第9話 最初に嘘をついたのは
大咲 朱里
「それはダメだよ…。
もし本物を吊ったら……村人側が不利になる…。」
朱里の声は弱かったが
その主張はしっかりと周囲に届いた。
羽賀 夏菜
「でも、じゃあ誰に投票するのよ?!
わたし達、何の情報もないのに……!」
夏菜の声がわずかに震えていた。
安住 奏多
「どちらにせよ、最初は話し合いで決めるしかない。
何か、引っかかった奴がいるかどうか……
些細なことでもいい。」
奏多は鋭い目つきで全体を見渡した。
まるで何かを探るように。
おずおずと久住が手を上げる。
久住 翔斗
「…あのぼくはちょっと気になった人がいて……。
一番怪しいと思っているのは戌井くんなんだけど……
今日はそれ以外の人に投票するなら………。
……気のせいかもなんだけど……
最初出てきたとき…、
羽賀さんが妙に興奮しているというか
…焦っているように感じたんだ…。
人狼になって焦ってるのかもって。
部屋に移動するときも、
手元の時計ばっか気にしてたように感じたんだ…」
名指しされた夏菜が
怯えたように瞳を揺らしながら口を開いた。
羽賀 夏菜
「何それ!?こんな状況じゃ誰でも動揺するわよ!!
私はただ……落ち着こうとしてただけよ!」
その声は次第にヒステリックに高まり
まるで自分自身の恐怖を
ごまかすように言葉を重ねていく。
だがその様子がかえって
彼女の焦りを際立たせてしまっていた。
すると、宇川が苛立ったように舌打ちをし
低く唸るような声で言い放つ。
宇川 謙
「さっきからギャーギャー騒ぐだけで
何も考えてねぇじゃねえか、お前。
感情的になってる場合かよ。
疑われたくねぇなら、それなりに
納得できること言ってみろってんだ。」
彼の視線は冷たく
夏菜に向けられるというより
この場に理屈を通そうとする意思が感じられた。
その厳しさは、パニックに染まりかけた
空気を正すような勢いを持っていた。
しかし、そこで正太が静かに口を挟む。
戌井 正太
「……羽賀が焦る気持ちも分かるよ。
誰だって、いきなり疑われたら取り乱すだろ。
疑われたくないなら
ちゃんと説明すれば、それでいい。」
その声は穏やかで、誰も責めることなく
夏菜にも言い訳の余地を与えるものだった。
正太自身、心の奥では
この言葉のやり取りが
いずれ命を左右することを理解していた。
だからこそ、誰かを
過度に追い詰めないことが
今は重要だと感じていた。
夏菜は口をつぐみ、唇を噛みしめた。
顔を伏せ、肩を震わせながらも
何かを堪えるように息を吸い込んでいた。
そんな彼女の姿に、ほんの少しだけ、空気が和らいだ。
だが、疑念の火種は確かに生まれ
静かに場を燻らせていた。
そこでイライラした様子を
隠そうともせず
久住を睨みつけていた宇川が
宇川 謙
「グズ、お前も怪しいぞ。
さっきに人狼ゲームやったことあるって言っただろ?
この仕組み、最初から知ってたんじゃねぇのか?」
誰かを吊りたい焦燥が、宇川の声に露骨に現れる。
久住 翔斗
「いやっ…だったら、
嘘だったら僕は名乗り出れないよ…。
僕が占い師なんだって!」
精一杯の反論。
だが、その声は弱々しく、心もとない。
大咲 朱里
「……でも、久住くん。
ちょっとみんなを誘導しようとしてるっていうか
怪しく見えるのは、分かる。」
冷静に告げる朱里の声に
久住は肩を小さく震わせた。
升田 岬
「……たしかに、
いつもあまり主張しないタイプなのに。
久住くんが“偽の占い師”の可能性もある……。
うーん……。」
岬は眉をひそめ、腕を組んで考え込んでいる。
宇川 謙
「じゃあ、グズと羽賀、どっちかだよな?」
升田 岬
「いや、今日は占い師候補は
投票先から外すって言ったよね?
間違えて本物が選ばれたら
村人側は不利になるよ。」
宇川が言い放った言葉に反論し
一度決めた方針を貫く。
その強い意思が言葉ににじんでいた。
久住 翔斗
「そ、そうだよ!
ぼくが本物の占い師なんだから
困るのはみんなだよ…」
訴えるように言う久住。
その目には不安と懇願が浮かんでいた。
羽賀 夏菜
「ちょっと待って!
わたし何もしてないのに!
私はただの村人よ!!」
声を震わせながら夏菜は叫ぶ。
誰かに信じてほしい、そんな叫びだった。
升田 岬
「…もう時間が無い。
19時には投票だから
ある程度方向を決めよう。」
時計の針は刻々と進み
焦りが全員を飲み込み始めていた。
するとそこで大咲が不安そうに
こちらをチラッと見てきた。
大咲 朱里
「…夏菜ちゃんも怪しいけど、
全然喋ってない人も怪しい気がする……」
何人かの目線がこちらに向かってくる…
宇川 謙
「ああ?なら戌井でもいいじゃねぇか。
さっきからずっと黙ってるだろ!」
目を伏せながら、それでも絞り出すように言葉を返す。左手の親指を内側に入れてぐっと握りながら。
戌井 正太
「……俺は、誰が人狼かなんて分からないから
軽々しく口に出せなかっただけだ。」
声は静かだが、その言葉には誠実さがにじんでいた。
安住 奏多
「……なあ、みんな。
正太のこと責めるのは違うんじゃないか?
元から口数は少ないけど
ずっと周りのこと考えてるやつなんだよ。
今だって、きっと何か思ってても
言葉にできないだけだろ。
…それを、怪しいとか
責めるのはちょっと違うだろ?」
奏多は少し怒ったような表情をしながらも
目の奥にはどこか悲しげな優しさが滲んでいた。
無口な正太と目をあわせ
まるでわかってるぞとでも
伝えるようにそっと笑いかける。
大咲 朱里
「…まぁ確かに。
正太くんは元々無口だよね…」
朱里からも思わず納得の声が上がった。
升田 岬
「そろそろ時間。
投票の前に、最後に一言ずつ、全員話そう。
……じゃないと、不公平だから。」
重苦しい空気がホール全体に充満していく中
時計は、着実に19時へと近づいていく――。