五章 恋う人②
どうしたものかと思い悩むヒマもなく、新たなお客がやって来る。
「失礼いたします、白杏医官」
「――李妃様のところの」
「李妃の侍女、魏沈雅と申します。少々お時間をよろしいでしょうか?」
魏沈雅の背筋はぴんと伸び、声音は凛として頼もしい。一見したところ、どこか悪い様子はない。
何の用だろうと訝しみつつ、杏は診察室へと案内した。
まさか先日、李星皇子と賭け骨牌をした件を咎められるのだろうかとビクビクしたが、別件だった。
「実は、白律御監との縁談を考えている友人がおりまして」
型通りのあいさつをこなすと、魏沈雅はすぐに本題に入った。
むだのない、きびきびした話ぶりだ。
杏は、李妃のそばで手早く用事を片付ける姿を思い出す。
「叔父との縁談を? ……ははあ、なるほど。姪である私から人柄を探ろうという訳ですね」
「お話が早くて助かります」
「内でも外同様、と申し上げておきますよ。不満があるとすれば、悪い遊びを一つもしないことでしょうか」
「まあ。本当に、見たままのお方なのですね」
魏沈雅は少し口元をゆるめた。笑顔にまでは、ならない。あまり感情を表に出さない性分らしい。
「どなたか良い方がいらっしゃる、ということは?」
「忘れておりました、それも不満のタネです。浮いた話一つございません。仕事に一途すぎるようで」
「私と同じですね」
わずかに、魏沈雅の硬い表情がなごんだ。
我がことのような反応に、杏は一つの確信を得る。
「ご友人はどんなお方です?」
「そう、ですね……私と似たり寄ったりの、仕事が生きがいの堅物な女です」
「堅物だなんて。不誠実より、よほど良いじゃないですか」
「いえ、いえ、愛想一つ上手にふりまけない、つまらない女です。よく二人でそう言っています」
「魏沈雅さん。叔父はあなたを、つまらないとは言わないと思いますよ」
魏沈雅は言葉を失った。気まずそうに、手元に目線を落とす。
「叔父との縁談を考えているのは、友人でなく、あなた自身ですよね?」
「……お気づきでしたか。最後には明かすつもりだったのですが」
「はは、知らん顔していようと思ったんですけど。あんまりご自分を悪くおっしゃるから、黙っていられなくなってしまって」
診察室が静かになってしまった。杏は、少し話題を変える。
「結婚のお相手、好きに決められるのですね。陛下がお決めになった相手に下賜される形ばかりかと」
「徳政の一環で、何人か後宮から出られることになったのです。それで、結婚を考えております」
魏沈雅の父親は、宮中で重職に就いているらしい。
親は政略のための婚姻を強いる気はないが、本人はどうせなら双方の家に利のある縁談を望んでいた。
「条件に合う方と、何人かお会いしたのですが……どの方も、結婚を決めるには至らなくて」
「何か問題が?」
「どの方も誠実で、私も好感を抱いておりました。
なのに、いざ結婚を申し込まれると、私が踏み切れないのです」
その理由に心当たりがないらしい、魏沈雅の表情が曇る。
「こんな可愛げのない女を好いてくださるなんて、ありがたいことなのに……
妙に、冷めた気持ちになってしまうのです」
わがまま、と言い切るには、魏沈雅の悩みは根深かった。
「いっそ他人に決めてもらった方が良いのかもしれない――そう思って、ある方に相談したのです」
「そこで叔父を勧められたのですか?」
「ええ、まあ。そんなところです」
魏沈雅は直す必要もないのに、すそをいじった。
彼女らしくない、歯切れの悪い物言いだ。
杏は閃く。
「相談相手というのは、まさか龍なんちゃらさん……?」
「なんでもお見通しですね。その通りです」
恥ずかしそうに肯定され、杏のほおは引きつった。
膳房にいる叔父も同じ顔になっていることだろう。
「龍娘娘を信じているわけではないんです。仲間に誘われて、付き合い半分で占ってもらったら、実に現実的な提案だったので」
杏の反応を別の意味にとって、魏沈雅はあわてた。
「ご自分で考えた結果なのですよね。私も妥当な案だと思いますよ」
魏沈雅はほっと肩を落とし、背筋を正した。
「白杏医官、白律御監はどんな女性がお好みなのでしょうか?」
「さあ……私もはっきりと聞いたことがないので、なんとも」
「やはり家庭的で、穏やかな雰囲気の女性でしょうか?
お仕事に一途なお方なら、家庭には安らぎを求めますよね」
「そうであるに越したことはないと思いますが」
「きっと、簡単には縁談をお受けにならないでしょうね。
そういう方だからこそ、惹かれるのかもしれません」
杏は心の中で首をかしげた。
なぜ、嬉しそうなのか。
順風に進む縁談の方が喜ばしいだろうに――
「お時間を取らせました。
こちら、よろしければ。暑さで食が細くなる季節ですので」
魏沈雅が残していったのは、蓮の葉の包み飯だった。
うだる暑気を払う風のような、すっきりとした香りが快い。
「夜食にいかがです、叔父上」
膳房から出てきた律は、首を横にふった。食欲など失せている様子だった。
「俺はなんだか、胸騒ぎがしてきたぞ」
「私もです」
二人が嫌な予感に押し黙った、そのとき。
突然、扉が荒々しく開かれた。
「死ねえっ、白律!」
宦官が、短剣を握って乗りこんできた。




