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後宮の迷医 ー男装医官の心療録―  作者: サモト


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五章 恋う人③

「な――っ!?」

「ひゃあああっ、叔父上!」


 杏は止めようとしたが、宦官の突進に負けて倒れた。

 律は半身引いて、凶刃を避ける。

 襲撃者はそのまま棚にぶつかったが、殺気は衰えなかった。刃をかまえる。


「よくも俺の莉莉ちゃんを奪ったなあっ!」

「なんの話だ!」

「やめてえっ! 白律御監は関係ないっていってるでしょおっ!」


 かわいらしい声が響いた。小柄な女官が飛びこんできて、椅子をつかんだ。

 一撃のもとに、宦官を叩き伏せる。

 物騒な闖入者は白目をむいて気絶した。


「すいませえん、白律御監。この人、あたしが御監と浮気してるって信じこんじゃってえ」

童莉莉(トン・リリ)……」


 律がうめくように名を呼ぶ。


「あは。あたしのこと、ご存知だったんですかあ? 嬉しー」

「先月連れていた宦官とは、また違うようだが?」

「はい、違いますう。こっちは“足揉み係”でえ」


 律の声音には明らかにトゲがあるが、童莉莉は終始けろりとしている。

 杏は、どうやら宦官とよく色恋沙汰を起こす女官なのだな、と理解した。


「もお~、あたしが最近、監察房に出入りしていたのは、たんに懲罰で草むしりをしていただけなのにぃ」


 童莉々はゴミでも扱うように、気絶している宦官を足先でつつく。


「龍娘娘の言葉を信じて白律御監に襲いかかるなんて、信じらんない!」


 またも龍娘娘。

 三度も同じことが続けば、杏と律は確信した。

 龍玄宗は女を使って律を後宮から追い出そうとしている、と。


「他の女の言葉を信じるような男に、用はないわ。さよなら」

「莉莉ちゃん、待って! 俺が悪かったから」

「あーもう、こういうの面倒なのよねえ。ちょっと、そこの捕吏さーん!」


 童莉莉は連行されていく元恋人のことを一顧だにしなかった。

 遠巻きに、チラチラと律のことをうかがう。


「……まだ何か用か」

「えへ。実はお願いがありまして。あたしを監察房付きの女官にしてもらえませんかぁ?」


 律はあからさまに顔をしかめた。


「よく働きますよっ!? 監察房の中庭、すっごくキレイになったでしょう?」

「その男癖を治せ」


「監察房付きになったら治りますからあ。お願いしますう。

 こう見えてあたし、自分から後宮に入った身持ちの固い女なんですよ?」


「杏、どうした。足でもひねったのか?」


 童莉莉のことは無視し、律は姪に目を向けた。

 杏は青ざめた顔で、床の上にへたりこんでいた。


「……血の次に、刃物を持った人が苦手で」

「うっそ、襲われた本人より脅えてる。笑える」


 童莉莉は腰の抜けている杏をおもしろがった。ほおや腕をツンツン突つく。


「女の子みたーい」

「はは、こんな格好してるので紛らわしいですけど、女です」

「え? 女の子だったんだ……」


 杏は不思議に思って、男好きのはずの女官を見上げた。

 その呟きは残念そうではない。

 むしろ、安堵に近い響きがあった。


「童莉莉、さっさと仕事にもどれ。この騒ぎは尚宮局に報告するからな」

「異動させてくださいよお。なんでもしますからあ」

「ふだんの行いを改めろ」


 律は童莉莉を追い払い、杏に手を貸した。ぽつりとこぼす。


「杏……今後の身の振り方を考えておけよ」

「叔父上ーっ、弱気にならないでっ! まだなんともなってないのにっ!」


 杏は励ましたが、律の表情は暗いままだった。


「女官と不祥事を起こした前任者、どうなったと思う?」

「どうなったんですか?」


 怪談を語るような声に、杏は息を詰める。


「宮刑になった」

「宮刑?」

「宦官になった、ということだ」


 「きゃーっ!」と杏は思わず悲鳴を上げた。叔父の腰にしがみつく。


「ダメですイヤですそんなのっ。私に叔父上の子供を抱っこさせてください! 叔父上の晴れ姿を見るまでは、死んでも死にきれませんっ」


「何目線の意見だ、それは! 親か!」


「そもそも、どうして叔父上のような若くて才気ある美男子を後宮の監督官なんかにするんですか。

 腹を空かせた虎たちのところに、丸々と太った子ウサギちゃんを放りこむようなものですよ!?」


「例えがひどいな、おまえ」


 完全にお門違いであるにもかかわらず、杏は律に吠える。


「いったい何を思っての配属なんですか!」


「宦官の不正を改めるだけなら、俺の他にも適任はいた。

 だが、今の後宮には龍玄宗がいる」


「……白霖太医の弟として、見込まれたんですね」


 律は額を押さえた。


「龍玄宗に惑わされなくとも、これは厄介すぎる。後宮中の女が敵同然だ」


 眉間に刻まれるしわは、深い。


「女難の相とは、こういうことか……!」


 歯噛みする律の足元で、杏は人差し指でくるくると円を描いた。

 律の危機は、杏にとっても一大事だ。

 白律御監という後ろ盾がなければ、“迷医”などあっという間に職を追われてしまう。必死に知恵を絞った。


「ああーっ! 人が神様にすがりたくなる気持ちが良く分かるーっ!」


 追い詰められて両手を上げた瞬間、手が律の腰飾りに当たった。

 佩玉と龍文牌が大きく揺れ、カチンカチンと打ち鳴る。

 裏返り、表返る、薄金の龍文牌――杏は目を見開いた。


「……そうか。難を転じればいいんだ」

「難を、転じる?」


 杏はようやく、自力で立ち上がった。


「叔父上。さっきの三人の女官と縁を切り、今後の女難ともおさらばできる方法を思いつきましたよ」

「……そんな都合のいい策があるのか?」

「確実とはいえませんけど。私の観察眼に、賭ける気あります?」


 律は少しの逡巡ののち、慎重に口を開いた。


「どんな案だ?」

「簡単です。さっきの三人と付き合って下さい」

「は!?」


 律は耳を疑った。

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