第5話 ルール違反
探索を続けるうちに
全員の足取りは明らかに重くなっていた。
ひとつひとつ扉を開けるたび
期待ではなく不安ばかりが積もっていく。
正太たちは、
まるで処刑台に向かう囚人のように
無言のまま三つ目の扉の前へと歩みを進めていた。
誰も口を開かなかった。
靴音だけが、静まり返ったホールに空しく響いていた。
正太は、最後尾から一歩一歩を踏み締めながら歩く。
気配でわかる。前を行く者たちの背中は
皆わずかに震えていた。
(……この先は、見たくない)
そんな空気が、全員に共通して漂っていた。
そして、最後の扉。
手をかける者はいない。
長い沈黙のあと、自然と視線が集まる中で
正太が前に出た。
そして静かに、扉の取っ手に手をかけた――。
カチャリ
音と同時に、冷気がじわりと
漏れ出すような感覚が、肌を刺した。
戌井 正太
(……嫌な予感がする)
静かに扉を押し開けると
そこにあったのは白く冷え切った空間だった。
壁も天井も床も、すべて無機質な白。
吐く息がかすかに白くなり
温度が急激に下がるのが肌でわかる。
――冷凍庫。
面積はおよそ12畳ほど。
棚も装置もなく、何も置かれていない。
ただその空白の空間が
口を開けた闇のように
静かに彼らを迎えていた。
宇川 謙
「……これ、人も余裕で入れる大きさだな……」
低い声がぽつりと漏れた。
だが、その言葉に誰も返さなかった。
返せなかった。
その一言が、あまりにも明確で
あまりにも現実的だったから。
ただの冷凍庫――そう思いたかった。
けれど、全員の脳裏には、同じ想像が過っていた。
“ここは、死体を保管するための場所かもしれない”
ヒュウゥ……という微かな送風音が室内に響く。
それすらも恐怖を煽るように
空間の温度は感情と比例して冷たくなっていく。
朱里が一歩下がった。
肩を抱き、自分の腕をきつく掴んでいる。
久住は目を逸らし
唇を噛みしめながら額から汗を流していた。
夏菜は何かを言いかけたが
声にならず、唇を震わせるだけだった。
誰も中に踏み込もうとはしなかった。
空間に張り詰めた静寂が
まるでその一歩すら許さないかのようだった。
無言のまま扉を閉める。
冷気とどこかに置き忘れてきた感情だけが
その場に取り残されたようだった。
その後、各自の部屋も順に確認された。
どの部屋もほぼ同じ作りで
トイレ、洗面台、シングルベッド、
収納棚が整然と配置されていた。
棚の中には、それぞれの私物と
思しき衣類や日用品が収納されていた。
まるで、彼らがここで生活する準備を
何者かにされていたかのように。
(つまり、ここは……)
逃げ場はない。
ここは、檻だ。
その考えに気づいたとき
背筋に冷たいものが走った。
すべての探索を終えたあと
建物内に外へ通じる扉や非常口は
一切存在しないことも確認された。
外と繋がる手段は、どこにもなかった。
唯一の出口があるとすれば、それは――
このゲームに勝ち残ることだけ。
正太の胸に、冷たい現実だけが
静かに突き刺さっていた。
宇川 謙
「ふざけんな……。
出られないとか、バカにしてんのか……」
苛立ちを隠そうともしない宇川が
近くにあった椅子を掴み
ホールの壁に叩きつけようと振り上げた
――その瞬間だった。
バチィィン――!!
彼の首に巻かれた首輪が
青白い閃光を放ち、電流が走る。
宇川 謙
「が、ぁぁッ!!
クソッ……! く……ぁあああっっ!!」
バランスを崩し、膝をつく宇川。
口からは涎がこぼれ、
歯を食いしばりながらうめき声を上げる。
羽賀 夏菜
「きゃあああああああっ!!」
升田 岬
「うそ……ほんとに罰則があるんだ……これ……!」
大咲 朱里
「……っ……!」
正太も息を呑み、背筋を凍らせた。
その時、しゃがみこんだ宇川に
駆け寄ったのは、久住だった。
久住 翔斗
「大丈夫!? 宇川くん、今の、やば……っ」
宇川 謙
「あァ? 触んな、グズ!!」
バチン――!
再び閃光。
今度は宇川の拳が久住の頬を打った直後、
電撃を受ける。
宇川は地を這うように呻いた。
直後、ホールのモニターがひときわ大きく点滅した。
《警告:備品の故意な破壊行為、
および同意なき暴力は
重大なペナルティ対象となります。》
《次回発生時、
より強い制裁が与えられます。
注意してください。》
誰かが呻くように「やばいって……」と呟いた。
安住 奏多
「おい、宇川……落ち着けって。もう、やばいぞ」
宇川 謙
「……クソッ……なんなんだよここ……!」
荒々しい息を吐きながら
宇川は一人で部屋へと戻っていった。
場に残った空気は重く沈み
誰もが言葉を失っていた。
しばらくして
正太が口を開くより早く、柔らかな声が響いた。
升田 岬
「……投票は、19時って、最初の説明で……」
安住 奏多
「18時に集合ってなってたから
またその時に集まろう。頭冷やして。
それから話し合いだ。な?」
戌井 正太
「……ああ、そうだな」
頷きながらも、正太の心は別の何かに縛られていた。
(これが本当に命のかかっているゲームなら…
本当に、生き残らなきゃいけないんだ。
……誰かを死なせて、その上で)
彼は、手首のスマートウォッチを
見つめながら、ゆっくりと目を細めた。