第24話︎ ︎ ︎ ︎名前のない殺意
夜が、ふたたびこの空間を支配した。
ホールの照明が落ち、
代わりに非常灯のような微かな
赤い灯りだけが、足元を照らしていた。
静寂――まるで息を潜めるように、
建物全体がその鼓動を止めているかのようだった。
廊下の奥、物音ひとつしないその中に
ただ一人の影が、ゆっくりと歩いていた。
迷いを含んだ足取り。
それは、決して軽やかでも、
確信に満ちたものでもなかった。
むしろ――苦悶と葛藤を踏みしめるように、
一歩一歩が重く、鈍い。
誰かの部屋の前に、その足は止まった。
数秒間、その場に立ち尽くす。
拳を握り、何かを振り払うように、深く呼吸をする。
やがて――静かに、
スマートウォッチを扉にかざす。
扉が開かれた。
中にいた者が、気配に気づいたのだろう。
布団がこすれる小さな音と、低く掠れた声が聞こえた。
「………お前…だったのか…っ…」
その言葉は、そこで途切れた。
何かを悟ったような沈黙。
疑問と、驚き、そしてどこかに
僅かな納得が混じったような、曖昧な表情。
だが、その次の瞬間には、
――鋭い音とともに、空気が裂けた。
続けようとされた言葉は
部屋の中は真っ赤な液体とともに
絶叫へと変わった。
腕から、何かが吹き出す。
苦しげな息。震える瞳。
あたりに撒かれた血。
スプリンクラーが作動した。
無数の水滴が降り注ぎ、
まるで現実を洗い流そうとするように
部屋を濡らしていく。
しかしその惨劇は、洗い流せるものではなかった。
切断された腕からの出血は止まらず、
意識は徐々に遠のいていく。
そして、絶え間ない苦悶の中
人狼は一言も発することなく――
ただ、背を向けて部屋を出て行った。
振り返ることも、足を止めることもなかった。
静かに、暗い廊下の奥へとその姿は消えていく。
再び、重たい沈黙が建物を包んだ。
まるで、何もなかったかのように。




