第3話 はじまりの絶望
奏多は周りを少し見た。
彼の視線がホール内を巡るたび、
他の参加者たちの顔が目に入る。
その表情は、混乱と不安、
そして恐怖が入り混じったものばかりだ。
誰もが同じ状況に置かれ、
どう反応すべきか分からない様子が伝わってくる。
安住 奏多
「なぁ、ちょっと周りのやつら見てみ。
最初にいた部屋のモニターに
出てきた名前で何となく分かってはいたが…
…全員俺たちの学校のやつらだ」
確かに、どこかで見た顔ばかりだった。
生徒会長の升田 岬
ちょっと怖い宇川 謙
気弱そうな大咲 朱里
ヒステリックに喚く羽賀 夏菜
オドオドした様子の久住 翔斗――。
戌井 正太
「……ああ、そうだな」
正太も頷きながら、周囲を見回す。
みな同じ高校の3年で
過去に同じクラスなったりなど
何かしら面識のあるメンバーだ。
その答えを聞いた後
奏多はホールをぐるりと大袈裟に見回す。
怯える者、苛立っている者、混乱している者――誰の顔にも、共通して「戸惑い」が浮かんでいる。
声を少し張り周りに問いかけるように言う。
安住 奏多
「なあ……ひとつ聞くけど。
ここにどうやって来たか、
覚えてるやつ、いるか?」
唐突なその問いに、
ホールの空気がぴたりと静まり返った。
升田 岬
「……え……?
私は……気づいたら、
あの個室にいて……記憶が、ないの……」
岬が不安げに口を開くと、
朱里がすがるように彼女の腕を握りながら続ける。
大咲 朱里
「わ、私も……。
たしか、帰り道だったはずなのに…
…気がついたら首輪がついてて…
…ドアも開かなくて……」
羽賀 夏菜
「うそ……やっぱり!?
やっぱりみんなそうなの!?
ねえ、ドッキリとかじゃないんだよね!?
本当に……本当に分かんないの!」
夏菜は怯えと混乱で声を荒げ
スマートウォッチを叩いたり
首輪を引っ張ったりしていた。
宇川 謙
「……チッ。マジかよ。
全員、同じパターンってことか。
記憶もなく、首と手首に
わけかかんねぇもの付けられて…
…ふざけんなよ」
言葉とは裏腹に
宇川の口調には焦りがにじんでいた。
久住 翔斗
「ぼ、僕も……ほんとに、知らない……。
家にいたはずなのに……気がついたら、あの部屋で……」
泣きそうな声で答える久住を見て
奏多は小さく眉をひそめた。
安住 奏多
「……つまり、誰一人として
自分の意志で来たやつはいないってわけか。
誘拐か、洗脳か……少なくとも、偶然じゃない」
その言葉に、誰も反論できなかった。
ただ、胸の奥にじわじわと広がっていく“恐怖”だけが、全員を静かに侵食していった。
その時、ホールに設置された巨大モニターが起動した。
《全員の確認を完了。現在、参加者7名》
《投票時間は19時です。》
《18時にはホールの席番号に従い
席に着いたら議論を初めて、投票を行ってください》
モニターからの淡々とした説明が
場の空気を一層張り詰めさせる。
その言葉一つ一つが、彼らを試すかのように響く。
誰もがその意味を理解し、緊張が高まる。
ピッという電子音が鳴り響き
天井から7本のコードが
ゆっくりと各席の上に降りてくる。
その不気味な光景に
全員の顔から血の気が引いた。
羽賀 夏菜
「な……なにこれ!?
やだ……やだ、マジでやるの……?」
夏菜の声は震え、言葉が途切れ途切れになる。
その目は、恐怖と混乱で
大きく見開かれ、周囲を見回す。
彼女の反応は、他の参加者たちの
心情を代弁しているかのようだ。
宇川 謙
「クソが……」
拳を握りしめ、歯を食いしばる
その姿からは、抑えきれない感情が溢れ出している。
久住 翔斗
「う、うわぁぁ……! やだ、怖いよ……っ!」
久住の声は高く、震えている。
その体は小刻みに震え、
足元がふらついている。
彼の恐怖は、周囲の空気を一層重くする。
升田 岬
「なにこれ……こんなの、本当に……やるの……?」
岬の声は低く、震えている。
大咲 朱里
「……嘘、でしょ……」
朱里の声は小さく、呆然とした様子で呟かれる。
その目は、何かを信じたくない
という気持ちを表しているかのようだ。
空気が変わった。
さっきまで「冗談かもしれない」と
すがっていた薄い希望が
残酷な事実の前に音を立てて崩れ去っていく。
戌井 正太
(これは――)
その場の空気が、重く、暗く、
そして“死”の匂いを孕んだものへと変わっていく。
(どうしてこんなことに……いや、今はそれよりも……)
彼の心の中で、混乱と疑問が渦巻く。
だが、それを考えている暇はない。
今は、目の前の現実に立ち向かわなければならない。
(……今は、味方。だけど、本当に最後まで……?)
正太は静かに息を吸った。
(でも――もし、このゲームに勝てたら……)
妹の心臓手術に必要な金。
母の介護費。
バイト代じゃとても届かない現実。
(……五千万円。どんな方法でも…。
手に入れられるなら…)
胸の奥底に、わずかに
希望の火が灯ってしまっている自分がいた。
ふと、隣に立つ奏多を見る。
(――この中で、生き残らなきゃいけない)
恐怖が、ようやく胸の中心で
「確かな重み」となって、ゆっくりと沈んでいった。
心の奥にわだかまる“何か”が、静かに芽を出した。