその世界で……。
“勇者”の才能を持って生まれます」
「…………は? え? 勇者?」
「そして、その世界では16歳で職業を選ぶのですが、
その時に勇者の才能があると教えてもらえるんです。
喜んでください! 今度は自分の才能に気がつけるんですよ!
その世界ではすっごく羨ましがられる才能なんですよ!」
「勇者になって……それで何をするんですか?」
「魔王と戦うに決まってるじゃないですか!
世界はピンチってほどでもないけど、
討伐がんばってください! ファイト!」
「ちょっ、ちょっと待ってくださいよ!
魔王と戦うって……。
俺の望むのんびりした生活と真逆じゃないですか……。
世界がピンチじゃないって、そこそこ平和って事ですよね?
討伐とか、無理にやる必要ない気がするんですが……」
「正直……私もそう思うんですけどね。
でも勇者が滅多には現れない世界だから、
周りから魔王討伐を期待されちゃうと思いますよ?
それに別にいいじゃないですか、
どうせ今世の記憶は私が消去しちゃうんで、
のんびり田舎でスローライフの望みは忘れちゃうし」
「じゃあなんで、
次の人生での希望なんて聞いたんですか……。
まさか興味本位!? 人間観察!?」
「あっ、あと、これは良い情報です!
勇者に認定された16歳から
国が用意した“特典”ってのが自由に使えるらしいです。
おまけ……っていうには、ちょっと豪華すぎるほどの」
「“特典”?
……ちなみに、どんなですか?」
「3人までなら誰でも冒険の仲間にできる権利。
未使用の土地を自由に開拓・居住できる権利。
薬草、農作物が最高品質に育つ“神肥料”の提供。
聖域への立ち入りの権利。
各国の王族貴族への面会の権利。
城内での武器携帯の権利。
勇者世帯の納税免除の権利。
勇者家族への国家保護制度。
住宅の探索権(但し犯罪捜査時)。
重婚の権利」
……ざっとこんなものですかね」
「たしかに
どの“特典”も勇者の冒険に役立ちそうだけど……。
でも重婚の権利って……倫理的にどうなんだろう」
「そのくらい勇者というのは特別な存在なんです!
あなた、がんばりすぎましたね……。
この特典もうまく使えば、少しは休めるかも?」
「あっ なんか優しい、好きになりそう。
……だけど、戦うんですよね」
「そうですね、恐ろしい魔王と。
……あなたは今世の記憶を失って、
生まれ変わった先できっと勇者の自覚に目覚めるでしょう。
もちろん、あなた自身の戦いの能力も、
普通の人より優れています。
がんばってください! 応援してます!」
「う〜ん……なんだろう、複雑な気分だ。
のんびりとしたスローライフが良かったなぁ」
「……ではそろそろ転生しましょう。
今世はおつかれさまでした」
「忘れちゃうんですね……この会話も」
「はい、忘れてしまいます。
……前回もそうだったように。
さあ、目を瞑ってください、すぐに来世になりますよ。
5……4……3……2……」
「そっか……何もかも忘れちゃうのか……。
なんだろ、そんないい人生でもなかったはずなのに、
なんか寂しいもんだな……」
「1………………………転生」
「(?)」
「頑張りましたね、お母さん。
元気な男の子ですよ」
「オ……(え?)」
「はぁ……はぁ……こっちに……。
抱かせてください……」
「オギャ……(覚えてるじゃん……)」
「はじめまして、私の可愛い赤ちゃん」
「ンギャ、オギャァー!(前世の記憶、忘れてないじゃん!)
生まれて真っ先に思ったのはこれだ。
──『勇者専用特典』って、俺が望むスローライフにチート級じゃね?
【未使用の土地を自由に開拓・居住できる権利】だけでもヤバい気がする。
俺の城、俺の村、俺の楽園……好きに作れるってことだろ?
【薬草、農作物が最高品質に育つ神肥料の提供】も色々と想像が膨らむ。
【勇者世帯の納税免除の権利】なんて地味に助かる。
……まあ、今はオムツ、ちゃんと使いこなせるかの心配をしないといけないけど。
スローライフ計画は、あとでゆっくり考えよう。
勇者になるまで──まだ16年あるしね。
オギャァー! オギャァー!
ビギャァァァァァァァ!!!
次回『第2話 心は28才、体は0才……ママは8才年下』
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