第26話 裏切ったのは誰か
今日は、昼になっても誰とも話さなかった。
ホールにも行かず、食堂にも顔を出さず、
ずっと個室で時間を潰していた。
朱里も岬も、同じだったのではないか。
何を話せばいいのか、思いつかなかった。
言葉が、浮かんでこなかった。
……たとえ口を開いても
誰も聞きたくなんてないだろう。
だって──昨日、俺は。
戌井 正太
「……奏多を、裏切ったんだよな」
呟いた声は、誰にも届かない。
壁の向こうにも、天井にも
もうあいつはいない。
いや、最初から、
ほんとの意味では味方だったのか
どうかすら分からないけど。
あいつが言った最後の言葉──生きろ。
信じてた。そういう顔だった。
そう思い込んでいた。……信じたかった。
戌井 正太
「後悔、してないわけがないだろ……」
目の奥が、じわりと痛んだ。
なのに。
胸の奥では、醜い感情が渦巻いている。
──あいつは、何もかも持ってた。
恵まれた家庭、親友、才能、余裕。
人に優しくする余力すら持ってた。
俺とは、違った。
だから、どこかで思ってしまった。
譲ってくれてもよかったんじゃないか?って。
……自分でも、
そう思った瞬間が最低だと分かってる。
でも、本当にそう思ってしまった。
あのときの自分は、確かに、そう思ってた。
だけど、だけど──
戌井 正太
「たぶん……あいつは
敵陣営だったんだろ。
そうじゃなきゃ、あんな動きは……」
自分に言い聞かせる。
冷静に過去の議論を反芻する。
もしあいつが本当に敵だったなら……
どのみち、二人で帰ることなんて、できなかった。
信じていたかもしれない。
でも、信じているふりをしていたのかもしれない。
だったら──。
──だったら、あれでよかったんだ。
戌井 正太
「……これで、終わりにするしかないんだ。」
一度だけ、ぎゅっと目を閉じて、静かに息を吐いた。
今日は、夜が来たらすべてが決まる。
自分が選ぶ、最後の1票。
それが――地獄への鍵か
解放への扉かは分からない。
だが、それでも。
進まなきゃいけないんだ。
今夜全てが終わる──。